「西成のいろいろ問題あるところに、僕と橋下さん二人揃って課題一つ一つを解決してきた。新今宮駅の周辺はガラッと景色は変わります。労働センターの建て替えも決まった。あれは難しかった。関係者がいっぱいいたから。でも僕と橋下が直接会議に出て意見をまとめ決まりました。(略)あのへんは無茶苦茶大阪の拠点に変わっていきます。問題あるところに真正面に向き合ってこなかったのが、10年前の府と市でした。(府市)ひとつにまとめて機能を強化して、ありとあらゆる問題に対峙すればよくなるという見本がこの西成なんです。」

2度目の住民投票で負けた大阪維新の松井一郎市長が、一年前の3月28日、西成区役所前で行った演説の一部だ。大阪維新の党是でありながら、2度も否決された「大阪都構想」だが、これと深くリンクする「西成特区構想」はいまだ進行中で、あいりん総合センター(以下センター)周辺の野宿者に対する強制立ち退きが一刻一刻と迫っている。

閉鎖された「あいりん総合センター」北側、野宿者の生活がある

同上

◆橋下の「西成をえこひいきする」から始まった西成特区構想

「西成特区構想」は、2012年橋下徹氏が市長就任直後、「西成をえこひいきする」「西成が変われば大阪が変わる」として始まった。学習院大学教授で経済学が専門の鈴木亘氏が、特別顧問となりプロジェクトチームを発足、2014年9月から始まった「まちづくり検討会議」では委員に選ばれた地元の労働組合、NPO団体、市民団体、町内会などを中心に討議が進められ、その後有識者や委員たちだけの非公開の「会議」で、センター建て替えが決められた。

問題は、建て替え後のセンターに、これまで労働者や野宿者が使えた様々な施設・設備などがない上に、野宿者が昼間ゆったり横になれるスペースがないことだ。解体後に残った広大な跡地には、屋台村や観光バス、タクシーの駐車場などを作るとの案も出たという。橋下氏が「(再開発のために、労働者には)がまんしてもらう」と公言した通りの西成特区構想、誰が「えこひいき」され、だれが排除されるのかは明らかだ。

◆「西成特区構想」で排除された労働者、野宿者

建て替えのためのセンター閉鎖が、冒頭の松井市長の演説の2日後に予定されていた。しかし3月31日、センター閉鎖は「センター閉めるな」と訴える大勢の労働者や支援者らの力でかなわず、強制排除される4月24日まで自主管理が続けられた。

2度も否決された「都構想」を、先行的に実施しようと企まれたのが西成徳構想であることは松井氏の演説からも明らかだ。

確かにそれまで釜ケ崎では、大阪市が民生・福祉、大阪府が労働と分けられ、不景気で野宿者が増えた際には「福祉(市)の問題だ」「いや、労働(府)の問題だ」とやりあう場面もあった。しかしこうした貧困問題や野宿問題は、府と市がともに国にかけあい解決すべき問題であり、労働者や野宿者を排除し、センターを解体し、残った土地で大儲けしようという「西成特区構想」で解決する話ではないはずだ。

◆南海電鉄の耐震偽装事件で明らかになった「西成特区構想」

センターの建て替えに反対する住民訴訟では、センターとあいりん職安の仮庁舎が、安全性が保証されない南海電鉄高架下に建設されたこと、合理的な理由がないにもかかわらず、南海辰村建設と随意契約したことの違法性などを争っている。

原告が、センター仮庁舎の北側の6本の柱を非破壊検査(電磁波レーダー法)で検査してもらった結果、南海が「入っている」と言っていた鉄骨が入っていないことが判明した。未曽有の被害を出した1995年阪神淡路大震災のあと、近畿運輸局はすべての鉄道会社に対して、既存のRC(鉄筋コンクリート)柱に緊急耐震補強措置を取るよう求めてきた。

南海電鉄もその対象だが、おおむね5年とされた実施期間を25年以上経過したここ数年、ようやく「鋼板巻き立て工法」による耐震補強工事を実施してきた。しかしほかで行われた耐震補強工事が、仮庁舎周辺では行われていない。これについて南海電鉄は裁判で「このエリアはRC柱ではなく、SRC(鉄筋鉄骨コンクリート)柱であるため、緊急耐震補強の対象外だ」と反論し、「鉄骨が入っている」と示すイラストを証拠提出していた。

しかし今回の調査で鉄骨が入っていないことが判明した。中央自動車道の耐震補強工事で鉄筋が8本不足する手抜き工事が発覚し、国会で森ゆうこ議員が「第二の耐震偽装事件」と告発した。南海の件も同様だ! センターの建て替えはそもそも「耐震性に問題がある」として始まったのに、毎日数十万人の利用者がおり、その高架下の仮庁舎には大勢の労働者が出入りし、職員が働く仮庁舎があるのだ。南海電鉄は次回裁判で「事実」を明らかにすべきだ。

南海電鉄高架下仮庁舎には毎日多くの労働者が集まる。上を走る電車は大丈夫なのか?

阪神高速道路神戸線(神戸市東灘区深江本町)(1995年3月3日発行「アサヒグラフ」)。このあと近畿運輸局よりRC構造柱への耐震補強工事が要請されていた

◆勝手に作った「悪者」バッシングに始まり、利権を奪おうとする「西成特区構想」

2度も否決された「都構想」では、「二重行政」「既得権益」などが「悪者」としてやりだまにあげられた。二重行政などはどこにでもある話で、きちんと討議して解消すれば済む話だ。

西成特区構想も同様に「ゴミの不法投棄」「生活保護者の増大」などがやりだまにあげられた。まちづくり会議の座長を務めた鈴木氏はインタビューで「改革が始める前は、猛烈に荒れており、そこらへんで堂々と覚せい剤を打っている売人がいたり、不法投棄ゴミが散乱していたりと、それは荒んだ町でした。ゴミと酒と立小便の異臭が立ち込めていたのです」とこの町と町の住民をこけ落とした。

しかし労働者がずぼらでゴミが散乱しているのではない。三角公園や阪堺電車沿いには、明らかに地域外から持ち込まれたゴミも多かったし、そもそもゴミ置き場を置いたら片付く話だ。生活保護者が増えることの何が悪いのだろうか。1970年日本万博の建設工事のために、「国策」で全国から集めた単身労働者が、高齢化し生活保護を受けるようになっただけで、悪いことでは決してない。「生活保護バッシング」が凄まじいほかの地域に比べ、この地域では皆が堂々と生活できる。障害がある人、罪を犯して服役してきた人も同様に、堂々と生活できる、こんな人情味のある町はほかにないだろう。それをわざわざ潰し、一部の人が儲けようというのが、大阪維新の「西成特区構想」だ。

7億5千万円もの血税をつぎ込んだ仮庁舎は、柱に鉄骨が入ってないだけではなく、開業2ケ月で天井から雨漏りする手抜き・欠陥工事も判明している。しかも同規模の仮庁舎建設費用と比較しても、べらぼうに高い。差額はどこへ流れたのだ。これが橋下氏のいう「大阪市の金と権限をむしりとる」都構想とリンクする西成徳構想の実態だ。

大阪市を解体し、大阪市の金と権限を奪おうとした「都構想」に反対した皆さん、どうかこの人情味あふれる釜ヶ崎を守る闘いにご注目ください。

▼尾崎美代子(おざき みよこ)

新潟県出身。大学時代に日雇い労働者の町・山谷に支援で関わる。80年代末より大阪に移り住み、釜ケ崎に関わる。フリースペースを兼ねた居酒屋「集い処はな」を経営。3・11後仲間と福島県飯舘村の支援や被ばく労働問題を考える講演会などを主催。自身は福島に通い、福島の実態を訴え続けている。
◎著者ツイッター(はなままさん)https://twitter.com/hanamama58

最新刊!『紙の爆弾』12月号!

