◆外遊は国会答弁からの逃避である

あの記者会見のとき「そうではないでしょうか?」と、まさに記者たちの意見をうながすかのように、そして珍しく自信なさそうな返答だった。

それでも「(批判的な意見の人の任命拒否が)学問の自由を侵すことにはならない」と、学術会議の新会員の任命拒否を言明したのだから、国会答弁で修羅場に立たされるのは疑いないところだ。

国会で施政表明演説をするのを延期してまで、友好的な結果がみえている友邦ばかりめぐって実績づくりをした菅義偉のことである。この外遊は大荒れが予想される国会前に、不要な言質を与えないためでもあった。

しかも外遊に先立っては、戦犯を合祀している靖国神社に真榊を奉納するいっぽう、自民党・内閣の中曽根康弘合同葬を神嘗祭の日に決行するという「不敬」をはたらいたのだ。祝祭の日に半旗を強要するという、右翼的な視点で見れば、まさに「非国民」ともいうべき所業である。ために、右翼団体・神社関係者からの不満や抗議の声があがった。答弁を拒否して政府広報を取りまとめる、名官房長官時代の面影がないのは、脇役の名プレーヤーが総理になってしまったからである。


◎[参考動画]菅総理が初外遊 きょうベトナム首相と会談へ(ANN 2020年10月19日)


◎[参考動画]中曽根元総理合同葬FJRで固めたセンチュリー弔旗車列(trh200v1tr 2020年10月17日)

◆学術会議の見直しにすり替える

自民党幹部をして「政権にボディブロー的に効いてくる可能性がある」という学術会議の会員任命問題からはじめよう。

本通信10月6日付『菅総理暴走 学術会議が「特別公務員」であっても、その独立性が侵せない理由』で明らかにしたとおり、今回の任命拒否は単に、個人的な「学問の自由」を侵すものではない。問題は個人のそれではなく、国政に提言する人の「学問の自由」なのである。

ふつうに学識のある者には、これは常識的なことである。政府やその施策に批判的な人物を公的な機関(この場合は学術会議)に入れることによって、かえって有為な批判が容れられる。まさに政権の意向に選別されない「学問の自由」に担保されてこそ、その「自由な意見」が政策にとって有効な批判になる。

したがって、そこから修正された政策が批判に耐えうるものになり、晴れて有用な国の政策となるのだ。批判は政権にとって、いわば「肥し」なのである。だから国民の代表たる総理に任命権はあっても、選任権は存在しないのだ。この場合の「国民の代表」とは、予算上(形式上)のものにすぎないのだから。

このことを、菅義偉および自民党は理解できないのである。その結果、学術会議を見直すという、論軸ずらしで言い逃れようとしているのだ。


◎[参考動画]「日本学術会議」“任命見送り”説明は? 菅首相 内閣記者会のインタビューに応じる(日テレNEWS 2020年10月5日)

いわく「日本学術会議は中国人民解放軍傘下の大学留学生受け入れをどう認識しているのか」(長尾たかし衆院議員・ブログ)

学術会議に留学生を受け入れる権限も、そんなシステムもない。おそらく会員が大学で留学生を受け入れていると言いたいのだろうが、いつから日本は留学者を受け入れない「鎖国政策」に転じたのだろうか?

いわく「日本学術会議は防衛省予算を使った研究開発には参加を禁じていますが、中国の『外国人研究者ヘッドハンティングプラン』である『千人計画』には積極的に協力しています」(甘利明税制調査会長「国会レポート410号」)

これも無知の産物である。そもそも「千人計画」は、中国が海外に流出した人材を呼び戻すための政策であって、日本学術会議が関与できるものではない。何か中国がらみで、軍事研究があるかのように煽り立てているだけなのだ。のちに甘利明は「間接的に協力しているように映ります」と訂正。つまり自分の目にはそう映るのだから、自分にとって学術会議は「千人計画」を通じて中国の軍事研究に協力しているのだ、というのだ。この人の場合は、童話の世界に生きているかのようだ。
いわく「日本学術会議問題は、政府から明快な説明責任が果たされるべきであることは勿論、首相直轄の内閣府組織として年間10億円の税金が投じられる日本学術会議の実態や、そのOBが所属する日本学士院へ年間6億円も支出されその2/3を財源に終身年金が給付されていること等も国民が知る良い機会にして貰いたい」(長島昭久衆院議員・ツイッター)

事実誤認である。長島代議士はつまり、日本学術会議OB(3年で半数の105人が退会)がそのまま日本学士院の会員(150人限定の終身会員)へスライドし、終身年金を受給できるかのように思い込み、そう記述しているのだが、もちろん事実無根だ。これはさすがに恥ずかしい前言撤回となった。学士院を学術会議の上部団体とでも思い込んだのであろう。

◆菅総理の答弁能力で政権破綻も

 

菅義偉『官僚を動かせ 政治家の覚悟』(文藝春秋企画出版2012年3月12日)

その「論軸ずらし」の効果もあってか、菅義偉と梶田隆章会長との会談は「政府と共に未来志向で考えていきたい」(梶田会長)などという、論軸のずれたものになってしまっている。

そのいっぽうで、首相官邸や渋谷街頭などでの抗議行動は引きも切らない。共同通信や朝日新聞の世論調査は、菅政権を評価する半面、任命拒否の理由を明らかにすべきとの意見が60%を超えている。

いずれにしても、「任命拒否の理由については、人事に関することなので差し控えます」という答弁では、もはや済まされない。そこで問題になってくるのが、菅義偉の答弁力なのである。

なるほど記者クラブに護られた官房長官時代の答弁ならば、上記のごとき「答弁は差し控えます」で済んだかもしれない。「その批判は当たらない」などという、木を鼻でくくったような答弁でも、飲食で仲良くなっている番記者たちは許してくれただろう。しかし国会答弁では、かみ合わない答弁は許されないのだ。

しかも安倍晋三のように、質問とは関係のないことを長々と演説する能力は、菅義偉にはない。じっさいに総理就任以降、官邸において答弁の練習に明け暮れたという噂は伝わってくる。

政治家の能弁ばかりは才能である。噺家が努力によって定型の古典演目をものするのとはわけが違う。国会では事前通告のない質問すらも、答弁の仕方によって誘発してしまうのだ。そこでは実務能力や実行力などといった、冷徹さゆえの傲慢さも役には立たない。

 

菅義偉『政治家の覚悟』(文春新書2020年10月20日)

◆改訂版から消えた「公文書管理の重要性」

厳しい質問が予想される国会を前に、菅義偉総理の姑息さを顕わす事態も起きている。

自著の改訂版『政治家の覚悟』(文芸春秋)が20日に発売されたが、愕くべきことにその内容が変わっているのだ。この改訂版は野党時代の2012年に刊行した単行本を改めた新書だが、官房長官時代のインタビューが追加収録されるいっぽうで、元本にあった「公文書の管理の重要性」を訴える記述があった章が削除されているのだ。

削除されたのは、旧民主党の政権運営を口をきわめて批判した章である。東日本大震災後の民主党政権の議事録の保存状態を問題視して「政府があらゆる記録を克明に残すのは当然で、議事録は最も基本的な資料です。その作成を怠ったことは国民への背信行為」と、公文書管理の重要性を訴えていたものだ。

安倍政権時代の森友・加計問題で、安倍とともに公文書の存在を隠してきたのは、ほかならぬ菅義偉である。安倍の失言(私と妻が関わっていたら、議員辞職しますよ!)を庇うあまり、菅はみずからの政治的信条を曲げてしまったのであろう。
みずから「国民への背信行為」を行なう政権であることを、はしなくも自著の改訂、すなわち政治信条の改ざんをもって宣言してしまったのだ。これもまた、国会において政治信条を問われるネタとなった。火だるまになる菅の表情が見ものだ。


◎[参考動画]菅総理インドネシアに 真理子夫人に現地メディアは(ANN 2020年10月20日)

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)

編集者・著述業・歴史研究家。歴史関連の著書・共著に『合戦場の女たち』(情況新書)『軍師・官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)『闇の後醍醐銭』(叢文社)『真田丸のナゾ』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『天皇125代全史』(スタンダーズ)『世にも奇妙な日本史』(宙出版)など。医科学系の著書・共著に『「買ってはいけない」は買ってはいけない』(夏目書房)『ホントに効くのかアガリスク』(鹿砦社)『走って直すガン』(徳間書店)『新ガン治療のウソと10年寿命を長くする本当の癌治療』(双葉社)『ガンになりにくい食生活』(鹿砦社ライブラリー)など。

月刊『紙の爆弾』2020年11月号【特集】安倍政治という「負の遺産」他

〈原発なき社会〉を求めて『NO NUKES voice』Vol.25

◆南海電鉄の柱に「鉄骨は入ってない」?

