去る4月18日朝日新聞夕刊に三里塚に住む女性・石井紀子さんの追悼記事が掲載されました。訃報記事をすべて目を通しているわけではありませんが、三里塚については、私の闘いの出発点の一つでもありますので、どうしても読んでしまいます。石井さんは私より一歳下の1952年生まれ、1971年法政大学に入学されました。70年安保闘争や学園闘争の波が引いた時期に大学に入った私たちの世代の大きな政治課題は三里塚闘争(第一次―第二次強制収容阻止闘争)と沖縄闘争(返還協定調印-批准阻止闘争)でした。

私が三里塚に関わり始めた1971年、天王山だった第二次強制収容阻止闘争を闘い、かの機動隊3人が亡くなった9・16にも現地にいました。その後、諸事情で三里塚を離れながらも、遠くから熱い眼差しで見てきました。こうしたことは、この「通信」でもたびたび述べています(最近では2月4日、同8日付け)。

聞くところによれば、石井さんは法政のノンセクトで学生運動に関わり、彼女が本格的に三里塚に入ったのはその後ということです。関西にいる私たちは、首都圏で集会やデモをやる時には法政大学のグループと連携することもたびたびありました。実際、法大に泊まらせてもらったこともありました(そこでバッタリ高校の同級生のHM君に会ったのを思い出します)。ノンセクトは組織動員できる党派と違い、どこもさほど人数も多くなく、一緒に部隊を組んだこともありました。三里塚で結婚し子どもを生み育て、土地に根づいて生きるということは、よほどの決意がなければできることではありません。時々報道されていましたので、知ってはいました。

記事の内容は石井さんの生き様について淡々と記述し、これ自体は特に問題ありません。熱っぽいものを感じる筆致ではありませんが……。三里塚を自らの生きた軌跡と重ね合わせる私と、取材対象としか見ない新聞記者との決定的な違いがあるように思います。まずは、三里塚の土地で生涯を全うされた石井紀子さんに頭(こうべ)を垂れて合掌。

朝日新聞4月18日夕刊

◆「カウンター大学院生リンチ事件」(別称「しばき隊リンチ事件」)で蠢いた阿久沢悦子記者の名を発見!

……とっ、記事の末尾に「阿久沢悦子」の署名が目に入りました。

去る4月1日の湖東記念病院冤罪事件の記事に、15年前の私の「名誉毀損」逮捕事件の官製スクープ記事を書いた平賀拓哉記者の名がありましたが、今度はリンチ事件に関係しつつも私たちの取材からひたすら逃げている記者の名があるとは……因果なものです。

このかん私たちはプリズン・コンサート500回を達成したPaix2(ぺぺ)の記念本編集作業に追われ、リンチ本続刊の作業が止まっていましたが、ようやくすべての原稿がそろい整理済みDTPに回しましたので、GW明けからはリンチ本第6弾の準備に取り掛かろうと思っていた矢先です。具体的には手の内は明かせませんが、今回も“隠し玉”があります。「弾はまだ残っとるぞ」ってなもんです。

◆リンチ被害者M君やわれわれを裏切った趙博を紹介

阿久沢悦子記者は、平賀拓哉記者同様、朝日新聞大阪本社社会部所属、リンチ事件で蠢動した時は、かの阪神支局に勤務していました。平賀記者はあたかも私たちの出版を理解しているかのように近づきましたが、阿久沢記者も、あたかも味方であるかのようにM君に接触し、M君もまだ私たちと知り合う前で孤立を強いられていた時期でしたので、藁をも掴む想いで阿久沢記者に対応したそうです。

また、これも味方のようにM君に近づいた趙博を引き合わせたのも阿久沢記者でした。趙博は言葉巧みにM君から、当時はまだ公になっていなかった多くの資料を入手しています。その後、急に掌を返したことはすでにリンチ本でも2度、記述し弾劾しています(第1弾『ヘイトと暴力の連鎖』の「『浪速の歌う巨人』趙博の裏切り」、第4弾『カウンターと暴力の病理』の「われわれを裏切った“浪速の歌うユダ”趙博に気をつけろ!」参照)。資料を返却もしていません。まさにS(スパイ)行為です。趙博は、多くの運動に顔を出したり近づいていますが、用心されたほうがいいでしょう。直接掌を返されたM君や私たちが言うのですから間違いありません。趙博よ、恥を知れ!

◆われわれの取材から逃げ回る阿久沢記者

阿久沢記者には、本を出すたびにその本を付けて何度も質問状(あるいは取材依頼)を行い、遂には電話取材も行いましたが、拒否されました。リンチ本第5弾『真実と暴力の隠蔽』に報告していますので、ぜひご一読ください。

『真実と暴力の隠蔽』文中の阿久沢記者電話取材の様子

『真実と暴力の隠蔽』同上 続き

阿久沢記者について、彼女をよく知る関係者が証言してくれました。──

「阿久沢さんはいろいろとトラブルメーカーでかねてから会社から睨まれていました。阿久沢さんが引き起こしたトラブルは具体的には、2012年、当時の夫の不倫相手が阿久沢さんの職場まで直談判に来たこと(当時阿久沢さんは大阪本社社会部)。

橋下徹へ喧嘩を打ったツイッター

同じ年に阿久沢さんはTwitterで橋下徹大阪市長(当時)を誹謗中傷して逆襲され(会社に正式に抗議が来たそうです)謝罪、休職に追い込まれたこと。復職後、大阪本社社会部から阪神支局に転勤になりました。2017年、韓国に行って慰安婦像に『朝日新聞、阿久沢悦子』の名前で『謝罪文』をあちらに残してきたことが、いわゆる『ネット右翼』に見つかり騒ぎになったこと。この後阿久沢さんは静岡総局に転勤になりました」

かの橋下徹に喧嘩売るとは凄い! しかし、さすがに橋下、「ふざけんな出てこいとはどういうことですか? 記者ってそんなに偉いんですか?」といなされ、あえなく撃沈するとは、ヘタレやね。「朝日」の看板をバックにすれば、何も怖くないと勘違いされたのでしょうか!? 橋下徹のような稀代の三百代言を駆使する権力者に喧嘩売る時は、思いつきではなく全知全能、全身全霊、性根を入れてやらないと対峙できません。

◆因果はめぐるのか──

以前のこの「通信」でも記述しましたが、71年当時「全京都学生連合会」を結成し共闘、共に三里塚に現闘小屋を設置し活動していた京大「C(教養部)戦線」というグループにM君の父親がいました。これもなにかの因縁です。因果はめぐるのか──。

それはともかく、「カウンター大学院生リンチ事件」(別称「しばき隊リンチ事件」)に対して、なぜか朝日新聞は、メディアの責任を忘れ、頑なに取材を拒否してきました。もちろん報道もしません。まずは阿久沢さん、あなたの言葉を借りれば、「人間として怒りが抑えられません。ふざけんな。出て来い!」と言いたいですね。

さらにもう一つ申し述べておきたいと思います。阿久沢記者のFBでの石井紀子さん訃報記事について「いいね!」している人が多くいます。私の知っている方の名も少なからず目にしました。皆さんは、阿久沢記者のリンチ事件に対する、決して真摯とは言えない態度を知った上でのことでしょうか? 表面上の美辞麗句に騙されてはいけません。喝!

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会場には、若き頃と最近の佐野さんの遺影が掲げられた

佐野茂樹という古い伝説的な革命家が亡くなり、偲ぶ会(3月22日)に出席してきました。会場は京都・キエフで、ここは歌手・加藤登紀子さんの実家が経営され、今はお兄さんが社長です。

登紀子さんのお連れ合いは、ご存知、藤本敏夫(元反帝全学連委員長)さんで、寮(同志社大学此春〔ししゅん〕寮)の大先輩です。この方も伝説的な方です(蛇足ながら、藤本さんはここ甲子園出身で、鳴尾高校から同志社の新聞学専攻に進まれました。この界隈出身の著名人としては、芦田愛菜、あいみょんらがいます。そうそう、私に手錠を掛けた神戸地検の宮本健志検事もこのあたりの出身)。

久し振りに本宅的なロシア料理を味わった

キエフは、寮関係の集まりや、同志社関係の集まりにもよく使われてきました。私のいた寮の学生も、藤本さんや、藤本さんの片腕で店長を務めていた寮の先輩の村上正和さんの縁で、よくアルバイトしていました。

佐野さんは、60年安保闘争で国会前で亡くなった樺(かんば)美智子さんと、神戸高校の同級生とのこと、佐野さんは京大、樺さんは東大(1浪して1957年入学)ですが、共に新左翼の始まりといわれる「ブント」を起ち上げたメンバーです。

1956年に京大入学ということで、すぐに学生運動に飛び込み、60年安保闘争の際の全学連主流派、これを支えたブントの幹部として歴史的な闘いの先頭に立ちます。佐野さんは58年には全学連副委員長に就き、樺さんは東大文学部学友会副委員長という要職にありました。

佐野さんの著書『帝国主義を攻囲せよ!』

樺さんが佐野さんに淡い恋心を抱いていたということは、当時のブントのトップ・島成郎(故人。精神科医。沖縄に渡り離島医療の先駆け)さんの著書にも記され、“公然の秘密”のようでした。この世代の方々が、ずいぶん出席されていました。

その後、ブント再建(第2次ブント)で議長に就任、60年代後半の学園闘争、70年安保―沖縄闘争を指導しました。

第2次ブントは、70年を前に分裂するのですが、京都では、同志社、京大を中心に、いわば“赤ヘルノンセクト”の学生運動は健在で、私たち同志社大学全学闘は京大C戦線(レーニン研。70年末に結成)と共闘し、「全京都学生連合会」(京学連)の旗の下、70年代初頭の沖縄―三里塚―学費闘争を闘いました。

