NJKF DUEL.8とKICK Insist6 ──勇気を持って強豪に立ち向かった二つの興行!

まだ日本の頂点ではない現段階、今後の挑戦が能登龍也の真のチャンピオンロード

NJKF若武者会は、30代~40代の若い世代のNJKF加盟ジム会長で組織される「DUEL」という興行名で昨年の4月から開始し、今回で8回目。ディファ有明は初進出。会場規模もマッチメイクも一層向上してきました。

新日本キックボクシング協会のビクトリージムも年々マッチメイクが向上している「KICK Insist」を開催しています。東日本大震災復興チャリティーイベント として2011年から開催し、11月6日は熊本地震チャリティーとして、15試合中3試合が日本vsタイ国際戦、10試合が他団体かフリージムとの交流戦と、共催ながらビクトリージムならではの興行体制でした。

◎NJKF DUEL.8 /
10月30日(日)ディファ有明16:00~21:00
主催:NJKF若武者会 /
認定:ニュージャパンキックボクシング連盟

元・WBCムエタイ世界スーパーライト級チャンピオンの大和哲也(大和)は昨年5月に敗れた相手へのリベンジマッチの予定でしたが、怪我で欠場となり、後輩の真吾YAMATOが代打で出場。

1996年1月生まれの20歳で、10戦7勝(3KO)2敗1分の戦績で元ムエタイチャンピオンに挑みましたが、第2ラウンドにゴーンサックにパンチで2度ダウンを奪われ、最後は第4ラウンドに左ハイキック一発で倒される、荷が重い内容でしたが、勇敢に向かった試合でした。

ローキックで攻め立てる波賀宙也

波賀宙也はバランスいい元ムエタイチャンプにローキックでたじろがせる圧倒を見せ判定勝利。日本人選手がかつてやられたパターンで、こんな逆転した展開を見せる時代になったことを実感させられる試合でした。

NJKFフライ級王座はパンチでダウン奪った能登が形成逆転、大田のヒジ、ヒザのムエタイ技での優勢は一気に空気が変わり、後半も能登のパンチが活き僅差ながら判定勝利で第10代チャンピオンとなりました。

《主要4試合》

◆64.5kg契約 5回戦

NJKFスーパーライト級2位.真吾YAMATO(大和)
    VS
ゴーンサック・シップンミー(タイ)=元ルンピニー系フェザー級、スーパーフェザー級チャンピオン
勝者:ゴーンサック / TKO 4R 0:48 / ノーカウントのレフェリーストップ
主審 山根正美

◆56.0kg契約 5回戦

WBCムエタイ日本スーパーバンタム級チャンピオン.波賀宙也(立川KBA) 

ゴーンサックの左ミドルキックは重かった
左ハイキックで倒された真吾

    VS
クワンペット・ソー・スワンパッディー(タイ)=元ルンピニー系バンタム級チャンピオン
勝者:波賀宙也 / 判定3-0
主審 多賀谷敏朗 / 副審 西村50-47. 竹村50-47. 山根50-47

◆NJKFフライ級王座決定戦 5回戦

1位.大田拓真(新興ムエタイ)vs2位.能登龍也(VALLELY) 
勝者:能登龍也 / 判定0-2
主審 松田利彦 / 副審 西村48-48. 多賀谷48-49. 山根47-48

◆NJKF女子(ミネルヴァ)アトム級(102LBS)王座決定戦3回戦 

佐藤怜南(team AKATSUKI)
    VS
C-CHAN(T-GYM)
引分け 三者三様(公式記録) / 主審 多賀谷敏朗
副審 竹村30-29(9-10). 西村28-29(9-10). 山根29-29(9-10)
延長戦0-3(三者とも9-10)による“勝者扱い”でC-CHANが新チャンピオン

◎KICK Insist6
11月6日(日) ディファ有明16:00~20:45
主催:ビクトリージム、治政館ジム / 認定:新日本キックボクシング協会

C-CHANがデビュー1年でチャンピオンへ

やっぱり厚かったムエタイの壁、瀧澤博人は念願の“現役”ムエタイチャンピオンとの対戦も、内容的に大差を付けられる完敗。蹴りもパンチも単発では崩せないが、次に繋げさせないカオタムの距離とバランス。ラウンドが進むにつれ、瀧澤のパターンが読まれると組まれてヒザ蹴りのカオタムのペースに巻き込まれる経験値の差がありました。これで奮起するのが瀧澤博人、次の国内防衛戦を通過点として、またムエタイ第一線級戦士に向かっていくでしょう。

山田航暉は元・タイ東北スラナリースタジアム・ミニフライ級チャンピオンのラチャシーに、ローキックで勝機を掴み、2度目のダウンになるローキック後、崩れ行くところを顔面にキック、そのままノーカウントのレフェリーストップ勝ち。

石原將伍は元・タイ国ムエスポーツ協会ランカーのゴーンポンレックに強打が通じず、戦法読まれて攻め倦む判定負け。

大田原友亮はムエタイ技の基礎が出来ている選手ですが、キックボクシングのリズムが噛み合わず凡戦が多くまたも引分け。

日本ヘビー級チャンピオン初戦の柴田春樹は、総合格闘家の酒井リョウとキックの試合には成り難いリズムが狂った展開でも、ダウンと酒井の反則減点で大差判定勝利。

《主要5試合》

蹴る威力が増し、元ムエタイ地方チャンピオンを圧倒した山田航暉

◆55.6kg契約 5回戦

日本バンタム級チャンピオン.瀧澤博人(ビクトリー/55.55kg)
VS
タイ国ラジャダムナン系スーパーバンタム級チャンピオン
カオタム・ルークプラパーツ(タイ/55.1kg)
勝者:カオタム・ルークプラパーツ / 判定0-3
主審:椎名利一 / 副審:桜井48-50. 少白竜47-50. 仲47-50

パンチの距離を狂わされた石原將伍

◆51.5kg契約 5回戦

WMC日本スーパーフライ級チャンピオン.山田航暉(キングムエ/51.3kg)
VS
ラチャシー・ギャットアノン(タイ/50.9kg)
勝者:山田航暉 / TKO 3R 1:28 / 主審:仲俊光

◆59.0kg契約 5回戦

日本フェザー級1位.石原將伍(ビクトリー/58.9kg)
VS
ゴーンポンレック・ギャットゴーンプン(タイ/58.3kg)
勝者:ゴーンポンレック・ギャットゴーンプン / 判定0-3
主審:少白竜 / 副審:桜井47-49. 仲47-49. 椎名47-49

アトム山田と大田原友亮はドロー

◆58.0kg契約3回戦

ユウ・ウォーワンチャイ(=大田原友亮/ウォーワンチャイ/57.65kg)
VS
JKIフェザー級1位.アトム山田(武勇会/57.7kg)
引分け 0-1 (29-30. 29-29. 29-29)

◆ヘビー級3回戦

日本ヘビー級チャンピオン.柴田春樹(ビクトリー/92.65kg)
VS
酒井リョウ(バラエストラ松戸)
勝者:柴田春樹 / 判定3-0 (三者とも30-26)

