デジタル鹿砦社通信(1月14日付け)で紹介したYouTube番組に、SNS上で波紋が広がっている。ニューソク通信が配信した須田慎一郎さんの下記インタビュー番組である。既にアクセス数は、10万件を超えた。


◎[参考動画]内部告発で医療界に激震!!安易な診断書交付が悲劇を生む!!化学物質過敏症の深い闇!!横浜副流煙裁判との共通点とは…?

配信直後からSNS上で、出演者に対する批判が広がった。それ自体は、議論を活性化するという観点から歓迎すべき現象だが、ツィートの内容が事実からかけ離れたものがある。わたしに対する批判のひとつに、「取材不足」という叱咤があった。化学物質過敏症がなにかを理解していないというのだ。

 

◆「その他のご質問に関しましては、回答を控えさせて頂きます」

この番組は、化学物質過敏症の専門医である宮田幹夫医師による診断書交付に科学的根拠が乏しいという主張を、舩越典子医師が展開したものである。患者の希望に応じて、宮田医師が診断書を交付している節があるという告発である。

告発の根拠となったのは、宮田医師が舩越医師に送付した書簡だった。そこには舩越医師が宮田医師に紹介した患者についてのコメントが記されている。患者が精神疾患なのか、それとも化学物質過敏症なのか診断できないのに、「エイヤア」の精神で診断書を交付した経緯を宮田医師が自ら記している。舩越医師はそれを医師としての重大な過ちと受け止めたのである。

既に述べたように、SNS上で炎上しているわたしに対する批判のひとつに「取材不足」という指摘がある。わたしが宮田医師や他の専門医を取材していないという批判である。たとえば網代太郎氏の次のツイートだ。

黒薮氏は、おそらく宮田医師へ取材していない。他のMCS専門家へも取材していないであろう。舩越医師一人の見解を検証もせずに、たれ流している。
彼が、自称ジャーナリストに過ぎないことは、以前から分かっていることであるが。

 

わたしは11月30日(2022年)に、宮田医師に対して書面で質問状を送付した。それに先立って取材を申し込んだが、宮田医師に応じる意思がないことが分かったので、書面での質問状送付に切り替えたのである。質問事項に関しては、プライバシーにかかわることが含まれているので公表しないが、回答(鹿砦社のファックスで受診)は極めて単純なものだった。次のような文面である。

 この度は取材のお申し込みを頂き、ありがとうございました。
 お問い合わせのありました化学物資過敏症の診断基準については、1999年に米国国立衛生研究所主催のアトランタ会議において、専門家により化学物質過敏症の合意事項が設けられております。こちらをご確認頂ければと思います。
 その他のご質問に関しましては、回答を控えさせて頂きます。
 ご理解頂きますように宜しくお願い申し上げます。

網代氏は、わたしが宮田医師以外の専門医を取材していないと述べているが、これも事実ではない。たとえば数年前に内田義之医師に対するインタビューを「ビジネスジャーナル」に掲載している。

※黒薮哲哉「芳香剤や建材等の化学物質過敏症、急増で社会問題化か…日常生活に支障で退職の例も」(2018年5月11日付け「ビジネスジャーナル」)

内田医師は、次のように日本の診断基準を批判している。

私は、日本も米国の診断基準を採用すべきだと考えています。グローバルにデータを比較するという意味でも、日本の診断基準は問題があります。これでは化学物質過敏症の実態を、ほかの国と比較することはできません。ですから専門家が議論して、新たに診断基準を決めるべきでしょう。これは国の役割であると考えます。

化学物質過敏症に罹患した患者の声については、別の機会に紹介しよう。

◆ツィッターの社会病理

ちなみに網代氏は、毎日新聞の元記者である。この問題についてわたしや舩越医師を批判するツイートを多数発信している。

投稿者は頭に閃いたことをそのまま発信してしまう傾向がある。新聞記事を執筆する際には、十分な裏付けを取るが、ツイッターとなると網代氏のような中央紙の記者経験者でも、安易に言葉を発信する傾向があるようだ。

余談になるが、わたしはツイッターの「中毒」になった人達を何人も見てきた。その中には政治家や弁護士、大学教授なども含まれている。若者もいれば、高齢者もいる。軽薄な言葉を吐き散らしていて、言葉に対する感性の鈍さを見せ付けられた。

◎[過去記事リンク]禁煙ファシズム http://www.rokusaisha.com/wp/?cat=114

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)他。
◎メディア黒書:http://www.kokusyo.jp/
◎twitter https://twitter.com/kuroyabu

黒薮哲哉『禁煙ファシズム-横浜副流煙事件の記録』

タブーなきラディカルスキャンダルマガジン 月刊『紙の爆弾』2023年2月号

YouTube配信サイトであるニューソク通信は、1月8日、診断書の不正交付をめぐる問題をクローズアップした。タイトルは、「内部告発で医療界に激震!! 安易な診断書交付が悲劇を生む!! 化学物質過敏症の深い闇!! 横浜副流煙裁判との共通点とは…?」。

番組のキャスターはジャーナリストの須田慎一郎さんで、出演者は舩越典子(典子エンジェルクリニック、大阪府堺市)医師と筆者(黒薮)の2名だった。

周知のように横浜副流煙裁判では、日本禁煙学会の作田学医師が原告のために交付した診断書が問題になった。客観的な事実とは異なる所見が記された診断書が争点のひとつに浮上した。しかも、その診断書を根拠に、被告に対して原告が4500万円を請求したのである。

この裁判では、宮田幹夫・北里大学名誉教授(そよ風クリニック)も、原告のために診断書を交付していた。それは「化学物質過敏症」の病名を付したものであった。

この診断書自体に何か問題があるわけではないが、昨年の暮れごろから、舩越典子医師が、宮田医師の診断書交付行為そのものを疑問視する声を上げた。

「化学物質過敏症」の病名を付した診断書を容易に交付しているというのである。筆者も、このような宮田医師に対する評価は、取材先でよく聞いていた。

「宮田先生のところへ行けば、診断書を交付してもれる」
 と、言うのである。

◆そよ風クリニックへ患者を送れ

発端は、舩越医師の外来を受診した女性患者だった。舩越医師は、問診や眼球の動きをみる検査などを実施した。検査結果の評価については、外部の専門家にも相談した。その上で化学物質過敏症とは診断しなかった。それでも念のために患者を宮田医師に紹介した。宮田医師はこの患者を診察して、化学物質過敏症の病名を付した診断書を交付した。

患者に対する所見は医師によって異なるのが普通だから、最初、舩越医師は宮田医師による診断を疑問視することはなかった。ただ、宮田医師が実施した検査の結果を知りたいと思ったという。

ところがその後、宮田医師が舩越医師に対して書簡を送付し、その中で前出の患者について、精神疾患か化学物質過敏症かを判断できないまま、「化学物質過敏症」の病名を付した診断書を交付した旨を伝えてきたのである。しかも、今後、舩越医師が化学物質過敏症の診断に迷う時は、患者を自分のクリニックへ送るように言ってきたのである。検査結果は添付されていなかった。

昨年末、筆者は現場に足を運びそよ風クリニックを確認した。左の建物の2階がクリニックで、右の1階がコインランドリー

◆顔出し・実名による内部告発
 
わたしは、横浜副流煙裁判(反訴)の原告・藤井敦子さんを通じて舩越医師と面識を得た。藤井さんは、不正な診断書交付により被害を受けたこともあって、この診断書の不正交付には敏感だった。そこでニューソク通信にネタを持ち込んだ。

ニューソク通信は、宮田医師の診断書交付をテーマとしたYouTubeを制作することを決めた。最初は筆者がひとりで津田信一郎さんのインタビューを受ける予定になっていた。と、いうのも舩越医師が顔出し・実名による内部告発を嫌ったからだ。

しかし、藤井さんが、実名で告発するように舩越医師に強く勧めた。それに応じて、舩越医師がカメラの前で実名を名乗り、事件の詳細を語ることを決意したのである。

◆日本の言論の自由度

いつの時代からか、メディアに登場する際には、顔と実名を隠すのが半ば当たり前になってしまった。ドキュメンタリーの原則が無くなっていた。その悪しき影響をわたしも受けていたのか、最初、舩越医師の名前を匿名にすることに疑問をさしはさむことはなかった。

しかし、冷静に考えてみると、特別な事情がある場合は別として、実名で顔をだして内部告発するのが常識なのである。何も悪いことはしていないうえに、他人を批判するときは、自身の責任を伴うからだ。

