ウクライナ戦争への態度 ── 左派陣営の百家争鳴 横山茂彦

プーチンのウクライナ侵略戦争をめぐって、日本の左派陣営に議論が巻き起こっている。史実・事実関係もふくめて、かなり錯綜したものになっているので解説しておきたい。

◆帝国主義間戦争なのか?

まず、戦争の原因から解き起こし、戦争の性格を帝国主義間戦争(覇権争奪)だとするものだ。

NATO(アメリカ)の東進政策がウクライナにおよび、ゼレンスキー政権のNATO加入方針がプーチンを刺激し、東ウクライナの確保のために軍事行動を起こした。したがってロシアも悪いがアメリカも悪い。したがって、ウクライナ人民と連帯し、帝国主義の両陣営を撤退させなければならない。そのためにプロレタリア国際主義で、各国の人民が自国帝国主義を打倒するべきだと。

レーニンの「帝国主義と民族植民地問題」「革命的祖国敗北主義」「多民族を抑圧するプロレタリアートは自由を獲得できない」「プロレタリア革命によってのみ、戦争は廃絶できる」という、戦争にたいするプロレタリアートの原則的な見地である。

あまりにも原則的なこの見地は、しかし現実にはロシア軍の狂暴かつ残虐な侵略行為を、ただちに押しとどめることは出来ない。原則である「プロレタリア国際主義」の具体性がどこにあるのか。論者は説明できないであろう。かれらの頭の中にしかないからだ。

◆侵略戦争に抗する救国独立戦争は第三次世界大戦を招きかねない

いっぽう、ロシアの領土併呑・侵略戦争であるという見地がある。戦争の遠因はどうであれ、現実に侵攻してきたのはロシアであって、アメリカもNATOも軍事介入はしていない。したがって、ウクライナの戦いは救国・独立戦争であると。

かつて、日本が中国を侵略したとき、中国は国共合作で抗日救国戦争を戦った。あるいはナチスドイツの東方侵略に対して、ソ連は大祖国戦争としてドイツの侵略をくつがえした。ウクライナの戦いは、これらと同じ正当な戦争だというものだ。筆者もじつはこの立場である。

この立場はしかし、危うい側面を抱え込むことになる。ウクライナへの武器供与を、NATO軍の参戦とみなしたロシアによる戦線の拡大である。

チェコの戦車提供につづき、スロバキアも旧ソ連の高性能地対空ミサイルS300を提供したと発表した(4月8日)。S300は射程が非常に長く、航空機や巡航ミサイルを撃墜する能力を持つとされる。

これらの武器供給をもって、ロシアがNATO諸国への攻撃に踏み切った場合、第三次世界大戦の契機となりかねない。これから先、世界は危うい局面をたどることであろう。

◆無抵抗主義で戦争は終わらせられるのか

もうひとつの議論に、侵略軍にたいする無抵抗主義、もしくは人命を守るためにプーチンに降伏せよ、というものがある。日本の市民運動の中で、あるいは平和学研究のなかで練られてきた「非暴力の抵抗運動」である。

「紙の爆弾」最新号(5月7日発行)でも、浅野健一が伊勢崎賢治(平和構築学)の言葉を紹介している。

「国民に武器を与え、火炎瓶の作り方まで教えて『徹底抗戦』を呼び掛けた」のは「一番やってはいけないこと。市民に呼び掛けるのなら、非暴力の抵抗運動だ」と、ゼレンスキー政権の抗露戦争の呼びかけを批判している。

しかし、これはキーウ近郊でロシア軍の大量虐殺が明らかになった今も、有効な抵抗運動と云えるのだろうか。ロシア軍の大量虐殺が、武器を持った抵抗になされたものか、無抵抗の者たちを後ろ手に縛って射殺したのかは、その戦争犯罪が解明されなければわからない。

しかし、現実に大量虐殺(遺体の焼却や埋設)が行なわれ、ウクライナ人の強制連行(ロシアへの強制移住)が行なわれているのは事実だ。そしてキーウを攻囲しようとしていたロシア軍が、ウクライナ軍とキーウ市民の激しい抵抗で押し戻され、撤退したのも事実である。

してみると、日本の市民運動や平和学が説く「無抵抗主義」が何の効力もないことがわかってくる。どこまでいっても、平和な日本における無抵抗不服従にすぎないのではないか。現実には、激しい武力をともなう抵抗がロシア軍を撤退させたのだ。

ウクライナの武力をともなう抵抗運動を、日本の市民運動家は太平洋戦争中の日本になぞらえることがある。いわく「欲しがりません、勝つまでは」「竹槍で戦うのと同じだ」という(「テオリア」への池田五律の寄稿)。

だが、彼らはけっして、ナチスに抵抗したヨーロッパのレジスタンスやソ連の大祖国戦争を引き合いには出さない。引き合いに出せないのであろう。

今回のウクライナ独立戦争(ゼレンスキー)は、日本(侵略国)の無謀な戦争継続とは明らかに違い、むしろナチスドイツへの抵抗戦争と同じ構造なのである。あるいは日本の侵略と戦った、中国人民の抗日救国戦争と同じである。

侵略者殺さなければ虐殺される、あるいは無抵抗のまま強制連行される戦争のなかで、無抵抗を呼び掛けるのは人間の尊厳を欠いたものとは言えないだろうか。抵抗の方法を決めるのは、われわれではなくウクライナ国民なのである。

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)
編集者・著述業・歴史研究家。歴史関連の著書・共著に『合戦場の女たち』(情況新書)『軍師・官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)『闇の後醍醐銭』(叢文社)『真田丸のナゾ』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『天皇125代全史』(スタンダーズ)『世にも奇妙な日本史』(宙出版)など。

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