◆取材戦記

蹴り合いは少なかったが、立ち技の経験値で勝利を導いた柴田春樹

NJKF興行では女子の試合は「ミネルヴァ」と表現しています。ローマ神話の女神に名称を由来すると言われおり、カッコいい名称ですが、一般の方が見た場合、何の試合か分かるでしょうか。最近、NJKF関係者に「ミネルヴァと書いてください」と言われたこともありました。しかしそこは「女子キック」と表現しなければ一般の方には分からないでしょう。

今回のDUELでは各選手のウェイトが発表されませんでしたが、全選手リミット内であったようです。ウェイト競技たるもの、計量記録も大事な試合の内と思います。前日公開計量のある興行では、選手の調整具合がしっかり読めてくることあるので、こういう機会は増やして欲しいと思います。

次回NJKF興行は11月27日(日)後楽園ホールでの「NJKF 2016.7th」に於いてWBCムエタイ・タイトルマッチ5試合が主要試合として行なわれます。

新日本キックボクシング協会の藤本ジム主催興行は12月11日(日)に後楽園ホールに於いて「SOUL IN THE RING.16」が行なわれます。

過去の敗戦を糧に強くなった瀧澤博人、更なる奮起に期待

[撮影・文]堀田春樹

▼堀田春樹(ほった・はるき)
フリーランスとしてキックボクシングの取材歴32年。「ナイタイ」「夕刊フジ」「実話ナックルズ」などにキックのレポートを展開。ムエタイにのめり込むあまりタイ仏門に出家。座右の銘は「頑張るけど無理しない」

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国内コンビニ発祥の地「ココストア」閉店に想う春日井サウダージ

角には中日新聞、その横にクリーニング屋、八百屋、ココストア、藤山台センター(市場)などが並んでいたのが当初の町並みだったのではないだろうか。なにせもう45年程前の姿なので、その記憶は定かではない。ココストアの位置する商店街界隈の近くには、また別の小さな商店街があり、小ぶりながらおもちゃ屋や書店、散髪屋も並んでいた。さらにスーパーマーケット、「松坂屋ストア」はいつも買い物客でにぎわっていた。

ココストアはその後一時、店の名前が変わったような記憶もある。どうして「こんなに小さい店が市場やスーパーの隙間でやっていけるのか」と幼心に疑問だった記憶はあるが、あれが今日どの町にも見かける「コンビニエンスストア」の日本における第1号店だったとは、想像する由もなかった。当たり前だけれども当時は「コンビニエンスストア」なる名称もなかったし、概念もなかったのだか至極当然ではある。

愛知県春日井市の高蔵寺ニュータウン内に位置するこの店舗の前を、幼少時代には親に手を引かれ毎日のように通っていた。市場や八百屋、スーパーマーケット店内の姿は覚えているのに、この店に入った記憶はない。その後、成人して夜遅くにタバコを切らすと、品揃えがよかったのと、遅くまで開いているから便利でしばしばお世話になった。大学から休みに帰省すると、この店の前で深夜、悪友たちと顔を合わせたことも何度かあった。

ココストアのテレビCM

今日の「コンビニ時代」の先駆けがあの場所から産声を挙げていたのは、先日同店舗が閉店となったニュースに接して初めて知った。周りにあった市場や他の店舗は、大規模ショッピングモール(サンマルシェ)の影響を受けてか、早々に店を閉めたが、あの商店街でもコンビニだけは45年間健在だったのだ。

ココストアのテレビCM

団地内に現在、全部で幾つのコンビニが今あるのかは解らないが、かつて生鮮食料品を中心に地域では一番の売り上げを誇っていた「松坂屋ストア」すらが撤退した後、団地の姿は大きく変わっている。春日井市の統計によれば現在高蔵寺ニュータウンに住所を置いている人の数は4万人を超えるとされているが、往時同所に居住していた人間にとってこの数は甚だ疑わしい。

ココストアのテレビCM

◎[参考動画]国内コンビニ“1号店”閉店(2016年11月17日CBCテレビ)

私がこのニュータウンで生活した初期は、まだ新しい団地の建設も進む勃興期で人口は毎年増加し、団地には子供の声が響き、小学校も1学年3~5クラスはあった。山を切り開いたニュータウンには当初、歴史も文化も人々の営みの積み重ねもなかったけれども、夏には大公園や各小学校で盆踊りが開催され、小学校では子供会毎に球技を競う大会が盛んだった。当時人口は3万だと聞いていた。しかし私の居住していた地域では早くも1980年頃に子供の数が減り始め、子供会は80年代後半に解散をしてしまった。私が一時在籍した藤山台東小学校は廃校になる年の卒業生がわずか2名だったそうだ。

ココストアのテレビCM

ニュータウンの中心部は旧住宅公団(現在のUR)が維持管理する賃貸の団地が主たる建物を占めるが、中には分譲され個人が保有しているものもある。本来はここが人口密集地帯のはずだが、団地の窓を見渡すと空き家が目立つ。目視しただけでも2~3割は空室のように見える。ニュータウンの周辺には一戸建て住宅や工場などが広がっている。

数年前、久方ぶりに同ニュータウンを訪れた時、中心部には昼間だというのにほとんど人の姿が見当たらなかった。子供の声ももちろん聞こえない。前述の通りが一時通っていた藤山台東小学校は廃校となり、どうやら3つの小学校が統合されたようだ。賑やかだった藤山台の中心地、松坂屋ストアの跡地には介護関係の事務所が入っている。小中学校の給食を調理し、配達をしていた「給食センター」も取り壊されていた。

その時は、以前このコラムで言及したが、何とも表現しにくい気分になった。そして「日本初のコンビニ」閉店のニュースは、どこかでこの街の宿命と結びついているのではないか、との邪推を喚起させる。今日私(たち)は避けがたく日々コンビニを利用する。便利なようだけれども並んでいる商品はどこも同じだし、店員さんと仲良くなることはあっても「きょうはこのサバがいいよ」とか「しゃあない、特別にまけとくわ」といった会話はない。コンビニ内は常に無機的である。

無機的住居空間の総合体として計画され、今やセピヤ色の空気が漂うニュータウンでのコンビニ閉店劇には、ひねくれ者のの私は「強制の宿命」と「寂しさ」を感じる。私はあの「寂しさ」に耐えきれず、同地を後にした。でもまだそこで暮らしている旧友がいる。長く連絡を取っていないことに気が付いた。あいつら今でも元気だろうか。


◎[参考動画]ココストアのテレビCM コジコジ(さくらももこ 1998年)


◎[参考動画]ココストアのテレビCM


◎[参考動画]日本最初のコンビニ:ココストア藤山台店

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

『反差別と暴力の正体――暴力カルト化したカウンター-しばき隊の実態』
重版出来!『ヘイトと暴力の連鎖』!
 