ちなみに横浜副流煙裁判(反訴)の原告・藤井夫妻は最初から実名主義を貫いている。それが功を奏して、裁判を通じて禁煙ファシズムに対する批判はどんどん拡散している。強い説得力を発揮している。

舩越医師が藤井さんとコンタクトを取れたのも、実名を名乗り素顔を出していたからにほかならない。こんな当たり前のことが困難に張っている背景に、日本の言論の自由度が現れていないか。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)他。
◎メディア黒書:http://www.kokusyo.jp/
◎twitter https://twitter.com/kuroyabu

黒薮哲哉『禁煙ファシズム-横浜副流煙事件の記録』

タブーなきラディカルスキャンダルマガジン 月刊『紙の爆弾』2023年2月号

ウィキリークスの創立者で著名なジャーナリストであるジュリアン・アサンジの動静は、日本ではほとんど報じられていない。皆無ではないにしても、新聞・テレビはこの話題をなるべく避ける方向で一致している。

アサンジが直面している人権侵害の重さと、ジャーナリズムに対する公権力による露骨な言論糾弾という事件の性質からすれば、同業者として表舞台へ押し上げなければならないテーマであるはずなのに、地球の裏側で起こっているもめごと程度の扱いにしかしていない。その程度の認識しか持ち合わせていない。

メディア関係者にとっては我が身の問題なのだが。

 

「だれにも知る権利、質問する権利、権力に抗する権利がある」(写真出典:Defend Assange Campaign)

ウィキリークスは、インターネットの時代に新しいジャーナリズムのモデルを構築した。内部告発を受け付け、その情報を検証した上で、内部告発者に危害が及ばないように配慮した上で、問題を公にする。ニューヨークタイムズ(米国)、ル・モンド(仏)、エルパイス(西)などの大手メディアと連携しているので、ウィキリークスがリークした情報は地球規模で拡散する。

CIAの元局員のエドワード・ジョセフ・スノーデンが持ち出した内部資料なども、ウィキリークス経由で広がったのである。西側の公権力機関にとっては、ウィキリークスは大きな脅威である。

ジュリアン・アサンジは、ウィキリークスを柱とした華々しいジャーナリズム活動を展開していた。たとえば2009年には、ケニアの虐殺事件をスクープしてアムネスティ・インターナショナル国際メディア賞を受賞した。2010年には、米国の雑誌『タイム』が、読者が決める「パーソン・オブ・ザ・イヤー」の第1にランクされた。

ちなみにインターネットという媒体は、報道の裏付け資料を記事と一緒に紹介できるメリットがある。それにより記事の裏付けを読者に示すことができる。それを読んで読者は考察を深める。これこそが最新のジャーナリズムの恩恵にほかならない。

このような機能は、紙媒体ではない。その意味では、インターネットの時代がアサンジを生みだしたと言っても過言ではない。

なお、アサンジはコンピュータに入り込んで情報を盗み取るハッカーだという誤解があるが、ハッキングに及んだのは高校生の頃である。知的好奇心に駆られたのが原因とされている。後年、彼が設立するウィキリークスの活動とは無関係だ。

◆アサンジに対する弾圧、スェーデンから米国へ

しかし、アサンジのジャーナリズムが国境を越えて脚光を浴びてくると、水面下でさまざまな策略が練られるようになった。とはいえ、テロリストでもない人間をそう簡単に逮捕できるわけではない。西側諸国が大上段に掲げている民主主義や言論の自由の旗の下では、暴力に訴えることはできない。そこで西側の公権力機関が行使したのは、別件によるでっち上げの逮捕だった。

2010年、まずスェーデンの刑事警察が、アサンジに対する逮捕状を交付した。そして国際指名手配の手続きを取った。スェーデンで2人の女性に対して性的暴行を犯した容疑である。アサンジは、女性たちとの性的関係は認めたが、それは合法的なものであると主張した。

この年の12月にイギリスのロンドン警察庁は、スェーデンの要請に従ってアサンジを逮捕した。翌年には裁判が始まり、イギリスの最高裁は、2012年6月、アサンジをスェーデンへ移送することを決めた。

これに対してアサンジは、ロンドンにあるエクアドル大使館に駆け込んだ。大使館への亡命であった。当時、エクアドル大統領が、左派のラファエル・コレアであたっことが、亡命が認められた要因だと思われる。エクアドル本国への移送は不可能だったので、アセンジは数年にわたり建物内部に留まったのである。

メキシコへの亡命受け入れを提案しているメキシコのロペス・オブラドール大統領(写真出典:Defend Assange Campaign)

しかし、エクアドル大統領が交代した後の2019年、イギリス警察がアサンジを逮捕した。大使館へ踏み込んだのである。大使館も承知の上だった。

アサンジの逮捕を受けて、米国の司法省は機密情報漏洩などの罪でアサンジを起訴し、イギリスに対してアサンジの移送を求めた。スェーデンはアサンジの捜査を打ち切ったので、以後、アサンジの事件は、米国による移送要求を柱とした構図に変わったのである。

ちなみに、スェーデンはアサンジを国際指名手配をした段階で、身柄を拘束した後、米国に引き渡す計画だったのではないかとの推測もある。

かりにアサンジが米国で裁判にかけられた場合、禁錮175年の判決を受ける可能性がある。

イギリスの裁判所は、アサンジの米国への移送を認めるかどうかの審理に入った。審理は紆余曲折したが、最終的に2022年6月に、内務大臣の承認により移送が決まった。アサンジは、現在、欧州人権裁判所へ上訴している。

◆ノー天気な日本の新聞・テレビ
 
アサンジの救出運動は、欧米で広がっている。2022年11月28日には、ニューヨークタイムス(米)、ガーディアン(英)、シュピーゲル(独)、ルモンド(仏)、パイス(西)が、アセンジの起訴を取り下げるように求めた共同声明を発表した。いずれもウィキリークスと共闘関係にあったメディアである。出版は犯罪ではなく、このような前例を作ってはいけないとする主旨である。

言論弾圧といえば、旧ソ連のイメージが付きまとうが、西側諸国でもメディアに対する弾圧が行われているのである。それに最も鈍感なのは、日本の新聞・テレビではないか。自分たちは、「自由社会」で言論の自由を謳歌していると勘違いしている。もっと広い視野で世界を見るべきだろう。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)他。
◎メディア黒書:http://www.kokusyo.jp/
◎twitter https://twitter.com/kuroyabu

黒薮哲哉『禁煙ファシズム-横浜副流煙事件の記録』

タブーなきラディカルスキャンダルマガジン 月刊『紙の爆弾』2023年2月号

昨年の11月に総務省が公開した2021年度の政治資金収支報告書によると、新聞業界は政界に対して、総額で598万円の政治献金を行った。献金元は、新聞販売店の同業組合である日本新聞販売協会(日販協)の政治連盟である。さすがに日本新聞協会が政治献金を支出するわけにはいかないので、パートナーの日販協が献金元になっているのである。

わたしが知る限り、献金が始まったのは1990年代の初頭である。当時は、元NHKの水野清議員や、元日経新聞の中川秀直議員らに献金していた。

2021年度の献金先は、延べ103人の政治家(政治団体)である。献金先が100件を超えたのは、同年の秋に衆院選が実施されたことが影響している。実際、献金先の政治家の大半は衆院選の候補者だった。

献金先の候補者が所属する政党の大半は自民党だった。公明党の候補と立憲民主党の候補も若干含まれていた。

次に示すのが献金の実態である。(掲載の都合上、2つの表に分割して表示した)

セミナー料金等

寄付金1

◆自民党安倍派へ64万円

献金の実態について、何点か特徴を指摘しておこう。
 
最も献金額が多いのは、清和政策研究会(現在は安倍派)に対するものである。64万円である。清和政策研究会は「保守本流」、「親米」、「タカ派」、「復古主義」などのキーワードで特徴づけられる自民党の派閥である。前会長は、改めて言うまでもなく、故安倍晋三首相だった。

高市早苗議員に対して、セミナ料―16万円と寄付5万円の総計21万円を献金している。また、中川雅治議員に22万円、柴山昌彦議員に25万円の献金を実施している。

日販協による献金の支出で最も特徴的なのは、小遣い程度の金額(5万円)を多人数の政治家にばら撒いていることである。このばら撒きスタイルは昔から一貫して変わらない。

◆政治献金と引き換えに「押し紙」政策の黙認

献金の目的は、わたしの推測になるが次の4点である。

 ①新聞に対する軽減税率の適用措置継続
 ②新聞に対する再販制度の継続
 ③NIE(教育の中に新聞を運動)の支援
 ④「押し紙」政策の放置

いずれも新聞社経営に直接かかわる問題である。消費税は、「押し紙」にも課せられるので軽減税率の適用措置の継続は、大量の「押し紙」を抱えている新聞業界にとっては不可欠である。

