6月22日に公判が行われる最高裁

当欄で過去に取り上げた冤罪事件の1つ、米子市のラブホテル支配人殺害事件について、不穏な情報が伝わってきた。控訴審で逆転無罪判決(第一審は懲役18年の有罪判決)を勝ち取った被告人、石田美実さん(60)の上告審で、最高裁第2小法廷(鬼丸かおる裁判長)が検察側、弁護側双方に弁論をさせる公判を6月22日に開くことを決めたというのだ。

最高裁は通常、書面のみで審理を行うが、(1)控訴審までの結果が死刑の場合と(2)控訴審までの結果を覆す場合には、判決や決定を出す前に公判を開き、検察側、弁護側双方に弁論をさせるのが慣例だ。つまり、石田さんは(2)に該当し、最高裁で「再逆転有罪判決」を受ける可能性が出てきたということだ。

結果はまだわからないが、長く冤罪に苦しめられながら控訴審で逆転無罪判決を勝ち取った石田さんやその家族、弁護人らは今、不安な思いにかられているのは間違いない。この事件を第一審の頃から取材してきた私は、やり切れない思いだ。

◆控訴審では凄まじい努力があってこその逆転無罪判決だったが・・・

この事件について、当欄では2016年12月28日2017年2月17日同4月14日同12月27日で4回に渡り、取り上げてきたので、今回は事件の詳細な説明は省略する。どんな事件かを端的に言えば、予断を排し、丹念に事実関係を検証していけば、まぎれもなく冤罪だと理解できる事件だ。

もっとも、私は一方で、無罪判決を獲得する難易度は高い事件だとも思っていた。予断を排し、丹念に事実関係を検証しなければ、冤罪であることを理解するのが難しい事件でもあるからだ。

その理由は第一に、事件現場に密室性があることだ。2009年9月29日の夜に事件が起きた現場は、米子市郊外のラブホテルの事務所で、ラブホテルと無関係の人間がふらりと被害者の男性支配人を襲うために訪れることはあまり考えられない場所だ。そんな状況の中、このラブホテルの店長だった石田さんは事件が起きた時間帯、その現場に他の従業員らと居合わせてしまったのだ。

名張毒ブドウ酒事件や和歌山カレー事件もそうなのだが、このような現場に密室性があり、「犯人はその場にいた人間の誰か」であることが疑われる事件では、無実の被疑者が身の潔白を証明するのは難しい。そのため、おのずと冤罪判決が生まれやすくなる。

第二に、石田さんには、一見疑わしく見える事実がいくつかあった。たとえば、事件翌日に230枚の1000円札をATMに入金していたり、事件翌日から車で大阪に行くなどして1カ月以上も家をあけ、警察からの再三の事情聴取の呼び出しにも応じなかったりしたことだ。

実際には、230枚の1000円札については、現場のラブホテルの店長だった石田さんがゲーム機の両替のためにストックしておいたものだということは銀行の振込記録などから裏づけられていたし、石田さんは元々長距離トラックの運転手で、過去にも同程度に長く家を空けたことはあった人だった。つまり、長く家をあけたこと自体は、別に石田さんが犯人であることを示す事情ではなかったのだ。

しかし、そういうことは、予断を排し、丹念に事実関係を検証しないと、わからない。「疑わしきは被告人の利益に」という大原則がお題目と化した日本の刑事裁判では、こういう冤罪事件で無罪判決が出ることは極めてマレだ。

それゆえに、石田さんが控訴審で逆転無罪が勝ち取れたことについては、私は内心、一貫して無実を訴え続けた本人や弁護人の凄まじい努力があってこその奇跡的な出来事のように思っていた。それだけに、石田さんが今、最高裁で再び冤罪判決を受ける危険にさらされている状況は理不尽極まりないとも思うのだ。

◆捜査にも問題は多かった

この事件の現場には密室性があると言ったが、実際には、事件発生直後に現場に臨場した警察官たちの捜査が杜撰で、別の真犯人の侵入や逃走の形跡を見逃していた可能性も浮上している。石田さんはこの事件の容疑で逮捕される前、虚偽の申告をしてクレジットカードをつくったという言いがかりのような詐欺容疑で別件逮捕もされている。つまり、捜査段階から色々問題があったこの事件でもあるということだ。石田さんの裁判の結末を見届けたうえ、改めて当欄で報告したい。

▼片岡健(かたおか けん)
1971年生まれ、広島市在住。全国各地で新旧様々な事件を取材している。

「絶望の牢獄から無実を叫ぶ ―冤罪死刑囚八人の書画集―」(片岡健編/鹿砦社)