『NO NUKES voice』第9号 特集〈いのちの闘い〉

韓国ソウル抗議集会の圧倒──世代・階層を越えた126万人超のダイナミズム

ソウル市庁前広場のメインステージからの写真。奥まで人がびっしりと密集している
車道を埋め尽くす市民。ピンク色の服と帽子を身に着けているのはサービス業に携わる女性労働者達

事の発端はパククネ(朴槿恵)大統領の「親友」とされるチェスンシル(崔順実)氏にまつわる国政介入疑惑だった。JTBCという韓国の放送局が、大統領の演説草稿などの機密資料がチェスンシル氏に渡っていたことを報道。翌日、パククネ大統領は資料提供を認めて公式に謝罪した。

◆チェスンシルゲートと財閥支配への憤り

その後の調査やマスコミの報道で、その恐るべき実態が次々と露わになった。チェスンシル氏や前首席秘書官らは逮捕・起訴されている他、チェスンシル氏の娘の名門大学への裏口入学疑惑や、姪のスポーツ選手育成センターの資金横領疑惑での逮捕など、逮捕者が相次いでいる。一連の騒動は、アメリカのリチャード・ニクソン大統領が辞任するきっかけとなった「ウォーターゲート事件」にちなみ「チェスンシルゲート事件」と韓国国内では呼ばれている。

駅構内に貼られた風刺画。パククネがチェスンシルの操り人形になって動かされている

さらに特筆すべきは、チェ母娘がドイツに設立したスポーツコンサルティング会社に、韓国最大の企業のひとつであるサムスンが不正に資金提供したとして、サムスン電子など9か所に家宅捜索が入ったことだ。韓国の人々の怒りと疑念の矛先は、私人が国政に介入したというスキャンダルであるにとどまらず、韓国社会における財閥支配の実態にまで及んでいる。

日本同様、韓国社会も失業や就職難、非正規労働者の増加、過剰競争に苦しめられている。全体の失業率は今年の10月の時点で3.4% 、若者に限って言えば、およそ10人に1人は失業しているような有様だ。また、非正規労働者の数は、全労働者の半数に及ぶ。多くの若者にとって、韓国の未来は明るくない。こうした韓国社会の行き詰まりが、チェスンシルゲート事件をきっかけに人々を街頭に向かわせたのだ。

メインステージ広場に入りきれず、路上に出た参加者にも集会の様子を伝えられるようクレーンで吊るされたスクリーン
ソウル市庁駅の構内でもミニ集会が行われていた

 
◆1503団体126万人超の11月12日集会

そして、11月12日、ソウル市内は同市の発表で126万人以上もの群衆に埋め尽くされた。毎年この時期には韓国最大の労組ナショナルセンターである民主労総(民主労働組合総連盟)の集会が行われていて、昨年の11月には光化門前でデモに参加したぺク・ナムギという名前の農民が警察によって放たれた高圧放水を受けて殺されている(2016年9月25日に死亡)が、この日の集会は1503の団体で取り組まれ、歴代最大規模だという。

まず、集会にあらゆる階層や世代が集まっていることに驚く。老人たちが険しい顔つきで座り込んでいるかと思えば、中学生や高校生と思しき若者達も繁華街に遊びに行くような恰好でシュプレヒコールを挙げていた。また、韓国の活動家に話を聞いたところ、この日のために地方からソウルに現地入りし、一泊してから集会に参加している人々も大勢いたらしい。

集会やデモの迫力にも圧倒された。ソウル市内にはメインステージの広場の他にも、数か所に巨大スクリーンとクレーンでつるされたスピーカーが配置されて集会の同時中継が行われていて、集会は集会参加者の発言やシュプレヒコールのみならず、歌や踊り、ウェーブ、映像などを交えて進行していく。演説に猛々しい音楽をかぶせたり、短いシュプレヒコールを何度も力強く繰り返す様からは、民衆の怒りと統一感がひしひしと伝わってくる。

昨年警察の高圧放水を受け、今年の9月に死亡した農民、ぺク・ナムギの追悼壇

◆参加者の多さに困惑する警察

時間が経つにつれて参加者はどんどん多くなっていき、足の踏み場もないほどになった。夕方に集会が終了した後は、大統領官邸の青瓦台に向かってデモ行進を行ったが、あまりにも参加者が多いため、出発にかなりの時間を要した。日も暮れて暗くなってくると、紙コップにアイスの棒のようなものを刺したキャンドルを持って歩く人々が増えてきた(なかにはちゃっかり商売としてキャンドルを売る露店もあった)。各所で自然発生的にシュプレヒコールや歌が歌われていて、ソウル中心部一帯は一層解放区の相を呈していく。もちろん、車道も人で一杯になっていた。

青瓦台付近に迫る市民。先頭には、警察の車両と遮蔽壁に阻まれるも、さらに青瓦台に近づこうとする若者や労働者が

夜になり、デモ隊が青瓦台の付近まで迫ると、警察が配置した大量の警備車両と遮蔽壁に阻まれたが、最前線では主に若者たちが壁をよじ登って何度も突破を試みる。集会からしてそうだったが、警察官や機動隊員の姿が数人しか見られないのが印象に残っている。

先述したように、これだけデモ参加者が多いと、さすがに警察も困惑していて、容易には手出しできないようだった。日付が変わっても、参加者の多くは帰ろうとせず、韓国では著名なバンドによる支援ライブや、各所でミニ集会が行われていた。

◆19日にも韓国全土で100万以上が結集

その後もパククネ退陣を求める抗議行動は連日全国各地で取り組まれている。今週の19日には再び大規模な抗議集会が呼びかけられ、韓国全土で100万以上が結集した。なかには日本のセンター試験にあたる修学能力を終えてデモにやって来た高校生たちも大勢いたという。

民主労総は「パククネが辞任しなければゼネストを決行する」と宣言しているが、パククネは一切応じようとはしていない。この先もまだまだ攻防が続きそうだ。

深夜になってもキャンドルを手に路上を占拠し続ける市民

(井田 敬)

『反差別と暴力の正体――暴力カルト化したカウンター-しばき隊の実態』
『ヘイトと暴力の連鎖』
「世に倦む日日」田中宏和『SEALDsの真実――SEALDsとしばき隊の分析と解剖』

《本間龍10》 電通セカンドインパクト──事態は悪化の一途を辿っている

前号では、10月中旬頃に安倍首相が直々に電通社長に注意を与えたことを書いた。電通が独占受注しているオリンピック業務への影響を懸念しているからだが、安倍の心配をよそに、事態はさらに悪化の一途を辿っている。

ウェブ版週刊現代2016年11月17日

◆呪縛が解け始めているメディア

何よりも、労働局が遂に強制捜査に踏み切ったことは、電通経営陣に相当な衝撃を与えたはずだ。前回の10月14日に実施された調査とは異なり、今回は捜査令状と強制力を伴う捜査であり、これで書類送検は決定的になったからだ。僅か一ヶ月足らずで捜査に切り替えたのも、当局が立件できる自信があるからだろう。

少し前まで電通については腫れ物に触るようだったメディアも、徐々に呪縛が解け始めている。先週号の週刊現代(2016年11月26日号)は『逮捕におびえる天下の電通「屈辱の強制捜査」全内実』の記事で、労基法の122条2項を根拠(違法状態を知っていて是正しなかった事業主は処罰される)に、石井社長の逮捕もあり得ると書いている。

ちょっと前なら「電通の社長を逮捕」など、絶対にあり得なかった記事で、僅か数ヶ月前と隔世の感がある。とはいえ気を吐いているのはもっぱら活字メディアだけで、電波(テレビ・ラジオ)は相変わらず第一報は流しても、番組内のコーナーなどで取り上げたりはしていない。NGワードがありすぎて、コメンテーターが発言できないからだろう。

