1947年、福島県三春町に生まれた写真家の飛田晋秀さんは、2009年全国の職人さんを撮って欲しいと依頼され、翌年から北海道を皮切りに全国の職人を撮って回り、最後に長崎から九州を一回りしたのち、いよいよ編集作業に入ろうとしていた矢先、東日本大震災と原発事故にあった。当初「報道カメラマンでもないから」と、被災地の写真を撮ることを躊躇していた。しかし4月中旬、小名浜に訪ねた知人から、津波で7名の仲間を亡くした話を聞き、こうした記憶を風化させてはならないと、写真を撮ろうと決めた。

帰還困難区域に初めて足を踏み入れたのは2012年の1月。しかし、変わり果てた町並みを目の当たりにした飛田さんはシャッターが押すことが出来なかった。そんな飛田さんが、今では既に100回以上、帰還困難区域などに入り、写真を撮り続けている。

富岡町。車も人もいない街路、信号だけが機能している(2012.1.31)

富岡町。国道6号電光掲示板2.409マイクロソフトシーベルト(2018.4.11)

そのように変わったのは、2012年8月、避難所で会った小学2年生の女の子に「大きくなったら、お嫁にいける?」と聞かれたからだ。心臓が止まりそうになったという飛田さん。しばらく何も言えず、ようやく口にできたのは「ごめんね」のひとことだった。

号泣しながら車で帰りながら「自分には何ができるのだろうか?」と悩み続け、飛田さんは決意した。「命がある限り、被災地に入り、人がいなくなった街を撮り続けていこう。あの女の子のような若い人たち、それから後世に生きていく人たちに、福島の真実を伝えていくために…」と。

国道6号線、放射線量は、電光掲示板でも0.92マイクロシーベルト~2.409マイクロシーベルトの場所があり、福島第一原発に近くなる程高くなる。国道脇の民家に人が侵入しないよう、バリケードが設けられているが、警備する警察官は防護服もマスクも着けていない。富岡から浪江までの14.1キロは、歩行もバイクも禁じられている。車で走行中も車外に長く留まってはいけない。

除染で出た汚染物を入れたフレコンバックを、中間貯蔵施設(大熊町、双葉町)に搬入する作業が急ピッチで進む。昨年1200台から、今年は倍近い2400台に増えたトラックが、粉塵を撒き散らしながら走っている。国道6号線と同じく、一部が帰還困難区域を走行する国道228号線で、3月27日、大きな交通事故が起きた。写真では、車が脱輪しているのがはっきりわかるが、環境省は東京新聞の記者の取材に、「脱輪はしていない」と頑なに否定した。高線量のため、長時間車外にいてはいけないことになっているが、警察官らは、レッカー車が到着するまで4時間も道路に立ち続けていた。全員マスクもなしに。

大熊町。事故を起こして脱輪してしまった大型ダンプ(2019.3.27)

4月に町の一部が避難指示解除された大熊町役場の新役場の建設現場(施工は鹿島建設)。1月3日、役場前で0.35マイクロシーベルトを計測した。7月12日に完成した新役場の総工費用は約31億円。町には事故前、11000人いたが、戻るのはわずか約25名程度だと町会議員の人がいう。(ただし、役場近くの大河原地区の東電社員寮の社員と、住民票を町に移している建設現場の作業員を含めて『帰還者数』は700人プラスしてカウントされるという)

役場職員は会津若松市を朝5時半に出て車で通う。他の職員も郡山、いわき、南相馬などから通っているという。住民には「帰れ!帰れ!」と言うくせに…。今後31億円かけた新役場をどう維持していくのか?

1月3日撮影。大熊町大川原地区、役場から1.5キロ、福島第一原発から9キロの場所に、2018年に完成した給食センター。地元の人を中心に100人雇用すると言われた。福島第一原発の作業員に、1日3000食の給食を提供している。空調設備の整った調理場は、0.07マイクロシーベルト程度だろうが、工場の外は1.1マイクロシーベルト。給食を福島第一原発に運ぶ作業員の被ばくはどうなるのか?あるいは運搬する途中、給食への影響はないのだろうか?影響があるとしたら、被ばくを強いられながら作業をする労働者を一層被ばくさせることにはならないか?