昨年始まった「センターつぶすな」の住民訴訟(公金違法支出損害賠償等請求事件)は、南海電鉄高架下に建設されたあいりん職安と西成労働福祉センター仮庁舎の建設費用が、適正化どうかを争うものだ。

南海電鉄高架下の橋脚の非破壊検査を行う業者

原告はこれまで、
①操業から80年以上経つ南海電鉄高架下に建設された仮庁舎の安全性は保障されているか、
②工事が「入札」ではなく、合理的な理由がないまま、南海電鉄の子会社の辰村建設と「随意契約」したことに違法性はないかと主張し争ってきた。

そんな中10月9日(金)、住民訴訟を闘う仲間が業者に依頼し、南海電鉄高架下に造られた西成労働福祉センター仮庁舎北側入り口の柱(橋脚)6本の非破壊検査を行なってもらった。

センターとあいりん職安には毎日大勢の労働者が出入りしているし、上を走る南海電鉄も、新今宮駅の利用者が1日10万人近くいるなど、関西圏の重要な交通機関となっている。

仮庁舎建設工事中の南海電鉄高架下。反対側で毎日稲垣氏が監視行動を行っていた

それを支える橋脚だが、結果は1938年(昭和13年頃)建設の4本の柱と、1968年頃(昭和43年頃)建設の2本の柱の計6本について「鉄筋の反応はあるが、鉄骨の反応はない」と報告された。

2012年大阪維新の橋下徹氏が市長時代に打ち出した「西成特区構想」の目玉「西成あいりん総合センター」の解体・建て替え計画は、そもそも「耐震性に問題がある」から始まったはずだ。

住民訴訟で「操業80年を越える南海電鉄の耐震性は大丈夫か?」と訴えたところ、南海電鉄は「大丈夫だ」と繰り返し、南海電鉄本社を訪れ「安心・安全というならば、(図面など)証明できるものを見せろ」と迫った際には「見せない」と拒否されてきた。

更に西成特区構想を進める「まちづくり会議」で、「データを見せて」と要求した釜ケ崎地域合同労組委員長・稲垣氏に対して大阪府は「南海電鉄を信用できないのか」と、声を荒げて言ったのに……嘘だったのか?

◆「南海電鉄の」のずさんな安全管理
 
訴訟で原告は、25年前に起きた阪神淡路大震災のような大地震がおきた際の、南海電鉄の倒壊の危険性を主張し、当時、高速道路が倒壊するなどの甚大な被害が生じたこと、その後運輸省(当時)が提言した「緊急耐震補強計画」にもとづく耐震補強工事を、南海電鉄高架下の仮庁舎でも実施しなければならなかったと主張した。

橋脚に鋼板をまきつける耐震補強工事を行った南海電鉄新今宮駅と今宮戎駅の間

一方、南海電鉄は、通達後、おおむね5年とされた期間を20年近く過ぎたここ数年、ようやく「鋼板巻き立て工法」による耐震補強工事を実施した。

しかし工事が実施されたのは、難波駅と今宮駅の間や、萩之茶屋駅周辺で、西成労働福祉センターとあいりん職安の仮庁舎では実施されていない。大阪府は「その場所(仮庁舎付近)は耐震補強の対象外である」と反論していたが、本当だろうか?

25年前の通達では「間仕切り壁などが設置され、耐震効果がある場合は対象外」とある。しかし西成労働福祉センターの仮庁舎建設が始まった時点で、この間仕切り壁は撤去されている。センター建て替えに反対し、建設開始当初より、現場近くで連日監視行動を行っていた稲垣氏が、その目ではっきり確認している。

つまり、あいりん職安とセンター仮庁舎は、間仕切り壁が取り外されているにも関わらず、難波駅や萩之茶屋駅のように「鋼板巻き立て工法」での耐震補強工事を行なっていない。

そのため、再度原告が訴え、裁判所が請求した調査委託書の回答で、大阪府は、センターが補強の対象外である理由について「RC柱(鉄筋コンクリート柱)ではなく、SRC柱(鉄骨鉄筋コンクリート柱)であるため」と答え、それを説明する簡単なイラストを提示していた。あのイラストも嘘だったのか?

南海電鉄側から提出された調査委託書への回答書に添付された、非常に簡単なイラスト

◆大阪府がセンター解体を急ぐ理由は何か?

重要な耐震補強工事を実施する時間を省いてまで、工事を急いだのは何故だろうか?

昨年3月31日、閉鎖予定だったセンターは、「センター閉めるな」と訴える多くの労働者や支援者らの力で閉鎖が阻止され、強制的に閉鎖される4月24日まで「自主管理」が続けられた。

閉鎖予定の3月31日、大阪維新とともに西成特区構想を進めようという人たちなどが、センターの外側から、センター内で闘う人たちを見ていた。闘う人たちを指差し、笑っている人、「近所迷惑、煩い」と文句を言う人もいた。またある人は「あんな危険な場所に、釜のおじさんを閉じ込めていいの」と嘆いていた。

彼らは、今回、センターとあいりん職安が仮移転した先の南海電鉄に、耐震補強工事がなされていない可能性が出てきた件をどう考えるのか? 「そんな危険な場所におじさんを閉じ込めていいの?」と、今度も嘆いてくれるのか? 今回の調査結果は、あくまでも「鉄骨の反応はない」に留まるが、南海電鉄と大阪府が「それでも安全」というならば、一刻も早く、その証拠を示すべきだ!

現在、センター周辺に野宿する人たちが、強制立ち退きの危機に見舞われている。理由は「大地震が起きたら危険」と言うものだが、ならば南海電鉄高架下も同様であろう。それなのに大阪府は、立ち退きの本裁判から数か月後断行仮処分裁判にまで訴え、早急に追い出そうと企んでいる。センターを解体したのち、広大に空いた跡地を「再開発」し、「大阪府と大阪市が一緒になって、がっぽり儲けまっせ」と示すためだ。

◆危険な南海電鉄高架下に仮移転したのは、大阪維新の利権のため?

老朽化した上に、耐震補強工事が実施されてない可能性が濃くなってきた南海電鉄高架下に、わざわざ労働者の施設を造った理由は何か? 森友、イソジンのように、大阪維新の利権が絡んでいるのではないか。

実は、西成労働福祉センターの仮庁舎は、新社屋ができるまでの4、5年しか使用しないにもかかわらず、6メートルの杭を打ち込み補強するなどして頑強な構造物になっている。そのため、建設費用か同じ規模の仮庁舎のそれより高い。頑強な構造物にした理由の一つに、使用終了後解体せずに、そのまま別の施設に使われる可能性がある。それは、同じ南海電鉄が難波駅高架下で展開する「なんばEKIKAN」プロジェクトのような商業施設かもしれない。南海電鉄が何で儲けようが勝手だが、その頑強な構造物を作った建設費用は、大阪府民の尊い税金だ! 南海電鉄を儲けさすために、貴重な税金が使われるようなことがあってはならない。

現在の大阪市長・松井氏は、かつて住之江競艇場の電気保守管理や物品販売などの利権を独占してきた株式会社「大通」の代表取締役だった(現在は実弟が代表)。また松井氏がしこたま儲けてきた住之江競技場を経営する「住之江興業株式会社」も、南海電鉄グループの傘下にある。イソジン同様、ここでも自分の利益のためだけに、危険な南海電鉄高架下に、釜ヶ崎の労働者を押し込めようとしたのか?センター周辺の野宿者を1日でも早く追い出したいのか?そうはさせないぞ!!

大阪維新の利権のための「西成特区構想」と「大阪都構想」を、弱いもの苛めの維新政治を、釜ヶ崎から終わらせていこう!

南海電鉄難波駅高架下で展開されるプロジェクト「なんばEKIKAN」。若者をターゲットにしたおしゃれな店舗が集まる

▼尾崎美代子(おざき みよこ)

新潟県出身。大学時代に日雇い労働者の町・山谷に支援で関わる。80年代末より大阪に移り住み、釜ケ崎に関わる。フリースペースを兼ねた居酒屋「集い処はな」を経営。3・11後仲間と福島県飯舘村の支援や被ばく労働問題を考える講演会などを主催。自身は福島に通い、福島の実態を訴え続けている。
◎著者ツイッター(はなままさん)https://twitter.com/hanamama58

月刊『紙の爆弾』2020年11月号【特集】安倍政治という「負の遺産」他

NO NUKES voice Vol.25

原発事故後、燃料デブリを冷やす過程などで大量発生している〝汚染水〟。国はさっさと海に流してしまいたいと〝地ならし〟を進めており、地元紙・福島民友は10日付で「政府が処分方法を海洋放出に絞って最終調整している」と報道。内堀雅雄福島県知事が反対の姿勢を明確に打ち出さない中、今月中にも「海洋放出」が正式決定されるもようだ。

陸上保管を求める声が高まる中、いよいよ始まった海洋放出へのカウントダウン。「海」で商売をしている人々はどう考えているのか、いわき市小名浜で話を聴いた。

共通していたのは「賛成する人なんていねえ」の想い。陸上保管を求める声が高まる中、「海」で商売をしている人々に話を聴いた。そして、それを封印するかのように重くのしかかる「あきらめ」。口数少なに語られた本音にこそ、国は耳を傾けるべきだろう。

「汚染水? 良く分かんねえんだ」

いわき市小名浜にある「いわき・ら・ら・ミュウ」(いわき市観光物産センター)。魚介類市場でメヒカリなどを売っていた女性に声をかけると、苦笑交じりにそう話した。取材を始めるまでは、声をかければ誰もが汚染水の海洋放出に強く反対し、国や東電への怒りを口にするものだと考えていたが、実際は違った。

地元で水揚げされた〝常磐もの〟が売られている魚介類市場。汚染水の海洋放出について、働いている人々の多くが「賛成などしないが、何を言っても国がやってしまうだろう」とあきらめを口にした