産経新聞2016年11月14日

◆事件の影響は次の決算に反映される

また現状では、一連の事件の影響はまだ数字となって現れてはいない。11月14日に発表された1~9月期の電通の業績は17%増となっている。不正請求の記者会見が9月24日だったのと、新入社員過労死の労災認定による騒ぎが巻き起こったのは10月以降だから、その影響が反映されるのは次の決算発表においてだろう。

だがこの決算で目を引いたのは、「リオデジャネイロ五輪や東京五輪関連のスポンサー収入が利益を押し上げた」という発表部分だ。私は再三に渡って五輪関係のスポンサー収入の巨大さを指摘しているが、今期の電通はまさしくその数字の恩恵に浴していると言っていいだろう。逆に言えば、もしその独占が崩れれば、相当な痛手となるということだ。

そこで、この一連の事件で電通の社長が逮捕されたり、会社が刑事訴追を受けた場合に、電通の官庁関連業務が停止となる可能性がクローズアップされてくる。それが直結するのが、電通が独占している五輪関連業務だ。これだけ「ブラック企業」としての悪評が確立し、さらに刑事訴追まで受けるような企業が税金を使った業務をするなど、国民の理解を得にくくなるのは当然だ。だが細かく考えると、労基法違反を根拠とするペナルティ条項を設けている官庁や公益法人は殆どないと考えられ、どの法律を根拠に業務停止とするのかが問われることになる。

NHK2016年11月17日

◆他代理店への五輪業務移管は相当困難

また、実際問題として今まで全ての業務を遂行してきた電通を業務停止にすることは、法律的には有り得ても、実行面では相当な困難が伴う。先ず、いきなり全ての業務をとって変われるマンパワーが日本国内に存在しない。もちろん博報堂やADKにもスポーツ事業の専門家はいるが、オリンピックは他の業務と兼業できるようなレベルではなく、専業にして出向させなければならない。その人数も数十人単位が必要だ。

そして業務内容も、これからいよいよオリンピック実施に向けた様々なプロモーションやイベントが開始される時期に差し掛かっている。量的には、少なくとも現在スポンサーになっている42社に加えてさらに数十社のプロモーションを同時進行で動かしていかなくてはならない。こうした作業を途中だけ手伝って、業務停止期間終了後にまた元に(電通に)戻すなど、過去には全く例がないことだ。つまり、もし本当に電通が業務停止になったら、スポンサー契約を他の代理店に切り替えて業務を全部任せるか、業務ごとに(業務停止中のCM制作、その他広告制作、イベント等)細かく委託し、時間的に間に合わない作業だけを他代理店にやらせ、電通の謹慎空けを待つしか方法はない。

◆この先にまだ何が出てくるのか分からない

以上のように、現実的な視点で考えれば、このタイミングでの電通の業務停止や、それに伴う他代理店への業務移管は相当困難であることが分かる。しかし、だからといって、国の行政機関が強制捜査まで実施し書類送検した「ブラック企業」に、世界的な採点である五輪を任せて良いのかという「道義的責任追及論」が台頭することは避けられない。もし五輪業務が電通の一社独占でなく複数の代理店が絡んでいれば、電通が業務から外される可能性は十分にあった。電通が抜けても、他社がその穴埋めを出来るからだ。

しかも、現時点でも電通のブランドイメージは完全に失墜しているのに、この先にまだ何が出てくるのか分からない状況だ。労働局による捜査結果の発表はこれからだし、ネット業務の不正請求の最終報告もまだだ。つまり、これから先数ヶ月に渡って、電通にとって更なるネガティブ情報が出る恐れはあっても、信頼回復の目途は全く立っていないのだ。

◆労働局による書類送検で始まる電通事件第2章

以前私は、電通はコンシューマーを直接相手にしていないから、なかなか痛手を受けないと書いた。しかしこれには逆の作用もあって、コンシューマーを相手にしていないから企業としての謝罪姿勢が届きにくく、その取組みも見えにくいという側面がある。一般的な企業なら、不祥事を起こしたら謝罪広告を打つとか、店頭で配るパンフにお詫びを入れるという手段があるが、電通にはそれがない。つまり、イメージ回復のための、起死回生の一手などないということだ。

いま現在、上記のような電通の業務停止可能性について論じた記事はサンデー毎日(2016年11月27日号)しかない。全国紙4紙は揃って五輪スポンサーになっており、五輪盛り上げムードに水を指すようなこの話題にはなるべく触れたくないだろう。しかし、労働局による書類送検が行われた時点で世論の関心は一斉にこの問題に集まる。そこからがこの電通事件第2章の開幕となるのだ。


◎[参考動画]元博報堂・本間龍氏がスクープ証言!(Movie IWJ 2016/11/12公開)

▼本間龍(ほんま りゅう)
1962年生まれ。著述家。博報堂で約18年間営業を担当し2006年に退職。著書に『原発プロパガンダ』(岩波新書2016年)『原発広告』(亜紀書房2013年)『電通と原発報道』(亜紀書房2012年)など。2015年2月より鹿砦社の脱原発雑誌『NO NUKES voice』にて「原発プロパガンダとは何か?」を連載中。

事実の衝撃!『反差別と暴力の正体――暴力カルト化したカウンター-しばき隊の実態』
 
『NO NUKES voice』第9号 好評連載!本間龍さん「原発プロパガンダとは何か?」
 
商業出版の限界を超えた問題作! 全マスコミ黙殺にもかかわらず版を重ねた禁断のベストセラーが大幅増補新版となって発売開始!

『反差別と暴力の正体』への反響、有田芳生議員へ問う!

 
 

 
11月17日に発売された『反差別と暴力の正体』は、猛烈な反響を呼んでいる。アマゾンへは3度納品したがそれも既に売り切れた。21日更に230冊納品し、鹿砦社の在庫も底をつき、残りは書店に並んでいるものだけだ。

発売前に『反差別と暴力の正体』の告知をした途端にアマゾンへは予約が殺到したようだ。また反響も凄まじい。主としてTwitter上であるが、評価9割、非評価1割といったところだろうか。鹿砦社はかねてより「左派系」出版社との認識をお持ちの方が多いようだ。「左派系」かどうかはともかく、鹿砦社が何事にも“批判的”な視点を持ち、付和雷同ではない“本音”の言論を目指していることは間違いない。

当然、このようなご時世であるから、政治や世界を論評すれば、必然的に「反体制的」な視点にならざるを得ない。最低、最悪の政権下での暮らしを余儀なく押し付けられている私たちは、当たり前だが〈権力〉を撃つ。

同時に「反差別」「反権力」「マイノリティー擁護」といった、耳ざわりの良いフレーズを謳い文句に、その実真逆の行動を取る連中が、政権や権力中枢同様に危険であることも歴史が証明するところだ。この国が何度も繰り返してきた〈下からのファシズム〉だ。よって鹿砦社は「M君リンチ事件」を放置はできなかったのだ。

こんな表現を本当は使いたくはないが、鹿砦社は出版界のマイノリティーだ。「M君リンチ事件」はメジャーマスコミに早期から知れ渡っていたが、どの報道機関・出版社もこの事件を報じることなく、放置・傍観していた。しばき隊は言う、「マイノリティーの権利を守れ!」と。守ってもらおうではないか。出版界のマイノリティー鹿砦社を!(もちろん冗談だ)。