原発なき社会を求めて NO NUKES voice Vol.25

◆南海電鉄の柱に「鉄骨は入ってない」?

昨年始まった「センターつぶすな」の住民訴訟(公金違法支出損害賠償等請求事件)は、南海電鉄高架下に建設されたあいりん職安と西成労働福祉センター仮庁舎の建設費用が、適正化どうかを争うものだ。

南海電鉄高架下の橋脚の非破壊検査を行う業者

原告はこれまで、
①操業から80年以上経つ南海電鉄高架下に建設された仮庁舎の安全性は保障されているか、
②工事が「入札」ではなく、合理的な理由がないまま、南海電鉄の子会社の辰村建設と「随意契約」したことに違法性はないかと主張し争ってきた。

そんな中10月9日(金)、住民訴訟を闘う仲間が業者に依頼し、南海電鉄高架下に造られた西成労働福祉センター仮庁舎北側入り口の柱(橋脚)6本の非破壊検査を行なってもらった。

センターとあいりん職安には毎日大勢の労働者が出入りしているし、上を走る南海電鉄も、新今宮駅の利用者が1日10万人近くいるなど、関西圏の重要な交通機関となっている。

仮庁舎建設工事中の南海電鉄高架下。反対側で毎日稲垣氏が監視行動を行っていた

それを支える橋脚だが、結果は1938年(昭和13年頃)建設の4本の柱と、1968年頃(昭和43年頃)建設の2本の柱の計6本について「鉄筋の反応はあるが、鉄骨の反応はない」と報告された。

2012年大阪維新の橋下徹氏が市長時代に打ち出した「西成特区構想」の目玉「西成あいりん総合センター」の解体・建て替え計画は、そもそも「耐震性に問題がある」から始まったはずだ。

住民訴訟で「操業80年を越える南海電鉄の耐震性は大丈夫か?」と訴えたところ、南海電鉄は「大丈夫だ」と繰り返し、南海電鉄本社を訪れ「安心・安全というならば、(図面など)証明できるものを見せろ」と迫った際には「見せない」と拒否されてきた。

更に西成特区構想を進める「まちづくり会議」で、「データを見せて」と要求した釜ケ崎地域合同労組委員長・稲垣氏に対して大阪府は「南海電鉄を信用できないのか」と、声を荒げて言ったのに……嘘だったのか?

◆「南海電鉄の」のずさんな安全管理
 
訴訟で原告は、25年前に起きた阪神淡路大震災のような大地震がおきた際の、南海電鉄の倒壊の危険性を主張し、当時、高速道路が倒壊するなどの甚大な被害が生じたこと、その後運輸省(当時)が提言した「緊急耐震補強計画」にもとづく耐震補強工事を、南海電鉄高架下の仮庁舎でも実施しなければならなかったと主張した。

橋脚に鋼板をまきつける耐震補強工事を行った南海電鉄新今宮駅と今宮戎駅の間

一方、南海電鉄は、通達後、おおむね5年とされた期間を20年近く過ぎたここ数年、ようやく「鋼板巻き立て工法」による耐震補強工事を実施した。

しかし工事が実施されたのは、難波駅と今宮駅の間や、萩之茶屋駅周辺で、西成労働福祉センターとあいりん職安の仮庁舎では実施されていない。大阪府は「その場所(仮庁舎付近)は耐震補強の対象外である」と反論していたが、本当だろうか?

25年前の通達では「間仕切り壁などが設置され、耐震効果がある場合は対象外」とある。しかし西成労働福祉センターの仮庁舎建設が始まった時点で、この間仕切り壁は撤去されている。センター建て替えに反対し、建設開始当初より、現場近くで連日監視行動を行っていた稲垣氏が、その目ではっきり確認している。

つまり、あいりん職安とセンター仮庁舎は、間仕切り壁が取り外されているにも関わらず、難波駅や萩之茶屋駅のように「鋼板巻き立て工法」での耐震補強工事を行なっていない。

そのため、再度原告が訴え、裁判所が請求した調査委託書の回答で、大阪府は、センターが補強の対象外である理由について「RC柱(鉄筋コンクリート柱)ではなく、SRC柱(鉄骨鉄筋コンクリート柱)であるため」と答え、それを説明する簡単なイラストを提示していた。あのイラストも嘘だったのか?

南海電鉄側から提出された調査委託書への回答書に添付された、非常に簡単なイラスト

◆大阪府がセンター解体を急ぐ理由は何か?

重要な耐震補強工事を実施する時間を省いてまで、工事を急いだのは何故だろうか?

昨年3月31日、閉鎖予定だったセンターは、「センター閉めるな」と訴える多くの労働者や支援者らの力で閉鎖が阻止され、強制的に閉鎖される4月24日まで「自主管理」が続けられた。

閉鎖予定の3月31日、大阪維新とともに西成特区構想を進めようという人たちなどが、センターの外側から、センター内で闘う人たちを見ていた。闘う人たちを指差し、笑っている人、「近所迷惑、煩い」と文句を言う人もいた。またある人は「あんな危険な場所に、釜のおじさんを閉じ込めていいの」と嘆いていた。

彼らは、今回、センターとあいりん職安が仮移転した先の南海電鉄に、耐震補強工事がなされていない可能性が出てきた件をどう考えるのか? 「そんな危険な場所におじさんを閉じ込めていいの?」と、今度も嘆いてくれるのか? 今回の調査結果は、あくまでも「鉄骨の反応はない」に留まるが、南海電鉄と大阪府が「それでも安全」というならば、一刻も早く、その証拠を示すべきだ!

現在、センター周辺に野宿する人たちが、強制立ち退きの危機に見舞われている。理由は「大地震が起きたら危険」と言うものだが、ならば南海電鉄高架下も同様であろう。それなのに大阪府は、立ち退きの本裁判から数か月後断行仮処分裁判にまで訴え、早急に追い出そうと企んでいる。センターを解体したのち、広大に空いた跡地を「再開発」し、「大阪府と大阪市が一緒になって、がっぽり儲けまっせ」と示すためだ。

◆危険な南海電鉄高架下に仮移転したのは、大阪維新の利権のため?

