私の内なるタイとムエタイ〈10〉タイで三日坊主 Part.2 具体化する出家への道

お喋りと高笑いがお得意の藤川清弘さん、反面、厳しい面構えにもなります

◆藤川さんの思惑の始まり!

郵便受けから薄っぺらい封書を見つけた私は早速開けてみました。切れたと思った縁は切れておらず、ワープロで打たれた文字は、字が下手だからという理由も書かれた、大胆さが表れている内容でした。

「私の事覚えておられますか、バンコックでレストラン、スーパーをしている、と言うよりは、していた藤川です。その節は色々とありがとうございました。
 戦勝会を盛大に行ないたいと、思っていたのに何も出来ず本当に残念です。御免なさい。
 私、10月10日にブアット(出家)し、現在、ペッブリー県のワットタムケーウで坊主の修業をしています。前にも話していたと思いますが、前に一度出家した時から、いつかもう一度出家して、今度は一生仏門で過ごそうと決心しておりました。本当は、もう少し金を貯めてからと思っていたのですが、ある人から、なぜ出家を考えている人が金にこだわるのか?、と聞かれ、自分自身に問いかけた結果、やはりこの人の言うとおりだと気付き、出家するならパンサー(安居期間)が良いと思い、和尚様に相談して急遽出家致しました。前回は、一つの経験として軽い気持ちで出家したのですが、今回は、一生を仏と共に過ごそうと決心しているので、お釈迦様の教えに従い、正式に離婚し、家も店も捨て、身軽な身体になって寺に入りました・・・。」(一部抜粋)2536年(仏暦/西暦1993年)10月17日付

アッシーの試合後、お店で客の居ないテーブルの椅子に座って煙草を吸いながら、遠くを見つめて何か考えているような姿を、バイクタクシーに乗って通過する時、見たことがありました。あの時、すでに再出家のことを考えていたのかもしれません。

それにしても決断の早いこと。レストランに隣接するM&Kというコンビニエンスストアーも藤川さんの経営店で、すべてを妻に権利を渡し、今後の幾らかの活動資金だけ持って、知り合いの弁護士の兄が比丘を務めるタムケーウ寺を紹介されて、この寺で出家されたようでした。

タムケーウ寺正門
タムケーウ寺後門、牛が飼われる広い敷地です

◆再会を目指して!

この人にはもう一度会わねばならない。「この出家姿を追うだけでもいい写真が撮れる」そう考えた私は、なるべく早いうちに藤川さんが居る寺を訪問することを計画。自分が出家するチャンスも今しかないだろう。仕事は元々たいしたこともしていないし、やるなら今やっておいた方がいいと考え、藤川さんと手紙のやりとりをして、翌年(1994年)3月、寺の様子見と前準備の為、短期予定でタイに渡りました。

藤川さんは、「前に言ったとおり、日本で体験できない良い人生の勉強になると思います。一度、寺に来て和尚さんに会ってみてください。いきなり来て突然の出家できる訳ではないので、出家の何ヶ月か前に顔合わせしておいた方がいいでしょう。出家するには親(身元引受人)がいないと出来ませんが、我々にはタイでは親がいないので私の親代わりになってくれた弁護士も紹介します」という返答。

出家は確定した訳ではないが、すべてはここからレールを敷かれた上を走ればそのまま出家に至るだけ。まだ「俺に出来るんかいな」と半信半疑ではありましたが。

タムケーウ寺和尚さん

◆風格ある黄衣姿の藤川さん

藤川さんの案内どおり、バンコクの南部行きのサイタイマイバスターミナルから青いエアコンツアーバスに乗って2時間。終点手前で降りるので、車掌さんに「タムケーウ寺に行きたいので最寄のバスターミナルに着いたら教えてください」と告げておいて、着いたところから軽四輪のソーンテーオ(トラックの荷台を長椅子に替えた乗り合いバス、軽四輪から大型車まで有り)に乗って5分で観光地ナコーン・キリーがある山の麓、タムケーウ寺に着きました。

広い境内に圧倒されるタイ仏教の格式の重み。本堂やサーラー(講堂や葬儀場)が並び、静かで神聖な空間を漂わせる中、クティ前にいた比丘に「藤川清弘という日本人比丘はいますか?」とタイ語にして尋ねるとすぐ理解してくれて、2階の窓に向かって「キヨサーン!」となかなか気さくなお坊さんで日本語で呼んでくれました。

窓から覗く藤川さん。「上がって来て!」と招かれ、クティ2階の藤川さんの部屋の前へ。部屋から出てきた藤川さんは、剃った頭にこげ茶色系の黄衣を纏い、俗人の頃とは全く違う風格ある姿に変身。私の「こんにちは、御無沙汰しています!」の挨拶には応えず、「どうぞ中に入って!」と部屋に招き入れてくれました。ここまでに充分タイ仏教寺の雰囲気に呑まれていた私でした。

何でも揃っていた藤川さんの部屋

部屋に入ると……!

藤川さんの部屋は4畳半よりやや広め、6畳は無いぐらい。そこにテレビはある、冷蔵庫はある、ワープロはある、私が送った立嶋篤史出場の試合ポスターは貼ってある、これがタイ仏教の比丘の部屋とは思えない神聖さを覆す近代設備の整った部屋。この日はホテルなども予約は取らず直接の訪問で、藤川さんから早速の「泊まっていけや!」の一言でこの狭い部屋での宿泊が決定。

そして、口から先に産まれてきたかのように捲くし立てて喋り始めた藤川さん。元々喋り好きだけあって普段話せぬ日本語を待ってたかのようにツバ飛ばしながらよう喋るし、よう笑う。周囲に丸聞こえの高笑いである。

かつてラーブリー県で出会った日本人比丘は口数少なく、堅い話しかしない真面目なお坊さんでした。そんな比丘イメージを崩してしまう藤川さんの黄衣を纏った今の姿。喋る相手ができたと言わんばかりの“泊まって行けや”誘いであったのは後々に分かることでした。

捲くし立てる話も一旦中断して、和尚さんのところへ連れて行かれ、和尚さんと初対面。タイ人のように上手くはない、ワイ(合掌)して御挨拶。

和尚さんはニコニコと「そうかそうか、よく来たな、遠慮なくゆっくりして行きなさい」とおおらかに温かく迎えてくれました。藤川さんが言う和尚さんの前評判は「ここの和尚は見栄っ張りでふんぞり返って偉そうに話すから見とき!」と言い、和尚としての立場もあると思いますが、そんな背伸びある雰囲気の和尚さんでありました。

「今度来た時、出家させて貰えますか?」と尋ねると「ダーイ(いいよ)!」と言ういとも簡単なお許し。先に話はついていることでしたが、和尚さんからの直接の承諾でまた確実さが一歩前進。

初期段階として、出家に向けて前準備が整っていきました。この後、神聖なる仏教寺のイメージが崩れる藤川さんの日課を見ていくことになりますが、その中身は真剣で、奥深い修行であることを徐々に実感していくのでした。

5ヶ月ぶりの再会(1994年3月)

▼堀田春樹(ほった・はるき)[撮影・文]
フリーランスとしてキックボクシングの取材歴32年。「ナイタイ」「夕刊フジ」「実話ナックルズ」などにキックのレポートを展開。ムエタイにのめり込むあまりタイ仏門に出家。座右の銘は「頑張るけど無理しない」

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待たせたな!田村聖 vs 西村清吾ミドル級決着戦!!

西村清吾(左)vs田村聖。戦う度激しさが増した両雄、田村の反撃も凄まじかった
プロレス技ではありません、無我夢中でスリーパーホールドへ?

◎神風シリーズvol.4
9月23日(祝・土)後楽園ホール17:30~21:10
主催:日本キックボクシング連盟 / 認定:NKB実行委員会

田村聖vs西村清吾戦は、今年2月5日のNKBミドル級王座決定戦で、田村聖が最終ラウンドにヒザ蹴りで2度ダウンを奪い、形勢逆転の判定勝ちした王座獲得でした。

初黒星を喫した西村は、6月25日のチャンデー戦でムエタイ技術を学ぶ経験をした自信と、この日、元・ラジャダムナン系ライト級チャンピオン.梅野源治がセコンドに着いてくれた後押しで、西村は第1ラウンドの左ストレートをヒットさせ田村をグラつかせる好調な出だしでしたが、ヒットすると思っていなかったか、間を置いてしまい慌てて詰めに入るがタイミングが一歩遅れてしまう。しかしこれで田村は距離感が狂い、西村が主導権を握った展開でパンチのヒットが目立ち、田村も蹴りで応戦の前回よりアグレッシブな展開。前々回の昨年10月は凡戦だったことからみれば、かなりの成長の両者。

以前から交流のあった梅野源治氏からのジムでの指導とセコンドに着いての相当尻を叩かれた後押しは、苦しい修行を耐え抜いた西村の、この1年を、待たせた成長は大きいと言える第7代NKBミドル級チャンピオン誕生。

西村清吾vs田村聖。西村のクリーンヒットが目立った重いパンチ
苦しみから立ち上がって西村清吾が勝利、いろいろな想いが脳裏を過ぎる涙。セコンドは梅野源治

安田一平はこの日がラストファイト。重いパンチを振るい、洋介は蹴りで対抗するも、安田は距離を詰め、強打で仕留め有終の美を飾る。洋介は担架で運ばれる失神KO負け。公式戦後、簡素な引退式ながら、小野瀬邦英会長からのお言葉は「安田一平は一度引退しています。まあいろいろあって、一平は何年か後に、僕のところへ帰ってきました。“やり残したことがある”と、それを燃やし尽くす為に帰ってきました。燃やし残したものを真っ白に燃やし尽くす為に、今日の今日まで練習して戦ってきました。そして今日、その燃やし尽くせなかったものを真っ白に燃やしたと思います。またこれからの安田一平の人生も、いろいろなもの(人生の節目の)をかき集めて、それを燃焼させながら人生歩んで行くと思いますので、今まで同様、温かい愛情の応援を、これからも宜しくお願い致します。」とファンへ激励と感謝の御挨拶。