数としては同大8、京大1、その他1という按配でした。人数としては同大が圧倒的に多かったのですが、京大は、まさに少数精鋭で、リーダーの吉国恒夫(故人。専修大学教授)さん、行動隊長にしてオルガナイザーの片岡卓三(現在医者)さんを中心に、理論的にも他の追随を許しませんでした。同大には卓越した理論家はいなくて(苦笑)、C戦線の機関誌から“密輸入”したりしていました。

同じく『佐藤政府を倒せ!』

吉国さんは、矢谷暢一郎さんと共に68年御堂筋突破デモを指導し共に逮捕・起訴されています(当時裁判官として、この判決文〔かなりの寛刑!〕を書かれた方で現在弁護士のA先生が、今、カウンターメンバーとの裁判で当社の代理人として神原元弁護士と一戦を交えています)。

このC戦線をバックで支えたのが佐野さんで、C戦線こそがブント解体後の学生運動や革命運動の未来を担うと考えられていた、と思います。吉国さんや片岡さん、他のメンバーらと交流し私もそう感じました。『帝国主義を攻囲せよ!』とか『佐藤政府を倒せ!』など佐野さんの著書やパンフレットも一知半解ながら熟読しました。

ところで、この通信をご覧の方には馴染み深い「カウンター大学院生リンチ事件」の被害者M君の父親がC戦線の当時のメンバーだということをM君から聞いていたのですが、複数の証言を得ることはできませんでしたので、確証がありませんでした。

その集会の呼びかけ人を務められた片岡卓三さんの号令一下、当時のC戦線のメンバーが数多く出席されていました。大体私と同じ70年入学でした。

樺美智子さんの遺稿集『人知れず微笑えまん』(三一新書)。われわれの世代の必読書だった

彼らにたずねると、みなさんM君の父親をご存知でした。「私たちはリンチされた息子の救済と支援活動をやって来た」と言うと、みなさん驚いていました。

C戦線(レーニン研)は、毛派(中国派)のグループと合体し全国党派を目指しマルクス主義青年同盟(マル青同)を結成しますが、これはあえなく崩壊します。片岡さんらは、この過程で離脱し、結成後すぐに内部抗争が起き、トップの吉国さんは「死刑宣告」を受け放逐されます(彼はその後、矢谷さん同様日本を離れ、アメリカ西海岸やジンバブエの大学に入学し、日本のジンバブエ研究の第一人者になります)。

他のメンバーも離脱し、各々の人生を歩み始めます。しかし、そこは“腐っても京大”、私たちと一緒に同大学費決戦で逮捕・起訴され、一念発起して一級建築士になったB君同様、弁護士になったりしています。組織が解体して司法試験を目指したCさんは、たった1科目しか取得しておらず再入学し30歳になって司法試験に合格、今は弁護士になっておられます。

また、もう一人のD弁護士は、15年前の私の逮捕事件で「憲法21条に則った、公正で慎重な審理を求める署名」に賛同人として署名をしてくれていました。あらためてお礼を申し上げました。

それにしても、まさか私たちが支援したリンチ被害者M君の父親が、学生時代に共闘していたとはビックリ仰天でした!

60年安保闘争の激闘と樺さんの死を報じる『全学連通信』1960年6月25日号(1/3)

60年安保闘争の激闘と樺さんの死を報じる『全学連通信』1960年6月25日号(2/3)

60年安保闘争の激闘と樺さんの死を報じる『全学連通信』1960年6月25日号(3/3)

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鹿砦社 http://www.rokusaisha.com/kikan.php?bookid=000541

1970年代初頭の京都の学生運動を記録した『遙かなる一九七〇年代‐京都~学生運動解体期の物語と記憶』

鹿砦社創業50周年記念出版『一九六九年 混沌と狂騒の時代』

 

リンチ直後の被害者大学院生M君

松岡 ご苦労様です。われわれが「カウンター大学院生リンチ事件」と呼び、巷間では「しばき隊リンチ事件」と呼ばれる、大学院生M君に対するリンチ事件で、ようやく確定判決で認められた賠償金が、金良平氏の代理人に就任した神原元弁護士からM君の代理人大川弁護士に振り込まれました。当初の代理人は別の弁護士でしたが、今年になり、なぜか代理人が交替しましたけど、まずはこの事件の一つの区切りといえるでしょうから、きょうは皆さんの意見や感想も聞かせてください。

A  ともかく、お疲れさまでした、が正直なところですわ。判決内容はともかく賠償金が支払われへんのちゃうか、って本気で心配しよりましたよってに。

B  難しいですよね。これで法的には一応終わったわけですよね? 私は本質的なところでは何も終わってはいないと思っていますが……。

C  M君の事件はね。でも鹿砦社は対李信恵第2訴訟(李信恵氏が原告となった進行中の裁判、第1訴訟は鹿砦社が原告、李信恵氏が被告で既に鹿砦社の勝訴が確定。第2訴訟は第1訴訟の反訴として提起されたが、取り下げ、あらためて別訴として提訴された)と、対藤井正美訴訟を抱えているから、終わりとはいえないよ。

D  長かったですよね。誰が管理してるのか知らないけど「支援会」の活動には頭が下がりました。

松岡 支援会は私が責任を持つ形で、少人数で運営しています。口座は既に閉鎖しましたので、遠からず会計報告ができるでしょう。

B  結局「支援会」のメンバーは最後まで僕らにも秘密でしたね。

松岡 秘密主義じゃないですよ。最低限の人数で動かしただけです。お金が絡む問題でもあり、口座は大川弁護士に管理していただいていたことをTwitterでも公表していました。いまだに会計報告をしないで少なからずの方々から首を傾げられている、どこぞの支援会と違い、私たちは1円のお金も飲食には使っていませんし、厳密に管理してきました。また、鹿砦社はM君裁判とは別に、李信恵氏や藤井正美らと訴訟を行っていますが、こちらにはもちろんですが、1円も使っていません。鹿砦社関係は鹿砦社の資金から裁判費用を出しています。

リンチ直後に出された金良平(エル金)[画像左]と李普鉉(凡)氏[画像右]による「謝罪文」(いずれも1ページ目のみ。全文は『カウンターと暴力の病理』に掲載)

C  これまで5冊だったっけ? この事件に関して出した本。最後にまとめみたいなことは必要だと思うな。

松岡 そうですね。今は緊急出版をいくつか抱えてきましたので後手になりましたが、早い時期に取り掛かりたいところです。

A  何年になるんやろ? まだ最初の頃、僕30歳やったもん。

B  もうすぐ4年やね。Aは突撃で下手ばかり打ってた(笑)。

A  そんなん、いきなり「国会議員Aのコメントとって来い!」言われても、東京の地理も知らん大阪人にできるもんちゃいますよ。

C  30歳超えてなにを甘っちょろいこと言ってるんだ!って怒ったよな、俺。

B  新聞や出版の経験があるのにね。たしかにAの詰めはいまだに甘いわ。

A  ……。

D  結局、僕らが問いたかったことが世の中に訴求したかどうか、その点は気になりますね。

C  最後はいつもそこで頭悩ますよね。でも、事実関係は確実でどこのマスコミも切り込まないアングルを維持したから、それは重要なことだったと思うね。おそらく、われわれがやらなかったら闇に葬られていたんじゃないかな。だってそうだろう、われわれが知ったのは事件から1年余り経っていたからね。

大学院生リンチ加害者と隠蔽に加担する懲りない面々(『カウンターと暴力の病理』グラビアより)

B  そうですよね。不思議なのは後追いがまったくなかったことですね。世間で「リベラル」と言われている人で応援してくれた人といえば……?

A  元読売新聞記者の山口正紀さんくらい違います? あとは黒藪哲哉さんくらいやろか? 先頃亡くなった、『週刊金曜日』発行人だった北村肇さんら、ほんの一握りの方々ですよね。山口さんにしろ黒藪さんにしろ、当初はご存知なく、関心持たれたのは、われわれが資料を添えて説明してからですよね。『週刊金曜日』内部ではささやかれていて、北村さんは少しご存知のようでしたが、事件が起きた大阪と、遠く離れている東京では、事件に対するスタンスも温度差があって、われわれが事件を知って深刻になったのとはまた違う感じだったようです。

D  逆に想定外の「義絶」が相次ぎました。

C  そうそう。田所さんの「辛淑玉への決別」(田所敏夫「辛淑玉さんへの決別状」)にはじまり、社長の鈴木邦男への義絶(松岡利康「【公開書簡】鈴木邦男さんへの手紙」)へと。

A  社長の鈴木さんとの仲違いは、業界では話題になりました。

C  ちゃんと言葉をつかえ!「仲違い」じゃない!「義絶」だ、A!

A  あっ、すいません。

B  相変わらず詰め甘いな。

D  「踏み絵を踏ますな」という人もいたけど、そうじゃなかったですよね。「これ見てどうも思いませんか?」が僕らの原点。

松岡 最初に事件直後のM君の写真を見た時、単純に「これは酷い」と思いました。これが私の出発点でした。すぐに田所さんに連絡し、「これは黙っていたらアカン」と一致しました。まさか、こんなにたくさんのライターさんにお世話になって、5冊も出版することになろうとは思いませんでした。

B  社長を動かしてる動機ってなんなんでしょうか?