老朽化した上に、耐震補強工事が実施されてない可能性が濃くなってきた南海電鉄高架下に、わざわざ労働者の施設を造った理由は何か? 森友、イソジンのように、大阪維新の利権が絡んでいるのではないか。

実は、西成労働福祉センターの仮庁舎は、新社屋ができるまでの4、5年しか使用しないにもかかわらず、6メートルの杭を打ち込み補強するなどして頑強な構造物になっている。そのため、建設費用か同じ規模の仮庁舎のそれより高い。頑強な構造物にした理由の一つに、使用終了後解体せずに、そのまま別の施設に使われる可能性がある。それは、同じ南海電鉄が難波駅高架下で展開する「なんばEKIKAN」プロジェクトのような商業施設かもしれない。南海電鉄が何で儲けようが勝手だが、その頑強な構造物を作った建設費用は、大阪府民の尊い税金だ! 南海電鉄を儲けさすために、貴重な税金が使われるようなことがあってはならない。

現在の大阪市長・松井氏は、かつて住之江競艇場の電気保守管理や物品販売などの利権を独占してきた株式会社「大通」の代表取締役だった(現在は実弟が代表)。また松井氏がしこたま儲けてきた住之江競技場を経営する「住之江興業株式会社」も、南海電鉄グループの傘下にある。イソジン同様、ここでも自分の利益のためだけに、危険な南海電鉄高架下に、釜ヶ崎の労働者を押し込めようとしたのか?センター周辺の野宿者を1日でも早く追い出したいのか?そうはさせないぞ!!

大阪維新の利権のための「西成特区構想」と「大阪都構想」を、弱いもの苛めの維新政治を、釜ヶ崎から終わらせていこう!

南海電鉄難波駅高架下で展開されるプロジェクト「なんばEKIKAN」。若者をターゲットにしたおしゃれな店舗が集まる

▼尾崎美代子(おざき みよこ)

新潟県出身。大学時代に日雇い労働者の町・山谷に支援で関わる。80年代末より大阪に移り住み、釜ケ崎に関わる。フリースペースを兼ねた居酒屋「集い処はな」を経営。3・11後仲間と福島県飯舘村の支援や被ばく労働問題を考える講演会などを主催。自身は福島に通い、福島の実態を訴え続けている。
◎著者ツイッター(はなままさん)https://twitter.com/hanamama58

月刊『紙の爆弾』2020年11月号【特集】安倍政治という「負の遺産」他

NO NUKES voice Vol.25

「あいりん総合センター」(以下センター)周辺の野宿者らに、強制立ち退きの危機が迫っている。大阪府が7月22日提訴したセンター明け渡し断行仮処分の2回目の審尋(非公開)が10月12日行われる。

債権者(大阪府は)は、4月22日に土地明け渡し訴訟を提訴した時点では、その裁判の判決を待って対応できると判断していたにもかかわらず、数か月後の7月22日明け渡し断行の仮処分を提訴してきた。その間、新型コロナウイルスの影響で裁判が中断されたとはいえ、明け渡しが緊急に必要となる新たな事情が生じたのだろうか? 大阪府の主張書面では、この点に全く触れられていない。

◆センターは「公の施設」ではないのか?

大阪府は、センター解体のための条例を作ったり、正式な議会にかけずに強制立ち退きを強行しようとしているが、その理由をセンターは「公の施設」ではないと主張する。そんなことはない。「公の施設」について、地方自治法244条1項は、「住民の福祉を増進する目的をもって、その利用に供するために施設」であると規定する。

それに沿って説明すれば、センターは、「青空労働市場の解消と地区労働者の福祉の向上」を目的として建設されてきたし、そのため建物内には労働者のためのシャワールーム、ランドリー、食堂、売店、理髪店、喫茶室、ロッカー室などが設置されていた。

大阪府も「愛隣地区の実態と労働対策」というパンフレットで、建設を大々的に公表していたし、賃借契約書にも「日雇い労働者の福利厚生」の用途に供しなければならないと規定していた。

センター1階の食堂横。「施設内は駐輪禁止です」の看板に「大阪府」の名前が明記されている

また、写真のように、大阪府が土地や建物を管理していた事実を示す看板もある。このように、大阪府は、センターの土地、建物を釜ヶ崎の日雇い労働者の福利厚生のために建設し、その用途にそって利用・管理してきたのであり、センターが公の財産にあたることは明白だ。大阪府は「大阪府が普通財産として管理し、公益財団法人西成労働福祉センターに貸し付けていたから、公の財産に該当しない」というが、これは大阪府が本来行うべき条例の制定を怠っているというだけのことだ。

また、大阪府は、仮にセンターが公の施設であっても、2019年3月に閉鎖されたので(実際には4月24日)、使用は廃止されたと主張する。しかし地方自治法244条2第1項では、「公の施設の設置及びその管理に関する事項」は条例で定めなければならないと規定している。つまりセンター閉鎖に関する事項もまた条例で規定し、それにそった措置が取られていなければ、使用廃止とはいえない。物理的に閉鎖されたからといって、センターの使用が廃止されたとはならないのだ。

また、強制立ち退きのうち、仮処分手続きによる明け渡し断行は、社会権規約委員会が一般的意見4及び7において示したガイドラインに反することが明言されているが、これについても大阪府は、なんの反論も行っていない。

◆「代替措置が取られている」というが……

大阪府は、様々な代替措置が取られているから、仮処分断行しても、野宿者らの行き場がなくなるわけではないと主張し、市役所職員とセンター周辺の野宿者に「生活保護を受けるよう」と説得しまわっている。

もちろん生活保護を受けたい人はうければいい。問題なのは、普段は生活保護の申請を水際作戦で拒んだり、生活保護者に「働けるだろう」「若いだろう」と保護の辞退を迫っているくせに、強制立ち退きまでに野宿者を減らしたいがために、甘い声で「今なら大丈夫」と生活保護を進めていることだ。

また、生活保護を申請しても、三徳寮や無料・低額宿泊施設など、個人のプライバシーの守れない集団施設に押し込まれたりするため、生活保護の利用自体を諦める人も少なくない。現在、野宿する人の中にも、以前生活保護を受けていたが、そのような理由や「囲い屋」など貧困ビジネスに餌食になり辞めた人も多い。

そうした諸問題を放置しなから、今だけ「生活保護を」とは余りに虫が良すぎるはなしだ。なおシェルターも、決められた時間に遅れたら入れない、ゆっくり眠るために飲む酒が禁止されている、大きな荷物が持ち込めないなどの理由で利用しない人も多い。

近くの公園に野宿しながら、センター近くにアルミ缶、銅線などを集めにくる労働者。雨降りの日でも「やらんと食っていけんやろう」と

◆趣味や好きで野宿しているわけではない!