大熊町役場建設中(2019.1.3)

大熊町に建設された給食センター。1日3000食の給食を作っている(2017.1.3)

雨どいの線量27.4マイクロソフトシーベルト(2014.3.27)

帰れない、入ってはいけない帰還困難区域を、防護服もマスクもつけずに除染する作業員。飛田さんの線量計は、車中で0.5マイクロシーベルト。「入れないところをなぜ除染するの?そこで何を作るの?」。飛田さんは現場の監督に聞いた。「(上から)やれと言われたことをやっているだけです」という返事が返ってきた。

帰還困難区域の飛田さんの知人の家。2014年から2018年の4年間で、玄関に入るのが困難なほど木が大きくなった。2014年撮影時、玄関先で2.24マイクロシーベルト、線量が高くなりやすい雨どい付近は、27.4マイクロシーベルトだった。同じ雨どい付近で昨年は測ったら、なんと43マイクロシーベルトと倍近くあった。国は徐々に下がってくると言うが、逆に上がる場所もある。

大熊町。帰還困難区域の田んぼを除染してどうするのか(2018.7.27)

大熊町。4年前に撮影。木が背丈よりも伸びている(2018.7.26)

飯舘村。除染作業員が昼寝被爆が心配(2015.8.4)

一時帰宅してくると斑点ができ物凄く痛痒い。原因は解らない。避難先に戻ると4.5日位から消えていく(2017.1.6)

飛田さんの車中で0.96マイクロシーベルトもある場所で、休憩中の除染作業員が道路で昼寝している。被ばく防護の安全教育はきちんと受けているのだろうか? 今後、被ばくが原因の健康被害は増えるだろうが、そもそも「放射能は危険」の教育も受けていなければ、体調を崩しても、除染(被ばく労働)が原因とは思いつかないのではないだろうか? 

50代男性の知人は、帰還困難区域の自宅に戻ると、必ず腕にぶつぶつが出る。かゆくて痛い。60代女性の知人も、このように赤くなる。線量の低い自宅に戻ると何日かで、すーと治る。病院でも原因はわからないという。こういうことはマスコミには一切でない。すべて隠されてしまう。

飛田さんの写真展は、地元紙(福島民報、福島民友)では掲載されないし、取材もされない。地元紙に掲載されるのは「復興した」という記事ばかり。2020東京五輪に向け、「復興した」と演出される被災地には、しかし、多くの戻れない、戻ってはいけない場所がある。飛田さんの新しい写真集「福島の記憶 3.11で止まった町」が訴えるのは、多くのメディアがもう伝えなくなった、そうした福島の「真実」だ。

飯舘村(2014.11.21)

 

飛田晋秀写真集『福島の記憶 3.11で止まった町』(2019年旬報社)

▼尾崎美代子(おざき みよこ)
新潟県出身。大学時代に日雇い労働者の町・山谷に支援で関わる。80年代末より大阪に移り住み、釜ケ崎に関わる。フリースペースを兼ねた居酒屋「集い処はな」を経営。3・11後仲間と福島県飯舘村の支援や被ばく労働問題を考える講演会などを主催。自身は福島に通い、福島の実態を訴え続けている。最新刊の『NO NUKES voice』21号では「住民や労働者に被ばくを強いる『復興五輪』被害の実態」を寄稿

※本記事掲載の写真はすべて福島県三春町在住のカメラマン、飛田晋秀さんによるもので、飛田さんはこの2月に写真集『福島の記憶 3.11で止まった町』(旬報社)を出版している。

9月11日発売!「風化」に楔を打ちこむ『NO NUKES voice』21号 創刊5周年記念特集 死者たちの福島第一原発事故訴訟


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NO NUKES voice 21号
創刊5周年記念特集 死者たちの福島第一原発事故訴訟
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[グラビア]
福島で山本太郎が訴えたこと(鈴木博喜さん
原発事故によって自殺に追い込まれた三人の「心象風景」を求めて(大宮浩平さん