安田一平の強打が洋介にヒット、ラストファイトを飾る
完全燃焼して引退式に臨む安田一平と、労いの言葉をかけるSQUARE-UPジムの小野瀬邦英会長

安田一平は「僕なんかがこのリング(引退式)の上で喋るなんて数年前まで思ってもなかったことでした。小野瀬会長、高橋コーチと出会って、ここまでやれるようになったこと凄く感謝しています。また、ここまで来れたのはここに居る皆さんのお陰です。本当に有難うございました」と感謝を述べ、テンカウントゴングに送られました。

12月16日にNKBライト級新チャンピオンの高橋一眞(真門)に挑戦予定の、前チャンピオン.大和知也は新鋭の棚橋賢二郎にKO負けの意外な結果となりました。昨年の試合での怪我で王座を返上し、休養していた大和は試合勘がやや鈍ったか、余裕の序盤からペースを乱したか、第4ラウンドに一気に棚橋の右ストレートを受けあっさりダウン。立ち上がるもパンチ連打の追い討ちを受け、2度目のダウンを喫し立ち上がろうとするもフラついて、レフェリーに止められてしまいました。

棚橋賢二郎の右ストレートが大和知也にヒット
棚橋賢二郎の連打で崩れ落ちる大和知也
昨年6月デビューの5戦目の棚橋賢二郎が31戦目の元ライト級チャンピオンに勝利してのインタビューに応える

デビュー戦から7連敗し、初勝利を得て話題が広まった岩田行央は、KO勝利で3勝目。デビュー戦から岩田と3連戦を戦った藤田直道(藤田の2敗1分)もパンチ、首相撲からのヒザ蹴りなど技を酷使し、判定勝利で成長を見せ初勝利を飾る。普通、話題にならない30歳過ぎの新人が繰り広げた戦いにも人生有り。期待は薄いものの、二人がどこまで上位に進めるか、注目を浴びる存在であります。

《メインイベント、アンダーカード8試合》

◆NKBミドル級タイトルマッチ 5回戦

チャンピオン.田村聖(拳心館/72.2kg)vs挑戦者1位.西村清吾(TEAM-KOK/72.35kg)
勝者:青コーナー・西村清吾 / 判定0-2 / 主審 鈴木義和
副審 佐藤友章49-49. 馳48-50. 亀川48-49

◆64.0kg契約 5回戦

NKBウェルター級1位.安田一平(SQUARE-UP/63.9kg)
VS
NKBライト級6位.洋介(渡辺/63.65kg)
勝者:安田一平 / TKO 2R 0:41 / ノーカウントのレフェリーストップ
主審 川上伸

◆ライト級 5回戦

NKBライト級1位.大和知也(SQUARE-UP/61.2kg)
VS
同級8位.棚橋賢二郎(拳心館/61.1kg)
勝者:棚橋賢二郎 / TKO 4R 1:13 / カウント中のレフェリーストップ
主審 馳大輔

◆女子50.0kg契約3回戦

喜多村美紀(テツ/50.0kg)vs佐藤“魔王”応紀(PCK連闘会/49.25kg)
勝者:喜多村美紀 / 判定2-0 / 主審 鈴木義和
副審 亀川30-29. 佐藤彰彦30-29. 馳30-30

◆68.0kg契約3回戦

NKBウェルター級8位.チャン・シー(SQUARE-UP/67.7kg)vsゼットン(NK/67.85kg)
勝者:チャン・シー / 判定2-0 / 主審 佐藤友章
副審 川上29-28. 馳30-29. 鈴木30-30)

◆ライト級3回戦

NKBライト級7位.パントリー杉並(杉並/60.75kg)
vs
同級9位.野村怜央(TEAM-KOK/61.1kg)
勝者:パントリー杉並 / 判定3-0 / 主審 亀川明史
副審 馳29-28. 佐藤彰彦30-29. 佐藤友章29-28

小笠原裕史vs岩田行央。岩田行央がKOできる武器を持って勝ち星を増やせるか

◆60.0kg契約3回戦

岩田行央(大塚/59.6kg)vs小笠原裕史(TEAM-KOK/59.5kg)
勝者:岩田行央 / KO 2R 1:12 / テンカウント
主審 川上伸

◆フェザー級3回戦

藤田直道(ケーアクティブ/56.9kg)vs鈴木孝則(TRIAL/59.9kg)
勝者:藤田直道 / 判定3-0 / 主審 佐藤彰彦
副審 亀川30-28. 鈴木30-28. 馳30-28

他、2試合は割愛します。

《取材戦記》

西村清吾は試合直後の応援してくれたファンに囲まれての記念撮影にリング下から会場ロビーまで移動してファンの応援に応えて長引き、控室に帰れない中で合間を縫っての私の質問に、今後の目標を聞くと「まず防衛」で、「他団体などのビッグマッチ出場を目指す気はありますか?」と尋ねると「これから考えたいです!」とその場では考えがまとまらないのは当然ながら咄嗟に応えてくれました。

新チャンピオン・西村清吾の誕生。ここまで来れたのも梅野さんのお陰、防衛して恩を返さねば

「控室に梅野源治さんも待っているのだから早く戻った方がいいよ」とは頭を過ぎりつつ、言いませんでしたが、退場はサッと一旦引き上げた方がカッコいいと思うところ、支援してくれた後援者も居るので仕方ないところでしょうか。最終試合の後はこんな光景が目立つことがあります。

次回興行は12月16日(日)後楽園ホールに於いて、NKBライト級とフェザー級のタイトルマッチが行なわれます。フェザー級は村田裕俊(八王子FSG)が2度目の防衛戦、再び優介(真門)を迎えての2度目の防衛戦となります。

村田裕俊は6月25日のライト級王座決定戦出場に際し、フェザー級王座は返上していなかったのかと疑問に思いましたが、その村田裕俊(八王子FSG)に2-1判定勝利で王座獲得した高橋一眞(真門)が王座初防衛戦。挑戦者の大和知也(SQUARE-UP)が今回KO負けを喫した為、現在保留の状態です。誰が挑戦して来ても、高橋一眞の今後を占う大事な一戦となるでしょう。

▼堀田春樹(ほった・はるき)[撮影・文]
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【短編小説】虹をかけろ!〈3〉22日の「インターナショナル」

22日、20時全国ネットのテレビ局は早くも当確を出しだした。「バンザーイ、バンザーイ」のあとに当確者のインタビューが始まる。こいつは極右与党の政務次官だった候補だ。

「これまでの安倍政権は、かえりみれば独断専行でした。憲法軽視、集団的自衛権なんかはとんでもない話です。アベノミクスという戯言。あれは国民を欺くための詭弁で、年金原資を株式相場につぎ込んで大企業を儲けさせるだけの愚策! そんな政策でこの貧富の差が埋まりますか! 私は消費税廃止! 累進課税税率の見直し! 護憲! この3本で頑張ってまいります」

渋谷にある半国営放送のアナウンサーがニコニコ顔で頷いている。「続いては同じく当確が出た希望の党の老狭候補の事務所から実況でお伝えします」、見ものだ。

「今回、護憲、反原発、反新自由主義を掲げて明真党にも加わって頂き、立派な戦いができたと思います。有権者はみなさん『北朝鮮とは戦争ではなく対話で、拉致被害者も帰してあげて』、『消費税を今さら大学無償化の一部に自民党は回すといっているけど、そもそも消費税は全額福祉目的税として導入されたんでしょ。何言ってるんだ』と強い怒りの声があふれていました。安保法案についても、検事として、弁護士として法律に携わった人間としては、『違憲』であるとしか判断しようがない。近く開かれる臨時国会で早速安保法案は廃止をいたします」

事務所に集まった支援者からは拍手が沸き上がる。次々に当確の出た候補者たちは、事務所からの中継で、選挙前や公示後に口にしていたことと真逆の内容を興奮気味にまくしたてる。どれもこれも似通ってはいるが、「反自民、護憲、反原発、安保法制廃止、消費税廃止」を異口同音に口にする。

山崎から電話が入った。

山崎 異常はないか。

ヤス ああ、予定通りだ。世間様には異常だろうがこちらの計画通りに行っている。そっちはどうだ。

山崎 誤算が生じた。代々木近辺に饅頭の影響が全く出ていない。Fに問い合わせたが、「理由は分からん」と言っている。

ヤス しばらく様子を見よう。

山崎 そうだな。また連絡をくれ。

俺は党本部に7日前から泊まり込んでいた。本部には実力を認められた欧米のハッカーたちが10人以上詰めっきりで、世界中の大手ポータルサイトから各政党本部、候補者、警察庁、法務省、総務省、全国すべての選管に徹底したハッキングを続けていた。完璧な翻訳ソフトで意志疎通するので俺とのコミュニケーションも問題ないし、日本語で書かれたマニフェストをドイツ人のハッカーがいともたやすく書き換えていく。それだけでは不自然だから、元のマニフェストよりも分かりやすく、庶民受けするサイトに作り変えてしまうのだ。