大阪府が主張する以下の点は、とりわけ野宿者を愚弄する許しがたい内容だ。

「債務者A(野宿者の実名)はシャッターが閉まる前から生活保護やシェルターなどを利用してないが、望めば利用できたことはいまでもない」。(またA自身が生活保護を受けたら緊張感がなくなると考えていることを受け)「債務者Aが、緊張感のない生活をしないという意思に基づいてホームレス状態を継続することは、他者の権利や公益を侵害しない限りは明け渡し断行によって実現しようとまでされるべきことではないが、これにより債権者には重大な損害が生じるから、これらの対比でいえば、かかる利益が保護されるべきであるとはいえない」。

これに対しては、原告団はこう反論している。

「債務者Aは、センターが閉まる前から、昼間は3階に、夜は現在の場所に継続して住み続けてきた。他に行くところがあるのに、気にいらないから、そこに住んでいたわけではない。他に行き場がないから、このように暮らしてきたのである。例えば、トイレが確保できる場所は容易には探せない。ホームレス状態にある人々の権利の問題が考えられるとき、このことが出発点にならなければ、およそ話にならない。行くところがあっただろう。趣味で済んでいるんだろう。これらは法的主張ではなく、日々ホームレス状態にある人々になげつけられた社会偏見以外のなにものでもない。そこに住まざるをえない事情を、野宿せざるをえない人々に立証する証明責任が課せられてはならないのである。その証明責任は、彼らを野宿状態に放置している私たちにある。理由は簡単である。私たちは一晩でもセンターのシャッター前で寝てみる勇気があるだろうか」(債務者主張書面1)。

雨風をしのぐことが出来るシャッターの真下が寝場所だ

◆13年間も放置されてきた耐震工事

大阪府は訴状で、耐震問題を理由に「センターを一刻も早く建て替える必要がある」と主張する。それならば、3月24日本訴を提訴した段階で、仮処分を申請すべきではなかったのか。それをせず、何をいまさら「一刻も早く建て替えを」だ。「耐震性がー」と叫ぶ大阪府は、これまで何をやってきたか? 

センターの耐震性問題は、2008年の耐震診断に始まり、いったんは減築工法なども検討されながら、2016年7月26日の「まちづくり会議」で建て替えが正式に決められ、センター解体工事の仮契約は2020年12月上旬、本契約は2021年2月下旬との予定が組まれている。耐震診断の2008年から本契約まで13年間かかるが、これまで大阪府が「一刻も早く建て替える必要がある」と考えていた形跡は全くない。

つまり、センターの耐震工事(建替え工事)は、2008年耐震診断でその必要性が判明したが、2012年2月に大阪維新の橋下元市長が打ち出した「西成特区構想」をうけ、それに歩調をあわせ進められ、現在、そのスケジュールを守りたいとの理由だけで、強行されようとしている。そのための野宿者の強制立ち退きだ。

なぜ大阪維新の金儲けのために、労働者の拠り所のセンターが潰されなくてはならないのだ! 11月1日に再度強行される住民投票に反対を突きつけ、弱いもの苛めの維新政治を、ここ釜ヶ崎から終わりにさせていこう!

壊されたため、安い中古バスに買い換えられた釜ケ崎地域合同労組のバス。寝場所のない人に解放されている

▼尾崎美代子(おざき みよこ)

新潟県出身。大学時代に日雇い労働者の町・山谷に支援で関わる。80年代末より大阪に移り住み、釜ケ崎に関わる。フリースペースを兼ねた居酒屋「集い処はな」を経営。3・11後仲間と福島県飯舘村の支援や被ばく労働問題を考える講演会などを主催。自身は福島に通い、福島の実態を訴え続けている。
◎著者ツイッター(はなままさん)https://twitter.com/hanamama58

月刊『紙の爆弾』2020年11月号【特集】安倍政治という「負の遺産」他

NO NUKES voice Vol.25

◆大阪維新の「都構想」実現のための、野宿者強制排除を許すな!

西成の「あいりん総合センター」(以下、センター)周辺に野宿する人たちや支援者の団結小屋などが立ち退き(強制排除)の危機に追い込まれている。

8月5日、大阪府は、センター周辺の野宿者27名に「土地明け渡し」の仮処分を求め、大阪地裁に提訴した。それに先立つ4月22日、センター周辺の敷地は府の「公有地」であると主張し、22名に立ち退きを求めて提訴したばかりだ(本裁判の被告22名に5名追加した27名が仮処分断行の被告となった)。立て続けの提訴は何を意味するのか?

梅雨が長かったため、徐々にではなく一気に日焼けし、ヤケド状態になった野宿者の足(センター北側で)

現在閉鎖されているセンターは、閉鎖後も3階で営業する「医療センター」が移転したのちに解体を始め、2025年に新センターが完成する予定となっている。しかし4月22日提訴の「立ち退き訴訟」の本裁判が長引いた場合、取り壊しや建て替え工事の業者の入札などに遅れが生じるため、一気に仮処分を断行し、強制排除しようというのだ。(立ち退き訴訟第1回口頭弁論は9月1日、明け渡し断行の仮処分の審尋は9月4日に予定。但し、後者は非公開)。

提訴を受け大阪地裁は、2月5日、府の職員や西成警察とともにセンターを訪れ、裁判で訴えるなどと説明せず、通常の生活相談を装い、つまり騙して野宿者の名前を聞き出し「債務者」を特定していった。なんとも卑劣なやり方だ。しかも時間は午後0時45分から1時37分の短い間、昼間、仕事などで現場にいなかった人も多いのに。裁判という形式を整えるだけの杜撰なやり方だ。

◆大阪府の「強制排除」を後押しする釜ヶ崎の「まちづくり会議」

大阪府は、なぜこのような乱暴で拙速な手段で野宿者排除を進めるのか?

新型コロナウイルス対策では「アマガッパ松井」「イソジン吉村」と揶揄され、すべてが後手後手、無策・失策を連発し続ける吉村知事、松井市長だが、それもそのはず、彼らの頭にはコロナウイルスから住民を守る考えはみじんもなく、あるのは大阪都構想の実現と2025大阪万博の成功だけだ。そのため、都構想に深くリンクする「西成特区構想」を何が何でも成し遂げなくてはならない。

周知のように、センターは、昨年3月31日閉鎖予定だったが、労働者、野宿者、支援者らの反対で叶わず、4月24日の強制排除まで自主管理が続けられた。そのためセンター建て替えのスケジュールも大幅に遅れていた。

仮処分断行の訴状に書かれているように、今回の野宿者強制排除は、2016年7月26日第5回「あいりん地域まちづくり会議」で、センター建て替えが正式に決まったことから始まっているが、委員である西成特区構想有識者7名からは、昨年6月3日「早期の不法占拠解消の重要性」を主張する意見書も提出されている。

「再チャレンジできるまちづくり」などと綺麗事を並べるが、彼らの「まちづくり」とは、橋下元市長の「(再開発のために、釜ヶ崎の)労働者には遠慮してもらう」発言と同様、日雇い労働者、野宿者などの排除が前提ではないのか。

※[参考]note原口剛・神戸大学准教授「釜ヶ崎におけるジェントリフィケーションと強制立ち退きについての問題提起」

◆「全ての人に」の特別定額給付金からも排除された野宿者

強制排除までに野宿者を減らそうと「生活保護を受けるように」と説得にくる職員。「物件見に行こうか」と誘う職員も

新型コロナウイルス対策として、全ての人に一律10万円を支給する「特別定額給付金」の申請が概ね8月末でしめ切られた。当初から懸念されたように、釜ヶ崎でも一部給付されない人たちがでている。

「簡素な仕組みで迅速かつ的確に家計へ支援を行う」として始まったこの制度は、当初より「住民登録」が前提とされていた。しかし様々な理由で、住民票を持たない、持てない人もいることから、私たちは「住民票を持たない人にも給付するように」と大阪市と松井市長に再三要望書を提出してきた(ちなみに6月17日提出した大阪市への要望書の回答が8月31日午後17時25分、釜合労組合事務所のFAXに届いた)。

