池袋暴走事故 上級国民バッシングで覆い隠された「事件の本当の構図」 片岡 健

昨年4月、東京・池袋で母子2人が死亡、9人が重軽傷を負った車の暴走事故をめぐり、再び「上級国民」バッシングが巻き起こっている。

きっかけは事故直後、車を運転していた旧通産省工業技術院の元院長・飯塚幸三被告(89)が「証拠隠滅や逃亡の恐れがない」として警察に逮捕されなかったことだった。このことを「上級国民」であるための特別扱いだと受け止めた人たちが一斉に非難の声をあげた。

そして10月8日、東京地裁であった初公判。ブレーキペダルと間違えてアクセルペダルを踏み続けた運転ミスがあったとして起訴された飯塚被告だが、次のように「無罪」を主張した。

「アクセルペダルを踏み続けた記憶はない。車に何らかの異常があったのだと思う」

メディアや世間の人々の多くがこれを「罪を免れるための言い逃れ」と受け止め、再び激怒したのだ。

この上級国民バッシングの中、事件の本当の構図が見えづらくなっているように思うので、ここで指摘しておきたい。


◎[参考動画]【池袋暴走事故】飯塚元院長「体力に自信があったが、おごりもあった」書類送検を前に単独取材(TBS「報道特集」2019年11月9日放送)

◆トヨタの前では、元上級国民の老人など吹けば飛ぶような存在に過ぎない

この事件の本当の構図。それを見極めるには、まず飯塚被告が乗っていた車がトヨタのプリウスであることに着目する必要がある。なぜなら、飯塚被告が裁判で「事故の原因は車の異常」だと主張したことは、11人が死傷した事故の「真犯人」がトヨタである可能性を主張したに等しいからである。

言うまでもないことだが、トヨタは日本を代表する大企業であり、財界のみならず、政界やマスコミにも強い影響力を持っている。政権与党である自民党には莫大な企業献金を、マスコミには莫大な広告費をそれぞれ投入しているからだ。

対する飯塚被告。たしかに「上級国民」と形容されるにふさわしい経歴の人物だが、すでに現役を退いており、現在は「かつて上級国民だった老人」に過ぎない。日本の権力構造の最上位に位置するトヨタと利害関係が対立することが明らかになった時点で、飯塚被告が「上級国民」ゆえに特別扱いされることもありえないと明らかになったと言っていい。

◆飯塚被告と利害関係が対立するトヨタは検察ともズブズブという現実

トヨタで社外監査役を務める元検事総長の小津博司氏。飯塚被告と利害関係が対立するトヨタと検察はズブズブだ(トヨタHPより)

トヨタについては、他にも見過ごせないことがある。それは、同社が法務・検察のトップである検事総長の天下りを継続的に受け入れていることだ。

現在、同社の監査役には第27代検事総長の小津博司氏が名を連ねているが、小津氏の就任前は第22代検事総長の松尾邦弘氏が、松尾氏の就任前は第17代検事総長の岡村泰孝氏がそれぞれ同社の社外監査役を務めている。トヨタと検察はまさにズブズブの関係だと言っていい。

こうした事実を踏まえたうえで、改めてこの事件を見つめ直してみよう。そうすれば、「真犯人」はトヨタである可能性を指摘し、無罪を主張している元上級国民の老人が「トヨタとズブズブの関係にある検察」に刑事訴追され、法廷外でも「トヨタから莫大な広告費を投入されたマスコミ」に激しくバッシングされていることがわかる。つまり、微力な老人がトヨタ、検察、マスコミという絶対的強者たちと対峙し、孤立無援に近い状態で闘っているというのがこの事件の本当の構図なのである。


◎[参考動画]検察改革に意欲 新しく就任の東京高検検事長(2011/08/12)

◆アメリカから届いたトヨタに関する驚愕の情報

もっとも、このような話をしても、飯塚被告の無罪主張を「罪を免れるための嘘」と決めつけている人には、今一つピンとこないだろう。そういう人に紹介したいのが、交通事故に詳しいジャーナリストの柳原三佳氏が10月21日、ヤフーニュースで発表した以下の記事である。

アメリカで起きたレクサス暴走死亡事故 緊迫の通話記録と「制御不能」の恐怖

この記事によると、かつてアメリカで自動車が速度制御不能になる事故が相次いだことがあり、とくに1999年から2010年にかけては、トヨタ車だけでそういう事例が実に815もあったという。

絶対に不具合を起こさない乗り物など、そもそもこの世に存在しない。トヨタがどれほど立派な企業であろうが、製造する車に絶対に間違いがないかというと、そんなわけはないのである。

もちろん、飯塚被告の無罪主張を無条件に信じるわけにもいかない。しかし、事故が車の異常である可能性を指摘する飯塚被告の主張は特別奇異なものではないことは確かだ。頭から嘘と決めつけず、その主張に耳を傾け、慎重に真偽を見極める必要があるだろう。そうしないと、かえって事故の「真犯人」が罪を免れ、被害者やご遺族が報われないことになる可能性も否めない。

▼片岡健(かたおか けん)
全国各地で新旧様々な事件を取材している。創業した一人出版社リミアンドテッドから新刊『もう一つの重罪 桶川ストーカー殺人事件「実行犯」告白手記』(著者・久保田祥史)を発行。

月刊『紙の爆弾』2020年11月号【特集】安倍政治という「負の遺産」他
「絶望の牢獄から無実を叫ぶ ―冤罪死刑囚八人の書画集―」(片岡健編/鹿砦社)