Twitterではなく長文のメールで感想を寄せてくれた方がいた。その中で以下の記述があった。

〈「しばき隊」犯罪の隠蔽工作を貫徹しようと思ったら、証拠物件の破壊は第一段階ですが、犯行暴露の意志をもつ人々を、切り崩そうとしたり、抹殺することだってやりかねないと思います。なにしろ既成左翼や既成の社会正義団体や名前の売れた既成の「社会正義市場の文化人・大学人」などの「左翼ぶりっこ」稼業を脅かす問題なのですから。

鹿砦社スタッフに対する「事故とみせかけた暴行や殺傷」の試みすら、奴らは行なう可能性があると考えて、「街を歩くときはクルマに気をつける」とか「駅では後ろから押される恐れがあるのでプラットホームでは中央付近に居るようにする」などの基本的な身辺防衛に努めたほうがいいと思います。
神経質のように思えるでしょうが、革命的警戒心は必要です。

激動の時代は、偽善の仮面が剥がれる、文字どおり「試練の時代」です。
そういう時代には「誠実に怒り、誠実に闘う」ことが、パワーになると私は信じています〉

この方のアドバイスは些か過剰と思われる読者もいるかもしれないが、あながち失当ではない。表面上『反差別と暴力の正体』で質問状を送った人たち全員に本書を贈っているが全員が「沈黙」している。しかし、今回質問状は送っていないが、取材担当の寺澤有が取材を申し込みながら断った人物がいた。

伊藤大介氏のFacebookで見つけた有田芳生議員の書き込み

これは「M君リンチ事件」裁判で被告になっている伊藤大介氏のFacebookだ。何度も質問状を送った有田芳生議員が「事実でないことが、さも事実であるように書いてありますね」と、明確に述べている。偶然有田議員の傍には野間易通氏がいたという(ずいぶん懇意だと告白してくれている)。

 
 

有田議員に尋ねる。『反差別と暴力の正体』中、どの部分が「事実」ではないのか。貴殿がFacebookやTwitterで発信するのは、一般人が発信するのと訳が違う。あなたは国会議員、つまり公人中の公人だ。寺澤有の取材要請に応じることなく、なにおかいわんやである。

われわれの取材や分析に「事実ではない」ことがあるのであれば、訂正をしなければならない。誤った解釈や判断でどなたかを傷つけたのであれば訂正をするのにやぶさかではない。であるから有田議員には必ずこの質問には答えていただきたい。万が一具体的な誤りの指摘がない場合は国会議員による「マイノリティー出版社」への、恣意的な「圧力」と判断するしかない。

『反差別と暴力の正体』の中で松岡が述べている通り、やや大袈裟ではあるが「私たちは命をかけて」取材し、本書を世に出した。真っ当な批判や事実誤認の指摘であればもちろん受けて立つ。

しかし、そうでない場合は、われわれにはそれなりの覚悟がある。まだ弾薬庫は空ではない。

(鹿砦社特別取材班)

『反差別と暴力の正体――暴力カルト化したカウンター-しばき隊の実態』(紙の爆弾12月号増刊。11月17日発売。定価950円)

【内容】

1  辛淑玉さんへの決別状

2  「カウンター」「しばき隊」とは何者か?――
背景と呼称について

3 リンチ犯罪を闇に葬ろうとする市民運動つぶしの
“テロリスト”たちを許してはならない!

4 リンチ事件をめぐる関連人物の反応――
著名人、知識人、ジャーナリストらの沈黙、弁明、醜態

5 M君リンチ事件の経過――
驚嘆すべき大規模な〈隠蔽工作〉と〈裏切り〉の数々

6 二つの民事訴訟(対李信恵らリンチ事件加害者、対野間易通)
提起の経緯と概要

7 合田夏樹脅迫事件 
有田芳生参議院議員が沈黙する理由

8 “見ざる、言わざる、聞かざる”状態に警鐘!――
M君リンチ事件と、「カウンター」-「しばき隊」の暴虐に対する私たちのスタンス

[補項]

ろくでなし子さんアムネスティ講演会中止未遂事件としばき隊ファシズム

「カウンター」-「しばき隊」相関図

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急速な勢いで忘れ去られた衝撃事件「宇都宮元自衛官連続爆発事件」の現場は今

どれほど社会を騒がせた重大事件も少し時間が立てば、すぐに人々の記憶から消えていく。あとから次々に新しい重大事件が起こるためである。最近起きた事件では、あの「宇都宮爆発事件」もすでに忘れ去られた感があるが、事件の現場は今、どうなっているのか。

栗原容疑者が爆死したあたりはブルーシートで囲まれていた

◆連続テロとも思われた大事件だったが……

事件が起きたのは10月23日の昼前だった。宇都宮市中心部にある宇都宮城址公園で、元自衛官の栗原敏勝容疑者(72)が自作の爆発物を爆発させて自殺。近くのコインパーキングでも栗原容疑者の車を含む3台の車が炎上したが、これも栗原容疑者の犯行とみられている。当初、凄まじい爆発音は地元の人たちを「連続テロか」と戦慄させたという。栗原容疑者が爆死した周辺では3人が巻き込まれて重軽傷を負った痛ましい事件だった。

もっとも、これほど社会を騒がせた事件も月が変わり、早くも忘れ去られた感がある。5歳の男児が焼死した明治神宮外苑の火災や、博多駅前の道路陥没事故など次々に新しい重大事件が起こり、人々の関心はそちらに移っていったからだ。おそらく12月になる頃には、これらの事件も当事者や関係者以外の人々の記憶から消えていることだろう。

爆死現場のかたわらにある歴史資料館は何事もなかったのように営業を再開していた

◆日常生活を取り戻していた人々

忘れ去られていく事件のその後を知りたく、私が宇都宮爆発事件の現場を訪ねたのは、事件から1週間余り過ぎた日のことだった。そこでわかったのは、現場界隈の人々が思ったより早く日常生活を取り戻していたことである。

公園で栗原容疑者が爆死したあたりは青いブルーシートに囲まれて立ち入れないようになっていたが、そのかたわらにある歴史資料館はすでに何事もなかったかのように営業を再開。3台の車が炎上したコインパーキングは、事件直後の報道の写真、映像では激しく燃えていたが、早くも地面のアスファルトが修復され、やはり何事もなかったかのように営業が再開されていた。

そんな中、事件の痛ましい傷跡が唯一残っていたのが、コインパーキングの隣にある民家の建物側面の焼け跡だった。しかし私が現場界隈を取材して回っていると、修理業者とみられる人がやってきて、民家の住人らしき人たちと何やら話し込んでいた。おそらく近々、この民家の建物の焼け跡も修復されることだろう。

ふと気づけば、そんな光景を見ながら、私は少しばかりの感動を覚えていた。それはおそらく、人間の強さやたくましさのようなものを見せて頂いたような気がしたからである。

◆宇都宮取材で再認識させられたこと

今から70年余り前、広島では原爆が投下されて3日後、早くも路面電車が焼け野原となった街で運転を再開したという。私は数年前から東北に取材で何度も足を運んだが、わずか5年余り前に震災で壊滅的被害を受けた地域でも今は何事もなかったかのように建物が立ち並び、人々が普通に生活している(すべての地域がそうではないが)。原爆や震災と比べると被害規模は小さいが、宇都宮爆発事件の現場の回復ぶりにも相通ずるものがあるように思えた。