5月26日放映のMBSの情報番組「ミント」で、釜ケ崎の野宿者と給付金問題を取り上げられた際、人権問題に詳しい南和行弁護士(大阪弁護士会)がこうコメントした。

「給付金について、ホームレスの人だから受け取る権利がないというのは間違いです。ホームレスの人にも受け取る権利がある。住民票のあるなしは、(給付金給付の)権利のあるなしの問題ではなく、どのように受け取るかの手続きの問題でしかない。
 それについて、この住民登録があるないだけで、権利があるなしかのように取り扱うのは間違いで、総務省は形式的な答弁だけではなく、どのように今回の給付金だけではなく、(様々な)補償などをいき渡らせていくかという、抜本的な問題をつきつけられていると思う。
 2007年大阪市の(住民票)強制削除の問題[注]が、今になっても影を落としているということは、この13年間何もホームレス対策をしてこなかったことのあらわれでもあります」。

※[注]2007年大阪市(住民票)強制削除問題=ドヤ(簡易宿泊所)などで住民票が取れない日雇い労働者に対して、大阪市が解放会館などに住民票を置くことを推奨しておきながら、2007年に2088人の住民票を一方的に削除した事件。

南弁護士のコメントで、住民票の有無は給付金給付の条件ではないことがはっきりしたが、総務省はその後も「住民登録」の条件を外すことはなかった。

◆野宿者にだけ「住民登録」を義務づけられるのは、何故だ!

総務省は、全国の市民団体などから寄せられた要望に対して、住民票がなかった人、失踪届けが出され戸籍から抹消されていた人らに対して、住民登録を行い、給付金申請にこぎつける方策を提示してきた。しかし、そこから漏れる人たちも少なくはなかった。

約1時間炎天下で待たせた野宿者らに「住民票がなければ申請書は受け付けない」と言う大阪市役所の中谷係長

8月18日、そうした様々な事情で住民票のない人たちが、釜ヶ崎地区内にある西成区健康福祉センター分会に給付金の申請に行った。分会の職員らは野宿者らを中に入れず、「申請は市役所に行け」と突き返した。

しかし申請にきた人の中には、今日明日の飯代に困り、電車賃すらない人もいる。そのため私たちは「釜ヶ崎の地区内で相談窓口を設けて欲しい」と再三要求してきたのだ。

炎天下で待ち続けること約1時間、ようやく大阪市役所の担当者らがやってきた。係長の中谷氏が、住民票を作るなどして申請を行う方法を一通り説明した。その後「それでも様々な事情で住民登録できない人が申請にきた。受け付けて欲しい」と要望したところ、中谷氏は「受け付けは行わない」ときっぱりこれを拒否した。

もちろん、このまま黙って引き下がるわけにはいかない。何度もいうが、住民票の有無は、給付金を受け取るための条件ではない。これまで総務省は、住民登録の有無は、給付金の「二重払い防止」のためと説明してきた。しかし、同じように住民票を移せないDV被害者らには、住民票なしで給付した例もある。その際、いったん加害者側にも給付され二重給付となるが、それについては「やむを得ない」としている。

様々な理由で、実家や家族と疎遠になったり、連絡出来ない、したくない野宿者とて同じではないか? 同じ方法を野宿者に適応しないのは何故だ!?

私たちは諦めず、次の闘いを準備している。ご注目とご支援をお願いしたい。

▼尾崎美代子(おざき みよこ)

新潟県出身。大学時代に日雇い労働者の町・山谷に支援で関わる。80年代末より大阪に移り住み、釜ケ崎に関わる。フリースペースを兼ねた居酒屋「集い処はな」を経営。3・11後仲間と福島県飯舘村の支援や被ばく労働問題を考える講演会などを主催。自身は福島に通い、福島の実態を訴え続けている。
◎著者ツイッター(はなままさん)https://twitter.com/hanamama58

月刊『紙の爆弾』2020年9月号【特集】新型コロナ 安倍「無策」の理由

『NO NUKES voice』Vol.24 総力特集 原発・コロナ禍 日本の転機

◆横浜「馬車道駅」周辺──再開発とホームレス

「駅構内で新聞紙や段ボール、私物等を置いて居座ることは、駅をご利用されるお客さまへのご迷惑となるのでおやめください」。このような張り紙が、横浜市みなとみらい線「馬車道駅」構内に野宿する人たちの周辺に貼られたという。

駅周辺には昨今、地下2階、地上32階の超高層の横浜市役所新庁舎が移転したり、タワーマンションが開業したりし、急速に再開発が進んでいるとのこと。そうしたなか「駅にいるホームレスをすぐに追い出してほしい」「ホームレスがいるだけで不安」などの苦情が、6月頃から相次いでよせられていたという。

横浜といえば、82年~83年にかけて地下街、公園などで連続しておきた野宿者襲撃殺人事件が思い起こされる。当時は野宿者、ホームレスではなく「浮浪者」とよばれていた。逮捕された少年たちは、警察の取り調べに「浮浪者のせいで横浜が汚くなる」「横浜をきれいにするためごみを掃除した」などと供述したという。

彼らが、野宿者を「働かない怠け者」から「汚い」「社会のごみ」、更に「虐めていい人」と考え、襲撃のターゲットにしたのは、決して彼ら独自の判断ではないはずだ。彼らを取り巻く大人社会に溢れる「野宿者は社会のゴミ」とみる強烈な差別と偏見を、少年たちが敏感に感じ取り、襲撃行為に及んだのであろう。

◆大阪・釜ヶ崎でも進む弱者排除の動き

「野宿者は社会のゴミ」「町を綺麗にしたい」。こうした誤った見方をする傾向は、大阪維新の「西成特区構想」が進む釜ヶ崎でも確実に進行している。橋下徹元市長の「西成をえこひいきする」発言から始まった西成特区構想は、一方で「(再開発のために、釜ヶ崎の)労働者には遠慮してもらう」との発言でわかるように、この町に長く住む日雇い働者らを排除することを目的としている。そのため真っ先に狙われたのが、長年労働者の唯一の寄り所になっていた「あいりん総合センター」(以下センター)の解体だ。「耐震性に問題がある」として昨年3月末に閉鎖予定だったが、多くの労働者、支援者らの反対で閉鎖されず、その後労働者、支援者らで始めた自主管理は、4月24日、大阪府警と府・市の職員らが暴力的に排除するまで続けられた。

センター東側にも野宿する多数の人が……

西成特区構想は、労働者の寄り場を解体し、労働者・野宿者を暴力的に排除し、そこに出来た広大な跡地を使って新たな「まちづくり」をしようというものだ。

しかし、それは誰のためのまちづくりなのか? 昨今全国で流行する「まちづくり」は誰が主導するかが問題になると、釜ヶ崎に長く関わる島和博氏(大阪市立大人権問題研究センター)は語る。「『まちづくり運動』というとき、市民の『まちづくり運動』なんてありえません。誰が主導権を持って『まちづくり』を行うのかを考えないと、センター撤去で『みんなにとっていいまちづくりをやろうね』とやると、『西成特区構想』みたいなロジックに巻き込まれてしまう」(2019年1月5日シンポジウム「日本一人情のある街、釜ヶ崎が消える?!」)