地元で水揚げされた〝常磐もの〟が売られている魚介類市場。汚染水の海洋放出について、働いている人々の多くが「賛成などしないが、何を言っても国がやってしまうだろう」とあきらめを口にした

ある店の男性は、「汚染水を海に流しても良いのかって? まあ、海に流さなきゃ、あそこももう満杯だからね……。現実も見ないといけないし、なかなか簡単には良い悪いと言えないよね」とだけ言って口を閉ざした。別の男性は、俺に聞いてくれるなと言わんばかりに「ふふふ」と小さく笑うだけだった。

ただ、女性の言葉には続きがあった。「良く分かんねえんだ」の裏には、実際は「不安」や「不信感」が渦巻いていたのだ。

「汚染水をこれから流すって、そんな事言ったらさ、今までだって(放射性物質が)海の中にいんだっぺから。うん。だからここに並べてる魚介類だって、こんなに大きくなってんだっぺから。ほれ、すんごくおっきいから。今までだって流してるはずだよ、いろんなものをさ。うん。浜通りに原発がある以上は海がきれいなわけがねえんだから。昔から垂れ流されてんだよ」

そして、最後にこう言った。

「ここの市場の人間はみんな反対する?反対なんかしたってしょうがねえべ。いつかはあれなんだもん。そんな事言ったら。どうせ流すんでしょ」

「いわき・ら・ら・ミュウ」2階には、小学生たちの原発事故後のメッセージが展示されている。汚染水を流して再び海を汚すのか。子どもたちも注視している

別の店の男性は、「汚染水どころじゃないよ」と言い放った。

「震災からもうすぐ10年になるからね、最近は原発事故関連の取材は全然来なくなったね。いろんな事を言ったって(しょうがない)というのが私たちの率直な想いだし、当時の事を思い出したくないというのもあるからね。それより今は新型コロナウイルスのダメージが大きくて……。生き残るためにどうするべきかを考えるのに精一杯で、汚染水をどうするかなんて事を考えてる余裕が無いんです。それが正直なところですよ」

福島第一原発敷地内のタンクに溜め続けている汚染水。東電のサイトによると、貯蔵量は9月に123万トンを突破した。経済産業省は「2022年夏頃には満杯になる見込み」、「燃料デブリの取り出しや放射性廃棄物の一時保管などの廃炉作業を進めるには原発敷地内にこのままタンクを増やし続ける事は出来ない」などと早急な処分の必要性を強調。「海洋放出」を現実的な処分方法として〝地ならし〟を進めている。

一方、福島県内の7割もの市町村議会が海洋放出に反対もしくは慎重な検討を求める決議や意見書を可決。海洋放出への合意形成どころか、反対意見が高まっている。いわき市議会も6月議会で「多核種除去設備等処理水の処分決定に関する意見書」を可決。「丁寧な意見聴取」、「風評対策の拡充・強化」、「国民の理解と合意形成」を求める意見書を国に提出した。それらが出来るまでは「陸上保管を継続すること」も求めている。

しかし、市場では海洋放出に明確に反対する声は聞かれなかった。「賛成などしないが……」と奥歯にものがはさまった物言いばかりだった。なぜなのか。ある男性は、市場の人々の想いを代弁するようにこう話した。

「っていうか結局やっちゃうんでしょ。反対したところで、結局は上からの圧力でやっちゃうんでしょ、海に流しちゃうんでしょって俺は思う。うん。今まで全部そうだったから、特に安倍政権はね。皆あんまりはっきり『反対』って言わない?反対したってどうせやるんだから。みんなもそれを分かっているはず。だからはっきりと反対しないんだよ」

原発事故以降、「被災者の皆さんに寄り添う」という言葉を何度、耳にしたことか。しかし、進められてきたのは公共事業重点型の〝復興〟。五輪招致にまで原発事故が利用された。首相や大臣が来県しても、きれいな施設を訪れて食事するだけ。原発事故被害の実相を見ようとして来なかった。男性には強い不信感が募っていた。

「まあ、菅さんも安倍政権を引き継ぐって言ってるんだけど、俺たちが(海洋放出に)反対したって何したっても自民党がこういう政権だから。結局はやっちゃうと思うよ。関係者の話を聴くって言っても、そんなのはアリバイづくりでしょ。ただ単に『ご意見聴きますよ』というだけ。結論は決まってるんだから、単なるパフォーマンスなんだよ」

「確かに、汚染水をあのまま放置しておくわけにはいかないと思う。でも、海洋放出に賛成する人なんていねえよ。本当に流されちゃったら、うちらは商売になんねえもん。評判悪くなっぺ。宮城だって北茨城だって影響出ると思うよ。海はつながってるんだから。海外からも『日本の魚は買うな』って話にもなるでしょうよ。売り上げが落ちたら補償するって言うけど、そんなものは一定期間だけでしょ。それが過ぎたらうちらはお手上げだよ。北朝鮮の拉致問題だって、やるやるって言いながらやらない。〝やるやる詐欺〟。で、こっちは汚染水を海に流さないって言ったって結局は流すんだから〝流さない流さない詐欺〟だな」

男性は「原発と共存してきたっていう後ろめたさもある」とも言った。実は港の近くで漁網を編んでいた男性が、こんな厳しい事を言っていた。

「流すしかねえんだべ?何言ったって反対したって結局は流しちゃうんだろうしさ。それに漁師たちは賠償金貰ってっからな。船を出せない分の休業補償をもらってっから、この方がいっぞってなってんだ。船出さねえで金もらえんだから、こんな良い事ねえべ。漁連の偉い人は一応は『駄目だ』って言うさ。でも、金をもらってる漁師たちは反対するわけねえよ。補償してもらえば構わないんだから。銭もらってる人は黙ってる。海に出ねえで金もらえるんだから。そりゃ誰だって金にはかなわねえよ。そんなもんだ」

環境大臣だった石原伸晃氏は2014年6月、中間貯蔵施設用の土地買収に関し「最後は金目でしょ」と発言。謝罪と釈明に追われた。今回も札束で強引に丸め込むのだろうか。小名浜で耳にした「結局やっちゃうんでしょ。反対したところで海に流しちゃうんでしょ」が間もなく、現実のものになろうとしている。

国交省・小名浜港湾事務所の入り口には、大漁旗をイメージしたポスターが貼られていた。汚染水を海洋放出すれば、漁港には実害と風評被害の二重の荒波が直撃する

▼鈴木博喜(すずき ひろき)

神奈川県横須賀市生まれ、48歳。地方紙記者を経て、2011年より「民の声新聞」発行人。高速バスで福島県中通りに通いながら、原発事故に伴う被曝問題を中心に避難者訴訟や避難者支援問題、〝復興五輪〟、台風19号水害などの取材を続けている。記事は http://taminokoeshimbun.blog.fc2.com/ で無料で読めます。氏名などの登録は不要。取材費の応援(カンパ)は大歓迎です。

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NO NUKES voice Vol.25

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◆博識の女帝

江戸期のもうひとりの女帝は、後桜町(ごさくらまち)天皇である。彼女の即位は、幕府と朝廷の対立ではなく、公家社会の大きな変化によるものだった。

後桜町(ごさくらまち)天皇

江戸期の朝廷の課題は、朝儀(皇室行事)の復活という、貴族社会の伝統文化を取りもどすことにあった。明正天皇の異母弟で俊英の後光明帝が最初に手をつけ、幕府も徐々に予算を付けるようになっていた。名君のほまれが高い八代将軍徳川吉宗による享保の改革は、奢侈をいましめる反面、朝廷に対しては理解があり、この時期には朝儀の復興も行われている。

こうして朝儀というかたちは整いつつあったものの、その担い手である摂関家は衰亡の危機にあった。摂関家では若年の当主ばかりとなり、朝儀の運営も満足にできない状況に陥っていたのだ。これに対して政務に関与できない位階の低い、若い公家のあいだで不満が高まりつつあった。

徳大寺家の家臣で、山崎闇斎の学説を奉じる竹内式部が、その急先鋒となった。竹内は大義名分の立場から、桃園天皇の近習である徳大寺公城をはじめ、久我敏通、正親町三条公積、烏丸光胤、坊城俊逸、今出川公言、中院通雅、西洞院時名らに神書や儒書を講じるようになっていく。幕府の介入と摂関家による朝廷支配に憤慨していた若手の公家たちは、桃園天皇にも竹内式部の学説を進講させることに成功した。宝暦6年(1756年)のことである。 やがて、竹内の講義をうけた若手公家の中に、雄藩の勤皇有志を糾合して、徳川家から将軍職を取り上げる計画を広言する者まで現れるにいたる。

これに対して、摂関家がうごいた。幕府との関係悪化を憂慮する関白一条道香は、近衛内前、鷹司輔平、九条尚実とはかって、天皇近習7名(徳大寺、正親町三条、烏丸、坊城、中院、西洞院、高野)の追放を断行したのである。ついで一条道香は、武芸を稽古したことを理由に、竹内式部を京都所司代に告訴し、徳大寺など関係した公卿を罷免・永蟄居・謹慎に処した。竹内式部は京都所司代の詮議を受け、宝暦9年(1759年)に重追放に処せられた。