ハッキング初日は各政党本部や総務省に、候補者たちから苦情や問い合わせが相次いだようだが、次の日には落ち着いた。我々が行うハッキングが候補者事務所への好感度の現れとして顕在化したからだ。前日までと真逆な主張だが、我々は政策とその根拠、提示方法については6人で数年かけて素案作りに没頭してきた。公示期間の中、ハッキングで政策を丸切り変えたら投票行動がどうなるかは、スーパーコンピューターで何度も試算を繰り返してきた。準備は完璧だった。候補者たちは、急激な有権者の好反応にだけ関心が向いたのだ。

唯一の誤算、代々木方面への饅頭の効果不足はこの際大きな問題ではないといっていいだろう。共産党は「与党候補も野党候補も、マニフェストや選挙前半と全く主張を曲げて、我が党の政策を横取りするという、まことに恥ずかしい行為を恥じることなくきょうに至っている。この選挙結果は欺瞞だと言わざるをえない」といきり立っている。

しかし、護憲派が衆議院の9割を占め、安保法制、共謀罪、特定秘密保護法、個人情報保護法、周辺事態法などが廃止されることはもう必定だ。福島原発事故廃炉作業にかかった不明朗な出費を調査する特別員会の設置が決まり、すべての政党が東京オリンピックの返上と福島原発被害者救済を一体のものとして緊急に結論を出すべく「2020年問題特別委員会」も発足した。委員長には山本太郎参議院議員が就任した。議員バッチとともに青いバッチを付けていた保守系の議員も、全員が「虹色」のバッチに付け替えた。

肌寒さを強く感じだした臨時国会での首班指名の日、俺はミサと部屋でテレビを見ていた。

ミサ ね、ヤス政治って面白いでしょ?ワクワクする。ようやくこの日が来たんだよ。

ヤス 政権交代なら自民から民主、民主から自民があったじゃん。

ミサ そうじゃないんだって。意味が違うの、今回は。

ヤス どこが、どうちがうのさ(違うさ。当たり前だろう)。

ミサ 見てれば分かるって。

衆議院議長が投票結果を読み上げた。

ミサ やったー! 大池さん総理大臣だよ! 日本で初めての女性総理大臣すごいじゃん!

赤いスーツをまとった大池薔薇子は立ち上がり、微笑みながら何度も四方に頭を下げている。

ミサ でもさ、ヤス。「希望」の政策って、最初と全然違って共産党みたいなこと言いだしたのが不思議なんだよね。私政治よくわからないけどあれでいいのかなぁ。

ヤス 俺知らねえよ。

ミサ、いや党員じゃない誰もが饅頭の威力や党の行動を知るはずはない。饅頭は神経細胞を刺激しながらも脳神経を傷つけることなく、経験記憶と思考傾向を書き換える。遺伝子技術を主に、万能細胞も援用して、防衛省が極秘で開発を進めた極めて高度な最新技術をFが改良した、いわば生物兵器だった。

開発にあたり、俺たち6人は骨髄をFに提供した。どんな保守反動でも思考と思想が俺たち6人と同様な傾向を持つように遺伝子と感覚、感性までも瞬時に変化させる。自然風がなくても分速100mの伝播が確認されている。完成した饅頭の試験結果も申し分なかった。だから開票速報を報じたテレビキャスターをはじめとする報道機関の人間の表情も、翌朝朝刊の記事も、候補者の突然の変貌を違和感なく伝えることに成功していたのだ。報道機関の人間だけではない。饅頭の行き渡った東京近辺の住民にも同様の効果が生じているはずだ。

直後に議員が総立ちになり肩を組んで合唱を始めた。議員たちは「インターナショナル」を大声で歌っている。携帯が鳴った。山崎からだ。ミサが隣にいるが気にしていられない。

ヤス どうした? なんで奴らインターなんか歌いだすんだ?

山崎 バグだ。プログラムミスだ……。

ヤス わかりやすくいってくれ。

山崎 反帝・反スタは何度もプログラミングしたんだ。だがコマンドの一人が『資本論』、『レーニン全集』などの資料に紛れて『スターリン全集』を誤って打ち込んでいたことがわかった。

ヤス 打つ手はあるのか?

山崎 思いつかない……。

ミサ なんかこの歌元気が出るね。初めて聞くけど。なんていう歌だろう。かっこいい! みんな赤い旗を振ってるよ。ねえヤス、私興奮して涙出るよ。

議員総立ちでのインターナショナル合唱は、いくら何でもやり過ぎだ。しかし『スターリン全集』のバグだけで、ここまでの影響が出るだろうか。待て! まさか、俺たち6人の「骨髄交換」にそもそもの要因があるとしたら……。俺たちは「反スタ」だ、分かりやすく言えば統制と独裁を嫌悪している。6人ともそうなのは確信していた。でもまさか俺たちの血の中に自分では気づかない「権力欲」の要素が入っていたのだとしたら……。

ミサの声が遠くに聞こえる。

作戦成功の暁に、我々の任務は、次なる革命勢力をAIやITによらず、真に人間の発想と思想により実現する永続革命を可能ならしめる次世代の用意だ。とはいってもここでもAIと近くIPS細胞の技術の助けを借りざるを得んが。

肌寒いのに俺はとめどなく冷や汗をかいていた。

どこで間違ったんだ。何が間違いだったんだ!

(了)


◎[参考動画]インターナショナル / 大工哲弘(1996年)
 
▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

7日発売『紙の爆弾』11月号!【特集】小池百合子で本当にいいのか

【短編小説】虹をかけろ!〈2〉党と6人のアンドロイド

ギリギリだ。フー。ミサはいい子だけど政治センスはゼロ。俺の党活動なんか理解出来るはずもない。もっともミサじゃなくても俺たちの党活動は非公然だから党員にしかその存在すら知られていない。公安も気づいていないはずだ。

わざわざ古めかしい「党」なんていう呼び方を提起したのは、小林だった。「そりゃないぜ」と一斉の反対に「古臭くて誰も使わないからいいんだよ。俺たちだって公然活動をするわけじゃないだろ。万が一公安に踏み込まれても、日共か中核の分派くらいにしか思われないさ」。この言い草には妙な説得力があった。

仲間たちは「党」、「党員」と苦笑いしながら呼ぶようになった。それだけじゃない。符牒や備品も敢えて古いものを選りすぐって使うようにした。水溶紙は常時持ち歩いているし、仲間の電話番号はすべて特殊な飛ばし(転送)を使っている。もちろん電話は偽名で購入したプリペイド携帯。ミリ、キリには細心の注意を払う。

政治局はもう全員が集まっている。

伊藤 また最後にお偉方の到着だ。

ヤス 嫌味言うなよ。定刻前だぜ。

山崎 ミサと会ってたんだろ?

ヤス ああ、部屋に来てた。選挙ボランティアやるんだってさ。

山本 ミサは本当に大丈夫だろうな?

ヤス その手の話は一切しないから大丈夫だよ。ミサの関心は、所詮プチブルレベルだから俺はオルグしない。

本多 今のうちに関係を綺麗にしておいた方がミサのためにはいいんじゃないか。

ヤス もう少し考えさせてくれ。それより時間がない。今日が最終打ち合わせになるかもしれないから、山崎、要点をまとめて話してくれ。

山崎 ああ。これまでの方針に大きな変更点はない。行動は10月22日、19時丁度だ。ブツの調達は順調だと考えてくれ。ルートがルートだから慎重に進めている。

伊藤 防衛省のFが日和ることは絶対にないんだな。

山崎 奴が死なない限り絶対といっていい。防衛省がどうしてFを割り出さないか。それを心配してるんだろ。

ヤス ああ。

山崎 Fの姻戚関係は複雑だ。俺も戸籍を見たが、あれじゃあ親父が誰かわからないよ。

本多 どういうことだ。

山崎 Fは戸籍上養子縁組で帰化したことになってるんだ。

伊藤 帰化? Fは日本国籍じゃなかったのか?

山崎 日本国籍さ。だが父親が父親だろ。あそこまでの有名人はそうはいない。父親は弁護士にこっそり「Fを一旦外国籍にして、それから縁戚の養子にしてくれ」と頼んでたんだ。絞首刑される直前にな。Fはまだ小学校に入る前さ。

ヤス だから姓が違うのか。

山崎 そういうわけだ。Fは父親の血だけじゃなくて、俺たちとは異質なルサンチマンを抱え込んでいる。だからわざわざ防衛大学に進学し、制服組を選んだ。そして俺たちのような人間との接触を待っていた、というわけだ。

本多 Fについてはわかった。先を続けてくれ。

山崎 饅頭の配給先は予定通りだ。担当は伊藤が渋谷と六本木、俺がお台場と汐留、本多が赤坂と永田町、本多の補佐に山本が付いてもらう。小林はバイクでその他4件に回ってもらう。本部待機及びサイバー担当は岡本だ。

山本 饅頭の効果はちゃんと確かめてあるんだよな。

山崎 ああ、既に理化学研究所とペンタゴンで確実な効果が確認されている。

山本 「されている」じゃないだろ。させたんだろ。

山崎 悪かった。山本の言うとおりだ。それぞれに潜り込ませた細胞に何度も臨床実験をさせて、効果は100%確認済だ。

本多 実験結果の詳細なデータは見られるか。

山崎 いまここにはない。だが間違いない。

伊藤 山崎、本多は物理の研究者だろ。だから確実な裏付けを見たいんだよ。俺もその気持ちは分かる。だが、山崎の計画指揮にこれまでは一点の落ち度もない。本多、ここは山崎を信用したらどうだ。