どんな重大事件も少し時間が経てば、すぐに人々の記憶から消えていく。あとから次々に起こる新しい重大事件に人々の関心は移っていく。それをなんとなく悪いことのように思っていた私だが、人が辛いことや悲しいことを忘れるのは前を向いて生きていくためだ。よく考えれば当たり前のそんなことを再認識させられた宇都宮取材だった。

巻き添えになり、重軽傷を負った方々に関しては、現状は不明なので軽々しいことは言えないが、一日も早く以前と変わらぬ日常生活を取り戻して頂きたい。

車が燃えたコインパーキング。隣の民家の壁には焼け跡が残っていたが、地面のアスファルトは修復されていた

▼片岡健(かたおか けん)
1971年生まれ、広島市在住。全国各地で新旧様々な事件を取材している。

『反差別と暴力の正体――暴力カルト化したカウンター-しばき隊の実態』(紙の爆弾12月号増刊。11月17日発売。定価950円)
「絶望の牢獄から無実を叫ぶ ―冤罪死刑囚八人の書画集―」(片岡健編/鹿砦社)
タブーなきスキャンダル・マガジン『紙の爆弾』!

水面下で続くジャニーズ事務所とNHKのSMAP紅白出演の打開策

NHKの籾井勝人会長が定例会見(10月8日)で今年の大晦日に放送される『紅白歌合戦』について触れ、籾井会長自らSMAP出演に関し「当然、出てもらいたい」と熱烈ラブコールを送った案件にNHK職員ならずともジャニーズ事務所や関連している業界人たちが「いったいどうすればいいのか」振り回されている。

 
中居正広 MERAMERA★メラメラ★PRINCE(ジャニーズ研究会)

「水面下では、ジャニーズ事務所とNHK側の交渉が始まりましたが、ジャニーズ側が『向こう5年間、紅白の司会はジャニーズのタレントで』という条件を出した、もしくは『BSも含み、ジャニーズの冠番組を2つ作ってほしいとジャニーズ側が要望した』などとも伝えられ、いかにも『それは無理』とNHKが音をあげそうな条件が提示され、『不可能』という結果にジャニーズ事務所が誘導しているふしがある。だがここに来て、大物ミュージシャンが『共演してもいい』と名乗りを上げて潮目が代わってきている」(芸能ジャーナリスト)

名乗りをあげた「大物ミュージシャン」とは「世界に一つだけの花」を作った槇原敬之だ。今年の8月に複数のアーティストが集まるライブでKANが「SMAPが解散しちゃったら、この歌を受け継いでいくのは僕らしかいないよね」と持ちかけると槇原は「そうなんですよね。僕らしかいないんですよ」と笑顔で答えていた。

「槇原は人一倍の気遣いが評判。本当は、『SMAP×SMAP』(フジテレビ)のゲストとしてオファーが来ていたが、日程が合わず、『なにか僕で役にたてることがあれば』とスタッフを通じてジャニーズ側に伝えてあったそうです。そこでもし『槇原さんが共演してくれるなら』という条件でジャニーズ側がNHKを抱き込んで交渉を始めた。本当はかわいがっている犬と年越ししたい槇原ですが『僕をメジャーに押し上げたのは、SMAPさんだから』と共演を臭わせたのです」(同)

 
[増補新版]ジャニーズ50年史(ジャニーズ研究会)

槇原が作った『世界に一つだけの花』はSMAPデビュー25周年の9月9日に300万枚を突破した「お化け曲」で、槇原のコンサートでも一番盛り上がる曲の一つ。

もしも槇原が今年の紅白歌合戦にSMAPと共演すれば、91年に『どんなときも。』で、07年に「GREEN DAYS」で出演したのに続いて3度目の出演になる。好感度もあが るし、CDもまた売れるはずで、メリットは大きい。

「しかしどうだろう。『SMAP×SMAP』では、10月31日に放映された大物の松任谷由実との共演でさえ、香取慎吾が『木村君とは歌いたくない』とスタッフに主張、説得に5時間以上かかったとも伝えられる。槇原が乗り出しても、5人が同じステージに立つかどうか」(同)

「SMAPと共演するという話がありますが、今年のNHK「紅白歌合戦」へのオファーは来ましたでしょうか」と槇原の事務所にメールで聞いたが、期限までに返事は来なかった。

槇原とSMAP共演が紅白の「サプライズ」となるか。それとも紅白のSMAP出演は単なる「NHK籾井会長のたわごと」となるか。

(伊東北斗)

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  とどまることなく繰り返される芸能人の薬物事件! 過去から最近の事例まで網羅した決定版!『芸能界薬物汚染 その恐るべき実態』
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キックボクシングに人の歴史あり──名選手たちの同窓会のようなトークショー

酒を酌み交わす仲、そこはかつて殴る蹴るの試合で戦った者の集まり。

キックボクシング創設50周年、シュートボクシング創設30周年、これらの競技がここまで永く発展、継続され、名選手が生まれてきた歴史に学ぶことは、今後も完全には廃れることなく、また隆盛も迎えつつ次の世代へ繋がっていくのだろうと考えられます。

◆キックボクシング取材の先駆者、舟木昭太郎さん主催の貴重なトークショー

舟木昭太郎氏(左)、バズーカ岸浪氏(中央)、増沢潔氏(右)。岸浪氏が増沢氏から全日本ウェルター級王座を奪ったのが1972年(昭和47年)1月でした

継続されてきたのは名選手だけではない、興行団体や裏方のスタッフやマスコミの存在もありました。現在は現場に足を運ばれることは少なくなっても、キックボクシングの創生期から隆盛期、低迷期、また復興期からシュートボクシングの創設と発展までしっかり現場を見て来られたのがキックボクシング取材の先駆者、舟木昭太郎さんでした。

舟木さんは「プロレス ボクシング キック」と銘打たれた月刊ゴング誌の編集長を永く務められた、多種プロ格闘技に渡り取材経験豊富な方で、沢村忠も藤原敏男も具志堅用高も前田明にも、その時代のカリスマ的存在に、同時期の第一線級記者として取材した、まだ月刊雑誌が待ち遠しいほど貴重だった時代に取材し、全国のファンに情報を伝えていたというだけでも、我若輩者は圧倒される想いがあります。
こういう人だからこそ参加者が大勢いて出来た、舟木昭太郎さん主催のトークショーが今年10月までに2回開催されています。

左から増沢潔氏、藤原敏男氏、竹下氏、バズーカ岸浪氏、佐藤正信氏
足を骨折していても、この前日もムエタイ観戦していた元気な藤原敏男氏。乾杯の音頭を取るものこの人ならでは
若き頃のやんちゃな話題を語る仙台青葉ジム、瀬戸幸一会長

◆戦った者同士が酒を酌み交わす親交空間

7月30日には「黄金時代を熱く語るキックボクシングデー!」と銘打ったテーマで渋谷区富ヶ谷の台湾料理「麗郷富ヶ谷店」で行われ、10月22日には同所で「シュートボクシング30周年を共に語ろう!」というテーマで行なわれました。

いずれも集まるメンバーに、懐かしい顔が見られ、黄金時代を熱く語るキックボクシングデーでは藤原敏男さん、竹山晴友さんをはじめとするお酒好きの名選手、名チャンピオンが来場されていました。