この事件で幼いころからの側近を失った桃園天皇は、一条道香ら摂関家の振舞いに反発を抱き、にわかに天皇と摂関家の対立が激化する。すでに幕末の反幕勤皇派と旧守派公卿との対立が、ここに胚胎していたといえよう。

宮中が混乱するうちに、桃園天皇は22歳の若さで急逝した。皇子の英仁親王はまだ五歳である。代わりに桜町天皇の娘・智子が後桜町天皇として即位した。新しい女帝は22歳、宝暦12年(1762年)のことである。
 
8年後の明和7年(1770年)、13歳になった英仁親王が後桃園天皇として即位する。31歳で上皇となった後桜町は、新天皇のことをとても心配していたようだ。後桃園の即位直後に、前関白近衛内前に、「をろかなる われをたすけの まつりごと なをもかはらず たのむとをしれ」という和歌を書き送っている。翌年の歌会始めでは、「民やすき この日の本の 国のかぜ なをたゞしかれ 御代のはつ春」と詠んでいる。女帝の日記には、幼い皇太子に教え、詩歌を添削する記録がのこされている。

かように後桜町天皇は、古今伝授に名を連ねる歌道の名人であった。筆にもすぐれ、宸記、宸翰、和歌御詠草など、美麗な遺墨が伝世している。彼女は『禁中年中の事』という著作を残し、和歌の他にも漢学を好み、譲位後には院伺候衆であった唐橋在熙と高辻福長に命じて、『孟子』『貞観政要』『白氏文集』等の進講をさせている。まさに博識、学者天皇と称するにふさわしい女帝であった。

安永8年(1779年)11月、女帝が薫陶をたくした後桃園天皇も、父と同じ22歳で急逝してしまう。今度は亡き帝の生まれたばかりの娘(欣子内親王)が一人いるだけで、また帝の弟で伏見宮家を継いでいた貞行親王も、7年前に12歳で亡くなっていた。

そこで、後桃園天皇の死が秘されたまま、公卿諸侯、幕府などと調整が行われた結果、閑院宮家六男の兼仁親王を後継にすることになった。その兼仁親王は、亡帝の後桃園天皇から見れば父の又従兄弟ということになり、血筋はまったくの傍系であった。これが光格天皇である。

この即位以前に、後桜町上皇は貞行親王(光格天皇)の和歌を熱心に添削している(日記)。ことあるごとに光格天皇の相談に乗り、さながら影の女帝のごとくであった。朝廷の教育者として君臨し、あるいはのちに「近代への国母」と呼ばれる女帝は、やはり独身で生涯を終えている。

◎[カテゴリー・リンク]天皇制はどこからやって来たのか

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)
編集者・著述業・歴史研究家。歴史関連の著書・共著に『合戦場の女たち』(情況新書)『軍師・官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)『闇の後醍醐銭』(叢文社)『真田丸のナゾ』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『天皇125代全史』(スタンダーズ)『世にも奇妙な日本史』(宙出版)など。

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昨年12月14日にスタートしたジャパンシフトランド杯59kg級トーナメントの決勝戦。村田裕俊は初戦(準々決勝)、テープジュン・サイチャーン(ReBORN経堂)に判定勝利。2月8日の準決勝、遠藤駿平(WSR・F三ノ輪)に判定勝利。

髙橋亮は初戦(準々決勝)で、一仁(真樹AICHI)に判定勝利。準決勝、コッチャサーン・ワイズディー(タイ)にTKO勝利。

辛うじて、しかし激闘の末、優勝を果たした村田裕俊

コロナ禍の中、4月予定だった決勝戦は先行き見通しが立たない中、10月開催が決まった。このトーナメントを優勝か、それまでに敗れた時点で引退を宣言していた村田裕俊は有終の美を飾ることとなった。

村田は、髙橋兄弟三人とも戦い、苦しい戦いを経ながら三兄弟の御陰で強くなれたことや、ジム会長をはじめとする応援してくれた関係者への感謝、両親へは産み育ててくれたことへの感謝を述べ、引退テンカウントゴングが打ち鳴らされて公式戦最後のリングを降りました。

◎交戦シリーズVol.5 / 10月10日(土)後楽園ホール18:00~20:55
主催:日本キックボクシング連盟 / 認定:NKB実行委員会

◆第8試合 ジャパンシフトランド杯59kg級トーナメント決勝 5回戦

村田裕俊は右ハイキックをブロックの上からでも蹴って出る

NKBフェザー級チャンピオン.髙橋亮(真門/25歳/58.7kg)
    VS
同級2位.村田裕俊(八王子FSG/31歳/59.0kg)
公式5回戦判定は引分け三者三様
延長戦0-3 / ジャパンシフトランド杯トーナメントルールにより勝者:村田裕俊
主審:前田仁
副審:佐藤友章49-48(9-10) 馳大輔49-49(9-10) 仲俊光48-50(9-10)

元々は体格さ有った両者。高橋亮はバンタム級から上がり、村田はフェザー級がベストウェイトながら、ライト級で高橋一眞と王座決定戦で戦った経験を持つ。

長身の村田が距離を活かしたリズムを作っていくが、高橋亮は蹴りの素早さで攻撃力を増していく。組み合うと村田のヒザ蹴りのしつこさがやや有利な展開を見せるが、転ばしにいくのは高橋亮。

後半は両者とも主導権を握ったかとは言えない流れで倒しに行く攻撃力が増すも、三者三様の引分けとなってしまう。延長戦は両者我武者羅。高橋亮はパンチ中心。村田は組み合ってのヒザ蹴りでの粘り強く出る印象が強くなり、優勢を掴む。

高橋亮のヒジ打ちは外れるもどちらが斬られるか分からない両者の攻防

村田裕俊は斬られながらも悔いを残さない最後のラッシュに懸ける

最後はタイ式に拝み(ファン、師匠、両親へ)、リングを降りた

◆第7試合 第15代NKBウェルター級王座決定トーナメント決勝戦 5回戦

ガルーダ・テツ会長と勝利のツーショット

NKBウェルター級2位.稲葉裕哉(大塚/33歳/66.68kg)
    VS
同級4位.蛇鬼将矢(テツ/31歳/66.5kg)
勝者:蛇鬼将矢が新チャンピオン / 判定0-3 / 主審:鈴木義和
副審:川上47-50. 仲47-49. 前田46-50

昨年6月15日に引分けている両者。蹴りとパンチの正攻法な様子見から、蛇鬼の変則的な動きに移ると冷静にかわす稲葉。しかし第3ラウンドには稲葉がパンチで攻めたところでやや前屈みになると、蛇鬼のカウンターのヒザ蹴りをアゴに受けてしまいノックダウンを喫してしまう。

ここからバランスを崩しやすくなった稲葉。互いの攻撃力は増すも、稲葉は蛇鬼のヒジ打ちで目尻や額を斬られ、蛇鬼は主導権を譲らず判定勝利を掴む。

2002年から始まったNKB各階級王座。ウェルター級は石毛慎也(東京北星)が小野瀬邦英(渡辺)をKOで下して初代チャンピオンとなった試合から第15代目となったのは蛇鬼将矢となった。

蛇鬼将矢が稲葉裕哉に相打ち気味のカウンターパンチがヒット

毎度の流血戦となる稲葉と打ち合いとなる蛇鬼将矢

◆第6試合 ライト級3回戦

NKBライト級2位.髙橋聖人(真門/22歳/61.2kg)
    VS
同級3位.野村怜央(TEAM KOK/30歳/61.2kg)
勝者:高橋聖人 / 判定3-0 / 主審:佐藤友章
副審:川上30-25. 前田30-25. 馳30-25

互角の蹴りとパンチの様子見から、高橋聖人はハイキックや前蹴りが顔面を捉える見映えいい蹴りが続き、徐々に勢い増していく。

第2ラウンド、髙橋聖人は組み合ったヒザ蹴りからやや離れたところで右ストレートでノックダウンを奪い、第3ラウンドにも野村をコーナーに詰めた辺りで右ストレート気味のパンチでノックダウンを奪い、高橋聖人の順当な大差判定勝利となった。

チャンピオンは高橋三兄弟長男・一眞だが、タイトル争いの行方も気になるところである。

高橋聖人の前蹴りで野村玲央の前進を止める

高橋聖人のハイキックは素早くしなやかに高く上がる蹴りでヒット

◆第5試合 67.0kg契約3回戦

NKBウェルター級3位.笹谷淳(TEAM COMRADE/45歳/66.95kg)
    VS
CAZ JANJIRA(JANJIRA/33歳/67.0kg)
勝者:CAZ JANJIRA / 判定0-2 / 主審:仲俊光
副審:鈴木30-30. 前田28-30. 馳28-30

◆第4試合 63.0kg契約3回戦

福島勇史(ケーアクティブ/34歳/62.8kg)
    VS
洋介(渡邉/40歳/62.6kg)
勝者:洋介 / TKO 1R終了 / 主審:川上伸

◆第3試合 54.0kg契約3回戦

古瀬翔(ケーアクティブ/24歳/53.95kg)
    VS
七海貴哉(G-1 TEAM TAKAGI/23歳/53.85kg)
勝者:七海貴哉 / 判定0-3 (23-30. 23-30. 23-30)

◆第2試合 バンタム級3回戦

ナカムランチャイ・ケンタ(team AKATSUKI/20歳/53.4kg)
    VS
幸太(八王子FSG/22歳/53.4kg)
勝者:ナカムランチャイ・ケンタ / TKO 3R 2:59

