「見通しが甘い気がする。みんな死んじゃうじゃないか。何のために裁判をやっているのか。もっとスピード感を持ってやってもらわないと裁判を起こした意味がなくなってしまう」

7月16日に福島地裁郡山支部で開かれた「ふるさとを返せ 津島原発訴訟」の第30回口頭弁論。原発事故後、全域を帰還困難区域に指定された浪江町津島地区の約680人が原告団に加わり、2015年9月から国と東電を相手取った裁判を続けている。

郡山駅前で「ふるさとを返せ!」と書かれたプラカードを掲げる原告。原告たちは、放射性物質に汚染された故郷の原状回復を強く望んでいる

最近の裁判所は新型コロナウイルス感染拡大防止を理由に法廷で傍聴出来る人数を制限しており、法廷に入れない原告を対象に弁護団による学習会が別途開かれた。

席上、原告団に加わっている男性が弁護団に想いをぶつけた。静かな口調ではあったが、明らかにいらだっていた。言葉には怒りが込められていた。津島の人々が求める「原状回復」について、弁護団が「仮に最悪の事態を想定すると」という前提で「他の請求と比べるとハードルが高い」と説明した事がきっかけだった。

原子力発電所の爆発事故や放射性物質拡散による放射能汚染に関しては、当然の事だが津島地区の住民たちには落ち度は全く無い。100%被害者。原発事故前の状態に戻せと求める(原状回復)のは当然だ。

だからこそ、原告たちは慰謝料を求めるだけでなく、「津島地区全域について、本件原発事故由来の放射線量を2020年3月12日までに毎時0.23マイクロシーベルトに至るまで低下させよ」と求めた。実際には原発事故から10年目を迎えても係争中のため期限は変動するが、原告たちの「せめて、年間1ミリシーベルト(毎時0.23マイクロシーベルト)まで空間線量が下がるように除染をしてくれ」という願いは変わらない。学習会で「実際にはハードルが高い」と説明されて、原告の男性が怒りを口にしたのは無理も無い。

「津島訴訟」の原告には高齢者も多い。非の無い被害者が闘い続けなければいけない事も、原発事故被害の1つと言える

ではなぜ、原状回復を求める事は「ハードルが高い」のか。

弁護団は、①抽象的不作為請求、②場所的範囲の特定性、③実現不可能性──の3つの観点から次のように説明した。

「この訴訟では結果の目標だけを示していて、国や東電に具体的に何をしてもらいたいかを特定せずに請求しています。これを法律学的には『抽象的不作為請求』と言います。例えば民事訴訟で判決が言い渡され、借りたお金を返済するとか住まいを明け渡すとか被告が自分でやってくれれば良いのですが、実行してくれない場合には、判決を前提として今度は裁判所に『強制執行』をお願いしなければなりません」

国や東電は2016年4月15日付の答弁書の中で、ともに「除染は現実的に不可能な事を強いるものであるから原告の請求は認められない」として棄却するよう求めている。仮に原告の主張が認められたとしても、実際に除染を行うか否かは未知数。国や東電が判決に従わないのであれば、強制執行を求めるしか無い。しかし、被告側にやってもらいたい内容が具体的に特定されていないと、実際には裁判所はなかなか動いてくれないという。

「『空間線量を毎時0.23マイクロシーベルト以下に低下させる強制執行』を裁判所に求めた場合、じゃあ、どうやってやりますか?という部分が具体的に決まっていないと裁判所もやってくれません。強制執行が難しいとなると、じゃあ、そもそも訴訟で請求する意味があるのかという懸念が生じてしまい、裁判所が判決で認めない事もあり得ます。裁判になじむのか、という観点から難しい請求だという指摘があるのはそのためです」

実際、2017年10月10日に言い渡された「『生業を返せ、地域を返せ!』福島原発訴訟」の福島地裁判決(金澤秀樹裁判長)では、原状回復請求について「本件事故前の状態に戻してほしいとの原告らの切実な思いに基づく請求であって、心情的には理解できる」としながらも、「求める作為の内容が特定されていないものであって、不適法である」として棄却している。

生業訴訟の弁護団は当時、声明の中で「現在の裁判実務において、作為内容を具体的に特定しない作為請求が認められることは技術的に困難な部分があり、現在のわが国の司法判断の限界を示しているとも言える」と指摘した。