【参考記事】新聞に対する軽減税率によるメリット、読売が年間56億円、朝日が38億円の試算、公権力機関との癒着の温床に

また、再販制度は、新聞販売店を新聞社の下部組織としてコントロールする上で重要な制度である。再販制度が撤廃されて販売店相互が自由競争を展開すれば、販売網が崩壊するからだ。

NIEは、若年層に向けた新聞の有力なPR手段となっている。NIEが実を結び、現在の学習指導要綱(小・中・高校)には、授業での新聞の使用が明記されている。新聞を卓越した「名文」と位置づけて使用する。

さらに献金により、独禁法違反の「押し紙」の取り締まりを回避することで、新聞社が莫大な利益を得る構図がある。次の記事を参考にしてほしい。

【参考記事】「押し紙」を排除した場合、毎日新聞の販売収入は年間で259億円減、内部資料「朝刊 発証数の推移」を使った試算 

ここにあげた①から④の殺生権を政府などの公権力機関が握った場合、新聞ジャーナリズムに負の影響が生じることは言うまでもない。日本の新聞が政府広報の域をほとんど出ない最大の理由である。

新聞業界から政界への政治献金の提供は、両者の癒着関係を物語っている。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)他。
◎メディア黒書:http://www.kokusyo.jp/
◎twitter https://twitter.com/kuroyabu

黒薮哲哉『禁煙ファシズム-横浜副流煙事件の記録』

タブーなきラディカルスキャンダルマガジン 月刊『紙の爆弾』2023年1月号

〈原発なき社会〉を求めて集う 不屈の〈脱原発〉季刊誌 『季節』2022年冬号(NO NUKES voice改題 通巻34号)

企業には広報部とか、広報室と呼ばれる部門がある。筆者のようなルポライターが、記事を公表するにあたって、取材対象にした企業から事実関係や見解などを聞き出す時にコンタクトを取る窓口である。新聞社の場合は、ある程度の記者経験を積んだ者が広報の任務に就いているようだ。

 

毎日新聞大阪本社(出典:ウィキペディア)

今月に入って、兵庫県姫路市で毎日新聞・販売店の改廃にともなう事件が起きた。店主が、新聞の仕入れ代金などで累積した約3916万円の未払い金の支払いを履行できずに、廃業に追い込まれたのである。公式には双方の合意による取引の終了である。

請求は、さやか法律事務所(大阪市)の里井義昇弁護士が販売店主に内容証明で催告書を送付するかたちで行われた。里井弁護士は、催告書の中で、店主が積み立てた信認金(約80万円)を未払い金から相殺することや、12月分の読者からの新聞購読料は毎日新聞社のものであるから、店主が集金してはいけない旨も通知していた。

集金した場合は、「株式会社毎日新聞社としましても、民事上のみならず、それにとどまらない刑事上のものを含めた法的対応を講ずることを検討せざるを得ませんので、たとえ購読者の方より申し出がありましても、一切収受等することなく、後任の販売店主への支払いをと伝えられるようご留意ください」と述べている。
 
かりに請求金額に「押し紙」による代金が含まれていれば、実に厚かましい話である。

◆「押し紙」問題に向き合わない毎日新聞の社員

 

毎日新聞の「押し紙」。ビニール包装分が「押し紙」で、新聞包装分が折込広告。記事とは関係ありません

毎日新聞社は、この販売店に対する新聞の供給を15日から停止している。そして別の拠点から配達を始めた。

毎日新聞が請求している約3916万円の中身については、今後、筆者が調査して、「押し紙」が含まれていれば、「押し紙」裁判を起こす方向で検討する。クラウドファンディングで裁判資金を募る予定だ。

また、里井弁護士に対しては、懲戒請求を視野に入れる。「押し紙」であることを認識していながら、高額な金銭を請求した可能性があるからだ。里井弁護士は過去にも「押し紙」裁判にかかわった経緯がある。従って「押し紙」とは、何かを知っている可能性が高い。

筆者はこの改廃事件についての毎日新聞の見解を知るために、同社の東京本社・社長室広報ユニットに対して2度に渡って問い合わせた。(質問状は、文末)しかし、返ってきた答は、いずれも「個々の取引に関することは、お答えできません。」というものだった。たったの1行だった。回答者は、石丸整、加藤潔の両社員である。

わたしは2人の社員が「押し紙」問題から逃げていると思った。自分たちが制作した新聞を配達してくれる人が、借金を背負ったまま露頭に放り出されようとしているのに、何の声もあげない冷酷さに驚いた。

筆者は、「押し紙」問題は、商取引の問題であると同時に、人権問題である旨を2人にメールで知らせ、再度回答するように求めたが、やはり回答しなかった。筆者は、2014年12月17日にしばき隊が起こしたリンチ事件の後、識者の多くが事件の隠蔽に走ったことを思い出した。

これは日本が内包する深刻な社会病理なのである。企業社会の中で身体にしみ込んだ処世術に外ならない。

ちなみに日本新聞協会の会長は、毎日新聞社の丸山昌宏社長である。

◆弁護士が資金回収の最前線に

かつてサラ金や商工ローンの厳しい取り立てが社会問題になったことがある。「目の玉を売れ」とか、「腎臓をひとつ売れ」といった罵倒を浴びせて、借金を取り立てることもあった。幸いにこの問題には、メスが入った。武富士は倒産し、同社の代理人を務めていた弘中惇一郎らに対する信用も堕ちた。

かつて社会問題の矢面に立ったサラ金の武富士(出典:ウィキペディア)

「押し紙」の取り立ても、サラ金や商工ローンと同様に凄まじい。毎日新聞・網干大津勝原店の場合は、弁護士が資金回収の最前線に立っている。幸いに現時点では、催告書の送付以外に毎日新聞社の目立った動きはないが、今後、どのような手段に出てくるのかは予断を許さない。

店主には、妻子がいる。

「自分はどうなってもいいが、妻子を露頭に迷わすわけにはいかない」

と、話している。

失業の不安が頭から離れないらしく、毎日、筆者のところに電話がかかってくる。筆者も新聞業界の裏金問題を取材していて業界紙を解雇された体験がある。失業後は、未来が描けないことが苦痛だった。店主も同じ気持ちではないか。

これまで何人もの店主がみずから命を絶っている。失踪者もいる。週刊誌もたびたび店主の自殺を報じているので、新聞社の社員が「押し紙」の悲劇を知らないはずがない。だが、毎日新聞の2人の社員は、自社の問題であっても、逃げの一手なのである。

筆者は2人に対して、会社員としてではなく独立した個人として「押し紙」を告発するように書き送ってみたが、やはり回答はなかった。

この問題は、今後、内部資料を精査し、現地を取材して、続報を出していく。筆者が毎日新聞社に送付した2通目の質問状は次の通りである。回答は、既に述べたように、「個々の取引に関することは、お答えできません。」の1行だった。

筆者は、新聞社の社員が1行の作文しかできない事実に驚愕した。

◆毎日新聞社に対する公開質問状

               公開質問状

毎日新聞 社長室
石丸整様
加藤潔様

発信者:黒薮哲哉
連絡先:xxmwg240@ybb.ne.jp 電話:048-464-1413

 先日、毎日新聞・網干大津勝原店の改廃問題について問い合わせをさせていただきました。これに対して、貴殿らは「個々の取引に関することは、お答えできません。」と回答されました。

 改めて質問させていただきますが、貴社の「押し紙」問題をわたしが報じる際に、今後、貴社の見解を確認する必要はないと理解してもよろしいでしょうか。この点について、必ず回答していただくようにお願い申し上げます。

 さらにこの機会に、「押し紙」問題について貴社社長室の見解を教えてください。

社長室は、毎日新聞社で最も功績があるジャーナリストで構成されている機関だと理解しております。特に毎日新聞グループホールディングス社長の丸山昌宏氏は、日本新聞協会の会長を兼任するなど、日本を代表する新聞記者です。それを前提に次の4点についてお尋ねします。書面でご回答ください。貴社のジャーナリズムの信用性にかかわる重大問題なので、必ず回答ください。

1、貴社が網干大津勝原店に対し、里井義昇弁護士(やさか法律事務所)を通じて請求されている金額は、約3915万円になります。店主は、この金額は残紙の代金が大半を占めていると話していますが、同店に残紙があったことは認識しておられたのでしょうか。それとも残紙以外の請求なのでしょうか?