◆第1試合 60.0kg契約3回戦

誠太(アウルスポーツ/29歳/59.8kg)
    VS
龍ヶ崎マサト(SIROI DREAM BOX/51歳/59.4kg)
勝者:誠太 / TKO 2R 1:46

《取材戦記》

交戦シリーズの「Vol.5」は当初の予定に組まれた興行ナンバー。実質今年2回目の興行となります。年明けから興行は少なかったが、昨年のPRIMA GOLD杯トーナメント決勝戦は台風の影響による延期と、今年のジャパンシフトランド杯トーナメントはコロナ禍の中での延期、決勝戦を控え、長く引きずってしまうも止むを得ないところです。

村田裕俊、やり残したことは無く、悔いを残さず完全燃焼した様子。31歳での引退は現在ではまだ早過ぎると言われる年齢だが、完全燃焼したか、まだやり残したことがあるか、まだ必要とされているか等、選手それぞれの生き方があり、過去には引退の時期を逃してしまった選手も居たり、引き際は難しいものかもしれません。
村田は今後、タイと日本を行き来し、バンコクが拠点という現役中に設立したセレクトショップUT-Jaiの店長として覚悟を持って頑張っていくという。プロスポーツ選手の年齢を重ねた引退後のビジネスは大手企業に新卒採用されるような枠は無く、新たな生き方を設計しておかねばならない。キックボクシングの貴重な経験を活かし、軌道に乗ることを願いたい。

第3試合、古瀬翔からノックダウンを奪った七海貴哉にカウントを始めたレフェリー。暫くして気付いたか、周りが指摘したかは聞こえなかったが、七海貴哉はよく抗議しなかったものだ。パンチで倒れ、加撃を防ぐ為、両者を分けて入って間違ったか。20年ほど前にもこの団体で同じことがあった。レフェリーは選手をしっかり見極めねばならない。

日本キックボクシング連盟年内興行は、11月15日(日)大森ゴールドジムに於いて、テツジム主催のプロ3試合を含むオヤジ・オナゴキック関東大会が開催。

12月12日(土)は後楽園ホールに於いて、交戦シリーズ最終戦が開催予定です。

▼堀田春樹(ほった・はるき)[撮影・文]

フリーランスとしてキックボクシングの取材歴32年。「ナイタイ」「夕刊フジ」「実話ナックルズ」などにキックのレポートを展開。ムエタイにのめり込むあまりタイ仏門に出家。座右の銘は「頑張るけど無理しない」

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◆日本は中国よりも遅れていた!

国慶節の中国、武漢には観光客が殺到しているという。3世紀に建造された黄鶴楼(こうかくろう)が人気だという。高校の漢文の時間に習った李白の詩「黄鶴楼にて孟浩然の広陵にゆくを送る」が懐かしい。

故人(こじん)西のかた 黄鶴楼を辞し
煙花(えんか)三月 揚州に下る
孤帆(こはん)の遠影 碧空(へきくう)に尽き
唯(ただ)見る長江の天際に流るるを

何となく悔しいが中国では、ほぼ新型コロナウイルスの封じ込めに成功したようだ。台湾は初期に封じ込めた。

それに引きかえ、日本ではようやくPCR検査がふつうに受けられるようになったばかりだ。PCR検査が行なわれなかった理由に、厚労省の医系技官のセクショナリズムが指摘されてきた。4月段階で「病院が溢れるのが嫌で(PCR検査対象の選定を)厳しめにやっていた」と発言して物議をかもした西田道弘さいたま市保健所長も元医系技官である。

中国や台湾が素晴らしいばかりとは言わないが、日本の国家と社会に欠陥があるとしたら、ここは必死にその病根を検証する必要があるだろう。

◆問題続出の組織体質

そもそも厚労省という組織の体質に原因があると、消えた年金問題(2007年)でも批判されてきたものだ。しかるに原因の究明は「組織全体としての使命感、国民の信任を受けて業務を行うという責任感が、厚生労働省及び社会保険庁に決定的に欠如していた」(厚労省の調査報告)という一般論、精神論に終始した。

今回のコロナに引きつけていえば、年金問題当時の舛添要一厚労大臣は「医系、薬系含め技官人事、誰も手をつけないで聖域になっている」(「ロハス・メディカル」2008年8月号)と指摘していた。

昨年は「不適切統計問題」が発覚した。厚労省が実施する毎月勤労統計において不適切な調査があったのだ。雇用保険や労災保険、船員保険の給付額に誤りがあることが判明し、影響人数は延べ2千十五万人に及んだ。当事者が既に死去していることから詳細な原因は不明だが、厚労省には当時COBOL(プログラム言語)を理解できる職員が2人しかおらず、チェック体制が不十分だったとしている。

厚労省の組織体質の問題点は、ひとつにはIT化の遅れである。消えた年金ではオンライン化する前の記録ミスがコンピュータに残り、元になった紙記録が破棄されたこと。不適切統計問題はまさに、IT化に対応できなかった結果である。今回も保健所からのPCR検査結果がファックスで行なわれ、正確な数値が出ないなどの問題点が浮上した。そこには労働組合(自治労)の労務強化反対、オンライン化による中層集権化への抵抗なども指摘されるところだ。

もうひとつの体質は、官僚組織にありがちなトコロテン方式の人事であろう。とくに管理職レベルでの持ち回り人事である。

官僚人生のコースが決まっていることから、キャリア組の審議官レベルの人事は一年ごとに交代する。その結果、専門外の部署にトコロテン式に就任した事務官や技官が、何も仕事をせずに過ごすことになる。そこに管理職務の空白が生まれるというわけだ。管理職が何もしないのだから、業務に問題が起きないわけがない。

◆国立看護大学校でもトコロテン人事

そんな厚労省人事の悪慣習が、その傘下にある国立看護大学校(清瀬市)でも行なわれているのだ。

主任の教授が担当の講義を満足に行なえないまま、看護学生たちが必要なスキルを身につけられない事態が発覚したのだ。教授の代わりに講義した助教も、時短講義だったというのだ。

文系の学生や教養科目ならば、休講や手抜き講義も大いに歓迎かもしれない。退屈な講義に出るよりも、夢中になれる読書に時間を使ったほうが有益であろう。

けれども、看護師のような基本スキルが業務になる実務系の大学校では、いやでも実習のさいに手抜き教育が発覚するのだ。学生の実習が現場の実務に直結しているのだから、事態は深刻である。

昨年の秋のことだ。4年生の助産師コースの学生たちが、実習先の病院で研修中だった。ところが、学生たちが助産師の指示がわからず、満足に分娩介助ができなかったのである。

そこで「あら、あなたたち。学校で習ってないの?」となったわけだ。複数の助産師が学生の知識不足に気づき、実習は中断となった。

くわしく訊いてみると、学生たちは「助産診断・技術学Ⅰ」で修得する知識がないばかりか、その理由が担当教授の手抜き講義にあることが判明したのだ。

けっきょく、その病院実習は中断となった。保健助産師の養成所指定規則では「分娩介助を、学生一人につき十回程度おこなわせる」という決まりがある。したがって学生たちは、規定の分娩介助をクリアできなかった。

病院実習が中断になった学生たちは、年末になって担当のK教授とH学部長に呼び出された。そこで学生たちが申し渡されたのは、看護師国家試験(2月)後の3月に補習実習を受けることだった。厚労省管轄の大学であるため、指定規則を絶対に守る必要があるのだ。

就職のための引っ越しを計画していた学生たちがそれを拒否すると、H学部長は「そんなにやる気がないなら、就職もすべてやめてしまいなさい」「そんな人たちに来られる病院もいい迷惑だ」などと言い放ったというのだ。

怒りにまかせたこれらの言葉も、教授たちが育った半世紀前ならOKかもしれないが、あきらかにアカハラであろう。

その後、新型コロナウイルスの流行で補習実習は行なわれなくなったが、「助産診断・技術学は必修科目である。文科省管轄ではない看護大学校の学生にとって、単位を取得できていないことは、学士号の認定を左右されかねない。看護師国家試験の欠格事由にもなりかねない事態だったのだ。

それにしても、K教授は分娩技術が専門外とはいえ、シラバスに記載した講義を部下の助教まかせっきりだったという。その助教の講義も通常より30分早く終わり、講義中も個人的な趣味の話をするなどの手抜き講義だったというのである。

学生たちの告発と学生たちの父兄の要望によって、上部組織である国立国際医療研究センターおよび看護大学校の校長が対応する事態となり、この問題はH学部長やK教授への処分等もないままとなった。

ぎゃくに言うと、早急な対応で問題の芽を摘む手際よさこそ、厚労省所轄の組織らしい事なかれ主義、官僚主義といえるかもしれない。そしてその意味では、トコロテン式の人事で専門外の科目を担当した教授陣も犠牲者なのかもしれない。

東京都清瀬市にある国立看護大学校

◆厚労省こそ民営化するべき

学術会議の任命拒否問題では「学術会議を民営化せよ!」という意見が飛び出している。長期的には理系研究者の育成不足が憂慮される中、それも一案だとは思うが、そうであれば官僚機構を民営化してみてはどうか?