パレード後、警官(後ろで手を組む作業着姿の男性)指揮のもと、配給物資を待つ労働者

前述したように、釜ヶ崎で進む「まちづくり」は、この町の主人公・日雇い労働者らを排除して進んでいることは明らかだ。時には強制排除など権力による暴力で、時には「町をキレイにしよう」という庶民の「善意」の掛け声で。

後者の一例が、西成特区構想ー「まちづくり」運動と軌を一にして、2014年から始まった「あいりんクリーンロードキャンペーン」である。同年「まちづくり会議」に参画を表明した大阪府警・西成警察署が、監視カメラ増設、官民連携による不法投棄の摘発、露店の摘発、覚せい剤事犯の摘発強化などを含む「5ケ円計画」の一環で始めたものだ。

警察主導のパレードは、町内会や「まちづくり会議」に参加する市民団体、NPOなどが一緒になり、「街をきれいにしよう」と地区内のごみを拾いながら歩き回る。最後に戻った三角公園では、パレードに参加した労働者にペットボトルのお茶の、下着やタオルなど日常用品が配られる。そのため多くの労働者、生活保護する受給者らも多く参加する。私は何度かその場面を直接見ているが、3人づつ並んで労働者を、若い警官が棒で区切って「よし、次の9人(3人3列)!」と号令をかける。間違って飛び出す労働者に「9人いうたやろ!」と怒鳴りつける。生活保護費も年々削られ、下着などなかなか買えなくなった労働者は、怒鳴られながらもじっと耐えるのだ。
 

釜ケ崎の中に出来たおしゃれなホテルが周囲の雰囲気をガラリと変えた。ロビーには若者たちが……

◆「街をきれいに!」と、野宿者を排除するジェントリフィケーション

ドヤのゴミ置き場が不十分だったり、外から車でゴミ捨てにくる人たちがあとをたたなかったり、ゴミ問題は労働者だけの責任ではなかった

「町をきれいにしよう」。異議を唱えようもない、きわめて一般的なスローガン。でもそれを、同じ地域に住み、かつては同じ飯場に寝泊まりし、一緒に働いたかもしれぬ労働者らに叫ばれるとき、道端でうずくまる野宿者らはどんな思いがするであろうか?

「叫びの都市 寄せ場、釜ヶ崎、流動的下層労働者」(洛北出版)の著者・原口剛氏(神戸大学准教授)は「反ジェントリフィケーション情報センター」の記事で以下のように解説する。

「ある地域がジェントリファイされ『安全で、清潔で、明るい』空間がつくりだされるとき、単に空間だけではなく、人びとの感性も変容する。つまり、資本によって組織された空間からの影響を受け、(資本の立場から見て)『安全で、清潔で、明るい』という感性を内面化してしまう。こうした感性の変容を下地に、地域の再開発を推し進める運動は組織される。釜ヶ崎におけるその例の一つは、『あいりんクリーンロードキャンペーン』という事業であろう。この事業は警察と推進協議会によって主催されており、地元住民、ボランティア、関係団体などが多数参加しているが、参加者は熱心に地区内のゴミを拾っている。おそらく、その根底にあるのは街をキレイにしたいという人びとの『善意』なのであろう。こうした『善意』が動員されつつ、地域全体が消費空間への志向性を高め、不快とされるふるまいは規律、排除されることによってジェントリフィケーションは推し進められていく」。

◆彼らがいかに野宿者を人間扱いしていないか

センターで休む野宿者を、大勢で取り囲み、退去を促す府と市と西成区役所職員(7月31日、稲垣氏撮影の動画より)

釜ヶ崎のセンター周辺の野宿者に対して、大阪府が「立ち退きせよ」と訴えた裁判が9月から始まろうとしている。2月5日、大阪地裁の執行官が、府や市の職員、西成警察を引き連れやってきて、野宿者から氏名などを聞き出し、今回23名を訴えてきた。聞き取りは、訴えるという目的も伝えない姑息なやり方で、しかもわずか1時間たらずで終わったという。野宿者の生死も含め、将来を決めかねない判断にわずか1時間たらず……彼らがいかに野宿者を人間扱いしていないかがわかる。

7月31日午前、市、府、西成区役所職員6人が再び野宿者の調査に来たという。現場に偶然居合わせ、その様子を撮影した釜ケ崎地域合同労組の稲垣氏によれば、府職員が「ここ危ないよ。どいて」と大袈裟に怒鳴って回り、それを受けた区役所職員が「今なら生活保護受けれます」と勧誘していたという。裁判前に一人でも多くの野宿者を減らしたいためだ。

最後に、釜ヶ崎同様、野宿者を強制排除して進められ、先日開業した渋谷「ミヤシタパーク」について、釜ヶ崎の「まちづくり会議」の委員を務める白波瀬達也(桃谷大学准教授)氏がこうつぶやいていた。「新今宮駅周辺も賑わい創出が議論されているけど、この記事のような帰結にならぬよう留意しなければならない。賑わいが悪いわけではない。誰にとっての賑わいなのか、その質が問われている。社会的排除を生まないと都市政策、まちづくりが展開されるべき」。

何を呑気なことを呟いているのだ。あなたも理事を勧める「まちづくり会議」で、センター周辺の野宿者が強制排除されようとしているではないか。足元で火事が起こっているのに「火事を起こさないように気をつけよう」などと言ってないで、一緒に消火活動をやってくれ。「野宿者排除を許すな」と一緒に声をあげてくれ!

▼尾崎美代子(おざき みよこ)

新潟県出身。大学時代に日雇い労働者の町・山谷に支援で関わる。80年代末より大阪に移り住み、釜ケ崎に関わる。フリースペースを兼ねた居酒屋「集い処はな」を経営。3・11後仲間と福島県飯舘村の支援や被ばく労働問題を考える講演会などを主催。自身は福島に通い、福島の実態を訴え続けている。
◎著者ツイッター(はなままさん)https://twitter.com/hanamama58

月刊『紙の爆弾』2020年8月号【特集第4弾】「新型コロナ危機」と安倍失政

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◆大阪維新は、センターからの野宿者追い出しをやめろ!