2、貴社長室が考える「押し紙」の定義を教えてください。

3、仮に網干大津勝原店の残紙が「押し紙」であっても、貴社は今後も店主に対する新聞代金の請求を続ける方針なのでしょうか? 残紙が「押し紙」であることを知りながら、請求を続ける行為は、サラ金業者の借金取り立てと性質が変わらない蛮行だとわたしは考えています。まして貴社は過去の「押し紙」裁判の中で、和解というかたちで販売店に慰謝料を払ったことが繰り返しあり、「押し紙」の存在を認識しているはずです。実際、貴社の出身である河内孝氏も『新聞社』の中で、「押し紙」の存在に言及されています。

4、貴殿らのジャーナリストとしての「押し紙」についての見解を教えてください。会社員としてではなく、ジャーナリストとしての見解です。

※なお必要であれば、貴社の販売政策を裏付ける内聞資料等を提供させていただきます。
 
回答は、12月22日(木)の夕方までにメールでお願いします。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)他。
◎メディア黒書:http://www.kokusyo.jp/
◎twitter https://twitter.com/kuroyabu

黒薮哲哉『禁煙ファシズム-横浜副流煙事件の記録』

『紙の爆弾』と『季節』──今こそ鹿砦社の雑誌を定期購読で!

たとえば隣席の同僚が使っている香水が神経に障って、使用を控えるように要望する。同僚は、取り合ってくれない。けんもほろろに撥ねつけた。総務部へも相談したが、「あの程度の臭いであれば許容範囲」と冷笑する。

次に化学物質過敏症の外来のあるクリニックを訪れ、すがるような気持ちで診断書を交付してもらい、それを持って再び総務部へ足を運ぶ。やはり拒絶される。そこでやむなく隣席の同僚に対して高額な損害賠償裁判を起こす。

化学物質過敏症を訴える家族が団らんする場面

夜が深まると壁を隔てた向こう側から、リズムに乗った地響きのような音が響いてくるので、隣人に苦情を言うと「わが家ではない」と言われた。そこでマンションの管理組合に相談すると、マンションに隣接する駐車場の車が音の発生源であることが分かった。「犯人」の特定を間違ったことを隣人に詫びる。

新世代公害の正体は見えにくい。それが人間関係に亀裂を生じさせることもある。コミュニティーが冷戦状態のようになり、住民相互に不和を生じさせるリスクが生じる。

◆実在の事件をドラマに、ロケは事件現場

 

左から主題歌「窓」の作曲者:Ma*To、主題歌を歌う小川美潮、音楽を担当した板倉文の各氏。Ma*To氏は横浜副流煙裁判の被告として法廷に立たされた。

デジタル鹿砦社通信でも取り上げてきた横浜副流煙裁判をドラマ化した『[窓]MADO』(監督・麻王)の上映が、池袋HUMAXシネマズ(東京・池袋)で12月16日から29日の予定で始まる。

煙草による被害を執拗に訴える老人を西村まさ彦が演じる。また、煙草の煙で化学物質過敏症になったとして隣人から訴えられ、4500万円を請求されるミュージシャンを慈五郎さんが演じる。慈五郎さんは、上映に際して次のようなメッセージを寄せている。

「煙草がメインテーマになってくる話なのですが、今、煙草自体を吸うシーンが、あまり見られなくなっています。コンプライアンスの問題だと思いますが。その意味で、こんなに真っ向から煙草をテーマにした映画っていうのは、勇気もいるだろうし、共感できる部分も色々あります」

この映画は実際に起きた事件をベースにしたドラマである。ロケも事件現場となった横浜市青葉区のすすき野団地で行われた。その意味では、事件をドラマで再現したと言っても過言ではない。

しかし、法廷に立たされた被害者であるミュージシャンを擁護した映画ではない。ミュージシャンを訴えた家族の立場からも事件を考察して、新世代公害の複雑な側面を描いている。その意味では客観性が強い作品である。

◆新世代公害という未知の領域

かつて公害といえば、赤茶けた工場排水が海へ放出されている光景とか、工場の煙突から黒々としたスモッグが立ち昇る場面など、具体的なイメージがあった。従ってカメラは問題の所在を特定することができた。それゆえに映像化も容易だった。

ところが新世代公害は正体が見えにくい。それゆえにマスコミの視点もなかなかそこへは向かない。が、水面下では公害の世代交代が急速に進んでいて、新しい形の被害を広げている。コミュニティーの破壊をも起こしている。

米国のCAS(ケミカル・アブストラクト・サービス)が登録する新生の化学物質の件数は、1日で1万件を超えると言われている。複合汚染を引き起こす。

新世代公害の実態は大学の研究室の中ではある程度まで解明されていても、どのように人間関係やコミュニティーを分断していくのかという点に関しては考察されてこなかった。映像ジャーナリズムも、この点を凝視することを怠ってきたのである。背景に利権があるからだ。

『[窓]MADO』は、この未知の領域に正面から挑戦した作品である。


◎《予告編》映画 [窓]MADO 12/16(金)公開 @池袋HUMAXシネマズ

■『[窓]MADO』の公式サイト https://mado-movie.jp/

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)他。
◎メディア黒書:http://www.kokusyo.jp/
◎twitter https://twitter.com/kuroyabu

黒薮哲哉『禁煙ファシズム-横浜副流煙事件の記録』

タブーなきラディカルスキャンダルマガジン 月刊『紙の爆弾』2023年1月号

人種差別に抗する市民運動を進めると自認していると思われるグループ、「しばき隊」が2014年12月17日の深夜に大阪市の北新地で、大学院生リンチ事件を起こしてからまもなく8年になる。

リンチ直後のM君

この間、被害者のM君としばき隊の間で、あるいはM君を支援する鹿砦社としばき隊の間で、裁判の応酬が続いてきた。しかし、それも、鹿砦社が自社に潜り込んでいたしばき隊のシンパを訴えた控訴審判決(11月17日)を最後に表面上の係争は終わった。鹿砦社は上告せず6年半にわたる一連の法廷闘争はピリオドを打ったのである。

事件そのものは、『暴力・暴言型社会運動の終焉』(鹿砦社)など6冊の書籍に記録されているが、記憶の中の事件は忘却の途についている。同時に距離をおいて事件を多角的に検証する視点が筆者には浮上している。あの事件は何だったのか?

筆者はこの事件を通じて、マスコミとは何か、インテリ層とはなにか、司法制度とは何かという3つの点について検証している。記者クラブはM君と鹿砦社から記者会見の機会を完全に奪った。M君や鹿砦社が原告であった裁判で、大阪司法記者クラブ(大阪地裁の記者クラブ)は、幾度にもわたる記者会見開催要請を、すべて拒否したのだ。これに対してしばき隊関連訴訟の会見はほぼすべて開き、発言者の主張を新聞紙などマスコミに掲載するなど、活動を支援し続けた。その典型として、リンチ事件の現場にいた女性を繰り返しテレビや新聞に登場させた。

一部の文化人は事件を隠蔽するために奔走した。その中には、『ヘイトスピーチとは何か』(岩波新書)で、差別を取り締まるための法整備を提唱していた師岡康子弁護士もいた。

裁判所は、杜撰な審理でM君と鹿砦社に敵意ともとれる態度を示した。形式的には、被害者のM君を勝訴させざるを得なかったが、しばき隊の女性リーダーの責任は問わなかった。M君に対する賠償額も小額だった。

◆法曹界のタブー、「報告事件」

筆者は、この事件の一連の裁判は、最高裁事務総局が舞台裏で糸を引いた「報告事件」ではないかと疑っている。「報告事件」とは、最高裁事務総局が関与したペテン裁判のことである。

元大阪高裁判事の生田暉夫弁護士は、『最高裁に「安保法」違憲判決を出させる方法』(三五館刊)の中で、報告事件とは何かに言及している。

報告事件については、担当裁判官からではなく、担当書記官や書記官の上司から最高裁事務総局の民事局や行政局に直接、裁判の進展状況が逐一報告されます。

最高裁事務局が「報告事件」に関する情報を収集して、判決の方向性が国策や特定の企業の利害などに反する場合は、裁判官を交代させたり、下級裁判所へ判決の指標を示すことで、判決内容をコントロールするというのだ。実際、筆者も裁判が結審する直前に裁判官が交代した不自然な例を何件も知っている。また、最高裁事務総局に対する情報公開請求により、「報告事件」の存在そのものを確認した。これについては、次の記事を参照にしてほしい。