②の「場所的範囲の特定性」に関しては、今回の訴訟では「津島地区全域」としているので問題無い。あとは③の「実現可能性」だ。弁護団は次のように説明した。

「津島全域の空間線量を下げてくれ、というのは分かります。一方で、広大な範囲を毎時0.23マイクロシーベルト以下に下げる方法や、取り除いた汚染土壌を保管するやり方が一般的に確立されていないという指摘もあります。裁判所は『不可能は強いない』という考え方をしますから、それなら請求を認めても意味が無いのではないかという結論に至る可能性はあると思います。東電はそういう反論をしています」

原発事故以降、福島県内外で何年間も除染は行われてきた。既に方法論は確立しているのではないか。原告からは当然の質問が出た。これには弁護団も同じ考えだった。

「少なくとも環境省のガイドラインもあるし、ある程度、広範囲にわたる除染の事例もあるでしょうから、今さら『出来ない』という話にはならないはずです。方法論が確立されていないというのは裁判所が請求を認めない理由にはなり得ないと思います。ただ、最悪の事態を想定した時に、裁判所がそこをどう判断するか心配だという事です」

そんなに難しいのなら、なぜ請求に「原状回復」を加えたのか。

「これだけハードルが高いという話をすれば、そういう話になると思います。提訴を準備している段階で弁護士の間でも議論はありました。慰謝料請求だけに絞る方がいいのではないかという弁護士もいました。一方で『住民の皆さんの気持ちを考えると、原状回復請求も加えるべきだ』という意見もありました。議論を重ねた結果なのです。原告になろうと考えている方々が『ふるさとを返して欲しい』と強く口にしていた事も後押ししました。津島の皆さんの強い想いがあったのです」

「仮に強制執行が難しいとしても、請求を認める判決を裁判所が言い渡したら、判決をテコにして世論に訴えかけるとか、国会議員に働きかけて除染のための立法を求めるなど、いろいろと動く事が出来ます。国のスタンスを変えるためにも重要な訴訟、重要な判決になると考えています」

来年にも地裁判決が言い渡されると見込まれているが当然、そこで終わる事は無いだろう。仙台高裁、そして最高裁まで争いが続く可能性は高い。原告たちの年齢を考えると「早くしてくれないとみんな死んじゃう」という男性原告の気持ちも理解出来る。その想いを受け止めた上で、原告団の役員を務める女性はこう呼びかけた。

「裁判の進行に時間がかかっているのは、国や東電が認めるべき責任を認めないからです。そもそも、予定通りいかないのが裁判ってもの。私たちにとって裁判なんて初めての経験だし、想定した期間で終えられるなんてあり得ないと思うよ。国や東電という、押しても何しても動かないような相手と争っているのだから、勝つためにどうすれば良いか、弁護士さんたちと手に手を取って考えないと。それだけ大変な裁判をしているんだよ、私たちは」

皆、様々な想いを抱きながら原告団に加わっている。しかし、巨大な相手には一致団結しなければ勝てるはずも無い。女性原告の言葉は、一方的にふるさとを汚され、追われた人々の哀しい現実を言い表していた。第31回口頭弁論期日は今月25日に開かれる予定。

▼鈴木博喜(すずき ひろき)

神奈川県横須賀市生まれ、48歳。地方紙記者を経て、2011年より「民の声新聞」発行人。高速バスで福島県中通りに通いながら、原発事故に伴う被曝問題を中心に避難者訴訟や避難者支援問題、〝復興五輪〟、台風19号水害などの取材を続けている。記事は http://taminokoeshimbun.blog.fc2.com/ で無料で読めます。氏名などの登録は不要。取材費の応援(カンパ)は大歓迎です。

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    金品受領問題が浮き彫りにした関西電力と検察のただならぬ関係

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《北海道》瀬尾英幸さん(脱原発グループ行動隊)
《石川・北陸電力》多名賀哲也さん(命のネットワーク代表)
《福島・東電》郷田みほさん(市民立法「チェルノブイリ法日本版」をつくる郡山の会=しゃがの会)
《規制委・経産省》木村雅英さん(再稼働阻止全国ネットワーク)
《東京》柳田 真さん(たんぽぽ舎、とめよう!東海第二原発首都圏連絡会)
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