今回のコロナ防疫では、わが国のIT後進国状態(スマホ普及率60%)や官僚組織の限界(PCR検査=厚労省医系技官問題、アベノマスク配布=旧郵政省・日本郵便)が露呈したではないか。

かつて、官公労の労働運動潰しのために民営化に踏み切った。JRは不採算部門の切り捨て、郵政はあいかわらず親方日の丸の体質を残していたのだ。

そして中小企業の持続化給付金において、経産省(中小企業庁)は電通配下の民間企業に委託することで、何とか国のかたちを保った。

このまま後進国に甘んじたくなければ、どんどん官僚組織にメスを入れればよい。問題続出の厚労省こそ、分割民営化するべきではないか。

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)

編集者・著述業・歴史研究家。歴史関連の著書・共著に『合戦場の女たち』(情況新書)『軍師・官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)『闇の後醍醐銭』(叢文社)『真田丸のナゾ』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『天皇125代全史』(スタンダーズ)『世にも奇妙な日本史』(宙出版)など。医科学系の著書・共著に『「買ってはいけない」は買ってはいけない』(夏目書房)『ホントに効くのかアガリスク』(鹿砦社)『走って直すガン』(徳間書店)『新ガン治療のウソと10年寿命を長くする本当の癌治療』(双葉社)『ガンになりにくい食生活』(鹿砦社ライブラリー)など。

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〈原発なき社会〉を求めて『NO NUKES voice』Vol.25

河井克行氏、案里氏の議員夫妻に対するバッシングがいっこうに止まらない。

2人は昨年7月の参院選で大規模な買収をした疑いをかけられ、公職選挙法違反で逮捕、起訴された。裁判では、地元広島の地方議員らに金を渡したことは認めつつ、「買収目的ではなく、統一地方選に出馬した人への陣中見舞いや当選祝いだった」として無罪を主張している。

だが、金をもらった側の地方議員らが次々に法廷に立ち、「金は、買収目的で渡されたと思った」と検察主張に沿う証言を繰り広げ、夫妻のイメージは真っ黒に染まり切っている。

さらに克行氏は先日、弁護人を全員解任し、公判が開けない状態に。そんな異例の事態になっていることも含め、夫妻は全マスコミから極悪人のように叩かれ続けている。
 
しかし、結論から言おう。河井夫妻は悪くない。悪いのは、検察、裁判所、マスコミだ。

◆広島の事件を東京で裁くおかしさ

まず、検察。河井夫妻側から金をもらった地方議員ら100人の大半が「金は、買収目的で渡されたのだと思った」と証言しているにもかかわらず、誰も立件していない。これは河井夫妻側も主張しているが、検察は無罪を主張する河井夫妻を有罪にするため、金をもらった地方議員らと違法な司法取引をしているとみるほかない。

この点に関しては、「買収目的と知りながら、金をもらった地方議員らも検察は全員立件すべきだ」と主張する人たちがいるが、この意見も間違っている。ここでまず問題とすべきは、「金は、買収目的で渡されたのだと思った」という地方議員らの証言が信用できるか否かだ。

なぜなら、検察がすねに傷を持つ人物たちと裏で司法取引し、有罪立証に沿う虚偽の証言をさせるのは、冤罪で非常に多いパターンだからだ。この事件もそれに該当する可能性がないか、慎重に検証されるべきである。

また、この事件は現在、東京地検特捜部が担当し、逮捕した河井夫妻を東京拘置所で勾留したうえ、東京地裁で裁判をやっている。これもおかしな話だ。この事件の現場は広島であり、関係者の大半は広島の人間だからだ。

この事件は当初、広島地検が捜査を手がけていたから、河井夫妻も任意捜査の段階で広島の弁護士に弁護を依頼していた可能性が高い。そうであれば、広島の弁護士が河井夫妻との接見や公判のためにいちいち上京しなければならない状態は、河井夫妻に必要以上の裁判費用を負担させていることに他ならない。これも不当なことである。

また、金をもらった地方議員らが証人出廷する際、広島からいちいち上京させていたのでは、税金の使い方としても問題だ。河井夫妻の裁判は広島地裁でやるべきだし、勾留する必要があるなら、広島拘置所に勾留すべきである。

そもそも、事件の舞台が東京に移されたのは、なぜなのか。それは、検察の最終的なターゲットが河井夫妻ではなく、官邸だったからであることは明白だ。河井夫妻側が広島の地方議員らに渡していた金の原資は、自民党本部が参院選前に夫妻側に送金した1億5000万円だった可能性が疑われているからだ。

しかし結局、検察は官邸に捜査のメスを入れるまでに至らなかったのだ。現在、東京が事件の舞台とされ、河井夫妻がそのために不要な負担を強いられているのは、検察が「スジ読み」を誤ったことによる人災だというほかない。

河井夫妻が勾留されている東京拘置所

◆不当な検察の応援団と化しているマスコミ
 
河井夫妻が東京拘置所で延々と勾留されているのは、裁判所が勾留を認め続けているからだ。つまり、検察が不当なことをやりたい放題なのは、裁判所がそれを許しているせいである。

6月に逮捕された河井夫妻は入稿時点でそれぞれ4回、保釈請求をしながら、いまだに身柄を解放されていない。しかし、夫妻がこれだけ長期間、勾留されなければいけない正当な事情があるとも思い難い。

こうした状況をみると、何より問題なのはマスコミだと言えるかもしれない。河井夫妻は検察、裁判所からかくも不当な仕打ちを受けているにもかかわらず、マスコミは検察の応援団と化し、河井夫妻へのバッシングをひたすら続けているからだ。

河井夫妻が国会議員を辞めず、歳費をもらい続けていることを揶揄する報道もあるが、夫妻は収入がなくなれば、裁判費用を捻出することも苦しくなる。つまり、無罪を主張する夫妻が歳費をもらい続けているのを批判するのは、夫妻の被告人としての防御権を否定するに等しい暴論だ。

この事件に関しては、冤罪問題に比較的詳しい左派の人たちも、検察や裁判所、マスコミのおかしさに気づいていないのが現状だ。左派の人たちの多くは安部晋三前首相が嫌いなので、安倍前首相と近い関係にある河井夫妻が不当な刑事訴追を受けてもそれが良いことだと錯覚しているのだ。

こうした状況は大変危ない。当欄では、この事件の見過ごされた問題性を今後も適時、指摘したいと思う。

▼片岡健(かたおか けん)
全国各地で新旧様々な事件を取材している。8月に創業した一人出版社リミアンドテッドから編著『もう一つの重罪 桶川ストーカー殺人事件「実行犯」告白手記』(著・久保田祥史)が近日中に発売予定。

月刊『紙の爆弾』2020年11月号【特集】安倍政治という「負の遺産」他

「絶望の牢獄から無実を叫ぶ ―冤罪死刑囚八人の書画集―」(片岡健編/鹿砦社)

国も東電も、法廷では「100ミリシーベルト以下では被曝リスクは無い」との姿勢を貫いている。

「避難等の相当性の判断に関しては、まず科学的知見の到達点を踏まえる事が重要だと考えており、そうした到達点に立って考えれば、避難指示区域外の原告であっても命にかかわる重大な健康影響を否定出来ない。したがって社会通念上、避難等の相当性は十分に認められると考えております。それが一審原告らの基本的立場です」

「これに対して一審被告らの基本的立場は、『低線量被ばくのリスク管理に関するワーキンググループ報告書』にあるように『放射線による発がんリスクの増加は、100ミリシーベルト以下の低線量被曝では他の要因による発がんリスクに隠れてしまうほど小さく、放射線による発がんリスクの明らかな増加を証明することは難しい』。結論的には100ミリシーベルト以下の放射線の健康影響を実質的に認めない立場をとっております」

「低線量被曝の健康影響」という観点から避難の相当性について主張を続けている小賀坂徹弁護士

今年7月に広島地裁で言い渡された「黒い雨訴訟」の判決では、内部被曝について踏み込んだ判断がなされた。小賀坂徹弁護士は判決文を引用しながら、避難継続の相当性を判断するにあたっては内部被曝も考慮するべきだと主張した。

「内部被曝に関する重要な知見はいくつもありますが、今回引用したのは『黒い雨訴訟判決』です。より広範な範囲での被爆者手帳の交付を認めた判決ですが、内部被曝について次のように述べています。
『内部被曝には外部被曝と異なり、危険性が高いとする知見がある』
『比較的少量の放射性微粒子を摂取したにすぎない場合であっても重大な障害を引き起こすおそれがあるということができる』
『内部被曝については、低線量であっても細胞に長時間放射線が当たることで大きな障害が起こり得ること、低線量・長時間被曝の方が、一次に大量被曝に遭った場合より健康被害へのリスクが高い等の知見がある』
放射線の健康影響については、内部被曝を十分に考慮する事が非常に重要になってきます。その際にはモニタリングポストに示された空間線量のみを基準に影響を考えるのでは不十分で、外部被曝もそうですが、地表面や土壌からの影響を十分に踏まえなければいけません。より被曝の影響が大きいとされる子どもを中心に考えると、より地表に近い地点での放射線量が重要になってきます。これも疑い無いと思います。既に一審で証拠提出していますが、ほぼ全ての原告の避難元居住地の土壌が放射線管理区域の基準値(1平方メートルあたり4万ベクレル)を大幅に上回る結果となりました」

