まったくよい思い出がない行政機関にどうして「成人」を祝ってもらう理由がある。よい思い出どころか、むごい思いをさせられたあの県にある、あの市が主催する「成人式」になにが有難くてのこのこ出かけて行かなきゃならないんだ。正月に配布された市報には、市長と新成人の座談会が掲載されていた。知っている顔が市長と「若者の未来」をテーマの座談会に、デレッとした表情、馬鹿丸出しで発言している。「へっつ。軽薄な奴め! 行政権力に踊らされて恥知らずだよ」と市報を食卓に放り投げたら「そんな捻くれた考え方をするもんじゃない!」と父親に叱られた。

父親は俺を叱ったが、成人式に出席しろとは言わなかった。年中行事やしきたりを重んじない家風が幸いしたのだろう。時代遅れも甚だしく厳しい躾を幼少時から叩き込まれてきたが、不思議なことに世間では一般的な「七五三」や「お宮参り」といった因習的行事に我が家は全く無関心だった。「サンタクロースなんていないんだよ」となにげなく「教育」されたのは小学校入学前だ。かような子供にとっての「絶望的宣告」も別段珍しくはなかった。でも近年とは桁違いに世間ではクリスマスが騒がれていた当時、子供としては「クリスマスプレゼント」や「クリスマスケーキ」に憧憬を抱いたのも事実で、その根拠「よそはよそ、うちはうち」の絶対宣言が悲しくなかったと言えばウソになる。

なにが「成人」だ。成人がそんなに目出度いか。周りの「新成人」は社会に無関心で恋愛や、ファッション、さもなくば音楽に夢中になっている奴らばかりじゃないか。「成人」なんて20歳になったら急に訪れる激変なのか。違うだろ。「教師」として俺の前に次々現れた「成人」の中で人間的尊敬に値する人は3人しかいなかったじゃないか。世間は景気がいいらしい。それがどうした。俺には何の関係もない。日本の経済侵略がもたらした一時的なあだ花に過ぎはしないじゃないか。俺は相変わらず不機嫌だ。

1月の第二週の月曜に成人の日が移行する前。198X年の1月15日、私はかなりイライラしてどこに身を置いたら一番気持ち素直でいられるか、朝から6畳の下宿で悶々としていた。藤圭子じゃないけど「15、16、17と私の人生暗かった」。俺の成人の日を無視するのも手だけども、気が晴れるような場所か風景はないものか。かといってライブや人だかりに出かける気にはならない。一人がいい。そうだ。若草山の山焼きが今日だ。映像でしか見たことがない若草山の山焼きを見に行こう。火や花火からカタルシスを得られる俺の性格にうまくいくと合致するかもしれない。

サントリーホワイトとウォークマンをポケットに入れ奈良に向かった。若草山を眺めるのに至近の有名な場所ではないが、ベストポディションがあることは以前から知っていた。日頃の若草山は、至極おだやかな女性的ともいえる稜線だが、あの山が燃え盛ったら少しは爆発寸前な俺の気分を慰めてくれるだろうか。私のみが知るベストポディションは奈良市内のある歩道橋だ。私のほかに誰も居はしないだろう。

案の定、日が暮れ切った18時過ぎ歩道橋には誰もいはしない。サントリーホワイトを半分飲み干したのでペースを抑える。ウォークマンで聞いているのはYMOの「東風」、「千のナイフ」のライブバージョンだ。詳しい理由は解らないけど、YMOを中学生時代に耳にしてから、この無感情、無機質でありながら、底にどこかしら「革命」と相いれる旋律の楽曲に俺は、「こいつらやがては世界を取る」を予感した。中でも「千のナイフ」は最高だ。198X年1月15日はサントリーホワイトを友に、日ごろ温厚な若草山が、猛狂いながら燃え上がり、一切の欺瞞を燃やし尽くせ!

やがて山裾からから火の手が上がった。円周があやふやだった赤い輪郭はじりじりと山頂へ向けて炎を滾らせてゆく。ここは若草山からは距離がある。煙の臭いも届かないし、至近で眺めるよりも迫力は格段に落ちるだろう。そんなことは構わない。残りのサントリーホワイトを飲み干すと炎も山頂へ向けての速度が上がる。俺の耳では「東風」が鳴り響く。誰もいない歩道橋の上で腹の底に熱が湧く。かじかむ手先を擦りながら、俺なりの「成人の日」はこれでよかったと少し気持ちよくなった。

「成人」なんて擬制だ。優れた感性は中学生・小学生から老成した賢者にも通じる。違いは言葉を獲得しているか、していないかの違いだけだ。ダメな奴は50になっても60になっても年を重ねるだけで成長はしない。新成人の皆さん、おめでとう。君たちには制度により与えられる「成人」ではなく、自立した精神・哲学を持ち、行動し責任を取る真の「成人」(mature)を目指してほしい。そして希望を切り開けるのは君たちだけだ。

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

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