松岡 今も言ったように「これは酷いな」という単純なことですよ。もう少し込み入った事情もないわけではありませんが、そのあたりに興味のある人は『一九六九年 混沌と狂騒の時代』を読んでください。

A  読みました。ベトナム戦争で死んだアメリカ兵の死体洗いの話、びっくりでしたわ。

松岡 Aさんは私の原稿も読んでくれましたか?

A  はぁ。読んだんですけど、ちょっと難しくて……。

C  しっかりしろよ!

松岡 私は学生運動や社会運動内部で繰り返されてきた暴力の問題、いわゆる内ゲバやね。それを長年考えてきていて、かつて作家の高橋和巳先生らが警鐘を鳴らしたのに軽視され、多くの犠牲者を出しました。「まだこんなことやってるんだ!」という義憤もあったね。いわゆる内ゲバでは、私の行った大学では2人亡くなっていますし、亡くなりはしませんでしたが、あるノーベル賞作家の甥っ子の先輩が、一時意識不明になったり。なによりも私も「ゲバ民」と言われた共産党の集団に襲撃され病院送りになったことなどが悪夢のように甦ってきたりしてね。『一九六九年 混沌と狂騒の時代』の後のほうに掲載している長文の拙稿(草稿)は、そうしたことについて、私なりに考え、書き連ねたわけです。

B  ともかく最後にまとめの、もう一本出すということですね。

D  新たな取材予定があるんだったら、社長早めにお願いします。

松岡 それは秘密です。

一同  えっ! まだあるんですか!

松岡 当たり前じゃないか。冒頭に述べたように、賠償金が払われ訴訟実務としては終結しただけで、本質的な問題は、まだ何も終わっていないんでね。特に、普段は元気がいいのに、この事件について質問したり取材すると、沈黙したり逃げたり開き直ったり隠蔽に加担したり豹変したり……「人間としてどうなの?」と言わざるをえない、いわゆる「知識人」の狡さに対しては徹底的に追及、弾劾しなくてはなりません。私のことを「棺桶に片足突っ込んだ爺さん」と侮辱した徒輩がいましたが、「棺桶に片足突っ込んだ爺さん」にも意地がありまっせ!

D  社長、若手使ってくださいね。俺もうフットワーク効かないし。

松岡 心配しないでください。無理は言いますから(笑)。この件だけでなく数々の直撃取材を成功させたHT君のような根性が欲しいよね。

B  これだから鹿砦社は……。

C  そうそう、忘れないように。M君から取材班にも「くれぐれもよろしく」ってメッセージありましたよね。

C  M君もこれを区切りに新しい未来を切り開いてほしいね。

B  きっといいことありますよ。

松岡 そう思います。自分で言うのも僭越ですが、何度も地獄に落とされたながらも浮上した私のように、人生、悪いことばかりではなく、きっと良いことがあるよ。M君も、国立大学の博士課程まで進んだ秀才だし、研究課題も、日本では珍しい分野なので、彼が必要とされることがきっと来ると私は信じています。アントニオ猪木じゃないけど、「苦しみの中から立ち上がれ!」と言いたいね。皆さん、あと少しよろしくお願いします。

A  社長、次あるんだったら、ちょっと前借りできまへんやろか?

松岡 それではAさんにはもうお願いしません。

A  キツー。

B  Aよ、HT君のように前借りできるくらいに仕事しろよ。

A  あっ忘れとった。こんなんあるんですけど。

C  お前なんで今まで出さなかったんだ! これ超ド級の資料じゃないか!

B  おいおい! また大騒ぎだぞ!

松岡 これはびっくりしました。使えますね。

(鹿砦社特別取材班)

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《6月12日、リンチ被害者M君が5名を訴えた上告について、却下の連絡が代理人の大川伸郎弁護士へあった。賠償を命じられた李普鉉氏からは「賠償金を支払いたいので口座を教えてくれ」と代理人から連絡があった。一方金良平からは何の連絡もないので、大川弁護士は金良平の代理人に「賠償金の支払い」を求める旨と、大川弁護士の銀行口座明細を記載したFAXを送付したが、7月2日現在大川弁護士には、金良平の代理人から何の連絡もないという》

上記の文章は本通信に本年8月14日掲載した内容である。その後、「一部40万円余りを払う。残りは分割にしてほしい」と代理人姜永守弁護士を通じて金良平(狼藉が度を超えるので、敬称は用いない)が申し出てきた。身勝手極まりない内容にM君並びに弁護団、支援会は対応を検討したが、金良平の申し出を受け入れ、一部金の支払いを待った。

ところが判決確定から半年たっても、金良平は自身が申し出た「身勝手な」支払い方法すら反故にして、いまだに一円たりともM君に対して支払いを行っていない。この間の経緯についてM君代理人の大川伸郎弁護士に確認したところ、「姜永守弁護士に電話で『支払いはどうなっているのか』と尋ねたところ、申し訳なさそうに『すいません。本人に伝えておきます』と切れ味の悪い回答があっただけです」とのことである。

代理人を通じて「分割払い」を申し出てきたのは繰り返すが、金良平だ。最高裁判所で支払い命令が確定した判決を無視し続ければ、時間を経るにしたがって支払い命令金額に利息が加わり、ますます支払いは困難になろう。

ここへきて、取材班は重大な疑念を抱かざるを得ない。

金良平、ならびに周辺で彼と行動をともにしている関係者は「賠償金を支払う」(金良平に支払わせる)意図がまったくないのではないか。口先ではきれいごとを並べて「人権」だの「反差別」だのといきがっていても、最高裁で確定した判決で命じられた賠償金の支払いすら「無視」しようとしているのではないか。この申し出は姜永守弁護士を通じてM君側に伝えられたのであるから、姜永守弁護士にも責任はある。このような事態を予測して、M君、弁護団、支援会は「姜永守弁護士が連帯保証人に就任する」ことを条件として求めたが、姜永守弁護士はそれを受け入れなかった。

リンチ直後に出された金良平(エル金)[画像左]と李普鉉(凡)氏[画像右]による「謝罪文」(いずれも1ページ目のみ。全文は『カウンターと暴力の病理』に掲載)

 

辛淑玉氏による2015年1月27日付け文書「Mさんリンチ事件に関わった友人たちへ」(1ページ目のみ。全文は『カウンターと暴力の病理』に掲載)

無責任で済む問題であろうか。M君が被害回復を求めた裁判に際しては、「M君の裁判を支援する会」に多くのかたがたからの支援(カンパ)が寄せられ、M君は裁判を闘い抜くことができた。しかし金良平がこのまま110万円を超える賠償金を踏み倒せば、M君は李普鉉氏から受け取った2万円に満たないお金しか受け取ることができなくなる。

冗談ではない!

彼らの悪質さはこれまでことあるごとに批判してきたが、あれだけの重傷を負わせた被害者に対して「賠償金を踏み倒す」?

これまで取材班は事実を紹介しながら、論評を行ってきたが、金良平と彼の取り巻きが取っている態度は、断じて許されるものではない。判決違反は不法行為と同義であるが「払う金がない」と金良平を逃げ切らせるつもりなのだろう。

こういった非道な行為を前田朗東京造形大学教授はどう評するであろうか?

彼はこの事件につきカメレオン的に、態度を変えた人物であるが、『救援』紙上で公式な見解を開陳した人物である。ことの成り行きについて今どう考えるのかを述べる道義的責任があろう。そして「リンチはなかった」、「あれは喧嘩だった」と散々嘘デタラメを吹聴した中沢けいや、本来関係ないのに横車を入れてきた香山リカ。終始加害者擁護にて徹した安田浩一らは、この事態をどう考えるのだ。

さらに許しがたいのは弁護士神原元の発信だ。この男はこれまで幾度も印象操作や、虚構の発信を続けてきたが、「しばき隊がリンチ事件を起こしたというのは虚偽の風説です」。この書き込みこそ「完全な虚偽の風説流布」ではないか。

神原弁護士のツイッターより

神原は「M君リンチ事件」の刑事記録を見ているだろうが! 罰金が課されたのは李普鉉と金良平の2名ではないか。そこに同席した李信恵に処分はくだらなかったが、上記3名はM君に謝罪文を書いているのはなぜだ? なにも問題がなかったらどうして謝罪文を書く必要があったのだ。

M君リンチ事件の賠償金を払わない金良平

さらに「現在、別途、名誉毀損訴訟が進行中です」との記載は鹿砦社が李信恵を提訴し、勝訴が確定した名誉毀損裁判に対する、反訴が認められず提訴に踏み切った李信恵原告、鹿砦社被告の裁判を示しているのかもしれないが、この係争では、鹿砦社が原告の訴訟で既に鹿砦社勝訴判決が確定していることを(神原がこのような印象操作をまだ続けているので)再度強く強調しておかなければならない。

取材を進める途中から取材班は、この事件の加害者及びその関係者の「悪質性」を認識していた。よって、このような異常事態も「連中」ならやりかねないだろうとも認識する。しかし、司法の判断も「無視」して被害者への賠償を「踏み倒す」連中を座視しているわけにはゆかない。このような行為が横行すれば「司法」の権威は失墜し、被害者は泣き寝入りするしかなくなってしまう。

そういった勢力をわれわれは、放置するつもりはない。


◎[参考動画]日本第一党 第七回神奈川県本部 川崎駅前東口街頭演説活動 2019年10月19日

(鹿砦社特別取材班)

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M君リンチ事件の真相究明と被害者救済にご支援を!!

