暴対法(暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律)が成立したのは1991年のことだった(施行は翌年)。露天商系のヤクザ(テキヤ)が反対デモをするなど、その違憲性が問われたものだ。その後2回の改正をへて、以下のような禁止事項が整備された。執行については、これらに基づいて公安委員会から「禁止命令」が出される。なお、組事務所の移転訴訟などを、地元の住民に代わって暴力団追放センターなどが代行できる訴訟制度の改正も行われた。

【禁止事項】(だいたいわかると思いますので、読み飛ばしてください)
・口止め料を要求する行為
・寄付金や賛助金等を要求する行為
・下請参入等を要求する行為
・縄張り内の営業者に対して「みかじめ料」を要求する行為
・縄張り内の営業者に対して用心棒代等を要求する行為
・利息制限法に違反する高金利の債権を取り立てる行為
・不当な方法で債権を取り立てる行為
・借金の免除や借金返済の猶予を要求する行為
・貸付け及び手形の割引を不当に要求する行為
・信用取引を不当に要求する行為
・株式の買取り等を不当に要求する行為
・預貯金の受入れを不当に要求する行為
・地上げをする行為
・土地家屋の明渡し料等を不当に要求する行為
・宅建業者に対して不動産取引に関する不当な要求をする行為
・宅建業者以外の者に対して不動産取引に関する不当な要求をする行為
・建設業者に対して建設工事を不当に要求する行為
・集会施設の利用を不当に要求する行為
・交通事故等の示談に介入し、金品等を要求する行為
・商品の欠陥等を口実に損害賠償等を要求する行為
・役所に対して自己に有利な行政処分を要求する行為
・役所に対して他人に不利な行政処分を要求する行為
・国等に対して自己を公共工事等の入札に参加させることを要求する行為
・国等に対して他人を公共工事等の入札に参加させないことを要求する行為
・人に対して公共工事等の入札に参加しないこと又は一定の価格で入札することを要求する行為
・国等に対して自己を公共工事等の契約の相手方とすること又は他人を相手方としないことを要求する行為
・国等に対して公共工事等の契約の相手方に対する指導等を要求する行為

ようするに「不当な方法」で「要求」をしてはいけない。というのが法の趣旨である。構成要件が不当というのだから、従来法で対処できるではないかというのが、当時の任侠団体(ヤクザ組織)の言い分だった。


◎[参考動画]1992年2月テレビ朝日「朝まで生テレビ! 激論! 暴力団はなぜなくならないか!?」 (前半)(2019/4/25公開)

しかしすでに、この頃からヤクザは「不当な強要」や「用心棒代」から「正業」に移行しつつあった。その先鞭が五代目山口組の若頭宅見勝である。宅見は愛人(西城秀樹の姉)に高級焼き肉店をやらせ、みずからは土建会社を経営するなど、経済ヤクザへの道を拓いていた。

ヤクザが組の名刺とともに、企業の名刺を持つようになったのは、暴対法の成立が契機だった。六代目山口組(司忍組長)の弘道会が力を得たのも、中部セントレア空港建設の莫大な利権を独占したからである。一説には地下室のプール一杯に、札束が敷き詰められているなどという情報もあったほどだ。

公共事業や民間事業の建設利権とは、正規の予算外に設けられている「地元対策費」をヤクザが業者を取りまとめることで、そこから予算を吸収する方法。そして同じく正規の予算内で配分した業者への仕事の割り当てを差配し、業者からリベートを受け取る方法がある。さらにヤクザ自身が業者となり、共同事業体の仕事を請け負う。その場合はゼネコンの配下にフロント企業、あるいは企業舎弟を持っていることになる。あとでみる暴排条例は、建設利権などからのヤクザ排除を狙ったものである。

実際に取材したわたしが知るかぎり、飲食系の風俗店を直接経営するのは基本中の基本で、コンパニオンの派遣業、フィリピンでの胡蝶蘭の生産・輸入・販売、不動産業、建設業、移動パン屋、和菓子屋、タクシー会社、ジムの経営、風俗店への仕出し弁当(服役中の組員の奥さんが従事)、個人では彫り師や接骨師など、じつに多彩なものだった。Vシネマの製作、芸能プロダクションの経営などもシノギとしては大きい。このうち、コンパニオン派遣業は当時の労働大臣の認可事業なので、不認可を突かれた若手の組長が逮捕されたのを知っている。ようするに、90年代のヤクザは警察の取り締まりに、業態を変えることで対応していたのである。