7月6日、昨年閉鎖されたセンター前に組合のバスを置く釜ヶ崎地域合同労組や、北西角に団結テントを設置する仲間に、「土地明け渡し請求事件」の訴状などが届いた。「出ていけ!」と訴えるのは大阪府だ。コロナ災いが続く中、センターから野宿者を追い出したいのは、都構想とリンクする西成特区構想を前に進めたいがためだ。

西成あいりん総合センンター(以下センター)は、昨年3月31日閉鎖予定だったが、当日大勢の労働者、支援者が「シャッター閉めるな」と声をあげたため閉鎖できなかった。翌日から始まった自主管理活動には、全国から支援の声・物資・カンパなどが届けられた。4月24日、国と大阪府は警察がタッグを組み、センター内の労働者らを暴力的に排除したが、それ以降も大勢の野宿者がセンター周辺や釜合労のバスで寝泊まりし、炊き出しや寄り合いなどの支援活動も続けられている。

そんな中、今年2月5日、大阪地裁の執行官は、大阪府、市の職員、警察とともにセンターを訪れ、野宿者に土地と荷物などを「執行官に引き渡せ」という「仮処分決定書」を手渡し、野宿する路上に「告示書」を打ち付けていった。

大阪府はこの申し立てを、昨年12月26日に大阪地裁に行っているが、その3日前の23日には、センター解体後にできる広大な跡地をどうするかを検討する「まちづくり会議」で、センターに入っていた2つの労働施設、「あいりん職安」と「西成労働福祉センター」(現在、隣接する南海電鉄高架下に仮移転中)を、跡地の南側に移転することが決まったばかりである。国道に面し、使い勝手や立地条件の良い北側の広大な跡地には、観光バスの駐車場やタクシー乗り場や外国人向けの屋台村を作るなどの案が出たという。

そもそもセンターは1970年、「あいりん地区の日雇い労働者の就労斡旋と福祉の向上」を目的に設置されたものだ。中には2つの労働施設の他に、水飲み場、足洗い場、シャワー室、洗濯場、娯楽室など最低限のライフラインが備わっていたうえ、地区内では毎日どこかで炊き出しが行われていることから、職や住処を失った人も、ここに来れば、どうにか生きていくことができた。しかし新たにつくられようとしている「まち」には、そうした労働者の居場所はない。

数日前から夜遅く、店近くで野宿を始めた60代男女。10万円が給付されたらドヤに入る予定だが、訳あって生活保護は受けたくない

◆大阪維新行政・だまし討ちの手口

釜ヶ崎を追い出された労働者はどこへいけばいいというのか! 長引くコロナ禍のもと、苦境に立たされている若者や非正規雇用労働者を助けることも重要だが、そのためにもともと釜ヶ崎にいる野宿者やおっちゃんらを切り捨てる、あるいはそれに加担することにな るのであれば、元も子もないだろう。

訴状には稲垣浩氏ほか21名(計22名)の氏名が漢字かカタカナで書かれているが、これは昨年11月、大阪府や大阪市の職員らが、福祉相談を装って名前を聞き出したものだという。しかしその際、本人には何に使うかなどの説明はなかったという。自分が訴えられるなら、名前を明らかにすることに躊躇した人もいるはずだ。自分の名前が書かれた「告示書」が目の前に釘で打ちつけられ、怖くなり他の地に移動した野宿者もいる。だまし討ちのあまりに酷いやり方だ!

◆労働者の健康など全く考えていない大阪行政のご都合主義

閉鎖前、早朝センターのシャッターが開くと、大勢の人たちが荷物を運び入れ、ゆったり一日中過ごしていた。その数は1日50人から80人。野宿者だけでなく、働けなくなり生活保護を受けるようになった人たちも、大勢センターに集まっていた。「Aはたいがい2階の娯楽室で将棋さしてるで」「Bを探してるんか? アダチ(センター前の酒店)の前に夕方いるで」「次の日曜日、三角公園でプロレスあるで。もちろんタダや」等々、センターはまさに仲間とつながり、情報を交換し合う社交の場だった。

センター閉鎖後、行政はそうしたセンターの代替場所の1つとして、センター南側の萩の森跡地に居場所を作った。運動会で使われる白いテントを数張り置いただけだが、雨の日も真夏でも労働者は集まってきた。その萩の森跡地のテントが最近、「整備のため」と撤去され、近くの萩の森北公園(旧仏現寺公園)に移された。しかし3、4張りあったテントは1張りだけ。未だコロナ禍は収束せず、感染拡大の危険性が叫ばれる中、テントは結構「蜜」な状態だ。行政が、釜ヶ崎の労働者の健康や体のことなど全く考えていない証拠だ。

聞けばこの公園は、1977年、炊き出しや寝泊りしていた労働者が、大阪市に行政代執行で追い出された所だ。それ以降は子供達の遊び場として遊具が設置され、朝鍵が開けられ晩には鍵がかけられていた。それが今回は「居場所に使え」だと。行政の都合で「不法」になったり、「適法」になったり、ご都合主義も甚だしい。

センターの代替場所だった萩の森公園跡地が閉鎖され、新たに作られた代替場所。テントは一張りのみ。結構「密」だ

◆コロナより都構想の大阪維新の給付金対策とは?

コロナ対策の特別定額給付金の支給も大阪が一番遅れている。大阪都構想を進める副首都推進局の職員数80名以上に対して、特別定額給付金を担当する市民局の職員数が18名と非常に少ないことも理由の1つだろうが、市民局がどこにあるかも「非公開」にするなど、吉村知事、松井市長のコロナ対策はあまりにいい加減過ぎるからだ。

現在、様々な団体、個人などが「全ての人に給付金を支給するように」と訴え、交渉を続けている。直近の交渉で大阪市は、NPOやシェルターなどに住民票を移し、申請書を受け取る案で調整中だそうだ。それで給付金が受けれるならば、大いに利用すればいいが、問題なのは、その後そこに居住実態がない場合、再び住民票を削除するということだ。

これはかつて、大阪市が、住民票のない労働者らが各種資格、免状、日雇い労働者被保険者手帳などを取得する際に、釜ヶ崎開放会館や市民団体の住所に住民票を置くことを積極的に勧めておきながら、2007年一方的に2088名の住民票を強制削除したことと同じことではないか?

私が弁当を配り始めた5月頃、センター南側の路上で、開放会館においていた住民票を削除された労働者に実際会った。あれから13年経ち高齢化したため、野宿しながら、銅線、鉄、アルミ缶などを集め、日に千円稼ぐのが精いっぱいとこぼしていた。大阪市はまずは、この2088名の住民票を復活させろ!

2007年、解放会館に置いていた住民票を勝手に削除された男性。銅線、アルミ缶など集め、1日千円稼ぐのがやっと

7月15日の弁当。昨夜出会った男女に渡すことができた

このままでは、給付金がもらえない人が出てくることは必至だ。何度もいうが、おぎゃあと生まれた赤ちゃん、DVで住民票がある場所から避難する人、無戸籍者にも給付金は支給される。住民票がない人に対して、住民票すらまともにとれない酷い生活をしてきたから「自業自得」という人もいるが、じっさいに何らかの罪を犯し刑務所に服役する人も、そして労働者の血税を好き放題むしり取る悪の親玉、安部や麻生にも一律に支給されるのが給付金だ。それなのに、なぜ住民票がないくらいで、給付金支給の権利が奪われなければならないか? すべての人に給付金を渡すため、大阪市は1人1人の野宿者から氏名を聞き出し、戸籍などを確認する作業を必死で行え!