資料図版「外部被ばくと内部被ばく」。国が証拠として提出した資料でも、内部被曝やLNTモデルについて言及されている。一審原告たちの避難の相当性を判断するには、これらの要素は欠かせない

そして、陳述は「LNTモデル」へ移った。確率的影響にしきい値はなく、わずかな被曝によっても健康影響が生じるとする考え方をLNT(直線、しきい値なし)モデルと呼ぶ。

「放射線による『確率的影響』はガンや白血病など、DNAの損傷によって引き起こされるもので、一般的にはしきい値が無いもの。つまり、わずかな放射線量によっても発症すると考えられております。国の提出した「低線量放射線の人体影響を考察する」(放射線総合医学研究所)でも『100ミリシーベルト未満の低線量でも発生することは否定できない影響であり、しきい値はないと考えられている』とされています」

資料図版「LNTモデルをめぐる論争」。国が証拠として提出した資料でも、内部被曝やLNTモデルについて言及されている。一審原告たちの避難の相当性を判断するには、これらの要素は欠かせない

一審原告側が特に重要視しているのは累積被曝線量だ。避難しない、もしくは避難をやめて避難元に戻るという事は、その後何十年にもわたる被曝を強いられるという事だからだ。原告たちはそれを避けるために避難し、今も神奈川県内での避難生活を続けている。

「原告らが居住地を離れて避難をするという事に関しては、長い間そこに生活するうえでの被曝の健康影響を恐れて避難しているわけですので、本件における避難の相当性、避難継続の相当性を判断するにあたっては、一時期の被曝線量では無くて、生涯そこで生活した場合、避難せずに生活した場合の累積被曝線量を考える事が非常に重要です」

「原爆被爆者の疫学調査からは、50ミリシーベルトの被爆では、ガンによる過剰死亡は0・5%とされています。原告らが避難元の居住地で50年間生活すると仮定した場合、累積被曝線量は最も線量の低い原告であっても概ね50ミリシーベルトです。しかもこれは空間線量のみの話です。土壌汚染を考慮すれば、それ以上の健康影響があると考えられます。したがって、本件事故によって50ミリシーベルト以上の累積被曝をした者のうち、少なく見積もっても200人に1人の割合でガンで亡くなるという事になります」

わが子が「200人に1人」に該当しても構わないと考える親がどこにいるだろうか。

「原爆被爆者の疫学調査ではさらに、年齢が10歳下がると、リスクは約29%増加すると報告されています。わが子をこの『200人に1人』にしないために、事故による健康影響で死亡する事を避けるために避難を選択した事が社会通念上過剰反応と言えるかどうか。それが問われているのです。私たちはこれが極めて合理的な、人として当たり前の判断だと確信しております」

「かながわ訴訟」の一審原告のうち、避難指示区域外から避難した原告は23世帯。子どもを連れて避難したのは18世帯だが、うち7世帯は母子避難。事故以前から母子家庭だった5世帯を含めると、12世帯が母子のみの〝過酷避難〟を選択した事になる。

「区域外から避難を選択した原告らは、子どもの命や健康のために自ら家族がバラバラになるような母子避難を含めて選択せざるを得なかったのです。多くの人が自分が生まれ育った故郷でわが子を育てたいと思っていました。しかし、そうした場所にわが子をとどめておくことが出来るかどうか、その選択によって将来、後悔する事にならないかどうか、親としてわが子に何が出来るのか、何をするべきなのか。そうしたものすごい葛藤を経たうえで、やはりわが子の命を守らなければならないという事で避難を選択した。文字通り苦渋の選択をして避難生活を続けています」

2018年7月に一審が結審した際、横浜地裁で小賀坂弁護士はこう述べている。

「原発事故を今回限りのものとするため、二度と被害者を出さないためには、いったん原発事故が起きてしまった場合の損害の重大さ、深刻さ、そして被害回復の困難さというものを社会全体に刻み込まなければなりません。だからこそ、加害者である国や東電の責任を1ミリたりともあいまいにする事は出来ない。だからこそ、有形無形の損害を一つも漏らさず賠償の対象としなければならない。被告らの責任を明確にし、原告らの損害を完全に賠償する事、これらが一体とならなければ再発防止にはつながりません」

それには、汚染と被曝リスクの問題は避けて通れない。控訴審での意見陳述を次の言葉で締めくくった。

「放射線の健康影響に関しては、様々な議論がある事は承知しております。しかしながら、わずかでも過剰被曝をした場合に健康影響は避けられないというLNTモデルに関しての科学的合理性は明らかではないか。しかも、本件原告の場合はわずか1~2ミリシーベルトというレベルでは無くて、50~70ミリシーベルトという線量での被曝影響を考慮して避難しているわけですから、それが科学的知見を前提とした社会通念に照らして妥当だったかどうか。この事に関してはもう、議論の余地はありません。わが子の命を守るために、『200人に1人』にしないために避難を選択した原告たちの避難の選択に関しては十分な合理性があると考えますし、依然として放射線の汚染が続いています。(避難元に戻れないというのは)単なる不安では無くて、科学的根拠に照らした当然の合理的な判断だと考えています。以上です」

第4回口頭弁論は12月4日、14時から行われる。

◎福島原発かながわ訴訟「低線量被曝」訴え続ける小賀坂弁護士
【前編】「避難強いられた原因を忘れていませんか?」
【後編】「『わが子を200人に1人』にしないための避難は当然」

▼鈴木博喜(すずき ひろき)

神奈川県横須賀市生まれ、48歳。地方紙記者を経て、2011年より「民の声新聞」発行人。高速バスで福島県中通りに通いながら、原発事故に伴う被曝問題を中心に避難者訴訟や避難者支援問題、〝復興五輪〟、台風19号水害などの取材を続けている。記事は http://taminokoeshimbun.blog.fc2.com/ で無料で読めます。氏名などの登録は不要。取材費の応援(カンパ)は大歓迎です。

月刊『紙の爆弾』2020年11月号【特集】安倍政治という「負の遺産」他

NO NUKES voice Vol.25

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◆「菅さん、横浜をカジノ業者に売り渡すのか」(横田一)

 

タブーなき最新月刊『紙の爆弾』2020年11月号!

冒頭、菅義偉の冷酷非情さを暴くのは横田一である。総裁選出馬会見のさいに、横田は菅に「菅さん、横浜をカジノ業者に売り渡すのか」「藤木(幸夫)会長を裏切るのですか」と、問いかけた一幕を紹介している。藤木幸夫会長とは、この6月まで横浜港運協会の会長をつとめた、菅義偉総理の恩人である。

カジノ推進をはかる菅総理が「ハードパワー」(藤木会長)を発揮し、林文子横浜市長にカジノ誘致の表明を強いたのは、この欄でも記事にしたことがある(2019年8月30日「横浜IR誘致計画の背後に菅義偉官房長官 安倍「トランプの腰ぎんちゃく政策」で、横浜が荒廃する」)。

それにしても、菅総理の「寡黙な独裁」とあえて表現したいが、フリージャーナリストへの冷淡さは筋金入りというべきだろう。横田は岸田・石破両候補(総裁選当時)にも同じ質問をぶつけ、三者三様の反応をレポートしている。自民党にとっても、やはり菅総裁は最悪の選択だったのではないか。

◆「創価学会が『菅首相』を誕生させた」(大山友樹)

「創価学会が『菅首相』を誕生させた」(大山友樹)は、菅義偉が衆院に初当選した96年の「血を血で洗う選挙」を朝日デジタルの編集委員のレポートでふり返り、その後の両者の変節・変貌を暴露している。菅陣営は上記の選挙でなんと、池田大作のことを「人間の仮面をかぶった狼」と書いたビラを配布したのだという。ために菅の選挙カーは、創価学会の中年女性数人の自転車ごと体当たり攻撃を受けたというのだ。

その後の変節は、手のひらを返したような菅の謝罪劇によるものだ。菅がマキャベリを崇敬しているとは、あまりにも露悪的ではないか。かつて大平正芳は「尊敬する政治家はロベスピエール」と語ったものだが、菅は本当に『君主論』を読んだ上で言っているのだろうか。

◆【特集】安倍政治という「負の遺産」

アベノミクスの総括は、フランス在住の広岡裕児、および非正規の増加を解説する小林蓮実。2013年の1727万人から19年は2120万人に上昇しているという。女性の上昇率はとくに高く、年間数十万で増加している。このまま増え続けると、いよいよ消費は頭打ちになるであろう。

安倍政権の罪業という意味では、「原発ゼロ」が潰されてきたことだろう。小島卓のレポートは、『NO NUKES Voice』に登場した識者たちによる、安倍政権下での原発政策・負の遺産の軌跡を検証したものだ。故・吉岡斉、望月衣塑子、森まゆみ、鵜飼哲、田中良紹、本間龍、米山隆一、菅直人、広瀬隆、孫崎亨ら。

◆衝撃報告「在日米軍がプルトニウムを空中散布している」(高橋清隆)

ショッキングな告発に驚かされる。元海兵隊員の「在日米軍がプルトニウムを空中散布している」(高橋清隆)だ。Chemical trail(空中散布化学物質)のことである。戦闘機のジェット燃料にはハイブリッド燃料が使われているが、その成分にラジウムや臭化セシウム、そしてプルトニウムが含まれているというのだ。

◆「士農工商ルポライター稼業」は「差別を助長する」のか?(松岡利康)