本多 仕方ないだろう。先に進めてくれ。

山崎 饅頭を届けたら、半径1キロには確実に効果が現れる。半径2キロの効果も50%以上の数値が確認されている。これが都心の地図なんだが、見てくれ。饅頭の届け先によっては半径2キロが重なってるだろ。つまり50+50のエリアで大手メディアはすべてカバーできる。

伊藤 理論上はそうだろうけど、風向きに影響されないのかい。

山崎 それもFがすべて防衛省で解析済みだ。大げさに言えば23区の中心部はすべて饅頭の影響を多かれ少なかれ受ける。

ヤス 首尾よくいけば「完全制圧もありうる」だろ、山崎。

山崎 そうだ。だがそこまで俺も楽観はしていない。で、重要なのが本部機能さ。

ヤス わかってる。でも、何度も言うぞ。俺はデジタルテクノロジーをまったく分からない男だ。そんな俺が指揮を執っていいのか。

本多 山崎がお前を選んだのには合理性がある。俺もこの人選には賛成だ。岡本は奴が言う通り理系音痴さ。ニュートン物理学の基礎も知らない。ましてやインターネットやハッキングの知識は皆無だ。だから適任なんだよ。作業をするのはコマンドだ。本部に必要なのはテクノロジーの知識じゃない。戦略と戦術だ。岡本はコマンドの作業を微塵も理解しないだろうよ。だから余計な心配もしないし、できない。ひたすら秒単位の即断に没頭できる。それが山崎の読みとみた。

山崎 さすが東大の博士課程。本多の説明に付け加えることはない。

伊藤 饅頭の受け渡しはいつだ。

山崎 22日15時にここだ。まだ現物は見せていないからイメージだけ知っといてもらった方がいいだろう。これをみんな見てくれ。

山本 外見は「もみじ饅頭」か(笑)

山崎 ああ、しかも老舗の「錦堂」だ。

伊藤 作戦のあと「錦堂」に迷惑かかるんじゃないか。俺は広島出身だからそんなことになったら里帰りできないぜ。

ヤス 伊藤さ、広島出身ってほんとかよ。有名なのは「にしき堂」だろ。「にしき」はひらがなが商標登録だぜ。何があろうと作戦後お前は堂々と帰郷すりゃあいいんだよ。もっとも政治も「にしき堂」も関係なく。カープ優勝で広島は浮かれてるから誰も気にはしないだろうけど。

山崎 饅頭は丁寧に梱包されて、金色の紐で結わえられている。ここが重要だ。よく聞いてくれ。結びは蝶々結びが二重だ。ごく軽く結んである。配達人は饅頭を置く際に、結び目を一回ほどかなきゃならない。その瞬間にオルゴールの「Over The Rainbow」がかすかな音で流れ出す。作動の合図だ。

伊藤 その手順は練習しとく必要があるよ、絶対。イメージだけじゃうまくいかない。

山崎 その通りだ。きょうは一人5個つづ饅頭の模型を用意してある。そう難しく考えないで、紐の端を5センチばかり引っ張るだけで緩い蝶々結びは解けるから、みんな試してみてくれ。

小林 山崎の手際よさには毎度恐れ入るよ。大企業に入ってたら今頃役員でもおかしくないよな。

山崎 小林、お前には俺の仕事を教えていなかったな。俺はお前の言う「大企業」、しかも、あの「四菱商事」の総務部長さ。

小林 う、嘘だろ! 「四菱商事」ってよりによって……。

山崎 理由は聞かないでくれ。でも事実なんだ。名刺をやろう。間違いないだろう。

小林 あ、ああ。でも平気なのかい。作戦に加わって。

山崎 平気? 馬鹿言わないでくれ。俺は晩稲田を出て迷うことなく「四菱商事」に入ったよ。出世も早かったと思う。それもこれもこの作戦のためさ。

ヤス コマンド手配は山崎に一任する。みんな、いよいよ俺たちが「虹をかけなおす」ときが来る。狼やサソリ、大地の牙を継承したとはとても言えんだろうが、今度は本当に虹をかけるんだ。

一同 異議なし!

末期帝国主義はマルクスの教科書通りに資本の寡占、労働力の収奪から、意識の収奪までを完成させようとしている。日本の政治はこのありさまだ。はっきりしているのは、我々はごく少数の極めて不利な状況に追い込まれている事実だ。言論では勝てない。武力(暴力)でも勝てない。この現実を直視することから「第二次虹作戦」が生まれたことはみんな知る通りだ。俺たちは非公然活動を行うが、複数の弁護士に確認したが、この作戦が成功したら俺たちを裁く法はない。だが失敗すれば逮捕は免れないだろう。

俺たちが生きてきた時代には、それなりの抵抗があった。しかし正視しなければならない。その抵抗は局地戦では勝利を獲得することはあっても、人民がこの国の権力を奪取した歴史はない。我々の作戦が成功すれば、この国初めての「無血革命政権」が成立する。しかしみんなも知る通り、これから生まれる政権はAIとITテクノロジーで奴らを洗脳する、「禁じ手」の革命と呼ばれても仕方がないだろう。それでも奴らの政治生命は数年持つはずだ。

作戦成功の暁に、我々の任務は、次なる革命勢力をAIやITによらず、真に人間の発想と思想により実現する永続革命を可能ならしめる次世代の用意だ。とはいってもここでもAIと近くIPS細胞の技術の助けを借りざるを得んが。

反動の波を押し返す力がわれわれには残念ながらない。奴らが非道を平然と進めるのなら、圧倒的少数であるわれわれは、ブルジョワが新たな資本の蓄積、または、戦争の兵器として開発した技術を先行して革命に導入する。見ろ、山崎、山本、伊藤、本多、小林、そして俺。この6人がまだどの国も公にしていない、「遺伝子交換」を敢行したから、深刻な意見の相違もなくたった6人で再び「虹」をかける手前まで来ているじゃないか。

「毒を食らわば皿まで」と吐き捨てた野合議員がいたよな。俺たちはその先を行っている。いわば6人は「アンドロイド」でもある。しかし、われわれには滾る血があるだろう。誰が見たって「遺伝子交換」で結ばれているとは見破られない個性もある。

(つづく)

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

愚直に直球 タブーなし!『紙の爆弾』10月号!【特集】安倍政権とは何だったのか

【短編小説】虹をかけろ!〈1〉ミサとヤス

総選挙を控え世の中がざわつく中。
以下の仮想は現実に起きる物語ではない。フィクションである。
しかし、現在の政治状況と全く無関係かといかといえば、そうではない。
幾分筆者の思想傾向が影響してもいよう。本作は3部に分けてご紹介する。
ありもしないフィクションが展開されることをあえて強調しておく。

 

ヤス それで。言いたいことはそれだけ?

ミサ うーん……。まだわかってくれてないんでしょ。どうせ。

ヤス さあ、どうだろう。ミサの話は耳で聞いて、脳に伝えた。俺の脳がそれをどう判断するかは「保留」なのかなぁ。

ミサ じゃあ、もう一回だけだよ。あのね、こんなチャンスってないんだって。絶対むりってあきらめてたのに、ヤバイくらい嘘みたいな展開なんだよ。これ逃したら次はないんだよ! マジで。

ヤス 俺さ、その「嘘みたい」っていうのがひっかかってるんだよな。

ミサ でも、現実じゃん。私だけが言ってるんじゃないことくらいわかるでしょ?テレビも新聞もネットも。みんな大騒ぎになってる。私なんかおかしい?

ヤス タバコ一本吸っていい?

ミサ また話をはぐらかして。約束違反! ほんとは罰金1000円だけど今回だけは許してあげる。一本だけだよ。ねぇねぇ、こんなこと、うちら産まれて初めてじゃん。

ヤス そうかなー?

ミサ 絶対そうだってば。ほら、ツイッターのトレンド見て。ね、芸能ネタとかなくて、みんなこれ一色でしょ!わかるよね。

ヤス うん、まあね。

ミサ だから、私がちょっとだけ仕事休むのも無理ないよね?いいよね?

ヤス それはミサの権利と判断だから俺、口出しはしないけど。

ミサ 「口出ししないけど」なんなの?

ヤス やめない? この話題。

ミサ どうしてヤスっていつもそうなの? 政治の話ってそんなにダサい? 私って変?

ヤス そうじゃないけど(おい、早く切り上げろ。今夜は党の重要な会議だろ。「女一人オルグ出来ない」お前の特務の最終打ち合わせじゃないか)。「そうじゃないけど」じゃないな。政治の話は大切だと思うよ。うん。

ミサ なら、どうして興味持たないの?

ヤス 興味持たないわけじゃないけど……。政治は大事だよ。大事だと思うよ。だから俺は明日もまじめに働くのさ。

ミサ 全然答えになってない! ヤス、なんでツイッターやフェイスブックやらないの? 意識の高い知り合いができるし、すごい勉強になるのに。街宣や集会にいきなり一緒に行こう、って私は言わないから、ちょとSNSしてみない?

ヤス SNSねぇ(俺はミサが好きだけどがSNSをしていることが気に入らないんだよ!)。

ミサ ヤスが妬くかなぁと思って内緒にしてたけど、私フォロワー1000人もいるんだよ。そんで、フォローしてる人の中には政治家もいっぱいいて、毎日DMしてくれる人もいるんだ。誰だと思う?

ヤス DMってなに?

ミサ ダイレクトメッセージ。直接その人とだけ会話できる、みたいな感じ。それで誰が私とDMしてくれてると思う?