最高裁事務総局による「報告事件」の存在が判明、対象は国が被告か原告の裁判

差別を取り締まる法の整備を進めることで、徐々に言論統制への道を開きたい公権力機関にとって、極右集団もしばき隊も利用価値がある。彼らを取り締まるよりも、「泳がせる」方が言論を規制する法律を作る根拠に厚味が出るからだ。世論の支持を得やすい。

筆者が情報公開請求により最高裁事務総局から入手した「報告事件」を裏付ける文書。大半が黒塗りになっていた。「勝訴可能性等について」の欄は、下級裁判所が「報告事件」に指定された裁判において、最高裁事務総局が応援している側に勝訴の可能性があるかどうかを記入する。可能性が低い場合に、最高裁事務総局は担当裁判官の交代などを行い、判決の方向性を変えるようだ。このような制度が存在すること自体、日本における三権分立がすでに崩壊していることを意味する。

◆偏向した裁判所とマスコミ

M君は、40分もの間、殴る蹴るの暴行を受け、罵声を浴びた。顔は腫れ上がり、鼻骨を砕かれた。その時の音声記録も残っている。リンチ直後のM君の顔写真もある。全治3週間である。リンチが続いている間も、リーダーの李信恵は、ワインを味わい、ツイッターを発信した。

一連の裁判の当事者は、次のように分類できる。

(1)M君VS野間易通
(2)M君VSしばき隊
(3)鹿砦社VS李信恵
(4)鹿砦社VS藤井正美

最初にM君は、しばき隊のリーダー・野間易通に対して名誉を毀損されたとして損害賠償裁判を起こした。野間がツイッターで、「おいM。おまえリンチされたって言ってるんだけど、ほんとうなの?」とか、「日本人として腹を切れ」といったツィートを投稿した。裁判所は野間に対して、M君に10万円を支払うように命じた。

次にM君はリンチ事件の現場にいたしばき隊の5人に対して、治療費や慰謝料などの損害賠償を求めた。請求額は1106万円。5人の被告には、李信恵も含まれていた。大阪地裁は、3人の被告に総計で約80万円の支払いを命じた。大阪高裁は支払額を約115万円に引き上げた。しかし、地裁も高裁も李信恵に対する請求は棄却した。M君は勝訴したとはいえ判決内容に納得していなかった。

ちなみに当時、李信恵はウエブサイト「保守速報」に対して、名誉を毀損されたとして裁判を起こしていた。保守速報が、ネットに差別的な発言を掲載したことが訴因だった。この裁判で裁判所は、李信恵の主張を認め、保守速報に対して200万円の支払いを命じた。差別を規制する法整備を進める層が、李信恵の勝訴を高く評価したのは言うまでもない。メディアも李信恵を、反差別運動の騎士としてクローズアップした。

M君を原告とする裁判と李信恵を被告とする裁判を単純に比較することはできないが、筆者は両者のコントラストに衝動を受けた。司法もマスコミも李信恵の味方だった。

M君VSしばき隊の裁判。3人のメンバーに対して約80万円の支払い命令が下ったが、李信恵の事件関与は認定されなかった。その日の夜、神原元弁護士(右)らは祝杯をあげ、ツイッターで宴会の様子を写真で公表した。

◆李信恵に対して10万円の支払い命令

しばき隊の体質を告発し続ける鹿砦社に対して、李信恵はツイッターで鹿砦社攻撃を繰り返していた。たとえば次の投稿である。

「鹿砦社って、ほんまよくわかんないけど。社長は元中核派?革マル派?どっち?そんなのも知らないおいら。在日の普通の女に、ネットや普通の暮らしの中で嫌がらしかできない奴が、革命なんか起こせないよね。爆笑。おいらは普通の自分の暮らしを守りたいし、クソの代理戦争する気もないし。」

「鹿砦社の人は何が面白いのか、お金目当てなのか、ネタなのかわかんないけど。ほんまに嫌がらせやめて下さい。私に関することだけならいいけど、私の周りに対してのやり方が異常だし酷すぎる。私が死んだらいいのかな。死にたくないし死なないけど。」

これに対して鹿砦社は、李信恵を被告とする損害賠償裁判を起こした。裁判所は、李信恵に対して10万円の支払いを命じた。M君が野間易通を提訴した裁判で、裁判所が野間に命じた額と同じである。李信恵が保守速報から勝ち取った200万円に比べると極端に額が少ない。

鹿砦社から提訴された李信恵は、「反訴」のかたちで、鹿砦社が出版した『反差別と暴力の正体』など、M君リンチ事件を取材した4冊の書籍やデジタル鹿砦社通信に掲載した記事に対して名誉毀損裁判を起こした。この裁判で大阪地裁は、李信恵を勝訴させ、鹿砦社に対して165万円の損害賠償などを命じた。損害賠償額は控訴審で李信恵がリンチの現場に連座していたことを認定し、激しいリンチが行われていてもそれを止めず、被害者M君を放置して立ち去った「道義的批判を免れない」とし110万円に減額された(下記に記述)。

◆業務中のツィータ投稿が1万8535件

M君事件に関する一連の裁判の最終ラウンドとなったのは、鹿砦社が同社の元社員・藤井正美に対して起こした損害賠償裁判だった。藤井は、鹿砦社に在籍していた3年の間、業務中に社のパソコンを使って業務とは無関係なことをしていた。勤務中のツイッター投稿数だけでも、1万8535回に及んでいた。

その中には、鹿砦社の松岡社長を指して「棺桶に片足を突っ込んだ」人間と揶揄するツイートも含まれていた。「松岡」という名前は明記していなかったが、しばき隊の仲間内では周知だったと思われる。

藤井が退職した後、削除されていたパソコンのデータを復元したところ、鹿砦社が圧力団体であるかのような誤解を招きかねない「取材申し込みのメール」を近畿大学など複数の機関に送付していた事実が判明した。

鹿砦社は藤井に対して損害賠償を求めた。ツイッター投稿の足跡と物量、つまり勤務時間中に仕事をしていなかったすべての証拠が請求の根拠となった。仕事をなまけていた印象だけでは、請求の根拠はないが、業務放棄の物的な証拠が残っていたわけだから、社会通念からすれば、請求が認められる可能性があった。また、ツィートの内容が鹿砦社や松岡社長を中傷していた。

鹿砦社による提訴に対して、藤井正美は反訴した。鹿砦社のネット上発信及び出版した書籍で名誉を毀損されたという理由である。

大阪地裁は鹿砦社の請求をすべて棄却し、逆に藤井の「反訴」を認めて鹿砦社に11万円の支払いを命じた。鹿砦社は控訴したが棄却された。

◆李信恵の言動は、「道義的批判を免れない性質」

これら一連の裁判の中で、筆者が唯一注目したのは、李信恵が鹿砦社の書籍などに対して起こした名誉毀損裁判の控訴審判決(大阪地裁)だけである。李信恵の勝訴は覆らなかったが、大阪高裁は損害賠償額を減額した上に李信恵の言動を次のように認定した。

被控訴人(注:李氏)は、本件傷害事件と全く関係がなかったのに控訴人により一方的に虚偽の事実をねつ造されたわけではなく、むしろ、前記認定した事実からは、被控訴人は、本件傷害事件の当日、本件店舗において、最初にMに対し胸倉を掴む暴行を加えた上、その後、仲間であるAがMに暴行を加えている事実を認識していながら、これを制止することもなく飲酒を続け、最後は、負傷したMの側を通り過ぎながら、その状態を気遣うこともなく放置して立ち去ったことが認められる。本件において控訴人の被控訴人に対する名誉毀損の不法行為が成立するのは、被控訴人による暴行が胸倉を掴んだだけでMの顔面を殴打する態様のものではなかったこと、また、法的には暴行を共謀した事実までは認められないということによるものにすぎず、本件傷害事件当日における被控訴人の言動自体は、社会通念上、被控訴人が日頃から人権尊重を標榜していながら、AによるMに対する暴行については、これを容認していたという道義的批判を免れない性質のものである。(控訴審判決、10P、裁判所の判断)