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10月28日、鹿砦社創業50周年記念出版『一九六九年 混沌と狂騒の時代』の発売を翌日に控え、予想外の大ニュースが飛び込んできた。

 

「反差別」運動のリーダー・李信恵氏が批判者に対して言い放ったツイート

鹿砦社は、Twitter上で李信恵氏から度重なる誹謗中傷を受け、弁護士を通じて「警告書」を送るなど、手を尽くしていた。だが、李信恵氏による鹿砦社に対する罵倒や虚言はいっこうに収まる気配がなかった。そこでやむなく鹿砦社は李信恵氏を相手取り、名誉毀損による損害賠償を求める民事訴訟を大阪地裁に起こした(その後李信恵氏も対抗上別訴を起こしてきたので、便宜上鹿砦社原告の裁判を「第1訴訟」、李信恵氏原告の裁判を「第2訴訟」と呼ぶこととする)。

「第1訴訟」の一審判決では、ほぼ完全に鹿砦社の主張が認められ、勝訴。大阪地裁は李信恵氏の悪口雑言を不法行為と認定したのである。原告、被告双方が控訴した大阪高裁では棄却(一審判決=鹿砦社勝利が維持された)。被告・李信恵氏側は判決を不服として、最高裁に上告していたが、10月25日付け(最高裁の受理は27日)で李信恵氏側は上告を取り下げ、李信恵氏代理人の神原元弁護士は鹿砦社の代理人・大川伸郎弁護士にその旨伝えてきた。

その連絡を28日(月)に受け、ようやくわれわれの主張が裁判の判決として確定したことを知るに至ったわけである。

再度、このかんわれわれの裁判闘争を、陰に陽に支援してくださった皆様方に、ご報告申し上げる!

鹿砦社は、対李信恵裁判闘争において、完全勝利した! と。

この勝利の意味は極めて重い。まず、本件訴訟でわれわれが主張した内容、つまり李信恵氏による鹿砦社への誹謗中傷が名誉毀損に当たり不法行為であることが全面的に認められたこと(逆に李信恵氏の主張はほぼ棄却されたこと)である。

別掲の書き込みをご覧いただければ、お分かりいただけるだろうが、こういった明らかな誹謗中傷を李信恵氏側は「論評」と主張していた。「クソ」という表現が論評に当たるか当たらないかは「常識的」に判断すれば、誰にでもわかることだ。

「李信恵という人格の不可思議」(『真実と暴力の隠蔽』巻頭グラビアより)

 

さらには(この点も非常に重要であるが)鹿砦社代表・松岡が、あたかも喫茶店で、会ったこともない李信恵氏に嫌がらせをしたかのような「まったくの虚偽」記述もあった。本人が一番よく知っているのであるから、こういった「虚偽発信」がどれほど、発信者の信用を貶めるものかを、自身も物書きである李信恵氏は知っているであろうに。

Twitterで李信恵氏が発信すると、支援者や仲の良い人々がすかさずリツイートなどで広める(最近はその影響力もかなり低下していると聞くが)。

 

まったくの虚偽事実であっても、かつては強大な影響力を保持した李信恵氏の発信はどんどん拡散されてゆき、「なかったこと」があたかも「あったこと」のように既成事実化に近い認識が形成される。まことに悪質な印象操作であると言わねばならない。そしてそのような印象操作に、神原弁護士や上瀧浩子弁護士も加担していた事実は見逃せない。

 

法廷内で荒唐無稽な主張を展開するにとどまらず、法定外、ことに拡散が容易なTwitter上で極めて無責任で名誉毀損に該当するような書き込みを、弁護士が行ってもよいものであろうか。

裁判の進行報告や支援の呼びかけなどは理解できるが、いくら係争中、あるいは終結した争いの相手であっても、「法の専門家」である弁護士が、一般市民を相手に感情に任せた乱暴な文章や、事実と異なる発信をしてもいいはずはないだろう。それも日頃「人権」がどうのこうの口にしている者が。

「祝勝会」と称し浮かれる加害者と神原弁護士(2018年3月19日付け神原弁護士のツイッターより)

 

そして、再度確認しておかなければならないのは、このように著名人である李信恵氏が最終的に敗訴しても、一切のマスメディアはその事実を報道しはしない、という歪な状態である。

鹿砦社は、この係争に先立って争われた「M君リンチ事件」提訴以来、M君や松岡が何度大阪司法記者クラブ(大阪地裁・高裁内にある記者クラブ)に記者会見の実施の申し入れをしても、ことごとく拒絶された様子を近くで見てきた。

そして鹿砦社が原告となり(第1訴訟)、李信恵氏を提訴した際にも記者会見開催の申し込みは受け入れられることはなく、さらに、一審で勝訴した際にも記者会見を申し入れたが、開かせてはもらえなかった。

このどうみても「不公平」な扱いを、記者クラブに所属しているマスメディア各社はどのように弁明ができるのであろう。在特会を相手取り損害賠償請求事件を争った李信恵氏には毎回記者会見を用意し(そして記者会見に李信恵氏の仲間らの入場は許可しながら鹿砦社の社員が入ることを拒絶して)、M君や鹿砦社には記者会見の機会を与えない。「差別と闘った」として著名人になった李信恵氏が、このほど鹿砦社に対して、名誉毀損を犯したことが確定した。これはニュースではないのか?

鹿砦社はこれまで、刑事裁判を含め、数えきれないほどの裁判を闘ってきている。裁判闘争史の初期は大物(ジャニーズ事務所、タカラヅカ、阪神タイガース、日本相撲協会など)が多かったので、負けを覚悟での猪突猛進をしていた時期もあった。しかし鹿砦社とて成長するのだ。

ことに言論に関わる争いや係争には近年むしろ慎重に取り組むようになっている。法定外でも情報収集を幅広く行い、「どうすれば勝てるか」を学習もした。また弁護士だけでなくアドバイスを送ってくださる方々の存在も頼もしい。

 

李信恵氏側も、マスメディアも鹿砦社を見下していた印象は否定できないが、このままの姿勢を続けてもよいものであろうか。

「第1訴訟」の判決が確定した。繰り返すがわれわれの〈 完全勝利!〉であった。しかし、この裁判一審の後半になり、李信恵氏側が突如「反訴をしたい」と我が儘にも主張しはじめ、裁判所に認められなかったことから、李信恵氏は別の裁判を起こした(「第2訴訟」はそのような中で発生したものだ)。

その裁判では鹿砦社に損害賠償を迫っているだけではなく、「M君リンチ事件」に関連して出版した書籍の販売差し止めまでもを求めてきている。

とんでもない請求であるが、現在「第2訴訟」は大阪地裁で進行中である。「争点準備手続き」という一般の方が傍聴できない形式を裁判所は採っており、証人尋問までは、基本非公開の法廷で弁論が進む。

当初の裁判長は、李信恵氏が在特会らを訴えた訴訟で李信恵氏勝訴の判決を出した裁判官だった。あまりにも不公平なので裁判官忌避請求を出そうと、準備していたしたその日に、何かあったのか担当裁判長が急に交替した。

李信恵氏との間ではいまだに係争が継続中であるので、「第1訴訟」の完全勝利を喜びながら、気を緩めることなく、「第2訴訟」も完勝し、対李信恵氏裁判〈完全勝利!〉を勝ち取るべく、勝って兜の緒を締めて、さらに闘いは続く。読者の皆様方には引き続きのご支援をお願いしたい。

◆李信恵氏の仲間・金良平氏は直ちにM君に賠償金を支払え!

ところで「M君リンチ事件」で損害賠償110万円超の支払いが言い渡された金良平氏が、代理人を通して「総額のうち40万円余りを支払い、残金は月5万円の分割にしてほしい」と判決確定後に願い出てきた。

M君、弁護団と支援会が相談し、「40万円余りは受け取るが、残金の分割払いには連帯保証人を付けるように」と回答したところ、相手方は難色を示した。仕方なくM君並びに弁護団、支援会は譲歩し、40万円の受け取りを承諾した。そして金良平氏の代理人も「支払う」と回答してきた。

それから少なくとも3週間が経過しているが、いまだに、金良平氏(若しくは代理人)からの支払いはない。

金良平氏は一審の法廷でM君に謝罪したが、これは体のいい猿芝居だったのか!?

リンチ直後に出された金良平(エル金)氏[画像左]と李普鉉(凡)氏[画像右]による「謝罪文」(いずれも1ページ目のみ。全文は『カウンターと暴力の病理』に掲載)


◎[参考音声]日本第一党 第七回神奈川県本部 川崎駅前東口街頭演説活動 2019年10月19日

 

このことには金良平氏の良心が問われているのだ。「反差別」運動に関わり「人権」という言葉を口にする金氏に良心の一欠片があれば、今すぐにM君に賠償金を支払うべきである。

それどころか、金良平氏は、10月19日川崎で行われた日本第一党の街宣活動に対する抗議行動に赴き、両手をポケットに入れながらも明らかに何者かに、体をぶつけ、その後も聞くに堪えない罵声を、日本第一党関係者に浴びせている。

周囲に金良平氏同様抗議活動へ参加している人の姿が10余名ほど確認できるが、体をぶつけ(相手が警察であれば確実に公務執行妨害で現行犯逮捕だろう。そうでなくとも体をぶつけられた本人が申し出れば金良平氏は何らかの罰則を受ける可能性があろう)汚い罵声を飛ばしたりしているのは、金良平氏ひとりだ。

 

繰り返すが、金良平氏は大阪地裁の法廷で、M君に芝居がかった謝罪のポーズを演じて見せたが、あれはなんだったのだ?

集会結社・言論の自由は、憲法で誰にでも認められているから、どこへ行こうが、何をしようが基本的にはその人の自由である。しかし、金良平氏には損害賠償の支払いが命じられており、その義務をまだ一切履行していないではないか。

M君への110万円余りの支払いを「一時金40万円で、あとは分割にしてくれ」と身勝手な申し出をしておきながら、川崎まで出かけて行ってこんなことをしている場合か?