ヤス 誰って言われてもね(おい、集合は9時だぞ。もう急がなきゃ間に合わない! わかってるのか!)。

ミサ 大池薔薇子さん! 嘘みたいでしょ。でも嘘じゃないんだ。これ、ほらきょうのDM。見て見て。「ミサさん応援いつもありがとう。きょうもオフレコですが大沢二郎さんに逢いました。候補者選定は順調です」って。ね!びっくりした?

ヤス (なーんだ。定型文の返信じゃないか)へー。ミサ、そんな大物と友達なんだ。じゃあ俺なんかと付き合ってる暇ないじゃん。

ミサ 友達じゃないよ。大池さんはこれからの日本政治のキーパーソンだから、私なんかにどうしてかまってくれるのかって思うけど、誠実な人なんだよ。それから私とヤスの関係と大池さんは別でしょ。

ヤス わかったよ。仕事休んで選挙手伝いな。

ミサ ほんとう! マジで賛成してくれるの! うれしい! ありがとうヤス!

ヤス うん。無理しないようにね。

(ミサがシャワーに向かおうとする)

ヤス あ、きょうはダメなんだ。

ミサ なんで、せっかくヤスが理解してくれたから泊ってもいいでしょ?

ヤス これから、田合さんに逢わなきゃいけないんだ。覚えてるだろ、鎌倉支店のときによく飲みに連れて行ってくれた、愛媛出身の内気な田合さん。結婚が決まったんだ。仲間内でお祝いに飲み会。新宿で。

ミサ なーんだ。でも田合さんの結婚祝いじゃワガママいえないね。私もお世話になったから。田合さんよかったね。あの人純粋すぎて彼女出来るか心配してたんだ。

ヤス 俺もだよ。田合さんの結婚も「嘘みたい」だろ? だから今夜は悪いけど。明日は泊っていっていいよ。

ミサ あ、明日から夜はダメなんだ。証紙張りとか電話かけとかもう始まるんだって。

ヤス そっか。じゃあミサの時間のある時に、電話入れて。

ミサ うん、わかった。ありがとうね。ヤス。あ、そうそう。ヤスってなんでメールも使わないの?

ヤス いつも言ってるだろ。「俺はすべてが時代遅れの人間」だって。

ミサ フン。でも、まいいや。じゃあきょうは帰るね。

ヤス 駅まで一緒に行こう。

ミサ うん。でも、意外だった。ヤスは絶対乗り気じゃないから、賛成してくれないと思ってたんだ。

ヤス もうその話はいいじゃん。ミサだってもう30なんだから。俺が私生活をあれこれ言うのも嫌なのはわかるさ。

ミサ そんなことないけど……。ヤスが心配してくれてるのは分かってるし。だからヤスに嫌な思いさせながら、は重かったんだ。

ヤス じゃあ気を付けて。俺は地下鉄だから。

ミサ じゃあね。

(つづく)

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

愚直に直球 タブーなし!『紙の爆弾』10月号!【特集】安倍政権とは何だったのか

妖怪・岸信介の呪縛 衆院〈翼賛選挙化〉は小選挙区制導入の帰結である

岩見隆夫『昭和の妖怪 岸信介』(2012年中央公論新社)

◆大政翼賛会化した日本政治

小池百合子の新党『希望の党』に民進党が「合流」することが決まった。憲法改正を正面から掲げる保守(実際は極右)二大政党制がこの選挙から本格的に始動する。憲法改正まで秒読みの段階に入った。

今日の政治状況を招来したのは様々な原因があろうが、ひとつ大きな理由をあげるとすれば、90年代の小選挙区導入をはじめとした一連の「政治改革」だろう。

小沢一郎が自らの権力拡大をねらって主導してきた小選挙区導入は、実際に投じられた票以上に過大な議席を与え、死票を大量に生み出すことになった。新聞赤旗によると、2014年の衆議院選挙を絶対得票率(全有権者の中での得票割合を示す、つまり実際に投票していない人も含めた全体の数字)でみると、自民党は比例代表選挙で16.99%、小選挙区で24.49%しか獲得していない。しかし、実際に獲得した議席は76%にも及ぶ。

小沢一郎や山口二郎等小選挙区導入を主導した者たちの罪は重い。しかし、ここでは小沢や山口より以前に小選挙区導入を唱えていた著名な人物の発言の紹介をしたい。「昭和の妖怪」こと岸信介だ。

中公文庫『岸信介証言録』(原彬久編)から長い引用になるが、今日の政治状況について示唆的だと思うのでそのまま引用する。強調は筆者による。

原彬久編『岸信介証言録』(2014年中央公論新社)

◆岸信介の小選挙区論

 私が「小選挙区」論を唱える一番大きな理由は、前にも出ましたが、それが党内における派閥解消につながるということです。これはどうしてもやらなきゃいかんですよ。いまの中選挙区では、同じ選挙区から同じ党の人間が立候補するという場面が多く出てくる。同じ党から同じ選挙区で複数の立候補者がお互いに闘って当選するためには、やはり同じ派閥というわけにはいかない。弟と私の場合は特別な関係だから別としても、普通やはりAという人物がある派閥に属していれば、Bは違う派閥から出て闘わなければいけなくなる。勢い、派閥と派閥の対立ということになるわけだ。もう一つ、中選挙区よりも小選挙区が優れている最大の理由は、野党を強くするための小選挙区であるということだ。
──(筆者註:原彬久) 野党を強くする……。
 うん。小選挙区は野党を強くしますよ。
── 野党を1党に収斂するということですね。
 そうです。いまの中選挙区では小党分立のおそれが非常にあるということです。日本の現状からすれば、社会党もいまのままでは天下を取ることは難しい。社会党の天下は、見当がつかんですよ。小選挙区にすれば確かに、以後二回ないし三回ぐらいの選挙では、自民党が圧倒的な勝利を得るでしょう。しかしね、徐々に社会党は力を得てきますよ。その理由はだね、自民党の候補者は全選挙区から出るとしても、社会党は全選挙区に1人ずつ立てるのは最初は無理だ。全選挙区に当てる候補者を社会党は持ちあわせていないと思うんだ。ところが、選挙ごとに候補者は増えますよ。社会党からどういう人間が立候補するかというと、自民党で公認されない連中がそこに流れて行きますよ。政党はやはり現役優先でいくだろうから、公認から漏れた若い人たちは野党へ行くわけだ。そうすると、社会党もその本質が変わるんです。労働組合の代表者ばかりということはなくなるよ。社会党も本当の国民政党になってしまうさ。そうすると二大政党というものが本当にできあがって、平和的、民主的に政権の授受が行なわれるわけだ。これは、何年後か分かりませんがね。ともかくいまのままでは、百年経っても二大政党制はできませんよ。
── いまの中選挙区制では、二大政党制はますます遠のいていきますね。
 亡くなった片山哲さんは、この私の説については非常に賛成しとったですよ。ただ片山さんは、それには条件が1つあるといっていた。つまり小選挙区になると、一、二回は圧倒的に自民党が勝つだろう。そのときに憲法改正をやってくれちゃ困る、とね。仮に自民党が三分の二の多数を取っても、憲法改正をやらないという約束をするなら俺は岸君の「小選挙区制」に賛成する、片山君はそういっていました。私にしてみれば、憲法改正はやらなければいかんと思うが、小選挙区制実施後の何回かの選挙においては、憲法改正はこれをやらないということがあってもいいと思うんだ。こんな話をして片山君と別れたことがありますがね。社会党のなかでも、いまの社会党が伸びていくためには小選挙区制を推し進めるほうがよいのだと考えている人が、私の知っている限りでも何人かいますよ。一番反対なのは公明党などではないかな。
── そうでしょうね。共産党だってこれには反対するでしょう。
 私は是非この小選挙区制を実現したいと思うんだがね。議会制民主政治を完成するために小選挙区制が生まれ、二大政党制が実現するというのが一番だ。そして自民党内における派閥解消にも役立つんですよ

◆「絶望」 漂う岸の妖気

小選挙区制度導入により、政権与党自民党の派閥解消がおこなわれ強権的な政治指導が可能になった。安倍内閣の特定秘密保護法から共謀罪に至る強行採決が端的にそれを示している。一方野党に関して言うと、公明党は生き残りをかけて自民党と癒着し、その補完勢力となることで影響力を確保した。社会党はより広い支持層を確保し政権交代を目指して民主党から民進党へ行きついたが、今回壊滅した。小選挙区導入で起こったことは日本政治全体の右傾化なのだ。

こうしてみると岸の望んだことは改憲を除き現実化したことになる。岸を退陣させた数十万の民衆はもういない。あるのは有田芳生など自称「リベラル」のたわごとだけだ。そもそも有田芳生は拉致問題で拉致議連の極右議員と一緒に平気で登壇していた人物だ。下のような反応になって当然と言える。「希望」などどこにもない。

 

安倍晋三が一方の岸にいて、その対岸には小池百合子、前原誠司、小沢一郎がいる。両岸から噴き出す妖気の中を我々はなすすべなく流されていく。岸信介の亡霊がそこにいる。

▼山田次郎(やまだ・じろう)
大学卒業後、甲信越地方の中規模都市に居住。ミサイルより熊を恐れる派遣労働者


◎[参考動画][昭和35年6月]中日ニュースNo/333 3「高姿勢の岸内閣」(映画社中日2015年11月17日公開)


◎[参考動画][昭和35年6月]中日ニュースNo/334 3「退陣迫る」(映画社中日2015年11月17日公開)


◎[参考動画][昭和35年6月]中日ニュースNo/336 2「激動する八日間 安保新条約自然承認」(映画社中日2015年11月17日公開)

愚直に直球 タブーなし!『紙の爆弾』10月号!【特集】安倍政権とは何だったのか
『NO NUKES voice』13号【創刊3周年記念総力特集】多くの人たちと共に〈原発なき社会〉を求めて

希望は「排除」で破綻した──小池三日天下と前原民進解体をめぐる緊急座談会


◎[参考動画]希望と維新が本格連携へ 小池氏「民進議員を選別」(ANN 2017年9月29日)

  大騒ぎになったね。まさかこの時期に永田町に張り付け!の指令が出るとは思わなかった。都庁や民進党を追ってるB君、状況はどんな感じ?