本来であれば、この事実認定を起点として、M君リンチ事件に関する一連の裁判を審理すべきだったのだ。というのも事件の最初の火種を作ったのは、M君の胸倉をつかんだ李信恵だったからだ。仲間が一時的に李信恵をなだめたものの、彼女に代って、彼らがM君に危害を加えたのである。M君自身は李信恵に殴られたと話している。

M君が李信恵らリンチの現場に連座した5人を訴えた大阪地裁裁判では李信恵がM君の胸倉を掴んだことは裁判所も認定しつつも、M君を殴ったのか、殴ったとしたら「平手」か「手拳」かが争点になった。ここにおけるM君の混乱を衝かれ裁判所はM君の証言を「信用できない」とした。考えてもみよう、長時間の激しいリンチで意識が朦朧としている中で、記憶が飛んでしまったり曖昧になるのは致し方ないのではなかろうか。この判決が最高裁で確定したことが、李信恵(原告)vs鹿砦社(被告)訴訟では控訴審で、国際的な心理学者の矢谷暢一郎ニューヨーク州立大学名誉教授による学的な意見書や精神医学の権威・野田正彰の「鑑定書」をもってしても覆すことができなかった。しかし、それは枝葉末節で根源的な問題ではない。根源的な問題は、リーダーとしての李信恵の言動が仲間によるリンチの発火点になった点なのである。

その意味で少なくともM君がしばき隊を訴えた裁判の判決内容は、根本的に間違っている。120万円程度の損害では済まない。

◆M君を「反レイシズム運動の破壊者」呼ばわり

2014年12月17日にしばき隊がリンチ事件を起こした直後、師岡康子弁護士は反差別運動の活動家・金展克に次のメールを送付して、M君が李信恵らを刑事告訴しないようにM君を説得するように依頼した。

そのひと(注:M君)は、今は怒りで自分のやろうとしていることの客観的な意味が見えないかも知れませんが、これからずっと一生、反レイシズム運動の破壊者、運動の中心を担ってきた人たちを権力に売った人、法制化のチャンスをつぶした人という重い批判を背負いつづけることになります。

筆者は、人権よりも「市民運動」の政策目的を優先するこの弁護士に、薄っぺらなヒューマニズムを感じる。冷血といおうか。M君リンチ事件に端を発した一連の裁判は、筆者にとっては、劣化した日本を考える機会であった。幸いに事件の記録は、鹿砦社が刊行した6冊の書籍に詳細に記録されている。

ジャーナリズムの役割とは、こういうものではないだろうか。

※登場人物の敬称は略しました。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)他。
◎メディア黒書:http://www.kokusyo.jp/
◎twitter https://twitter.com/kuroyabu

《関連過去記事カテゴリー》
しばき隊リンチ事件 http://www.rokusaisha.com/wp/?cat=62

Amazon https://www.amazon.co.jp/dp/B07CXC368T/
鹿砦社 http://www.rokusaisha.com/kikan.php?bookid=000541

糸口が見つかると、そこから連鎖が起きて事件が拡大することがある。煙草の副流煙で「受動喫煙症」になったとして隣人が隣人を訴えた横浜副流煙裁判で新しい動きがあった。日本禁煙学会の作田学理事長と共に意見書を提出して原告を支援した宮田幹夫・北里大学名誉教授の医療行為に汚点があるとする内部告発が筆者のもとに寄せられたのだ。

 

宮田幹夫・北里大学名誉教授

既報してきたように、横浜副流煙裁判では作田医師が作成した診断書が信用できないしろものではないかとの疑惑が浮上した。原告の請求は棄却され、作田医師は刑事告発された。警察の取り調べ後に検察へ書類送検された。不起訴になったものの、検察審査会が「不起訴不当」の判断を下した。

患者の自己申告に基づいて所見を作成し、しかも現地を取材することなく煙の発生源を特定していたからだ。診断書交付の手続きにも、医師法20条(無診察による診断書交付の禁止)に違反するなどの汚点があった。

こうして捻じ曲げられた診断書を根拠に原告の患者らは、隣人に対して裁判へと暴走し、4518万円の金銭を請求したのである。

この裁判で原告は、宮田医師が交付した診断書も裁判所に提出した。宮田医師はその診断書に化学物質過敏症の病名を付していた。

この診断書自体が患者の自己申告による根拠に乏しいものだという証拠はなにもないが、宮田医師について筆者は、容易に化学物質過敏症の診断書を交付してくれる医師であるという評判をたびたび聞いていた。

11月に、化学物質過敏症の治療を行っているあるひとりの医師から筆者のもとに内部告発があった。宮田医師が安易に化学物質過敏症の病名を付した診断書を交付するというのだ。筆者は、告発者の酒井淑子(仮名)医師から、その裏付け証拠を入手した。

 

5省庁(消費者庁、文部科学省、厚生労働省、経済産業省、環境省)が制作した香害」防止を呼び掛けるポスター

◆化学物質過敏症とは診断できず

酒井医師は、具体例として患者A(女性40代)のケースを報告した。Aさんは、社労士を同伴して酒井医師の外来を受診した。化学物質過敏症を理由に障害年金を申請するので、化学物質過敏症の病名を付した診断書を交付してほしいというのだった。治療を受けることは希望していなかった。Aさんは、酒井医師の外来を訪れる前には、他の医療機関を転々としていた。酒井医師が言う。

「入室するなり、この場所にいるとしんどいとか、窓を開けてとか、様々な症状を訴えておられました。当院は患者さんに配慮してかなり無香料にしていますが、化学物質過敏症になったことがある私にも感じられない臭いを訴えておられました。ジェスチャーも派手でした。診断書を交付してもらえるかどうかをずっと心配しておられました」

ちなみに酒井医師によると、Aさんに同伴した社労士が着ていた衣服から柔軟剤の臭いがしたという。

酒井医師は問診を行った後、Aさんを検査した。最初に神経経路に異常がないかを確かめるために眼球運動の検査を実施した。患者にランプの光を目で追ってもらい、反応を確かめる。Aさんは「見えない」「追えない」と繰り返すだけで、目で光を追う努力をしない。酒井医師が、「これでは診断書は書けませんよ」と注意すると大声で泣き始めた。

「わたしは、Aさんに『頑張ってランプを追いかけてくれた方が悪い所見が取れるから』と言って再検査を行いました。検査の結果は、念のために知り合いの専門家にもアドバイスを求め、最終的に化学物質過敏症とは診断しませんでした。受診するときの様子からして心因性の疾患を強く疑いました」

◆診断書を「エイヤッと書いております」

酒井医師から診断書交付を断られたAさんは、電車を乗り継ぎ、5時間かけて上京し、東京都杉並区にある宮田医師のクリニックを訪れた。そして宮田医師から化学物質過敏症の病名を付した診断書交付を受けたのである。これらのことは、後日、酒井医師が宮田医師のクリニックのスタッフと電話で話して判明した。スタッフはAさんについて、「一人でいらっしゃいましたよ」と言ったという。

宮田医師は9月に酒井医師に対して、Aさんの診断書交付について報告する書簡を送付してきた。それによると宮田医師も、心因性のものなのか、それとも化学物質過敏症であるかの判断に悩んだようだ。たとえば次の記述である。

「精神科の医師が診断書を書くか、私が書くか、だけの違いだと思って、エイヤッと書いております」

「ともかく火の粉をかぶるつもりで、診断書を書かせて頂きました」

「何かありましたら、お馬鹿な宮田へ回して頂きたいと思います」

病状が明確に判断できないのに、「エイヤッ」で化学物質過敏症の診断を下し、その責任は自分が取ると言っているのだ。

その後、Aさんが実際に診断書を根拠に障害年金を申請したかどうかは不明だが、最初に酒井医師の外来を受診したとき、社労士を伴っていたことからしても、障害年金が目的で、診断書を入手しようとしていたことが推測できる。酒井医師が言う。

「本当に重症な化学物質過敏症であれば、5時間も電車に乗って宮田先生の外来まで行けないと思います」

筆者は宮田医師の外来を受診したひとを何人か知っているが、全員が化学物質過敏症の診断書を交付してもらったと話している。

◆市民運動・住民運動に客観性に乏しいデータは禁物

化学物質過敏症は客観的な病気のひとつである。それゆえに本当にこの病気に罹患して苦しんでいる患者は、障害年金などで手厚く保護しなければならない。しかし、心因性の患者が多いのも事実なのである。また、他の病気との区別が難しい。たとえば頭痛や吐き気やめまいといった症状は、化学物質過敏症に罹患していなくても現れるからだ。それを無視して、化学物質過敏症と断定してしまうと、病状の正確な実態と、患者の広がりの実態が客観的に把握できなくなる。