金良平氏の代理人及び、「M君リンチ事件」一審判決当日、敗訴にもかかわらず「勝訴」とまったく事実と異なる発信を写真入りで行った神原元弁護士も金良平氏を正しく指導する義務があるのではないか!?

鹿砦社は本年創業から50年を迎えた。記念出版物において、これまでの歩みを振り返り、いいところはさらに拡大し、反省すべきは反省しつつ、今後も、われわれが精査し、正しいと判断した道を粛々と進んでゆく。偽物や偽善者に対しては言論戦において容赦はしない。

(鹿砦社特別取材班)

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《6月12日、リンチ被害者M君が5名を訴えた上告について、却下の連絡が代理人の大川伸郎弁護士へあった。賠償を命じられた李普鉉氏からは「賠償金を支払いたいので口座を教えてくれ」と代理人から連絡があった。一方金良平氏からは何の連絡もないので、大川弁護士は金良平氏の代理人に「賠償金の支払い」を求める旨と、大川弁護士の銀行口座明細を記載したFAXを送付したが、7月2日現在大川弁護士には、金良平氏の代理人から何の連絡もないという。》

ここまでは7月3日、本通信でお伝えした。その後さらにM君はがっかりさせられる経験に直面した。7月10日付で金良平氏の代理人、姜永守弁護士から、一方的に「分割払い」を前提とした「合意案」の提案がなされたのだ。その詳細は明らかにしないが、なんと月にわずか5万円の支払いで、2021年までかけて弁済をするという、身勝手極まりないものであった。

M君と支援会は即座に対応を検討し、「こんな我が儘は取り合えない」で速やかに一致した。7月12日にM君代理人の大川伸郎弁護士から姜弁護士に対して、「『分割払い』にするのであれば、姜永守弁護士が連帯保証人に就任することを条件にする」との逆提案をおこなった。ところが、姜弁護士は日弁連の定めた「弁護士職務基本規定」を盾に連帯保証人への就任を断る回答を返してきた。

「弁護士職務基本規定」は法律のような響きがあるが法律ではなく、日弁連が定めた、いわば「ガイドライン」のようなものである。そこには代理人就任した依頼者の保証人には就任しないほうが良い、という趣旨の文章は確かにある。しかし、法的には姜弁護士が金良平氏の連帯保証人になることは何ら問題はない。

代理人に就任したのであれば、どうして最後まで責任を取らないのだ、と姜弁護士には強く聞きたいところである。そこで取材班は姜弁護士の所属する「ポプラ法律事務所」に電話取材を試みた。ところが電話をかけ、鹿砦社を名乗ると、「姜弁護士は事務所にいる」と言いながら電話をつながず、事務員と思しき女性が氏名や電話の目的などを事細かく聞いてくる。

保留音のあと「この件ではお答えできません」とふざけたことを言うので「あなたは、わたしの個人情報と取材目的を聞きながら電話を繋ごうとしない。そんな不誠実な態度は社会的に容認されるものではない。すぐ姜弁護士に繋いでくれ」と要請すると、ようやく姜弁護士が電話口に出てきた。が、姜弁護士に何を質問しても「答えられない」の一点張りでまったくらちが明かない。挙句「話すことはないから切ります」と一方的に電話を切られた。

こういう対応をしているから、しばき隊関係者は社会的信用を失っていくのだ。争いの当事者であろうがなかろうが、一定の社会的関心が持たれている事件の、鹿砦社はいわば「告発者」である。警戒する気持ちは分からぬではないが、われわれは「M君リンチ事件」で無理難題を求めてきたことはない。この日の電話のテーマだって、通常は考えられない「賠償金の分割払い」を提案してきた非常識に対して常識的な質問をしようとしていただけである。どうして逃げるのだ! 姜弁護士!

そして姜弁護士が、「弁護士職務基本規定」を盾に取り、連帯保証人就任に難色を示すのであれば、金良平氏の代理人ではないが、鹿砦社を目の敵にする神原元弁護士が連帯保証人に就任すればよいではないか。下記写真の通り、一審判決の直後に「敗訴しながら祝勝会」を開くほど近しい中である。「エル金は友達」という不思議なツイッター上での印象操作も過去あった。「友達」だったら、困ったときには助けてあげるのが筋じゃないのか。

「祝勝会」と称し浮かれる加害者と神原弁護士(2018年3月19日付け神原弁護士のツイッターより)

あるいは事件後すぐに100万円でM君に刑事告訴を断念させようと、金を出した伊藤大介氏でも構わない。もちろん李信恵氏や、事件が「なかった」「喧嘩はあったけどリンチはなかった」と繰り返した中沢けい氏や、国会議員の有田芳生氏でも構わない。金良平氏が賠償金の「分割払い」を求めるのであれば、だれかが連帯保証人になることを真剣に検討する気が、どうしてわかないのであろうか。

それ以前に、たかが100数十万円の金である。なぜ金良平氏に貸したり、カンパでこんなはした金が集まらないのだ。金良平氏を早く「リンチ事件の債務者」という縛りから解放してあげようと思う人間はいないのか。

取材班は「しばき隊は嘘つきである」証拠を山ほど探し当ててきたし、直接対話でも経験しているので、彼らは結局、金良平氏の負債を「無きものにしよう」、「M君への賠償支払いを無きものにしよう」と良からぬ合議を済ませているのではないかとの疑いが強まる。その論の延長には、恐ろしいことであるが、金良平氏は「いてもらっては困る存在」という将来像が浮かび上がってくる。

よいか! 金良平氏よ! あなたは、しばき隊から「面倒扱い」されたある「男組」関係者がどのような結末をたどったか、知らぬわけではあるまい。金良平氏よ! あなたは証人尋問の際、M君に頭を下げて詫びたではないか。「友達」や弁護士が頼りにならないのであれば昼夜働いてでも、一刻も早く賠償金をM君に支払うのが、あなたの将来のためでもある。

鹿砦社は「ケジメ」をつけた一般人をしつこく追いかけたりはしない。金額には不満だが、裁判所が金良平氏に支払いを命じた金員をM君に支払えば、金良平氏に対する言及を行う必要は、基本的には消滅する(また違う悪さに手を染めれば別であるが)。しかし、そうでなければ、金良平氏、並びにその周辺にいる「エル金は友達」であったはずの連中が、どれほど悪辣な嘘つきであるかを、指弾し続けなければならない。


◎[参考音声]M君リンチ事件の音声記録(『カウンターと暴力の病理』特別付録CDより)

(鹿砦社特別取材班)

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6月12日、リンチ被害者M君が5名を訴えた上告について、却下の連絡が代理人の大川伸郎弁護士へあった。賠償を命じられた李普鉉氏からは「賠償金を支払いたいので口座を教えてくれ」と代理人から連絡があった。一方金良平氏からは何の連絡もないので、大川弁護士は金良平氏の代理人に「賠償金の支払い」を求める旨と、大川弁護士の銀行口座明細を記載したFAXを送付したが、7月2日現在大川弁護士には、金良平氏の代理人から何の連絡もないという。

確定判決で約114万円(プラス利息)の支払いが命じられた金良平氏。大阪地裁の法廷でも尋問の際は、M君に向かい一応「謝罪」の態度をとっていたが、それは心からのものであるとは到底感じられなかった。まさか、ではあるが金良平氏がM君に対して賠償金の支払いを行わなければ、M君の被害は永遠にあがなわれないこととなる。金良平氏はエルネスト金 @erukimnenのハンドルネームで、最高裁却下が伝えられた6月12日の前日まで、実に多くの書き込みを行っていた。しかしそれ以降は意見の表明などは一切控えているようだ。

これほど頻繁にツイッターをする時間があったら、M君の弁済に充てるお金を準備するのに、どうして働かないのだろうか。相変わらず居丈高な発信が目立つが、金良平氏に「反省」の気持ちはあるのだろうか。そして、仮に自分で賠償金が準備できなくとも、知人(彼には少なくともM君リンチ現場に臨んだ4名の友人がいる)などに、用立てしてもらい、M君への賠償金を支払う気持ちと準備があるのだろうか。

もし、現在金良平氏がM君への賠償金支払いの算段で、忙殺され連絡が取れていないのであれば、取材班は上記懸念を取り消し、金良平氏にお詫びする。しかし、判決確定後「賠償金支払い」がM君の代理人から伝えられて約半月が経過する。「支払う気があるのか」、「すぐには支払えないのであれば、どのように弁済するのか」くらいは連絡があってよかろう。

「祝勝会」と称し浮かれる加害者と神原弁護士(2018年3月19日付け神原弁護士のツイッターより)

そのようなことは、断じてあり得ないと信じるが、まさか金良平氏は裁判所の判決を「踏み倒そう」と考えてはいまいか。そのことに「悪知恵」を貸している金良平氏の「悪友」はいまいか。金良平氏に告ぐ。あなたのそばで、もしそのような「友人」を装った人間がいれば、その人はあなたを永遠に「社会的存在」ではなくそうと企図する、あなたの本質的な敵である。金良平氏は裁判所の判決通りの金員をM君に支払えば、民事的な責任は果たしたことになる(道義的責任はともかく)。しかし、もし金良平氏が策を弄してM君への賠償金支払いを行わなければ、永遠に「裁判判決不履行者」の負い目をおわなればならない。