  一言でいえば「カオス」ですね。両議院総会で具体的な言及なしに「執行部一任」でお茶を濁した時点で、民進党の多数の議員は「希望」への合流を読み込んでいましたが、対応についてはまだバラバラです。衆議院では議席確保を優先に、政策うんぬんは放り出して、公認申請が殺到していますが、参院では水面下でかなりの反発があります。

  とはいえ、もう時間はないから前原―小池の筋書き通りに「民進解体」で希望一本化は動かないんじゃない?

  とも言えない部分もあるんですが、要は金なんですよ。政党助成金。民進は意識的に結構な額を貯めこんでますから、取り逃しはできない、との本音をどう建て前で言い募るか。頭を抱えている議員だらけですよ。

  自民の焦りも前代未聞ですね。「いずれ小池、前原なら取り込める」という楽観論も無くはないけど、それは執行部周辺だけで、今回の政局は未経験の域に入ってます。二階も表向きは強気な発言をしていますが、一日中小沢の秘書に電話をかけ続けているようです。

  やっぱり仕掛けには小沢がいるってことなんだな。「壊し屋」小沢としては最後の解体作業というわけか。

  解体作業の行く末が、自民から民主へ移行した前回の政権交代ではまだ見えたんです。でも今回は小池、前原、小沢の仕掛けがどんな結論になるか、現状では誰も見えていないんじゃないですか?

  あのさー現場を駆け回っている皆には悪いんだけど、俺的には、これ結構ヤバイとしか思えないんだよね。

  というと?

  曲がりなりにも野党だった民進が消えるわけじゃない。どうやら維新も小沢も乗る。政策じゃなくて「安倍政権を倒せ」は聞こえがいいけど、そのあとに「希望」が勝てばどんな議員が議席を埋めることになるかってこと。たとえば自民の谷垣が引退する京都5区では元防衛省情報本部副本部長の井上一徳が「希望」から出る。井上は小池が首相補佐官だった小池に仕えた人物で、沖縄防衛局長時代に辺野古埋め立てで実務にかかわり住民から訴えられた、いわば辺野古基地建設では現場の1級戦犯だよ。こいつが「希望」から出るのを沖縄の人はどう感じるかね。

  そうはいっても、安倍政権の長期の弊害を何とかしたい、という国民の気持ちはやっぱり強いんじゃないですか?

  そりゃわかるよ。僕も安倍がいいなんて全然思ってないし。でね、じゃあその代わりに「希望」が大勝するとするじゃない。小池はもう「(リベラル派が)排除されないということはない。排除する」と言い切った。もともと「リベラル」なんて言葉は誰かさんたちに、散々汚い色を塗りたくられたから、僕も「リベラル」擁護を強く言うつもりはないよ。でも考えてみてほしい。いま「希望」の中心にいる現職の議員の顔ぶれ。小池は都知事だからおいといて、ヤメ検若狭勝に、確信右翼の長島昭久、細野豪志に、か弱そうな声と姿だけど極右の中山恭子らだよ。それで小池は「安全保障、憲法観といった根幹部分で一致していることが、政党構成員としての必要最低限」と言ってるわけじゃない。要するに自民党以上の高い「右ハードル」を設けたわけでしょ。それでも民進の改選議員は食いついていくと思うよ。国会議員なんて所詮節操ないから。

  Eさんの意見はちょっとうがち過ぎじゃないかな。だって安倍政権で何かいいことありましたか?「アベノミクス」なんてもう忘れられた言葉だし、消費税は上げる、解釈改憲に、安保法制、共謀罪。国民はうんざりですよ。

  そうかな。いまC君が言った安倍政権の罪は正しいよ。でもそれに激怒している国民なんてどれくらいいるんだろう?「森友・加計問題」が表に出るまで内閣支持率50%超えてたじゃない?

  だから民進党の議員は公認を求めながらも、内心右往左往してるんですよ。つい最近前原を代表に選んだばかりでしょ? 前原、枝野の確執は表に出ないけど、枝野の前原に対する怨念は相当なものがあります。

  民進党はともかくとして、名古屋市長の河村や、大阪市長の吉村も「希望」に近づく発言を続けているよね。ある意味雪崩現象が起きてるのは間違いないな。

  何か新しいものを欲している、という空気は肌で感じます。

  そうだね。それが怖いね。

  なんでですか?

  さっきも言ったろ!「希望」が政権を取るとする。誰が首班指名を受けるんだ! 小池に逆らえる奴がいるか!「リベラルは排除する」なんて歴代の自民党総裁も口にしなかったぞ! お前、戦後の歴史知ってるのか!

  まあまあ、取材途中の報告会ですから皆さん落ち着いて。

  じゃあ逆に聞きますけど、Eさんはどこに投票するんですか?

  言わないね。

  これだからリベラルは……。

  うるせーなー!お前みたいな若造が仮に「戦後民主主義」が幻想であったとしても、あの自由感がわかるのかよ!

  だから落ち着いて。我々のミッションはあくまでも政局取材ですから。

  気分悪くなった。悪いけど先に失礼するわ。

  どこ行くんですか? 今夜もEさん永田町張り番ですよ。

  「止揚」って言葉まで小池に汚されたから、「トロツキー」で一杯ひっかけて帰ってくるよ。心配しなさんな。菅(官房長官)の動きはちゃんと追ってるから。

(鹿砦社特別取材班)


◎[参考動画]安倍総理生出演(テレビ朝日「報道ステーション」2017年9月25日)


◎[参考動画]安倍総理生出演、小池百合子都知事インタビュー(TBS「NEWS23」2017年9月25日)


◎[参考動画]東京都・小池百合子知事が午後2時より定例会見(THE PAGE 2017年9月29日)

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ACW2 女性の働くことと生きることを定義し直す、新たなアクティビズム

「分断をのりこえて」。

働く女性の全国センター(ACW2)の公式サイトに、「働く女性の全国センターとは」などの紹介ページはない。上の言葉がヘッダーの、団体名の下に記されているだけだ。

◆働く権利を獲得してきた世代×働くことが搾取され傷つけられることとなる世代

 
 
 

ACW2を知ったのは、友人に誘われてその総会に参加したことがきっかけだった。別でわたしは周囲の仲間と2008年にフリーランスの多業種の労働組合「インディユニオン」を設立し、さまざまな人との交流が広がり始めた頃だったように思う。メンバーの特異性から「インディユニオン」では「労働相談」のほか「事業創出(仕事づくり)」「生協的な生活の助け合い」を含めて3本柱として掲げ、労働基準法に守られず労働者かどうかを常に問われることを背景にその存在自体が「働くことと生きることを問い直す」ものだという評価を受け、それをお題目にも掲げてきた。だが、事情があり、2017年3月に解散したのだ。

さて、ACW2総会では同世代の女性とまさに「働くことと生きること」に関するリアルな思いを交わすことができ、その場で加盟した(複数の組織に属することは珍しいことではない)。その後、「女性の労働問題は、賃労働以外のケア労働や生きることに直結しており、労働組合では解決できない」「背景には、根深い女性差別がある」と聴く。わたしが主に働く出版業界は比較的女性への差別がないように心がけている業界かもしれないが、個人的にも日常の中で背の低い女性で外面はよいことによって仕事上もなめられやすく、損もしてきた。

常に現場のリアルを吸収している団体だからこそ、ACW2は、「金を寄越せ」と叫ぶ労働運動の限界を超えた、オルタナティブな活動に携わってきた。女性の権利を主張し、真に安全・安心な労働現場を求め、ケアをかんがみるよう促し、今ここで女性たちが求める生き方を提唱してきたのだ。

だが、だからこそ、女性の働く権利を獲得するためにウーマン・リブなどと呼ばれる運動に携わった上の世代と、働くことが搾取され傷つけられることとなったわたしたちの世代との間には、常に対立が生じる。ほかにも、さまざまな構造のなかで、わたしたちは対立を強いられているのだ。それでもわたしは「対話」と「多様性」を繰り返し主張するACW2を信じ、今期まで2年間のみ運営委員の1人として活動している。

1%の権力者・支配者・為政者は、被支配者同士、労働者同士、民衆同士、99%の人同士の対立を煽る。だが、社会運動の現場においては、ある種の内ゲバが続き、そこにまた権力構造が生まれ、力は分散し、共倒れとなってきた。そこにせめて、ACW2には「女性同士の分断はのりこえられるはずだ」という信念があるのだろう。どこにいっても異端のわたしとしては、それが理想論である面はさまざまな現場で常に目にしてきたし、その困難をよく理解しているつもりだ。だが、あきらめてしまえば、被害は拡大するいっぽうだし、わたしたちの自由は奪われるばかりなのだ。

◆「週3日労働で生きられる社会に!」

そこで最近、ACW2が主張していることの1つが、「週3日の労働で生きられる社会に!」ということだ。

4月25日には厚生労働記者会にて記者会見をおこない、労働現場のリアルも伝えた。「命を支える」活動を広く労働として捉え、「日本型の細切れ雇用」の現実を直視することを訴える。また、「働き方改革」の欺瞞を暴き、女性労働者を無視した「政労使の話し合い」から批判した。そのうえで、週3日程度の賃労働と社会保障によって生存権が守られる社会を求めたのだ。具体的な要求項目として提示したのは、以下の通り。

