MX出演中止事件についてもう少し書こうと思っていたら、10月7日の夕方、電通に勤めていた24歳の新入女子社員が昨年自殺し、しかもそれが過労死だったと認定されたというニュースが飛び込んで来た。

朝日新聞2016年10月8日付記事

さすがに死亡案件だけあってメディア各社も無視するわけにはいかず、新聞・テレビでかなり大きく取り上げられた。翌日、朝日新聞は一面でこれを報じた。

検索すればかなりの記事が見つかるので、事件の詳細は割愛するが、衝撃的だったのは2015年4月入社、10月本採用になったばかりの女性新入社員に過大な量の業務を背負わせ、その年の12月25日のクリスマスに投身自殺に追いやった、という凄まじいまでのブラック企業ぶりであった。

ANN=テレビ朝日系列2016年10月7日付報道より

◆1991年の電通社員自殺事件との類似点

電通や博報堂ではその重労働ゆえに毎年のように自殺者が出るが、中でも電通の場合は1991年にも新入社員が自殺し、遺族が10年近くかけて最高裁まで争い、過労死を認定させた事件があった。入社1年4ヶ月の男性社員が激務と社内パワハラの犠牲になって自殺したのだが、当時電通は遺族側からの和解要求を拒否し続け、裁判でも徹底的に争った末に敗訴した。

これは「電通事件」として日本の人権裁判史上、また過労死事件などの判例として必ず紹介されるほど有名な事件である。そして電通は敗訴後に過労死を防ぐための社内基準を新たに決めたなどとしていたが、今回それは何の役にも立っていないことが露呈した。

ANN=テレビ朝日系列2016年10月7日付報道より

男女の違いはあるが、91年と今回の事件には類似点が多い。まずは大学を卒業したばかりの新入社員であったのに、恒常的な残業過多の部署に配属されたこと。そしてその配属中に自分の担当得意先が増え、業務量がさらに増加したこと。

ANN=テレビ朝日系列2016年10月7日付報道より

そして本来は新入社員に気を遣うべき周囲や上司が、しばしばパワハラ的な言動を繰り返して本人を追い込んでいたこと、などである。91年当時も電通は残業における「月別上限時間」(60~80時間)が設けていたが、実際は名ばかりのもので、男性は月に140時間もの残業をこなしていた。今回の女性の案件でも、労基署は最高130時間もの残業があったことを認めている。凄まじいばかりの長時間労働である。

ANN=テレビ朝日系列2016年10月7日付報道より

今回の事件で女性が配属されたのは、9月末に不正請求事件が明らかになったデジタル広告(インターネット)部門であったことが注目された。朝日新聞の記事では、2015年10月になってから所属部署の人員が14人から6人に減った上で、担当得意先が増えたとある。これは9月の記者会見での「デジタル部門の人員が常に不足していた」との説明と符合する。

彼女の個別具体的な職務内容は明らかにされていないが、担当部署と時期からして、不正な書類作成に関わっていた可能性も有り得る。激務なのに人員を減らしたのは、03号(「電通不正請求問題 2つの重要な視点」 )でも書いたように、「儲からない部門」は社内評価も低いため、どんどん人員を削っていったと考えられる。人員を減らして業務も縮小するというのならまだ分かるが、営業収益を上げるために無理矢理人を減らした上で業務量は増大させるなど、およそ全く合理的でないことをやっていた。そしてそのあげくが、今回の女子社員の自殺を生んだのだ。

ANN=テレビ朝日系列2016年10月7日付報道より

◆軍隊のような上下関係を強制する企業体質に反省なし

彼女は東大文学部の卒業で、いわゆるコネ入社ではなかったようだ。電通は「コネ通」と呼ばれるほどコネ入社が多いのだが、当然そういう連中の多くは能力が低いため、いきなり難易度の高い部署には配属されない。逆に新卒で本当に優秀な者は、最初から激務の中に放り込まれる。即応性や順応性、業務処理能力が高いと判断されるからだ。これは博報堂でも同じで、東大卒だからと言って特に大事にされはしない。大事なのは激務の中を走りながらそつなく仕事をこなしていける能力であり、大学名や男女差などは関係ない。つまり彼女は本当に優秀だったがゆえに期待され、細かいチェック能力が必要で激務のデジタル部門に配属されたと考えられる。

しかし、そうやって配属された彼女を、担当部署はきちんと育てられなかった。電通は新入社員に富士登山をやらせたり、部内や得意先との飲み会の企画なども新入社員にやらせている。

毎日新聞2016年10月8日付記事

深夜残業の後でも飲み会を実施、そこも新入社員は必ず出席しなければならないという、まるで軍隊のような上下関係を強制する体質の会社であり、今回もそうした中で上司によるパワハラもあったようだ。そうした内情や、1年も経たずに過労死が認められたのは、彼女自身が残したツイッターがあったからだった。そのいくつかを転載する。

私は2015年12月25日に彼女が亡くなるまでの、約半年分のツイートを読んだが、確かに10月以降は業務が激増し、心身の余裕を失っていった様子が伺えて、読んでいて非常に辛いものがあった。希望に燃えて入社してきた若人をすり潰し、自殺まで追いやった電通の責任は大変重い。

◆ワタミ過労死では徹底糾弾し、電通過労死では沈黙するマスメディア

しかし同社はこれまでこの事件に関し正式な発表や謝罪もしていないし、同社のHPにさえ何ら経緯を載せていない。そしていつもの通り、メディア各社は第一報だけとりあえず報じたが、その後の追及は全くしていない。ワタミの同様の事件の際はあれだけ同社を糾弾しまくったメディア(例えば産経新聞2015年12月26日付記事「検証・ワタミ過労自殺和解(上)」)が、電通に対しては沈黙している。内部は反省せず、外部も強く批判しない。だからいつまで経っても、電通はまともな会社にならないのだ。


◎[参考動画]「死にたい」と家族に・・・電通社員の女性が過労死(ANN=テレビ朝日2016年10月7日)


◎[参考動画]電通新入社員の自殺 長時間勤務の「労災」(NNN=日本テレビ2016年10月7日)

▼本間龍(ほんま りゅう)
1962年生まれ。著述家。博報堂で約18年間営業を担当し2006年に退職。著書に『原発プロパガンダ』(岩波新書2016年)『原発広告』(亜紀書房2013年)『電通と原発報道』(亜紀書房2012年)など。2015年2月より鹿砦社の脱原発雑誌『NO NUKES voice』にて「原発プロパガンダとは何か?」を連載中。