我々は知っている。しばき隊の連中は「用済み」になった、あるいは「お荷物」になった人間をいかに冷酷に切り捨てるか。その結果最悪の事態に陥った人間もいるではないか。

もし金良平氏にM君への賠償金支払いの財力がなければ、「人権」、「差別」を口にする「友達」のために、「M君リンチ現場」に居合わせた4名は、金良平氏の人生を縛る永遠の十字架から彼を解放するために、金良平氏に資金援助をすべきである。それこそが、冷酷な法によるものではなく、真に人間的な問題解決と金良平氏の人生を助ける道ではないのか。

取材班は被告諸君と、その代理人弁護士の方々へ金良平氏の将来を案じて、あえて提案するものである。

大学院生リンチ加害者と隠蔽に加担する懲りない面々(『カウンターと暴力の病理』グラビアより)


◎[参考音声]M君リンチ事件の音声記録(『カウンターと暴力の病理』特別付録CDより)

(鹿砦社特別取材班)

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 M君リンチ事件 http://www.rokusaisha.com/wp/?cat=62

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M君が上告をしていた対5人裁判で6月12日、上告棄却が代理人に伝えられた(正式決定日は6月11日)。これで大阪高裁の判決が確定することとなり、被告2名に合計114万7,640円(プラス利息)の支払い命令が確定した。

2019年6月12日神原元弁護士の発信

この判決確定までには、かなりの時間がかかったので、あるいは最高裁で弁論が開かれるか、との観測もあったが、大阪高裁判決が確定することになった。「M君リンチ事件」法廷編は、内容的に不充分ながら「M君のほぼ全面勝利」で幕を閉じることになった。

ところが相も変わらず、虚偽発信の印象操作に忙しい人々がいる。判決内容を知らない知人から、「神原元弁護士のツイッターを見たんだけどM君は負けたの?」と問い合わせがあった。

「とんでもない! 負けてないよ。2人に114万円余りの賠償命令が出て『負け』なわけはないでしょ」と回答しておいたが、右記神原弁護士の発信を見れば、勘違いする方々がいても不思議ではないだろう。

参考までに2018年3月19日大阪地裁判決直後の神原弁護士の発信。これを見たら「被告勝訴か」と勘違いする方がいても不思議ではないだろう

神原弁護士は地裁判決後にも「祝勝会」を開く様子を発信し、一部に混乱をもたらしたが、弁護士として、事実と異なる内容を発信するのは問題行為ではないか。しかも、ことは自分が代理人を受任している裁判の判決である。

ネット中毒で何件も裁判で負けている野間易通氏も、C.R.A.C.(何回目にしても、これが「反差別」を標榜する団体の名前とされていることへの違和感は消えない)アカウントから凝りもせずM君(及び鹿砦社)誹謗中傷を発信している。この手の低レベルな人間にはいちいち付き合わないが、問題は数年かけてM君が勝ち取った勝訴を、無きものにしてしまうような悪意と数の力である。

われわれはネット上での連帯や、グループ組織を一切持たない。この期に及んだので明らかにするが、裁判闘争に入る前に、取材班と鹿砦社、支援会の間の議論で申し合わせを行った。それは「M君支援を運動化しないこと」であった。

運動化するとどうしても構成員の中で民主的な意見調整を行わなければならず、それに割く時間と労力、費用は最小限に収めるべきだ、という点で合意を見た。また口頭弁論期日のあとに報告集会を開くべきではないか、との意見もあったが、同様の理由でそれも行わないこととした。

ツイッターへの書き込みでM君から提訴され、11万円の損害賠償判決を受け、M君に賠償金を差し押さえられた野間易通氏の書き込み。嘘満載

例外的に地裁判決、高裁判決後には報告集会を小さな規模で行った。貴重なカンパによって行われる裁判であるから、支援会、鹿砦社は襟をただし、浮かれた気分は微塵もなく最高裁まで闘うことができた。M君からはこの間お世話になった方々への語りつくせない謝辞が伝えられている。取材班、鹿砦社もこれまでご支援頂いた皆様にM君になり替わり、深く御礼と感謝を申し上げる。

皆様、ご協力本当にありがとうございました。

と、きれいに文章を終わりたいのであるが、やはり未だにM君攻撃を止めない中心人物の行動だけは、明らかにしておく必要があろう。仮にこの連中の行動が、日本の法律に抵触しなくとも、連中の行動は重大な「人道上の罪」である。成文法だけで人間は生きているわけではない。法に触れなければいいんでしょ、との言い訳は虞犯者の口にする言葉だ。下記(1)から(8)がリツイートしている人物(団体)、と誰の書き込みをリツイートしているかの一覧である。 

李信恵氏による神原氏・野間氏リツイート

これらのセカンド、サード「ネットリンチ」に手を染めている連中を、読者には是非ご記憶頂きたい。

(1)のりこえねっと=神原氏・野間氏リツイート
(2)ミサオレッドウルフ氏=神原氏リツイート
(3)影書房=野間氏リツイート
(5)香山リカ氏=神原氏・野間氏リツイート
(6)中沢けい氏=神原氏リツイート
(7)有田芳生氏=野間氏リツイート
(8)李信恵氏=神原・野間氏リツイート

いずれもリンチ事件隠ぺいや、事件後のM君攻撃に熱心だった御仁ばかりだ。その他のしばき隊平(ひら)戦闘員も多数、神原氏や野間氏の書き込みをリツイートしている。今回のリツイートで取材班は「のりこえねっと」を「集団リンチ肯定団体」と認定する。

「集団リンチ肯定団体」に「反差別」などを口にする資格はない。大阪地裁で鹿砦社に敗訴した李信恵氏は現在も鹿砦社と係争関係にあるが、M君の対5人裁判の法廷での反省の弁や、「謝罪文」はまったくの出まかせで、まったく反省していないということだろう。あとはいずれ劣らぬしばき隊幹部の面々である。

最後に、普通の日本語理解能力のある方には蛇足ではあるが、再度強調しておく。6月12日、上告棄却、大阪高裁の判決確定により、被告側2名が114万円余りをM君に支払う命令が決定された。どなたにも理解いただけようが、この裁判は「M君勝訴」で幕を閉じた。

(鹿砦社特別取材班)

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M君リンチ事件の真相究明と被害者救済にご支援を!!

先日、本通信で鹿砦社代表の松岡が、前田朗教授批判を展開した。前田教授の「豹変(コペルニクス的転換)」(松岡評)には驚かされた。一部の方からは「言い過ぎだ」との指摘も受けた。さほどリンチ事件の真相(深層)を知らない方ならそうかもしれない。

 

しかし、3年余りリンチ事件を徹底取材し5冊もの本にまとめ上げ、前田教授による『救援』紙上での2度にわたる厳しい、リンチと、この加害者、隠蔽に走る輩への批判(特に上瀧浩子弁護士らに対して)を知る者にとっては大ショックだったので、松岡の論評には、われわれも同感だし、リンチ被害者M君も同感だと言っていた。

ところで、先に紹介した6月7日の関西での集会に先立ち東京でも4月6日に前田教授の『ヘイト・スピーチ法研究原論』(版元は、われわれの世代には馴染み深い三一書房)の「出版記念会」が開かれている。

ここで、いまや「カウンター」/「しばき隊」の“宣伝部長”となった感のある香山リカ氏に加え「師岡康子」の名が出ている。岩波新書『ヘイト・スピチートとはなにか』の著者にして弁護士である師岡康子である。

師岡康子が何をやったか?「ヘイトスピーチ対策法」成立のためであれば「リンチ被害者」をも「犯罪者」扱いした人間を再度断罪せねばならない。口先では「人権」を騙りながら、その実、首尾一貫反人権的な師岡に対しては徹底的に糾弾しなければならない。

本稿ではあえて師岡に敬称付さない。師岡の行為は弁護士以前に、人間として失格であり、われわれは一切の敬意を抱けないからだ。師岡の人となりが、余すことなく明らかになったのは、リンチ事件直後の2014年12月22日(リンチ事件が発生したのは同年12月17日深夜)、金展克氏が師岡から受け取った「メール」を自主的に公開されたことによる。下記に師岡から金展克氏への「メール」を再掲する。

 

さらなる言論弾圧法を画策する師岡康子弁護士

俗に「師岡メール」といわれ存在が噂されながら公開されたのは、われわれがリンチ事件の取材を開始して3年余り後、リンチ本第5弾『真実と暴力の隠蔽』出版後だったので、これまでのリンチ関連本には収録されていない。噂はあったが、取材班は、「やはりないだろう」と諦めていた矢先で、超A級資料であり、なんでもう少し早く公開されなかったのか、と今でも悔やむ。

金展克氏にも事情があったのだろうが、これが、たとえば第1弾か2弾目あたりで公開されていたら、また違った展開になっていただろう。それぐらい貴重な資料なのである。みなさん方にあっては、まず虚心に一読されたい。

◆「ヘイトスピーチ対策法」成立しか頭になかった師岡

師岡が、目の前の「ヘイトスピーチ対策法」成立に向け、並々ならぬ意欲を燃やしていたことはわかる。それはメールを受け取った金展克氏も同様であり、事件後しばらくは「リンチ被害者M君」もそうであった。

しかし、われわれの見解はまったく違う。目に見える現象を法律で取り締まっても、人間の心は変えられない。それどころか理念法とはいえ「表現規制」を盛り込んだ同法は、必ずや権力によって〈弾圧〉に利用されるだろう、とわれわれは考えていた。例えば「凶器準備集合罪」は暴力団を取り締まるために作られたが、実際には新左翼運動を取り締まるために使われている。

同法成立後、現に差別表現を批判する意図で差別表現を引用した人が、アカウント凍結に遭うなどの被害は、既に顕在化している。一般市民や街頭活動で差別言辞は問題にされるが、同法によっても、日本国や政治家の差別的政策や、他国蔑視が改められることはない。「北朝鮮の人権問題を考える週間」。毎年人権週間に合わせて、政府が展開する国家的「差別事業」である。「ヘイトスピーチ対策法」成立に熱心であった方々から、この国を挙げての「朝鮮民主主義人民共和国」への差別に対して、強い批判の声を聞いたことがない。

西田昌司議員(自民党)と有田芳生議員(民進党=当時)

末端で「言葉狩り」をいくらやったって、本質的な差別はなくならないどころか、ますます陰湿化、巧妙化するだけではないか。それは犯罪を摘発する法の施行と類似する。なにより「ヘイトスピーチ対策法」は、最終段階で有田芳生議員と、確信的アジア蔑視主義者、自民党の西田昌司議員との握手で成立した点を、少しくらい政治や社会に興味のある人間であれば問題視しなければならない。そうではないのか、前田教授、師岡康子!