 

この場では個人的にも、今後さらに内部でも外部とも意見交換などを重ねつつ、あたりまえにあるべき(なのに壊され奪われている)「生きられる働き方」を求めていきたいと改めて感じた。

◆「明日、世界が滅ぶとも、
  今日わたしはリンゴの木を植える」

また、現在、「働く女性の全国センター 長期ビジョン =100年を見通して=」通称「100年ビジョン」を策定すべく、対話を重ねている。これは、負け続ける運動を日々継続していく苦しさを打破するために掲げるものと当初聴いた際には心を動かされたものの、運営委員として活動に携わるうちに「わたしたちはともかくすぐ下の世代ですら働きづらさ・生きづらさを引き受けなければならないのか」と疑問に思った。

だが、先日のワークショップで改めて目的の説明をお聴きした際、「明日、世界が滅ぶとも、今日わたしはリンゴの木を植える」という表現を思い出した。これは、ドイツの宗教改革者マルティン・ルターだかルーマニアの詩人ゲオルギオだかの言葉といわれ、さらにアレンジしたものを開高健が色紙に書き残している。

ACW2が2012年に作成した「100年ビジョン」は以下の通りで、現在、これに関連したパンフレットを作成するために、会員たちが集まって言葉の1つひとつを改めて見つめ直しているところだ。

働く女性の全国センター(ACW2)
★公式サイト http://wwt.acw2.org/?page_id=39
★Twitter https://twitter.com/acw2org
★Facebook https://www.facebook.com/groups/291660530948299/

▼小林蓮実(こばやし・はすみ)[文/写真]

1972年生まれ。フリーライター、エディター。『紙の爆弾』『現代用語の基礎知識』『週刊金曜日』『現代の理論』『neoneo』『救援』『教育と文化』『労働情報』などに寄稿。働く女性の全国センター(ACW2)運営委員。

愚直に直球 タブーなし!『紙の爆弾』10月号!【特集】安倍政権とは何だったのか
『NO NUKES voice』13号【創刊3周年記念総力特集】望月衣塑子さん、寺脇研さん、中島岳志さん他、多くの人たちと共に〈原発なき社会〉を求めて

ムエタイM-ONE興行 WPMFも活発に!

軽量級らしいスピードとテクニックが魅了した試合の佐々木雄汰 vs 薩摩サザ波
薩摩のバックハンドブローがクリーンヒットし、佐々木雄汰がダウン
薩摩サザ波vs佐々木雄汰。右ヒジ打ちでダウンした薩摩
尚武会・今井勝義会長とツーショットの佐々木雄汰初防衛成功

タイでは国家イベントに起用されるWPMF世界戦、日本では乱立した中の一つでしかない存在ながら、選手の実力は高度なテクニックで試合を盛り上げた、この日の軽量級、中量級、重量級の技の競演は、どのカードも持ち味が活かされた展開で魅了。強い選手が揃っています。

メインイベント、佐々木雄汰(尚武会/17歳) vs 薩摩サザ波(TARGET/35歳)戦は、両者の展開速いテクニックを見せつつ、序盤の様子見から第3ラウンドに薩摩のバックハンドブローで佐々木雄汰がダウン、ここは年齢差からくる人生の経験値か。しかし第4ラウンドにはカウンターのヒジ打ちで逆転のダウンを奪った佐々木雄汰は、さすがに幼少期からのジュニアムエタイ時代から実戦で鍛えた勝負勘を感じます。薩摩にダメージが残る中、佐々木雄汰の攻勢がやや上回って、際どい2-1ながら判定勝利で初防衛成功。

武来安 vs 小嶋広樹戦は、パンチの重さは武来安やや有利。小嶋はパンチも打つが、やや見劣りする中、ローキック主体に攻める。接近戦では相手をパンチでグラつかせるラウンドが互いにあり。武来安が後ろ蹴りも多発した蹴りの多彩さとパンチの強さで上回ったかに見える判定勝利で王座獲得。

八神剣太 vs 鷹大戦は、3月20日に挑戦者決定戦で、アトム山田(武勇会)に判定勝利し、挑戦権を獲得した鷹大。互いに譲らない積極的な攻めも、鷹大のヒジ打ちで八神の顔面を切り、より激しい攻防が続く中、最終ラウンドは互いが怯まない相手を称え合うかのような、グローブタッチを繰り返しながらパンチと蹴りの思いっきりの攻防が続き終了。鷹大のヒジの攻勢が目立ったか、際どい2-0判定で王座奪取、WPMF日本王座2階級を制覇。

ゴンナパー vs 潘隆成戦は、ムエタイらしいゴンナパーの左ミドルキックと強烈なパンチが、徐々に調子を上げていき播隆成を苦しめる。3ラウンドまでの公開採点で、ダウンを奪わなければ勝てない潘隆成が攻勢に出るが、ゴンナパーが強い蹴りで凌ぎきる上手さが目立った。最終ラウンドも離れず攻勢を続けたゴンナパーが判定勝利で2度目の防衛。

T-98 vs ガムライペットは、再びムエタイ殿堂王座を目指すT-98が序盤、重いローキックと接近して圧力をかけてのパンチで出るが、ガムライペットのハイキックを受けたT-98はグラつき、2ラウンドにはヒジで切られる負傷負け。調子を上げる前に終わった感じの試合。王座陥落以降、復帰戦は勝ったが、この日敗北。試合ペースが短い現状から少々休養をとって更なる再起に期待したいところです。

◎M-ONE 2017.2nd
9月18日(月・祝)ディファ有明16:00~20:55
主催:ウィラサクレック・フェアテックス / 認定:WPMF

◆WPMF日本スーパーフライ級タイトルマッチ 5回戦

チャンピオン.佐々木雄汰(尚武会/51.95kg)
vs
挑戦者.薩摩3373(=サザ波/MA日本フライ級C/TARGET/51.95kg)
勝者:佐々木雄汰 / 判定2-1 / 主審 チャンデー・ソー・パランタレー
副審 テーチャカリン48-47. ソンマイ48-47. 北尻47-48

ダウンを奪い返した佐々木雄汰の右ヒジ打ちクリーンヒット

◆第2代WPMF日本ライトヘビー級王座決定戦 5回戦

武来安(=ブライアン/J-NETWORKライトヘビー級C/上州松井/78.85kg)
vs
小嶋広樹(WSR・F幕張/79.3kg)
勝者:武来安 / 判定3-0 / 主審 北尻俊介
副審 テーチャカリン49-48. チャンデー49-48. ナルンチョン49-48

小嶋広樹vs武来安。重量級らしい重いパンチと蹴りが交錯した戦い、後ろ蹴りヒットさせた武来安

◆WPMF日本フェザー級タイトルマッチ 5回戦

チャンピオン.八神剣太(レジェンド横浜/57.1kg)
vs
挑戦者.鷹大(前スーパーバンタム級C/WSR・F西川口/57.1kg)
勝者:鷹大 / 判定0-2 / 主審 ソンマイ・ケーウセン
副審 テーチャカリン48-49. 北尻48-49. ナルンチョン49-49

八神剣太を攻める鷹大の右ミドルキック、凄まじい試合となった両者
2度目の防衛を果たしたゴンナパー

 
◆WPMF世界スーパーライト級タイトルマッチ 5回戦

チャンピオン.ゴンナパー・ウィラサクレック(タイ/63.5kg)
vs
潘隆成(前WPMF日本同級C/クロスポイント吉祥寺/63.5kg)
勝者:ゴンナパー / 判定3-0 / 主審 チャンデー・ソー・パランタレー
副審 ソンマイ49-48. 北尻50-47. ナルンチョン49-47

ゴンナパーの重いミドルキックが潘隆成を苦しめる

◆スーパーウェルター級3回戦

T-98(=今村卓也/元ラジャダムナン系SW級C/クロスポイント吉祥寺/69.85kg)
vs
ガムライペット・パーン26(タイ/69.85kg)
勝者:ガムライペット / TKO 2R 2:43 /
ヒジ打ちによる顔面裂傷、ドクターの勧告を受入れレフェリーストップ
主審 テーチャカリン・チューワタナ

T-98vsガムライペット。調子を上げる前に終わったT-98(=タクヤ)
T-98負傷負け。1度目のドクターチェックでかなり危なかったが再開を許されるも数秒の攻防ですぐレフェリーに止められた、おびただしい出血のT-98

◆WPMF日本ピン級(-45.359kg)3回戦(2分制)

WPMF世界ピン級チャンピオン.Little Tiger(WSR・F三ノ輪/44.9kg)
vs
ヨーディン・シットヨーディン(タイ/45.6→45.3kg)
勝者;Little Tiger / TKO 2R 1:09 / 一方的展開に陥り、レフェリーストップ
主審 北尻俊介

◆55.0kg契約3回戦

小笠原 裕典(JKIスーパーバンタム級C/クロスポイント吉祥寺/55.0kg)
vs
ナッタチャイ・パーン26(元・ルンピニー系ライトフライ級C/タイ/54.6kg)
引分け / 1-0 / 主審 ナルンチョン・ギャットニワット
副審 北尻29-29. チャンデー29-28. テーチャカリン28-28

◆59.0kg契約3回戦

WPMF日本スーパーバンタム級チャンピオン.中向永昌(STRUGGLE/58.9kg)
vs
コブスー・フェアテックス(タイ/58.75kg)
勝者:コブスー・フェアテックス / TKO 1R 1:21 / カウント中のレフェリーストップ
主審 ソンマイ・ケーウセン