皆、年輪を重ねた顔を見せつつ、大きい声は出すは、笑い声が元気な元チャンピオン・ランカー達の、かつて戦った者同士が酒を酌み交わしながらの会話は、見ていて羨ましいほどの親交深まる空間がありました。

◆歴代チャンピオンたちの存在感

その中でも藤原敏男さんの存在感はやっぱり偉大で、外国人(日本人)初のラジャダムナンスタジアム認定チャンピオンの英雄と一緒に写真に収まろうとする人々の光景は子供のようでもありました。

仙台青葉ジム会長の瀬戸幸一氏も83歳となられても益々元気に、「空手がいちばん強いと思っていた時代に仙台からわざわざキックの目黒ジムに殴り込みをかけた」と語る血気盛んな裏話や、元・全日本ウェルター級チャンピオンの増沢潔さんが披露してくれたのはNETテレビ(現テレビ朝日)が放映していた昭和45年当時のチャンピオンベルト(全日本キック王座が出来る前)。

わずか1年未満の活動でしたが、振り返れば創生期のキックブームの裏にいろいろなことがあったんだなと再認識させられる話題も多だあり、かつてのキックボクサーが互いに当時の想いを語り合うこの集いに存在意義があるのでした。

シュートボクシング創始者シーザー武志氏、その経緯を語る
元・極真からキック転向し、話題を振り撒いた竹山晴友氏、話題では藤原氏に次ぐ存在

◆「シュートボクシング30周年を共に語ろう!」の主役シーザー武志さん

10月22日の「シュートボクシング30周年を共に語ろう!」ではシーザー武志(本名=村田友文)さんが主役。45年になるお付き合いから「こんな会を開きたいと申し出たら快く受けて頂きました」と語った舟木氏でした。そんな紹介の中、蹴る殴るの格闘技をやるとは思えぬSB女子世界フライ級チャンピオンのRENAさんの存在が光っていましたが、そんな時代の流れを感じる世代を越えた顔ぶれもありました。

シーザー武志氏がキックボクサーとしてデビューした1972年(昭和47年)頃は、「舟木さんのゴング誌に書いて貰うのが夢でした」という素朴な夢や、デビューから3連敗しても負けた悔しさをバネにして4戦目で3戦3勝の相手に勝ったことや、「キック団体がついたり離れたりして纏まらず、選手がかわいそうだった。それだったらキック団体でなく、ひとつの競技を作り上げてしまおう」という発想から、シュートボクシングを創設するに至る経緯を振り返り、UWFを立ち上げた佐山聡氏と知人を通じて知り合い、前田明や高田信彦、山崎一夫といった選手に蹴りを教える縁に繋がり、その後、佐山聡氏がシューティング(現在の修斗)を創設したことから真似て、“シューティングボクシング”を立ち上げようとしましたが、佐山氏に「“ING”が二つ付いたら駄目ですよ」と助言を受け「“シュートボクシング”に定着しました」という設立の裏話もされていました。

NETテレビ時代の貴重なチャンピオンベルトを持つ増沢潔氏
右側が比較的最近の選手といっても8年前まで現役のSB日本スーパーウェルター級チャンピオンの緒方健一氏。かなりふっくらしました

◆RENAさんが切り開いたMIO選手たちの強くて可愛い連鎖の時代

試合用スパッツに関しては、今までに無いものを作り出したい想いと、知人から指摘された“脚の筋肉のラインをキラッと見せる華やかな発想”から作り出した経緯のようでしたが、腹に脂肪があっては逆効果もあり、身体の身だしなみも強制的に躾けられるスパッツであるようです。

昭和のキックボクシングがテレビによって隆盛期を迎え、その後テレビが離れると、定期興行が打てない閑散とした低迷期に突入し、何とか各所で支援者に恵まれたキック業界は復興に至りました。隆盛期から復興期まで時代を跨って活躍した中にはシーザー武志氏もいた訳です。団体を作るより、競技を創設する苦労は、このシュートボクシングを世界に支部を作り定着させなければならない活動が続きました。現在は女子選手が実力を付け、RENA選手がメインイベントを務める時代とまでになりました。強く可愛い連鎖で後輩のMIO選手も力を付けています。

オークションでサイン色紙をゲットしたセントポールズサロン銀座(次回開催地)の森和夫社長がシーザー武志氏とRENAさんに囲まれる

◆11月26日開催のPART3は「藤原敏男の炎のキックボクシング講座」

現役を引退した選手らは、この業界にはわずかしか残れない中でも、赤字を覚悟したジム運営や興行に汗を流す日々となり、そんな業界であっても、かつて戦った者同士の、あの時代を語る集いは、年取った者が懐かしむだけかもしれませんが、今現役の選手も、この時代を取り巻くファンもやがて同じ集いを行ない、現在、喧々囂々やりあっている現役選手も30年もすればこんなテーブルに付くのだろうと想像してしまいます。

以上はパーティーで印象に残った話をマニアックに簡潔に拾ったものを披露したものですが、今の若い記者個人では出来難い、舟木氏のベテラン記者としての人脈がありました。キックボクシングの取材現場には一部を除き、長く務める顔ぶれは少ないものですが、マスコミとしても培っていかねばならない継続力を学ばせて頂いたパーティーでした。

11月26日(土)には中央区銀座の「セントポールズサロン銀座」に於いて13時より舟木昭太郎氏主催のトークショーPART.3として「藤原敏男の炎のキックボクシング講座」が開かれ、藤原氏をメインに現役時代のラジャダムナン戦などの映像を観ながらのトークのようです。現在に繋がる基盤を作り上げた諸先輩方の集いは今後も続いていくことでしょう。

※イベント詳細は舟木昭太郎さんのブログ「日々つれづれ」をご参照ください。

今、最も旬な二人、RENA選手、MIO選手

[撮影・文]堀田春樹

▼堀田春樹(ほった・はるき)
フリーランスとしてキックボクシングの取材歴32年。「ナイタイ」「夕刊フジ」「実話ナックルズ」などにキックのレポートを展開。ムエタイにのめり込むあまりタイ仏門に出家。座右の銘は「頑張るけど無理しない」

『反差別と暴力の正体――暴力カルト化したカウンター-しばき隊の実態』(紙の爆弾12月号増刊。11月17日発売。定価950円)
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NHK籾井会長の紅白発言で早まるかもしれないジャニー喜多川社長の引退劇

NHKの紅白歌合戦にこだわり定例記者会見で「当然SMAPに出てもらいたい。直接交渉してもいい」と籾井勝人会長がぶちあげた件は「ジャニー喜多川社長の引退を早めた」との観測が業界で広がっている。もう今年の10月23日で85歳となった。引退を早めたのは年齢だけが理由ではなさそうだ。

 
[増補新版]ジャニーズ50年史(ジャニーズ研究会)

「実は、8月にSMAPの解散が発表される直前に、木村拓哉をのぞく4人のメンバーたちが『解散したい』という結論となったときにジャニー喜多川社長が『ユーたち、(解散は)2年待ちなよ。待たないと後悔する』と言ったとされます。この『2年』の意味は、ズバリあと2年かけて少しずつ経営から手を引いて引退する……という意味です」(芸能関係者)