西田はこれでもか、これでもかと、国会で「差別意識丸出し」の質問を繰り返してきた議員だ。右翼方面から「西田砲」などと持ち上げられてもいる。そういう人物が、一朝一夕に「差別に反対」する考えに変わることがあると、師岡らは考えたのか? そうであれば軽率の極みとの批判からは逃れられない。

師岡は「メール」の中で「在日コリアンへの差別は、戦後日本の体制の根幹の一部であり」と述べている。そうであろうか? 在日コリアンへの差別は戦中や戦前、もっと言えば朝鮮民族への蔑視や差別は1900年頃からこの国には、明確に存在していた。誰もが知る1910年の「日韓併合」に至るまでも当時の日本政府は様々な謀略を巡らし、大韓帝国内に「親日派」を育成することに力を割いている。

「戦後日本の体制の根幹の一部」というのは、歴史認識が浅すぎないか。このような歴史的な短史眼が、今日的社会に対してどのように対応すべきかへの具体策の誤りへと繋がっているとも考えられよう。

言わずもがなであるが、われわれはあらゆる差別に「原則的に反対」である。日本のアジア差別も、WASPのヒスパニックへの差別も、スリランカ仏教徒のムスリムへの差別も、イスラム諸国での女性差別も。そして世界にはわれわれの知り得ない数々の価値観と、それにより引き起こされる差別があろうことも心しておかなければならないと考える。

◆被害者を加害者にすり替える、犯罪的示唆

さて、師岡は「メール」の中で怖ろしい内容をいくつも発している。

・「その人(取材班注:M君)は、今怒りで自分のやろうとしていることの客観的な意味が見えないかもしれませんが、これからずっと一生、反レイシズム運動の破壊者、運動の中心を担ってきた人たちを権力に売った人、法制化のチャンスをつぶした人という重い批判を背負い続けることになります

師岡は事件のかなり詳しい情報を聞いていて、このように発言しているのだ。集団暴行傷害(集団リンチ)被害者に対して「運動の邪魔だから泣き寝入りしろ」と金展克氏を通じて、恫喝を発している。

・「反レイシズム運動にも関わることができなくなるでしょう

明らかに刑法に抵触する、違法行為、集団暴行傷害(集団リンチ)被害にあっても「泣き寝入りしろ」などという「反レイシズム運動」とは一体何なんだ!? そんな運動に被害者が復帰したいと思うとでも師岡は考えていたのか。弁護士でありながら犯罪行為を正当化し、被害者に「泣き寝入りを迫る」態度は大日本帝国がアジア侵略で犯した暴虐の数々に匹敵する。

・「告訴を勧める人がいるなら、同様に扱われるでしょう

被害者に寄り添うものも同罪だと師岡は断じている。

・「真剣にヘイト・スピーチ反対運動をやってきた人なら、そのような重い十字架を背負おうことは、人生を狂わせてしまうことになるのではないでしょうか

ここに至り「真剣にヘイト・スピーチ反対運動をやってきた人」は一般的な遵法意識がない「カルト」であることを師岡は表明しているが、自身が「カルト」の牽引者であるとの意識はどうやらないようだ。「そのような重い十字架を背負おうことは、人生を狂わせてしまうことになるのではないでしょうか」とは恫喝にしても、ずいぶんドスの利いた表現だ。よほどの〈悪意〉がなければこのような表現まで用いることはできないであろう。師岡にとって「ヘイトスピーチ対策法」の前では、「集団リンチ」事件が起ころうが、内部粛清があろうが関係なし。「自分のやろうとしていることの客観的な意味が見えない」ファナティックな心情に陥っていたことが証明される。

・「展克さんは『犯罪ですよ』と言いました。でも、形式的に犯罪に当たることは山ほどあります。実際その人がやったという、エル金さんのうわさを流したことは、『虚偽の風説を流布し・・人の信用を毀損し、三年以下の懲役または50万円以下の罰金』となる信用棄損にあたります

風説の流布は「しばき隊」の得意とするところだ。鹿砦社も数えきれないほどの風説の流布被害にあっているが、そうか。片っ端から訴えて「三年以下の懲役」を食らってもらえばよい。そういうことだな!? 「形式的に犯罪に当たることは山ほどあります」から「集団リンチ」が免責されるのであれば、われわれが(決してそのような愚かなことに手を染めはしないが)、風説の流布に手を染めた人物に同様の行為に及んでも、師岡は鹿砦社の行為を正当化するのに間違いはないな?弁護士としてその判断に自信が持てるのだな!?

・「凛さんがやった生活保護の事件でも

と軽々しく書いているが、師岡も指摘している通り、これは明らかな運動潰しを画策する公安事件であり「凛さんがやった」のではなく「凛さんがでっちあげられた」と書くのが妥当だ。

・「なかでも共産党系の人たちなどは、ヘイト・スピーチを『犯罪』とすると、運動内部の敵対関係にある人たちが、相手をつぶすために、悪用する危険性があると主張しています」

ここでの「共産党系」の人たちの主張は正しいし、立法以前の2014年にすでに「リンチ事件隠蔽」という実例が出来てしまっている。そして「ヘイトスピーチ対策法」があろうが、なかろうが、師岡のようにこの運動にかかわった人間の多くは「自分と意見の違う人間を過剰に攻撃する」習性をもとより身に付けていた。あるいはそういった性格の人間が、運動のヘゲモニーを握ったことが“不幸中の不幸”であったのだ。師岡はもとより、金展克氏、そしてM君までが「ヘイトスピーチ対策法」の危険性と誤謬に気が付くことができなかったのであるから。

・「その人がやろうとしていることは、客観的には、運動内部の敵対する相手(この場合エル金)を現行法の『犯罪』規制を使ってつぶすことです

こういうとんでもないことを、しらふで書ける弁護士が岩波新書から本を出版するのだから、油断も隙もあったものではない。何を言っているのだ! 顔面骨折、数十発顔を殴るけるされた被害者が、どうして被害届を出すことが批判の対象になるのだ。

・「そのような人たちが主張する法規制は、真のレイシスト規制ではなく、運動内部の敵をつぶすためにその人たちが使うのではないか、との批判に反論できなくなります」

言い回しがややこしいが。その通りである。ここでの「その人たち」には師岡も含まれるし、師岡はレイシスト規制以前に、「極めて深刻な人権蹂躙」を重ねて主張していることに、まったく気がついていない。

「その人が被った不利益、エル金の被った不利益、その人が告訴することによってもたらされるあまりにも甚大でとりかえしの非常に困難な運動上の不利益(略)告訴という方法は絶対に取るべきではないと思います

師岡はM君だけでなく、エル金も本心ではどうなってもいいと考えていることを吐露している。何よりも「運動の利益」至上主義。そのためには個人は犠牲になっても泣き寝入りをしろ」これが師岡の本心だ。

その後もあれこれ御託を並べているが、はっきりしているのは、師岡が「ヘイトスピーチ対策法」成立のためには、周辺の人間がどのように傷つこうが、一切お構いなし、と考えていたことだ。

こういう輩の暗躍によって成立した言論弾圧法(ヘイトスピーチ対策法)は、皮肉にも師岡に向かっても「矢」となって飛んでゆく可能性がある。それを受け止める覚悟があるからこそ、ここまでの暴論を展開できたのであろうから、充分心して自らが身磨いた鏃が突き刺さる日を待たれよ。

さらに師岡は、同法の強化、もしくはもっと厳しい新法の成立を公言している。

「カウンター」/「しばき隊」の理論的支柱とされる師岡の心は倒錯している。人間としてここまで酷い吐露には眩暈さえ感じる。

師岡らは、『ヘイト・スピーチ法研究原論』にまとめ上げた前田朗教授を「ヘイトスピーチ対策法」の強化、あるいはもっと厳しい内容の新法の成立に向けて抱き込みを図っていることは明らかだ。

前田教授よ! 上記の「師岡メール」を読んで、どう思われますか? まさに名文中の名文である、『救援』での2つの論評、そしてそこで溢れ出た怒りに立ち返っていただきたい。「反ヘイト」運動も、このリンチ事件を隠蔽するのではなく、社会的に公開し主体的反省をしない限り間違った方向に行くであろう。これを止揚するのがリンチ事件に対する真正面からの取り組みだし、これから逃げることは歴史を逆に戻すことに他ならない。

(鹿砦社特別取材班)

M君リンチ事件の真相究明と被害者救済にご支援を!!