本欄でも既報(松岡利康)のとおり、『紙の爆弾』9月号の記事「政治屋に売り飛ばされた『表現の自由』の末路」(昼間たかし)について、部落解放同盟から申し入れがあった。「士農工商ルポライター稼業」という表現が、部落差別を助長するとの指摘である。本号から数ページを当該記事および「部落差別とは何か」「内なる差別」についての検証に当てるという。

被差別部落の発祥(歴史)、および差別が再生産される社会的・経済的な理由(差別の根拠)については稿を改めたいが、基本的にレイシズム(差別意識)は人間社会に根ざすもので、誰でも犯すものということであろう。まぎれもなく日本は差別社会であり、なかでも歴史的に形成された部落差別は、つねに再選産されているものだ。

とりわけメディアに関わる人間にとって、部落差別を助長する言葉を単に「使わなければ良い」というのではない。差別社会の反映として生み出される差別的な言葉・文章を契機に、その問題点を分析することを通じて、差別をなくす人権意識・反差別の運動に生かしていくことが肝要なのである。70年代の部落解放運動に関わった者として、小生も及ばずながら本欄に論考を寄せていきたい。(文中敬称略)

月刊『紙の爆弾』2020年11月号より

月刊『紙の爆弾』2020年11月号より

月刊『紙の爆弾』2020年11月号【特集】安倍政治という「負の遺産」他

福島第一原発の事故で神奈川県内に避難した人々が、国と東電を相手取って横浜地裁に起こした「福島原発かながわ訴訟」(村田弘原告団長)の控訴審が東京高裁で行われている。弁護団の中で、低線量被曝の危険性から避難や避難継続の相当性について主張を続けているのが小賀坂徹弁護士。2日午後に東京高裁101号法廷で開かれた3回目の控訴審口頭弁論期日では、原告たちが被曝回避のために避難継続している事の相当性を訴えた。原発事故発生から来春で丸10年。小賀坂弁護士の主張を振り返りながら、低線量被曝のリスクや区域外避難について考えたい。

原告団長として闘い続ける村田弘さん。原発事故による放射能汚染が無ければ、住み慣れた福島県南相馬市小高区を離れる事も無かった

「原発事故って何だったのか。それは当然、地域が放射線に汚染されて住めなくなったという事です。そこに子どもなんて住まわせられない、健康に重大な影響が出る恐れがあるから皆さん避難したのです。この裁判は、国の指示に従って避難した人を補償しましょうという裁判では無いんです。もちろん避難指示区域への補償は必要なんですが、そうじゃなくて原発事故って何かというと、放射能の汚染です。放射線によって命に関わる危険にさらされて逃げざるを得なかったという事です。それを忘れていませんか?そう言いたくなります。(『生業訴訟』の仙台高裁判決でも)区域外避難者に対する認容額は、あんなに低い。そこはやっぱり裁判官の発想を変えなければいけないし、世論化して行かなければいけないし、運動の中軸に置かなければいけないと考えています」

小賀坂弁護士は2日、閉廷後の報告集会で力を込めて話した。提訴から一貫して「低線量被曝の健康影響」と「避難(継続)の相当性」について主張してきた。

2016年5月には、100mSv以下の被曝リスクについて「他の要因による発がんの影響に隠れてしまうほど小さい」と過小評価している国の「低線量被ばくのリスク管理に関するワーキンググループ(WG)報告書」に対し、「もはや科学的価値が無い」と批判している。

WGが論拠としている広島・長崎での被ばく調査(約12万人)について「意味はあるが実測できず、核実験のデータから推計するしかない。そもそも限界がある」とした上で「残留放射線や降下物による被曝はほとんど考慮されていない。『非被ばく者』の中にも、実際には被曝した人が相当数いると思われる」と主張。医療被曝に関する疫学調査を引用し、「避難は過剰反応でも何でも無い。低線量被曝のリスクは福島に住んでいる人にも伝えて行かないといけない」と結論付けた。

2019年2月の判決言い渡し直前には、次のように語っていた。

「避難をやめて戻り、避難元に滞在するという事は、被曝し続けるという事を意味するわけです。長期間、被曝し続ける事の意味をどう考えるのかという事を相当詳しく、空間線量や土壌汚染など具体的な数値を提示してきました。原爆被爆者研究の蓄積の中で、同じ放射線量であれば短期被曝も長期被曝も影響はほとんど変わらないと考えて良いという知見もあります。つまり低線量であっても、長期間滞在する事での被曝影響を見ないといけないという事を強調して来ました。その意味では、他の地裁での訴訟よりも踏み込んだ主張をして来ました。そこを裁判所に十分に分かっていただければ、今までの判決の水準を大きく超えるんじゃないかと思っています。それは区域外避難に限らず、避難指示区域であっても基本的にはどの地域での同等の扱いをされるべきだと考えています。それについてどう判断されるのかについても非常に大きな問題です。低線量被曝の健康影響について裁判所が科学的に決着をつけるという問題では無くて、科学的知見を前提にして避難をする事、避難を継続する事が法的に見て原発事故と因果関係があると言えるかどうかを見極めてもらいたい」。

だが、一審・横浜地裁が言い渡した判決では、低線量被曝の危険性について正面から向き合ってもらえなかった。

当時、記者会見で「賠償の内容を考える上で、実際の被曝線量や健康影響に関する科学的な到達点から見てどうなのかというところを全部すっ飛ばしてしまって一般通常人から見てどうかという話になってしまったところが、賠償額の認定に大きく影響したのではないか」、「さまざまな知見を重ねてLNTモデルに従う避難は科学的に合理的だと主張したが、裁判所には十分に伝わらなかった。極めて残念」、「母子避難に対してはそれなりの賠償額が認められたが、賠償額を大幅に引き上げるまでには至らなかった」と悔しさを口にしていた。控訴審では何としてもその壁を打破しなければならない。東京高裁の法廷では、これまでの主張を30分に凝縮して意見陳述した。

「30分にまとめるのは苦労しましたが、きょう法廷で話した事は基本的には誰も反論出来ない話だと思っています。その事を裁判所にきちんと伝える事によって、避難指示区域外から動いた人たちの〝底上げ〟をしたいのです。避難指示が出された内側の区域か外側かでこれほどまでに賠償額に差があるという現実を何とか変えなければいけないと考えています。そのためには被曝の問題をやらざるを得ません。それをこれからもやっていきたいと思います」

「低線量被曝の健康影響」という観点から避難の相当性について主張を続けている小賀坂徹弁護士

法廷での30分間は、福島第一原発事故による被曝リスクや区域外避難を考える上での〝基礎講座〟のようだった。パワーポイントの資料を壁に映し出し、次のように陳述した。

「本件事故によって大量の放射性物質が環境中に放出されて、福島を中心とした広範な地域が汚染されました。その結果、他の災害とは大きく異なる広範、甚大かつ深刻な被害が発生しています。多くの避難者、原告は放射線被曝による重篤な健康影響を避けるために避難指示の有無にかかわらず避難生活を続けているわけです。放射線の健康影響を論じる意味はまず、避難指示が出ていない区域からの避難の相当性。そして、避難指示が出されていた区域の住民も含めて、避難継続の相当性。これを判断するために放射線の問題に言及する必要があります」

「放射線の健康影響そのものについては、未解明の部分が多くあります。むしろ、ほとんど解明されていないと言っても過言ではありません。白血病やガンなど重篤な健康被害が及ぶ事は広く知られていますが、そのメカニズム自体は十分に解明されているとは到底言えない状態です。したがいまして、放射線の健康影響に関しては主として広島・長崎の原爆被爆者の疫学研究に依拠して解明が進められて来ました。この点についても争いが無いところだと思います」

「このように科学的に十分解明されていない放射線の健康影響について、どういう形で司法判断するかという事に関し、(これも何度も引用して来たが)2009年5月28日の原爆症に関する東京高裁判決が極めて明瞭に示しています。そこでは『科学的知見が不動のものであれば、これに反することは違法であるが、科学的知見の通説に対して異説がある場合は、通説的知見がどの程度の確かさであるのかを見極め、両説ある場合においては両説あるものとして訴訟手続上の前提とせざるを得ない。科学的知見によって決着が付けられない場合であっても、裁判所は経験則に照らして全証拠を総合検討し、因果関係を判定すると。まさにこれが確立した判例の法理である』と言っているわけです。これに対して一審・横浜地裁においては、放射線の健康影響に関して『放射線医学や疫学研究上の専門的知見は直接的な基準とならないと解すべき』と判断してしまっており、この事が本件事故の被害について十分理解出来なかった大きな要因になっています」(後編に続く)

◎福島原発かながわ訴訟「低線量被曝」訴え続ける小賀坂弁護士
【前編】「避難強いられた原因を忘れていませんか?」
【後編】「『わが子を200人に1人』にしないための避難は当然」

▼鈴木博喜(すずき ひろき)

神奈川県横須賀市生まれ、48歳。地方紙記者を経て、2011年より「民の声新聞」発行人。高速バスで福島県中通りに通いながら、原発事故に伴う被曝問題を中心に避難者訴訟や避難者支援問題、〝復興五輪〟、台風19号水害などの取材を続けている。記事は http://taminokoeshimbun.blog.fc2.com/ で無料で読めます。氏名などの登録は不要。取材費の応援(カンパ)は大歓迎です。

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