ところが、予想外に解散劇の反響はすさまじく、「ジャニーズ事務所が、独立を画策した女性マネージャーだった飯島三智氏に従わずに、事務所に忠誠を誓った木村を擁護した結果、〝嫌われ者〟として世間で認知された。広告代理店からの情報によると『木村拓哉はCMに今出すとブランドの好感度が落ちる』としただけでなく、ジャニーズのタレントの番組へのブッキングへも『実は『Hey! Say! JUMP』と『嵐』以外はすべての好感度が低い』というリサーチ結果が出てしまい、この悪魔のようなリサーチ結果がジャニー喜多川社長の耳に入った」(同)

それで、ジャニー喜多川社長は側近に引退の時期を「来年秋はどうか」と相談。
「2年とは言わず、もっと早く舞台の演出もほかの人にまかせて来年秋をメドに,メリー喜多川副社長の娘の藤島ジュリー景子副社長に禅譲する気構えができたのでしょう」(同)との見方が強い。

 
中居正広 MERAMERA★メラメラ★PRINCE(ジャニーズ研究会)

「今、ジャニー喜多川社長は確かに舞台演出であいかわらず冴えた演出を行っているが、いかんせん体がもうボロボロで入退院を繰り返している。演出に関しては、山下智久のコンサート演出も手がけて定評がある香取慎吾が裏方にまわって『ジャニーズの舞台演出をすべて担当する』という案も出ているようです」(同)

かといってジャニー喜多川社長としては弱気になっているわけでもなく「自分が唐突に死んだらジュリー藤島らが造反組を抑えられるか疑問。メリー喜多川副社長は、すでに社内的に『飯島マネージャーを追い出してSMAPをぶち壊した張本人』として事務所内の求心力はなく、自動的にジャニー喜多川社長と同時に引責となる模様。

「最近、ジャニー喜多川さんは『人事変更』のための相談を大手芸能プロの古参社長に会って秘密裏に相談しているようです。もしかしたら、ジュリー藤島が社長になったときの〝補佐役〟として、外部の芸能プロダクションから社外取締役として田辺エージェンシーの社長のー田邊昭知氏あたりを呼ぶかもしれません」(同)

ジャニーズ事務所に「喜多川社長は交代の気配はあるか」と聞いてみると「こちらではお答えできません」とした。

果たして藤島メリー社長誕生、そして大物の補佐役のジャニーズ事務所入閣の「スクープ」報道を来年の今頃、聞くだろうか。注目したい。

(伊東北斗)

『反差別と暴力の正体――暴力カルト化したカウンター-しばき隊の実態』(紙の爆弾12月号増刊。11月17日発売。定価950円)
 
商業出版の限界を超えた問題作! 全マスコミ黙殺にもかかわらず版を重ねた禁断のベストセラーが大幅増補新版となって発売開始!

『反差別と暴力の正体』M君リンチ事件徹底検証──M君は何度も裏切られた

 
 

   
いよいよ本日『反差別と暴力の正体~暴力カルト化するカウンター-しばき隊の実態』が発売される。これに先立ち7月に発刊された『ヘイトと暴力の連鎖』の編集後記を松岡は以下のように結んでいる。

「私たちは今後、M君裁判闘争を支援していくと共に本誌を第一弾として、この報告やしばき隊の動きなどを報じていく所存です。ご注目、ご支援をよろしくお願い申し上げます」

『反差別と暴力の正体』の中でも「M君リンチ事件」の検証は新たに行われている。少しだけ内緒でお伝えすれば、「M君リンチ事件」は発生直後から多数の著名人が隠蔽に動き回っていたことが明らかになった。仲裁を買って出た団体も、ほぼ最初から「加害者をいかに守るか」の立場からM君を“騙して”いたことが明らかになった。在特会相手に裁判を起こしている李信恵だけは守り、他の2人に罪を被らせようとしていた疑念を消すことができない。われわれの疑念は取材を進める中で、確信に変わる。

その団体が自ら行動でM君に敵対する行為を起こしてきたからだ。

M君は何度も裏切られる。そして尋常ではない攻撃を受け続ける。M君は現在ツイッター上で姓名と所属大学を明かした上に、誹謗中傷を続けた野間易通を相手取って名誉毀損損害賠償請求の裁判を戦っている。先週11日にも大阪地裁で3回目の弁論があった。28日には「リンチ事件」の当事者である李信恵ら5人を相手取った裁判の審尋も行われる。

2つの裁判が並行して行われているわけだが、両方の裁判とも「警備法廷」だ。「警備法廷」とは、法廷内に裁判所の職員や警察官が配置され、万が一の出来事に備える、いわば“非常事態”を予期して、裁判所が予め対応を準備する法廷だ。M君にとっては、決して気分の良いものではないだろう。被害回復を求める民事裁判なのだから、通常の法廷で裁判を行いたいのだろうとM君の心中を想像する。

しかし裁判所は最初から「警備法」廷と決めてかかっていた。つまり裁判所は被告たち、あるは被告の支援者が法廷内で、〝想定外“の行動に出る可能性を排除できない、と判断しているのだ。

「そこまでやらなくても」と思われる読者も多数いらっしゃることだろう。しかし『反差別と暴力の正体』をお読み頂ければ、あながちその懸念も的外れではないことが理解されよう。行動を起こす勇気のある人間は多分いない。しかし連中が束になると、常識では到底考えが及ばない、恐ろしい発想を想起し、共有し、行動に移すことの証拠を本書では紹介している。

ある種の覚悟を持って『反差別と暴力の正体』を手に取られたい。

(鹿砦社特別取材班)

反差別と暴力の正体――暴力カルト化したカウンター-しばき隊の実態

鹿砦社特別取材班=編著
A5判 総188ページ(本文184ページ+カラーグラビア4ページ)
定価950円(本体880円) 11月17日発売 (紙の爆弾12月増刊号)

「反差別」運動内で起き隠蔽されてきた集団リンチ事件――
それに加担する国会議員、著名作家、ジャーナリスト、学者らの
犯罪性を総力取材し、事件の真相を徹底究明する!
その検証を通して、真に差別に反対するとは何かを考える!
社会運動内の汚点を照射し、その獅子身中の虫を弾劾する!


【内容】

1  辛淑玉さんへの決別状

2  「カウンター」「しばき隊」とは何者か?――
背景と呼称について

3 リンチ犯罪を闇に葬ろうとする市民運動つぶしの
“テロリスト”たちを許してはならない!

4 リンチ事件をめぐる関連人物の反応――
著名人、知識人、ジャーナリストらの沈黙、弁明、醜態

5 M君リンチ事件の経過――
驚嘆すべき大規模な〈隠蔽工作〉と〈裏切り〉の数々

6 二つの民事訴訟(対李信恵らリンチ事件加害者、対野間易通)
提起の経緯と概要

7 合田夏樹脅迫事件 
有田芳生参議院議員が沈黙する理由

8 “見ざる、言わざる、聞かざる”状態に警鐘!――
M君リンチ事件と、「カウンター」-「しばき隊」の暴虐に対する私たちのスタンス

[補項]

ろくでなし子さんアムネスティ講演会中止未遂事件としばき隊ファシズム

「カウンター」-「しばき隊」相関図

『反差別と暴力の正体――暴力カルト化したカウンター-しばき隊の実態』(紙の爆弾12月号増刊。11月17日発売。定価950円)