◆リンチ事件に対して的確に論評した前田朗教授

著名な法学者の前田朗東京造形大学教授は、ミニコミながら創刊50年を迎えた『救援』(月刊。救援連絡センター発行)紙に、2度にわたり「カウンター大学院生リンチ事件」(いわゆる「しばき隊リンチ事件」「十三ベース事件」)に対して、研究者としての良心から(と思ったのは私たちの勘違いか?)怒りをもって言及されています。

「反差別運動における暴力」(『救援』580号。2017年8月10日発行)の公表は衝撃的でした。おそらく、そこで厳しく叱責されている李信恵氏や上瀧浩子弁護士らにとっても、別の意味で衝撃的だったと思われます。前田教授は、李信恵氏らの、いわゆる「反ヘイト裁判」で意見書も提出されているといいますから。

前田教授には、リンチ関連本3冊(この時点では4弾目、5弾目は未刊)を送り意見を仰いだところでの論評の公表でした。

ここで前田教授は、私たちの営為とこの事件について、次のように評価されていました。いささか長くなりますが引用しておきます。

「本書(引用者注:前田教授は3冊をまとめて「本書」と表現している)のモチーフは単純明快である。反差別運動内部において暴力事件が発生した。反省と謝罪が必要であるにもかかわらず実行犯は反省していない。周辺の人物が事件の容認・隠蔽に加担している。被害者Mは孤独な闘いを強いられてきた。このような不正義を許してはならない」

「本書の問題提起は正当である。ヘイトスピーチは、差別、暴力、差別の煽動である。反差別と反ヘイトの思想と運動は差別にも暴力にも反対しなければならない。市民による実力行使が許されるのは、正当防衛や緊急避難などの正当化事由のある場合に限られる」

「C(引用者注:李信恵氏)が重要な反ヘイト裁判の闘いを懸命に続けていることは高く評価すべきだし、支援するべきだが、同時に本件においてはCも非難に値する」

「反差別・反ヘイトの闘いと本件においてCを擁護することはできない」

「しかし、仲間だからと言って暴力を容認することは、反差別・反ヘイト運動の自壊につながりかねない。本書が指摘するように、今からでも遅くない。背筋を正して事実と責任に向きあうべきである」

まさに至言です。「リンチはなかった」という戯言は論外として、リンチ現場にいた5人は連帯責任として真摯に反省し被害者に謝罪すべきということは言うまでもありません。

『救援』(580号。2017年8月10日発行)

さらに続いて同論考の「2」(589号。2018年5月10日発行)においても厳しく述べられています。――

「被告C」の人格については、
「長時間に及ぶ一方的な暴力の現場に居ながら、暴力を止めることも幸去ることもせず、それどころか『顔面は、赤く腫れ上がり、出血していた』原告(引用者注:M君のこと)に対して『まあ、殺されるなら入ったらいいんちゃう』と恫喝したのがCである。唾棄すべき低劣さは反差別の倫理を損なうものである」

と断罪し、さらには、

「被告らの弁護人には知り合いが多い。かねてより敬愛してきた弁護士たちであるが、彼らはいったい何のために何をやってきたのか。(中略)あまりに情けないという自覚を有しているだろうか。差別と暴力に反対し、人権侵害を許さない職業倫理をどう考えるのか」

と怒りが溢れる物言いです。全文は別途画像をお読みください。 

『救援』(589号。2018年5月10日発行)

◆私たちはなぜ前田教授に失望したのか?

ところが……
前田教授は先頃『ヘイト・スピーチ法研究原論』(三一書房刊)を上梓され、私のもとにも送っていただきました。A5判、上製、450ページ余りにもなる分厚い本で、本体価格も4600円という高価です。

『救援』紙に上記のような論評をされたので期待を持って紐解くと、期待に反し、リンチ事件については1行も記述されていませんでした。残念です。

なぜなら、このリンチ事件についての反省と教訓こそが反ヘイト・スピーチ運動を止揚する要だからです。いくら立派なことを述べても、身近に起きたリンチ事件という恥ずべき行為に対して真正面から取り組まない限り、虚妄であり空論でしかないでしょう。

また、前田教授が『救援』紙で強く叱責された方々に「感謝」を述べるに至っては、『救援』で述べられたことは一体何だったのか、と遺憾に思いました。

『ヘイト・スピーチ法研究原論』あとがき

さらに、6月7日の集会の案内(別紙参照)が出回っています。私のところにも回ってきました。一瞥して驚きました。すでにお送りしているリンチ関連本5冊を読まれたのならば、前田教授が豹変(コペルニクス的転換とさえ申し上げます)されたのか、と感じざるをえません。リンチ関連本5冊をつぶさに読まれたならば、リンチ関連本でも断罪した人物が中心的に関わっている集会にホイホイと出るということは常人にはできないことです。そうではないでしょうか?

6・7集会案内

実はこの文章、この集会が終わってから明らかにするつもりでしたが、瞬間湯沸かし器のように怒りが込み上げ、悠長に時が過ぎ去るまで待っておれず、本日公開に踏み切った次第です。

趙博氏は、一時はリンチ被害者のM君を庇うかのような振る舞いをしながら突然掌を返しM君や私らを大いに失望させました。M君は趙博氏を信用し貴重な多くの資料を渡しています。これらの資料を入手するためにM君に近づいたのかと思うとスパイ行為と断じます。私に言わせればリンチ事件隠蔽と二次加害のA級戦犯です。(趙博氏の裏切りについてはリンチ本第1弾『ヘイトと暴力の連鎖』P74~79、第4弾『カウンターと暴力の病理』P100~106をご覧ください)

仲岡しゅん弁護士も、一時はM君と昵懇でありながら、彼が当時務めていた法律事務所(この所長のK弁護士は私もかねてより知己があり、数件弁護を依頼したこともありました)にM君が弁護を相談するや独断で断り、これを批判されるや各所でM君や私たちへの誹謗中傷を述べています。(仲岡弁護士については第3弾『人権と暴力の深層』P105~110をご覧ください)

さらに元大阪門真市議の戸田ひさよし氏は、ブログ「凪論」を主宰していたN氏の職場(児童相談所)を突然訪れN氏の業務を妨害しています。N氏は一般市民で下級公務員、こうした業務妨害行為でN氏が職場にいずらくなることが判っているのに平気で行い、これを意気揚々とネットで流しています。

これを受け拡散した「ぱよぱよちーん」こと久保田直己氏はN氏に訴えられ敗訴しています(静岡地裁2019年3月29日判決言渡。久保田代理人は神原元弁護士)。久保田氏は悪名高い「はすみリスト」の作成者として有名ですが、戸田氏や久保田氏の行為は、とても賛同できません。社会には、仮に相手が逆の意見でも、常識的なルールというものがあり、これを踏みにじってはいけません。そう思いませんか?

戸田氏とはかつて(10年余り前)交流がありましたが、こうしたことを平気でやったり、有田芳生参議院議員はじめ「カウンター」/「しばき隊」のメンバーと親密にしていることなどから最近は距離を置いています。

こうした人物が3人も中心的に関わる集会に前田教授が出られるということについては、前田教授にもなんらかの“意図”があるものと察しますが、ご説明いただきたく望みます。

また、前田教授は、リンチ事件隠蔽活動の拠点と化したともいえる「のりこえねっと」の共同代表ですので、ここを改革するとか、他の共同代表の方々にリンチ事件の内容を知らせ議論を惹起するように努めることに、まずは手をつけるべきではないでしょうか。なんのための「共同代表」でしょうか。

前田教授の最新著と、前田教授が講師として参加される6月7日の集会について、私見を申し述べさせていただきました。あまりに失望しましたので、いきおい表現が直截的になりました。

上記のような内容で資料を付け、去る5月21日に前田教授に手紙を出しました。真摯な説明を待ちたいと思います。

手紙の返信を待たずに、あえて公開しました。読者の皆様方は、今後の前田教授が、私の物言いをどう受け止め、どう説明されるのか――留意して待っていただきたいと思います。私たちの「勘違い」であればいいのですが……。

この3年余り、リンチ事件の真相究明と被害者支援の活動で見えた問題の一つとして「知識人」の存在があります。リンチ事件という凄惨な事件が身近で起きたのに、有名無名問わず多くの人たちが、隠蔽に加担したり沈黙したり、うまく逃げたりしたことなどを見ました。

「知識人」とは、こういう時にこそ存在理由があり真価の是非がわかろうというものです。「みんなずるい!」というのが私の率直な感想です。1980年代前半から長年付き合いがあった鈴木邦男氏とは義絶せざるをえませんでした。鈴木氏は、ああ見えても結構計算高い人で、私など小物よりも、辛淑玉、香山リカ、金明秀、安田浩一氏ら「のりこえねっと」に蝟集する著名人を選択したのだと思います。

この「反差別」運動において起きた問題について、常に私は「私の言っていることは間違っているか?」と自らにもみなさん方にも問いかけています。今回は中途半端に済ませることはできません。将来ある一人の大学院生が村八分(これは差別ではないのでしょうか?)にされ正当な謝罪や補償もなされず、マスコミも報じず、事件そのものが隠蔽され、極端に言えば闇に葬られようとしてます。ですから、取材も、私の長い出版人生の中で一番徹底して行いました。それは5冊の本に結実しています。

私は愚鈍・愚直な田舎者ですから、許せないことは許せません。齢を重ねて、少しは丸くなりましたが、それでもやはり生来染み付いた体質は変わりません。

これまでの人生を、人間として出版人として私なりに精一杯闘ってきたという自負ぐらいあります。「反差別チンピラ」(作家・森奈津子氏のしばき隊/カウンター評価)如きには負けません!

M君リンチ事件の真相究明と被害者救済にご支援を!!

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