2009年度は2311件中3件、2010年度は2150件中1件、2011年度は2208件中1件、2012年度は2313件中1件、2013年度は2015件中1件……。これらの数字は最高裁で終局した刑事裁判のうち、有罪判決が破棄されて無罪判決が出た事例がどれほどあったかを司法統計をもとにまとめたものだ。最高裁での逆転無罪判決がきわめて珍しいことが統計によく表れている。

こういう現状ゆえ、筆者は冤罪事件を取材していて、控訴審までに無罪判決が出なければ、被告人の運命は絶望的だと思うのが常である。しかしこの事件ならひょっとして……と期待させられる事件もたまにある。その1つが当欄で何度か紹介した広島の放送局「中国放送」の元アナウンサー、煙石博さん(68)の「銀行置き引き」事件だ。

街頭で無実を訴えた煙石さん

◆わかりやすい冤罪事件

煙石さんと共に雨の日に無実を訴えた多数の支援者

煙石さんは2012年9月、自宅近くの広島銀行大河支店で、先客の女性が記帳台に置き忘れた封筒の中の現金6万6600円を盗んだ容疑で逮捕、起訴された。一貫して無実を訴えているが、第一審、控訴審共に有罪(懲役1年・執行猶予3年)と判断され、現在は最高裁に上告している。

この事件は過去お伝えしたように、冤罪であることが比較的わかりやすい冤罪事件だ。まず何より、「被害女性」が銀行内の記帳台に置き忘れた現金6万6600円が入っていた(はずの)封筒は、「被害女性」が退店後、現金が入っていない状態で記帳台の上にあったのが見つかっている。つまり、仮に煙石さんがクロならば、記帳台の上にあった封筒を手に取ったあと、わざわざ中の現金を抜き取り、自分の指紋がついているかもしれない封筒を記帳台の上に戻したことになるわけだ。これだけでも随分変である。

また、煙石さんは「被害女性」が退店後、たしかに記帳台に近づいたことはあったのだが、封筒から煙石さんの指紋は検出されていない。さらに防犯ビデオの映像を見ると、煙石さんは記帳台に近づいたあと、知人の女性と店内のソファーに座ってのんびりおしゃべりをしており、その行動も犯人とは思い難かった。さらに弁護側は控訴審で、防犯ビデオの映像を解析した鑑定書を証拠提出したのだが、煙石さんが問題の封筒に触れたことを否定する鑑定人の証言は説得力に満ちていた。結論を言うと、要するにこの事件はそもそも問題の封筒に本当にお金が入っていたことすら疑わしい事件なのである。

公正な裁判を求める署名に協力する男性。女性は煙石さんの奥さん

ただ、明白な冤罪事件でも無罪判決などめったに出ないのが刑事裁判だ。げんに煙石さんは第一審、控訴審共に有罪と判断されている。そんな中、筆者がこの事件について、最高裁での逆転無罪を期待している理由は被告人を支える人たちの思いや行動が良い流れをつくりつつあることだ。

◆逆転無罪を期待させる要素

3月3日、広島市中心部の繁華街で、煙石さんや支援者らが行った街頭宣伝。当日はあいにくの雨だったが、マイクで無実を訴えた煙石さんと共に支援者ら42人が配布したチラシは約1000枚に及んだ。4月21日には、支援者らが集めた「上告審の公正な裁判を求める」署名2380筆が最高裁に提出された。署名集めなどは現在も継続されているが、支援活動は今後もさらに広がっていきそうな見通しだ。


◎【参考動画】街頭で無実を訴える煙石博さん(2015年3月3日広島)

支援者の冤罪の説明に聞き入る女性たち

近年、最高裁で逆転無罪の判断が出た事例を見ると、被告人が防衛医科大学の教授だった痴漢事件や、裁判員裁判で初の無罪判決が出ながら控訴審で逆転有罪とされていた千葉のチョコレート缶覚せい剤密輸事件など、何らかの話題性、社会の耳目を集めそうな要素がある事件が目立つ。そういう現実に照らせば、この事件は被告人が元アナウンサーということも逆転無罪への好材料として期待できる。

最高裁は通常、公判を開かずに書面のみで審理を行うが、控訴審までの判決を覆す場合は検察側と弁護側が意見を述べる公判が開かれるのが通例だ。そして最高裁の審理は大体半年以内で終わるから、昨年12月に控訴棄却された煙石さんに対し、そろそろ最高裁が何らかの判断を示してもおかしくない時期となっている。

この裁判の行方や煙石さんの近況は「煙石博さんの無罪を勝ちとる会」のホームページで適時報告されている。少しでも多くの人に注目して欲しい。

▼片岡健(かたおか けん)
1971年、広島市生まれ。早稲田大学商学部卒業後、フリーのライターに。新旧様々な事件の知られざる事実や冤罪、捜査機関の不正を独自取材で発掘している。広島市在住。


◎【参考動画】「煙石博さんの無実を勝ちとる会」の総会で事件のことを説明する久保豊年弁護士(2015年1月16日)

◎広島の元アナウンサー窃盗「冤罪」事件の控訴審がスタート(2014年5月30日)
◎広島の元アナウンサー窃盗事件で冤罪判決(2013年12月6日)
◎「冤罪」と評判の広島地方局元アナウンサー窃盗事件(2013年9月20日)

 

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