◎[参考動画]「暴力団対策法」に反対する共同声明

◆暴排条例の無理押し

ところが、2010年代になると警察不祥事が連続し、とくにヤクザと警察の癒着が顕在化した。博多の中州カジノバー事件(捜査情報を漏洩)では、ヤクザ(工藤會系)から月額100万円を受け取っていた警察官が10人以上も芋づる式に逮捕・事情聴取される事態となった。このときの公判資料には「小指のない刑事」という記載がある。つまり警察官でありながら、断指するような稼業人(ヤクザ)がいたことになる。

警察刷新会議の発足と並行して、自治体レベルでの暴力団排除条例が画策された。この暴排条例は、市民に「ヤクザと付き合うな」という法律であって、市民を取締りの対象にしている。自治体レベルでの決議・施行となったのは、国会では違憲論争に発展すると読んでのことである。このあたりの警察官僚の姑息さは、ある意味で見事だ。

ヤクザと「密接交際した」市民への処罰はじっさいには「企業名の公表」「注意」だけだが、たとえば出版社が現役の組長の本を出版した場合には、印税や原稿料が利益供与ということになる。利益供与の疑いがある出版社には、銀行協会を介して「融資の見直し」という圧力が加えられるのだ。竹書房が「実話ドキュメント」(恵文社発行・2018年5月に紙媒体は廃刊)の販売から撤退したのは、これが大きな理由である。わたしも「血別」(太田守正・神戸山口組太田興業)という本をつくったが、著者の太田さんが現役復帰してしまったので、同書の文庫化はできなかった。引退した親分しか本を出せない時代になったのである。

暴排条例は日常生活にもおよんでいる。組員が喫茶店に入ってコーヒーをオーダーして、店がそれに応じたら「利益供与」なのである。ヤクザが「反社会勢力です」と断らないでゴルフ場の会員になっても「詐欺罪」、身分(ヤクザであること)を隠して銀行口座を開いたり、クルマを購入しても「詐欺罪」となるのだ。銀行口座が使えないのだから、ヤクザは水光熱費の口座引き落としもできない。ヤクザの子供は、カードも使えないことになる。前回の記事で「実話時代」が廃刊に追い込まれたのも、暴排条例を盾にした暴排運動の「成果」にほかならない。

そのいっぽうで、最終的にヤクザ組織を解体できないのは、政治家が選挙運動の裏側で大きく「反社会勢力」に関わっているからだ。


◎[参考動画]指定暴力団 再指定に向けた意見聴取 山口組側は欠席 聴取行われず(サンテレビ2019/4/4公開)

◆政治家のホンネ「いい人とばかり付き合っていたのでは、選挙に落ちるんです」

たとえば2016年に、甘利明経済再生担当相の秘書が千葉県の建設会社と都市再生機構(UR)の補償交渉を巡り、口利きを依頼され現金を受け取った騒動を思い起こしてほしい。甘利氏は記者会見で、この建設会社側から2013年11月に大臣室で50万円、2014年2月に神奈川県大和市の地元事務所で50万円の計100万円を受け取ったことを認めている。秘書も建設会社側から受け取った500万円のうち、200万円しか政治資金収支報告書に記載せず、残り300万円を私的に使っていたという。その責任をとって辞任するときの弁が「いい人とばかり付き合っていたのでは、選挙に落ちるんです」これこそが、小選挙区を生きる政治家のホンネなのである。


◎[参考動画]甘利明経済再生担当相が会見「閣僚の職を辞する」(THE PAGE 2016/1/29公開)

今回は暴対法・暴排条例のおさらいから入り、ややおとなしいレポートになってしまった。次回からは、いよいよディープなヤクザ情報をお伝えしよう。※このテーマは随時掲載します。

◎[カテゴリーリンク]横山茂彦「反社会勢力」という虚構 https://www.rokusaisha.com/wp/?cat=76

▼横山茂彦(よこやま しげひこ)
著述業、雑誌編集者。近著に『ガンになりにくい食生活』(鹿砦社ライブラリー)『男組の時代――番長たちが元気だった季節』(明月堂書店)など。

鹿砦社創業50周年記念出版『一九六九年 混沌と狂騒の時代』好評発売中!