病状の原因が不明なのに、「エイヤッ」で診断書を交付することは、科学者の姿勢として間違っている。

 化学物質や電磁波による複合汚染の問題に取り組んでいる市民運動や住民運動は全国各地にある。宮田医師の診断書は、これらの運動の重要な根拠になってきた。しかし、その診断書に疑義があるとなれば、運動を破滅に追い込みかねない。客観的な事実を前提に運動を進めなくては、運動が広がらないだけではなく、深刻な2次被害を招きかねない。その典型が横浜副流煙事件なのである。

また障害年金などの不正受給に繋がりかねない。

筆者は宮田医師に対しAさんを化学物質過敏症と診断した根拠などについて、書面でコメントを求めた。回答は次の通りである。

「お問い合わせのありました化学物質過敏症の診断基準については、1999年に米国国立衛生研究所主催のアトランタ会議において、専門家により化学物質過敏症の合意事項が設けられております。こちらをご確認頂ければと思います」

1999年の合意事項とは、次の6項目である。

【1】化学物質への曝露を繰り返した場合、症状が再現性をもって現れること。

【2】健康障害が慢性的であること。

【3】過去に経験した曝露や、一般的には耐えられる曝露よりも低い濃度の曝露に対して反応を示すこと。

【4】原因物質を除去することによって、症状が改善または治癒すること。

【5】関連性のない多種類の化学物質に対して反応が生じること。

【6】症状が多種類の器官にわたること。

化学物質過敏症の診断は一筋縄ではいかない。診断に関する疑問が浮上した以上、学閥や派閥を排除してオープンな議論や論争を行うべきだろう。科学の世界に上下関係はないはずだ。さもなければ2次被害に繋がりかねない。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、他。
◎メディア黒書:http://www.kokusyo.jp/
◎twitter https://twitter.com/kuroyabu

黒薮哲哉『禁煙ファシズム-横浜副流煙事件の記録』

7日発売!タブーなきラディカルスキャンダルマガジン 月刊『紙の爆弾』2023年1月号

「押し紙」裁判に新しい流れが生まれ始めている。半世紀に及んだこの問題に解決の糸口が現れてきた。

11月14日、西日本新聞(福岡県)の元店主が、「押し紙」で損害を被ったとして約5700万円の損害賠償を求める裁判を福岡地裁へ起こした。訴状によると元店主は、2005年から2018年までの間に3店の販売店を経営した。「押し紙」が最も多い時期には、実配部数(実際に配達する部数)が約1300部しかないのに、約1800部の新聞が搬入されていた。

他の「押し紙」裁判で明らかなった「押し紙」の実態と比較すると、この販売店の「押し紙」率は低いが、それでも販売店経営を圧迫していた。

この裁判には、どのような特徴があるのだろうか?

◆多発する「押し紙」裁判、読売3件・西日本2件・日経1件

 

販売店の店舗に積み上げられた「押し紙」と梱包された折込広告

「押し紙」裁判は、今世紀に入ることから断続的に提起されてきた。しかし、新聞社の勝率が圧倒的に高い。裁判所が、新聞社の「押し紙」政策の存在を認定した例は、わたしが知る限りでは過去に3例しかない。2007年の読売新聞、2011年の山陽新聞、2020年の佐賀新聞である。

※2007年の読売新聞の裁判は、「押し紙」が争点になったが、地位保全裁判である。

現在、わたしが取材している「押し紙」裁判は、新たに提起された西日本新聞のケースを含めて次の6件である。

・読売新聞・東京本社VS販売店(東京高裁)
・読売新聞・大阪本社VS販売店(大阪地裁)
・読売新聞・西部本社VS販売店(福岡地裁)
・日経新聞・大阪本社VS販売店(大阪高裁)
・西日本新聞VS販売店1(福岡地裁)
・西日本新聞VS販売店2(福岡地裁)

販売店主の中には、新聞社の販売局員から面と向かって、

「あんたたちが裁判を起こしても、絶対に勝てないから」

と、冷笑された人もいる。確かにここ1年半ぐらいの間に裁判所が下した判決を見ると、残紙の存在が認定されているにもかかわらず販売店が3連敗しており、「押し紙」裁判を起こしても、販売店に勝算がないような印象を受ける。その敗訴ぶりも尋常ではない。いずれの裁判でも、判決の言い渡し日が2カ月から3カ月延期された末に、裁判所が販売店を敗訴させた。しかも、3件のうち、2件では最高裁事務総局が裁判官を交代させている。つまり裁判の透明性に明らかな疑問があるのだ。

◎参考記事:産経「押し紙」裁判にみる野村武範裁判長の不自然な履歴と人事異動、東京高裁にわずか40日http://www.kokusyo.jp/oshigami/16016/

新聞社が日本の権力構造の歯車に組み込まれ、世論誘導の役割を担っているから、裁判所や公正取引委員会などの公権力機関が「押し紙」問題を放置する方針を取っている可能性が高いと、わたしは考えている。認識できないだけであって、ほとんどの国でメディアコントロールは国策として巧みに組み込まれているのである。

 

新聞拡販で使われる景品。「押し紙」を減らすために、販売店は新聞拡販に奔走することになる

◆新聞特殊指定の下における「押し紙」とは?

しかし、販売店を敗訴させる判決は、原告の理論上の弱みに付け込んでいる側面もある。その理論上の弱みとは、新聞の「注文部数」の定義に関する不正確な見解である。

通常、「注文部数」とは、販売業者が卸問屋に対して発注する商品の数量のことである。たとえばコンビニの店主が、牛乳を10パック注文すれば、注文数は10個である。同じように新聞販売店の店主が新聞を1000部注文すれば、それが注文部数ということになる。このような「注文部数」の定義は、半ば空気のようにあたりまえに受け入れられている。わたし自身も「押し紙」問題を扱った旧著や記事で、「注文部数」をそのように捉えてきた。しかし、これは誤りである。

今、この旧来の「注文部数」の定義の再考が始まっている。

「押し紙」問題に取り組んできた江上武幸弁護士は、新聞は特殊指定の商品であり、特殊指定の下での「注文部数」の定義は、コンビニなど一般的な商取引の下での「注文部数」の定義とは異なると主張している。

実際、1964年に公正取引委員会が交付した新聞特殊指定の運用細目は、「注文部数」を次にように定義している。

「注文部数」とは、新聞販売業者が新聞社に注文する部数であって新聞購読部数(有代)に地区新聞公正取引協議会で定めた予備紙等(有代)を加えたものをいう。

※注:文中の地区新聞公正取引協議会とは、日本新聞協会に加盟している新聞社で構成する組織である。実質的には日本新聞協会そのものである。

この定義によると新聞の商取引における「注文部数」とは、実際に販売店が配達している部数に予備紙の部数(搬入部数の2%とされている)を加えた総部数(「必要部数」)のことである。この「必要部数」を超えた部数は、理由のいかんを問わず機械的に「押し紙」という分類になる。販売店と新聞社が話し合って「注文部数」と決めたから、残紙が発生しても「押し紙」には該当しないという論理にはらないらい。

新聞特殊指定の下における「注文部数」とは、「実配部数+予備紙」の総数のことなのである。

江上弁護士は、独禁法の新聞特殊指定が作成された経緯を詳しく調べた。その結果、一般に定着している「押し紙」の定義--「押し売りされた新聞」という定義が、微妙に歪曲されたものであることが分かった。この誤った定義の下では、新聞社は販売店の「注文部数」に応じて、新聞を提供しただけで自分たちに新聞を押し売りした事実はないと主張できる。「押し紙」問題の逃げ道があるのだ。

公正取引委員会は、新聞特殊指定の下で、「注文部数」の定義を厳格にすることで、社会問題になり始めていた「押し紙」を取り締まろうとしたのである。

◆佐賀新聞の独禁法違反を認定

この理論を江上弁護士が最初に提示した裁判は、2020年5月に判決があった佐賀新聞の「押し紙」裁判である。この裁判で佐賀地裁は、佐賀新聞社に対して1066万円の損害賠償を命じた上に、同社の独禁法違反を認定した。