[報告]野田正彰さん(精神科医)
原発事故で亡くなった人々の精神鑑定に当たって 死ぬ前に見た景観

[インタビュー]伊藤さん(大手ゼネコン下請け会社従業員、仮名)
福島第一原発事故後の現場で私が体験したこと

[報告]伊達信夫さん(原発事故広域避難者団体役員)
《徹底検証》「東電原発事故避難」これまでと現在〈5〉
事故発生直後の中通り・会津地方の住民の受け止め方と、浜通りから福島県内に避難した人々の避難生活

[報告]鈴木博喜さん(ジャーナリスト/『民の声新聞』発行人)
「希望の牧場」吉沢正巳さんが語る廃炉・復興のウソ

[報告]尾崎美代子さん(「西成青い空カンパ」主宰、「集い処はな」店主)
住民や労働者に被ばくを強いる「復興五輪」被害の実態

[報告]本間 龍さん(著述家)
原発プロパガンダとはなにか〈16〉
酷暑下の東京五輪開催に警鐘を鳴らさないメディアの大罪

[報告]佐藤幸子さん(「子どもたちのいのちを守る会・ふくしま」代表)
福島の教育現場の実態 文科省放射線副読本の問題

[報告]山崎久隆さん(たんぽぽ舎副代表)
東海第二に経済性なし 原電の電気を買った会社も共倒れ

[報告]平宮康広さん(元技術者、富山在住)
僕たちが放射性廃棄物の地層処分に反対する理由

[報告]三上 治さん(「経産省前テントひろば」スタッフ)
選挙が終わって急に暑い日がやってきたのだけれど

[インタビュー]本誌編集部
志の人・納谷正基さんの生きざま〈3〉最終回

[報告]山田悦子さん(甲山事件冤罪被害者)
山田悦子の語る世界〈5〉記憶と忘却の功罪(前編)

[報告]板坂剛さん(作家・舞踊家)
悪書追放キャンペーン 第四弾!
ケント・ギルバート『「パクリ国家」中国に米・日で鉄槌を!』

[報告]佐藤雅彦さん(翻訳家)
原発“法匪”の傾向と対策~東電・国側弁護士たちの愚劣を嗤う~

[報告]再稼働阻止全国ネットワーク
原発は危険!「特重ない原発」はさらにもっと危険! 安全施設(特重)ができていない
原発を動かしていいのか? 安全施設ができるまでは動いている原発はすぐ止めよ!
《首都圏》柳田 真さん(たんぽぽ舎、再稼働阻止全国ネットワーク)
「特定重大事故等対処施設」のない各地の原発の即時停止を!
《北海道》佐藤英行さん(後志・原発とエネルギーを考える会)
泊原発3号機 再稼働目指せる体制か
《新潟》佐々木 寛さん(市民連合@にいがた共同代表、新潟国際情報大学教授)
参議院選挙 新潟選挙区について
《福島》宗形修一さん(シネマブロス)
「福島原発事故から遠く離れて」2019年参議院選挙福島選挙区からの報告
《東京》久保清隆さん(再稼働阻止全国ネットワーク)
11・27ヒューマンチェーンで日本原電を追いつめよう 首都圏の反原発運動の現状と課題
《関西》木原壯林さん(若狭の原発を考える会)
来年4月から、原発稼働は電力会社の意のまま?
《福島》けしば誠一さん(杉並区議会議員、反原発自治体議員・市民連盟)
オリンピック前に終息も廃炉もできない福島第一原発
《香川》名出真一さん(伊方から原発をなくす会)
原発のない社会のために 蓮池透さん四国リレー講演会報告と今後の課題
《鹿児島》江田忠雄さん(脱原発川内テント)
いま、川内原発で何が起きているか
《規制委》木村雅英さん(再稼働阻止全国ネットワーク)
東海第二の審査請求から逃げ、原子力緊急事態宣言を隠す原子力規制委員会
《書評》天野恵一さん(再稼働阻止全国ネットワーク)
安藤丈将の『脱原発の運動史 ── チェルノブイリ、福島、そしてこれから』(岩波書店)

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