◆60.0kg契約3回戦

NJKFスーパーフェザー級チャンピオン.琢磨(東京町田金子/59.8kg)
vs
デンサヤーム・ルークプラバート(タイ/59.75kg)
勝者:デンサヤーム・ルークプラバート / 判定0-3 / 主審 チャンデー・ソー・パランタレー
副審 北尻28-29. ナルンチョン28-29. ソンマイ28-30

◆53.0kg契約5回戦

WPMF日本バンタム級チャンピオン.隼也ウィラサクレック(WSR・F三ノ輪/53.0kg)
vs
奥脇一哉(はまっこムエタイ/53.0kg)
勝者:隼也ウィラサクレック / 判定2-0 / 主審 テーチャカリン・チューワタナ
副審 北尻48-48. チャンデー50-48. ソンマイ49-48

他、3試合は割愛します。

《取材戦記》

WPMF日本ライトヘビー級王座は3年半ぶりのチャンピオン在位。日本の重量級では層が薄い現状も、全団体から集まれば昔以上のランカーが揃う人材があります。ミドル級を越える重量級でも交流戦を増やして、少しでも対戦相手不足を解消して欲しいところです。

キックボクシング系競技でアメリカ人日本チャンピオンも過去、何人か居たと思いますが、武来安の活躍は、かつての日本ヘビー級チャンピオン.ジミー・ジョンソン(横須賀中央)の存在を思い出しました。こんな外国人横綱のような、日本王座に君臨する外国人チャンピオンの存在も憎たらしくていいかもしれません。ボクシングのリック吉村のような日本人をことごとく潰していく存在も面白い存在となるものです。

やがて来年6月末にはこのメイン会場となったディファ有明も閉鎖されますが、その後はどこで開催されるのでしょう。M-ONEに限らず、ディファ有明を主要会場としていた各団体・興行プロモーションも新たな会場を探っているようです。M-ONE次回興行は11月26日(日)にこのディファ有明で開催となります。

▼堀田春樹(ほった・はるき)[撮影・文]
フリーランスとしてキックボクシングの取材歴32年。「ナイタイ」「夕刊フジ」「実話ナックルズ」などにキックのレポートを展開。ムエタイにのめり込むあまりタイ仏門に出家。座右の銘は「頑張るけど無理しない」

愚直に直球 タブーなし!『紙の爆弾』10月号!【特集】安倍政権とは何だったのか
一水会代表 木村三浩=編著『スゴイぞ!プーチン 一日も早く日露平和条約の締結を!』

森友・加計疑惑で安倍首相が最も恐れる木村真氏と黒川敦彦氏が反撃共闘!

今治市郊外に建設中の岡山理科大学獣医学部建設地に向けて抗議するデモ隊。建設中の建物は獣医学部(9月23日)

安倍首相が衆院解散の意向を表明した翌9月26日、大阪府豊中市で、安倍首相が最も恐れる2人の男、木村真氏(大阪府豊中市議会議員・森友学園問題を考える会)と黒川敦彦氏(今治加計獣医学部問題を考える会共同代表)が、安倍首相らを刑事告発する共同プロジェクト立ち上げの記者会見を行った。

10月10日公示・10月22日投票の「モリカケ隠し総選挙」への反撃措置としての記者会見と言えるだろう。

憲法53条の規定に則り野党は臨時国会の召集を要求していたが、3か月以上も放置したあげく、召集するなり冒頭解散をするということだから、憲法違反の解散になる。

憲法53条では、国会議員の4分の1以上の賛成で国会召集を要求した場合に内閣は国会の召集を決定しなければならない。それにもかかわらず解散総選挙に安倍首相は踏み切った。国会で審議すれば、安倍政権にとっての2大アキレス腱、森友学園疑惑と加計学園疑惑の追及に耐えられなくなるのは必至だ。
明らかな“モリカケ隠し解散”と言えるだろう。

◆灰色ではなく、限りなく黒に近い森友・加計疑惑
 
9月26日午後6時から、大阪府豊中市の元「瑞穂の國記念小学院」隣にある野田中央公園で、2人の記者会見は始まった。二つの疑獄事件は、かなり疑惑が明確になりつつある。

まず、森友学園事件。

第一に、国有地8億円値引きの根拠とされたゴミはなかったことが判明している。
第二に、財務省が上記のことをわかっていた。
第三に、1億3000万円程度という売却金額に合わせて、ゴミ撤去処理費を見積もっていた。
第四に、超格安の売却金額や異例の10年分納などのレールを財務省側が敷いていた。

加計学園事件はどうか。

第一に、行政がゆがめられたと指摘される異常な設立認可(正式認可は審議中)
第二に、建築費見積もりも内容もみないまま今治市が補助金支出決定。および建築費大幅水増しによる補助金詐取疑惑。
第三に、ずさんな設計によってバイオハザード(病原体や細菌の実験や研究で生じる危険)が100%起きると専門家が建築図面を見て指摘。

ここまで材料がそろえば、「知らぬ存ぜぬ」「記録は破棄しました」「記憶にございません」などの国会猿芝居は通用しなくなるはずだった。

黒川氏と木村氏は、臨時国会召集とともに、疑惑追及を一層強める予定だったのである。しかも、森友関連ではすでに告発が受理されている段階。そのタイミングでの解散選挙は、「あまりに露骨な“モリカケ隠し解散”だ」と2人は強く批判している。

◆獣医学部建築費水増し疑惑とは何か

「モリカケ隠しを許さない」とう国民世論を目に見える形にするために、加計問題に関して安倍晋三総理大臣を含む関係者への刑事告発運動を展開するとともに、総選挙の結果にかかわらず全国市民集会を年内に実施することを記者会件で明らかにした。

告発の内容は、獣医学部建設をめぐる建築費水増し疑惑だ。施設費148億1587万円を面積3万2528平方メートルで割って算出すると坪単価は約150万円となり、通常の鉄骨造の建物の倍近くになる。

これだけでも疑問だが、建築関係者からの内部告発の形で黒川氏は建物の設計図面を入手。それを専門家に見せると、「倉庫に毛が生えたような建物」「民間なら坪70万円」などという評価を得た。疑問に思った黒川氏はさらに調査を続け、E-statというインターネットで政府統計を閲覧できるサイトを閲覧し、疑惑を深めたという。

この中にある「建築着工統計調査」に愛媛県の教育施設が7件あるうち6件は加計学園のものだと確認できた。そこに加計学園側から提出された面積等のデータから割り出すと、坪単価は約88万1600円となる。

通常このようなアンケートでは、やや高めの数字を提出するという。坪単価80万円台ならば、納得を得られる数値だろう。

他の大学と比較しても加計獣医学部の建築費の高さが目立つ。「今治加計獣医学部問題を考える会」がまとめたところ、同じ国家戦略特区の事業として認可された千葉県成田市の国際医療福祉大学医学部は坪単価88万5200円、同じく成田市にある同大学成田看護学部(同学部は特区事業ではないが建築仕様が医学部に近い)の坪単価は76万円である。

では、いったい150万円という数字は何なのか。黒川氏が図面をもとに建築費水増し疑惑を指摘したことに対し、加計学園は、建築費は道路などの外構費や設計監理費等をのぞけば約126万2000円だとファックスで回答してきた。しかし、設計監理費は建築費に含まれるものである。

さらに、黒川氏が愛媛県知事に情報公開請求したところ加計学園が県に提出した「建築工事届」が9月12日に公開された。すべての建物の面積が記載されており、金額はすべて墨塗りされている。

しかし面積がわかるため、計算すると坪85・6万円。面積が前述のE-statと若干のずれがあるため坪単価にも違いがあるが、どちらも加計学園側が提出したものであり、坪単価は80万円台だと自分たちが書類を提出しているのだ。

「(建築費水増しを)自白しているも同然です」と黒川氏は指摘する。

今治市内で”モリカケ隠し解散”を批判するデモの先頭に立つ黒川敦彦氏(9月23日)

◆安倍首相告発1万人運動へ

今年3月3日、愛媛県今治市議会は、獣医学部設置と補助金96億円を支出すると議決している。水増した建築費をもと加計学園は補助金を申請したことになるため、「補助金詐取にあたるのではないか」(黒川氏)という重大な疑惑が湧いてくるのだ。

すでに告発状は作成されており、加筆修正のうえ公開し、告発者を募り、状況を見計らって提出するという。今治市の菅良二市長を背任容疑で、加計孝太郎理事長を補助金詐欺容疑で、安倍晋三総理を詐欺ほう助で告発する予定だ。

政権の爆弾である二大疑獄追及の当事者である木村真・黒川敦彦両氏による1万人告発運動は、“モリカケ疑惑隠し解散”に対する痛烈で実務的な批判である。総選挙にも影響するだろう。

森友学園問題のパイオニア木村真豊中市議が疑惑の現場、今治市の獣医学部建設地にやってきた(9月23日)

▼林 克明(はやし・まさあき)
ジャーナリスト。チェチェン戦争のルポ『カフカスの小さな国』で第3回小学館ノンフィクション賞優秀賞、『ジャーナリストの誕生』で第9回週刊金曜日ルポルタージュ大賞受賞。最近は労働問題、国賠訴訟、新党結成の動きなどを取材している。『秘密保護法 社会はどう変わるのか』(共著、集英社新書)、『ブラック大学早稲田』(同時代社)、『トヨタの闇』(共著、ちくま文庫)、写真集『チェチェン 屈せざる人々』(岩波書店)ほか。林克明twitter 

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