江上弁護士が打ち出した「押し紙」の定義を裁判所が無条件に認めたわけではないが、裁判官は法律の専門家なので、法律が規定している客観的な定義を考慮に入れて、判決を書かざるを得なかった可能性が高い。新聞特殊指定の下における客観的な「押し紙」の定義が示されているのに、それを無視して判決を下すことは、プロの法律家としての良心が許さなかったのだろう。

11月14日に提起された西日本新聞の「押し紙」では、「押し紙」の定義が、重要な争点のひとつになる可能性が高い。それを前提として、新聞社の公序良俗違反や押し売りなどの不法行為などが検証される。新聞社の詭弁は、徐々に通用しなくなっている。

この裁判の原告代理人を務めるのは、江上弁護士らである。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、他。
◎メディア黒書:http://www.kokusyo.jp/
◎twitter https://twitter.com/kuroyabu

黒薮哲哉『禁煙ファシズム-横浜副流煙事件の記録』

タブーなきラディカルスキャンダルマガジン 月刊『紙の爆弾』2022年12月号

詭弁で事実を捻じ曲げる風潮が広がっている。筆者が取材してきた「押し紙」問題では、人権派弁護士が「押し紙」は一部も存在しないと公言し続けているし、「しばき隊」のメンバーが起こした暴力事件でも、やはり人権派弁護士が「リンチは無かった」と公言して憚らない。

客観的な事実と個人の願望を混同しているのだ。それをSNSで公の場に持ち込むと社会に混乱が生じる。

吉田拓郎の歌「知識」に次のようなフレーズがある。

人を語れば世を語る
語りつくしているがいいさ
理屈ばかりをブラ下げて
首が飛んでも血も出まい

「理屈ばかりをブラ下げて首が飛んでも血も出まい」とは、頭でっかちになって人間性を喪失しているという意味である。詭弁を弄して世を渡るインテリに対する批判である。

詭弁がエスカレートすると虚像に変質する。それがソ―シャルメディアなどを通じて不特定多数の人々に広がる。その結果、世論論誘導が進む。

本稿は、11月12日付けのデジタル鹿砦社に掲載した記事、《「『しばき隊がリンチ事件を起こした』等は、根拠のないデマ」とツイートした高千穂大学の五野井郁夫教授、事実の認識方法に重大な欠陥》の続編である。続編では、ツイッターの社会病理に焦点を当ててみよう。

「保守速報」の提訴に際して、日本外国特派員協会で記者会見する李信恵(左)と上瀧浩子弁護士(右)。この会見の約3カ月後に、しばき隊が暴力事件を起こした。

◆上瀧浩子弁護士の2件のツィート

既報したように発端は、高千穂大学の五野井郁夫教授の次のツィートである。

こちらの件ですが、担当した弁護士の神原元先生@kambara7の以下ツイートの通り、「しばき隊がリンチ事件を起こした」等は、根拠のないデマであったことがすでに裁判で証明されており、判決でもカウンター側が勝利しています。デマの拡散とわたしへの誹謗中傷に対する謝罪と削除を求めます。

2014年12月17日に大阪市の北新地で「しばき隊がリンチ事件を起こした」というのは根拠のないデマだという記述である。筆者は、この事件をを取材した関係で、リンチ(私刑)はあったと考えている。たとえ計画性や共謀性がなくても、感情を高ぶらせた人間が弱者を取り囲み暴力に至れば、普通の感覚からすれば集団で私刑に及んだと考えるのが常識だ。

そこで筆者は、次の質問状を五野井教授に送付した。

1,「『しばき隊がリンチ事件を起こした』等は、根拠のないデマであったことがすでに裁判で証明」されたと摘示されていますが、裁判では主犯のリーダに対する損害賠償命令(約114万円、大阪高裁)が下っており、「根拠のないデマ」という認識は誤りかと思います。先生は、何を根拠に「根拠のないデマ」と判断されたのでしょうか。

2,次に先生が記事や論文等を執筆される際の裏付け取材についてお尋ねします。引用したツィートを見る限り、原点の裁判資料を重視せずに、神原元弁護士の言動を事実として鵜呑みにされているような印象を受けます。具体的に先生は、どのようにして事実を確認されているのでしょうか。また、大学の学生に対しては、この点に関してどのような指導をされているのでしょうか。

これに対して五野井教授から次の回答があった。

担当者様
上瀧浩子弁護士を通じて鹿砦社にお送りした通りです。
以上。

上瀧浩子弁護士というのは、熱心にカウンター運動を支援している京都の弁護士である。
 
筆者は鹿砦社に、その上瀧弁護士からの回答が届いているかどうかを問い合わせた。鹿砦社からは、届いていないと回答があった。しかし、この問題に関する鹿砦社のツィートに対して、上瀧弁護士が次の2件のツィートを投稿したと伝えてきた。

 

◆ツイッター上の舌足らずな回答

五野井教授がいう上瀧弁護士から鹿砦社へ送った回答とは、おそらく引用した2件のツィートのことである。ただ、筆者の質問は、何を根拠に五野井教授が暴力事件を「根拠のないデマ」と判断したのかという点と、大学生に対してどのような事実の確認方法を指導しているのかという点である。

従って上瀧弁護士のツィートが回答だとすれば、第2の質問に対する回答がない。そこで念のために上瀧弁護士に対して、五野井教授の代理で、筆者への回答書を鹿砦社へ送付したかを書面で尋ねてみた。上瀧弁護士から回答はなかった。無回答の場合は、送付していないと見なすと記していたが、回答は無かった。

この時点で筆者は五野井教授が意味する回答とは、上瀧弁護士の2件のツィートだと判断した。同時にツイッターというメディアの軽薄さを感じた。記述が舌足らずにならざるを得ないようだ。まさに呟いているレベルなのだ。

◆上瀧・五野井の両氏は通常のメディアで説明を

筆者は、重大な問題をツイッターで議論することには賛成できない。1ツイートが140文字だから、思考を論理的に構成することは不可能に近い。たとえ連続投稿しても、全体像が把握しにくい。結局、裏付けがあいまいな我田引水の記事が投稿されることになりかねない。

上瀧弁護士は、「M君の行動に怒った個人が暴力振るっただけなんですけど?」とツィートしているが、この記述だけを切り離して読むと、李信恵には何の責任もないような印象を受ける。単なる「こぜりあい」に感じる。

しかし、裁判所はそのような判断をしていない。たとえば李信恵が鹿砦社の書籍に対して名誉毀損で訴えた裁判では、大阪高裁が次のような認定をしている。「共謀」についても言及している。

被控訴人(李信恵)は、本件傷害事件の当日、本件店舗において、最初にMに対し胸倉を掴む暴行を加えた上、その後、仲間であるAがMに暴行を加えている事実を認識していながら、これを制止することもなく飲酒を続け、最後は、負傷したMの側を通り過ぎながら、その状態を気遣うこともなく放置して立ち去ったことが認められる。

本件において控訴人(鹿砦社)の被控訴人(李信恵)に対する名誉毀損の不法行為が成立するのは、被控訴人による暴行が胸倉を掴んだだけでMの顔面を殴打する態様のものではなかったこと、また、法的には暴行を共謀した事実までは認められないということによるものにすぎず、本件傷害事件当日における被控訴人の言動自体は、社会通念上、被控訴人が日頃から人権尊重を標榜していながら、AによるMに対する暴行については、これを容認していたという道義的批判を免れない性質のものである。(控訴審判決、10P、裁判所の判断)

上瀧弁護士の2件のツィートは、重要な部分を記述していない。たとえば、こうした司法認定について、弁護士としてどう考えるのかといった点である。

上瀧弁護士のツイッターのフォローファーは8000人を超えており、一定の影響力を持っている。彼らの大半は、裁判書面を読んでいない。情報は、そのまま鵜呑みにされる公算が高い。五野井教授のフォローファーに至っては、2万2000人を超えている。

上瀧・五野井の両氏は通常のメディアで、何を根拠に2014年12月17日の暴力事件がリンチではないと断言しているのか説明すべきだろう。それが言論人の責任ではないだろうか。

◎関連記事 黒薮哲哉「『しばき隊がリンチ事件を起こした』等は、根拠のないデマ」とツイートした高千穂大学の五野井郁夫教授、事実の認識方法に重大な欠陥 

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、他。
◎メディア黒書:http://www.kokusyo.jp/
◎twitter https://twitter.com/kuroyabu

黒薮哲哉『禁煙ファシズム-横浜副流煙事件の記録』

タブーなきラディカルスキャンダルマガジン 月刊『紙の爆弾』2022年12月号

« 次の記事を読む前の記事を読む »