住民票がないとの理由で、給付金が支給されない人が出ることになれば、「全国すべての人々へ」という給付金支給の理念を著しく逸脱する大問題になるだろう。


◎[参考動画]仕事も住民票もないホームレスたちに“10万円”は届くのか…「西成・あいりん地区」で弁当配り見守る女性の活動(2020年5月26日放送 MBSテレビ「Newsミント!」内『特集』より)

▼尾崎美代子(おざき みよこ)

新潟県出身。大学時代に日雇い労働者の町・山谷に支援で関わる。80年代末より大阪に移り住み、釜ケ崎に関わる。フリースペースを兼ねた居酒屋「集い処はな」を経営。3・11後仲間と福島県飯舘村の支援や被ばく労働問題を考える講演会などを主催。自身は福島に通い、福島の実態を訴え続けている。
◎著者ツイッター(はなままさん)https://twitter.com/hanamama58

月刊『紙の爆弾』2020年8月号【特集第4弾】「新型コロナ危機」と安倍失政 河合夫妻逮捕も“他人のせい”安倍晋三が退陣する日

〈原発なき社会〉をもとめて 『NO NUKES voice』Vol.24 総力特集 原発・コロナ禍 日本の転機

◆住民票は給付金支給の条件ではない

6月17日、釜ヶ崎地域合同労組、釜ヶ崎公民権運動、人民委員会らは、大阪市の松井市長、特別定額給付金を担当する市民局に対し、すべての野宿者、住民票をもたない人にも給付金を渡すようにと、新たな要望書を提出した。

毎月、月末に開かれる「センターつぶすな!」のデモ

前回提出した要望書の回答で、大阪市は相変わらず『給付金の支給にあたっては、住民基本台帳に登録されていることが必要である』としている。

給付金は、新型コロナウイルス感染拡大の防止に伴う自粛要請などで経済活動が停滞するなか、「簡素な仕組みで迅速かつ的確に家計へ支援を行う」(実施要領)として、国から唯一出された支援策であり、その権利は全ての人にある。「住民基本台帳に登録」は給付の条件ではなく、給付方法として便宜的に利用されたものでしかない。現にDV被害者や無戸籍者らは、実際に居住している自治体で給付できる特例措置が取られている。「あまねくすべての人々に」というならば、野宿者、ネットカフェ難民など住民票がない、もてない人たちにも同様の特例措置が取られるべきだ。

国の「給付金実施要領」にも、「記録がなくても、それに準ずるものとして市区町村が認めるものを含む」とある。また5月20日の国会で、共産党の清水ただし衆院議員が「住民登録ができないという路上生活者の方々を、どう給付金からこぼれ落ちないように支えていくのか、支援していくのかっていうのは喫緊の課題です」と質問したところ、総務省の斎藤洋明政務官は「現に居住している市区町村と認めていただけるように、必要な支援が行われるように、総務省としても取り組んでまいりたい」と回答している。

さらに、そうした国会のやりとりも紹介したMBSの情報番組ミント(5月26日放送)の番組の最後に、人権問題などに詳しい南和幸弁護士(大阪弁護士会)がこうコメントしている。

「給付金について、ホームレスの人だから受け取る権利がないというのは間違いです。ホームレスに人にも受け取る権利がある。住民票のあるなしは、権利のあるなしの問題ではなく、どのように受け取るかの手続きの問題でしかない。それについて、この住民登録があるないだけで、権利があるなしかのように取り扱うのは間違いで、総務省は形式的な答弁だけではなく、実際ホームレス状態にある人に、どのように今回の給付金だけではなく、補償などを行き渡らせていくかという抜本的な問題を突きつけられていると思う」。


◎[参考動画]仕事も住民票もないホームレスたちに“10万円”は届くのか…「西成・あいりん地区」で弁当配り見守る女性の活動(2020年5月26日放送 MBSテレビ「Newsミント!」内『特集』より)

◆住民票を持てない人を大量に生んだのは行政の無策
 

コロナで炊き出しが止まっため始めたお弁当作り、炊き出しが再開したため個数は減ったが、日曜日以外は毎日続けられている

日雇い労働者が多く住む釜ヶ崎では、ドヤ(簡易宿泊所)に住む人、ドヤと飯場を行き来する人など居住形態はさまざまだが、かつてはどんなに長く同じドヤに住んでも住民票が置けなかった。しかし労働者は仕事に必要な免状や白手帳(日雇い雇用保険)を取得するため、住民票が必要になる。そこで大阪市や西成警察は、釜ヶ崎地域合同労組などが入る「釜ヶ崎解放会館」などに住民票を置けばいいと労働者に勧めてきた。解放会館には最高時、5000人もの労働者が住民票を置いていた。ところが2007年、大阪市は2088人の住民票を突然強制削除してきた。しかもその後も放置したままだ。そうした大阪市の無策こそが、現在も大勢の野宿者に住民票のない状態を強いていることを忘れてはならない。

また大阪市は、公園などから野宿者を閉め出す行政代執行などを行う際には、朝、昼、晩かまわず野宿者のテントを訪れ、ネチネチと長時間、公園から出るよう「説得」にあたってきた。昨年閉鎖された「あいりん総合センター」の周辺に野宿する人たちを、裁判に訴え追い出すため、大阪府と市は、野宿者のもとを訪れ執拗に名前などを聞き出し「債務者」に特定してきた。野宿者を追い出すときには必死で本人確認するくせに、給付金支給の際には「住民票ないから渡せない」とは、そんな勝手は断固許さん。
 
◆「給付実施要領」から逸脱する住民票の有無

総務省の6・17「通達」でも、「住民票の確認」が給付の条件から外されず、ネックになったままだ。これは「あまねくすべての人びとに」の論理から逸脱する行為ではないのか。国と大阪市は、いつまでも住民票の有無に固執せず、住民票をとれない人達への様々な給付方法を駆使していくべきだ。例えば、市民局は、野宿者らに住民登録されれば給付金の給付対象となることを「周知を図る」と回答しているが、周知するその場で野宿者の名前、本籍地などの確認作業を行えばいい。

国と大阪市は住民登録にこだわる理由について「二重払い」を防ぐためという。しかしこれは、わずか1.5%の生活保護の不正受給率を取り上げ、生活保護バッシングに躍起になる連中の発想と同じで、野宿者、住民票を持てない人は「犯罪を起こす人」という極めて差別的な発想が根底にある。実際の「不正受給」の内容は、子どものバイト代を申告しなかった、働いた日数を2日ごまかしたレベルのものが多い。本来厳正に取り締まるべきは、それよりはるかに膨大な金額を不正に集める「囲い屋」など貧困ビジネスの連中の方だ。実際、今回の給付金でも彼らは、あの手この手で労働者からむしり取ろうとしているぞ。

ここに住む野宿者は、どうにか田舎から戸籍謄本を取り寄せることが出来そうだと話した

◆松井市長はまじめに仕事をしろ!

大阪市の給付金給付率は、現在わずか3.1%で全国最下位だ。都構想実現のために大阪副都市推進局には府市あわせ80人以上もの職員を配置するくせに、給付金担当の市民局には18名しか配置していない。先日の交渉で「18名の職員はどこにいるか?」と尋ねたら「非公開です」と回答された。市民から逃げ回るようなコロナ対策では、全国最下位になるのも当然だ。松井市長に至っては「今回をきっかけにぜひ、ホームレスから脱却してもらいたい」という始末。何を寝ぼけたことを言っているのか? 今回の給付金は「ホームレス脱却」のためのものではないぞ。もちろんこれを契機に住民票をとり生活保護を受けるのは個人の自由だ。しかし生活保護を受けたくない人、様々な理由で住民票を取ることを拒む人に、住民票の取得を強要することなどあってはならない。

松井市長には、総務省「給付金実施要領」を一から読み直してから出直してもらいたい。不必要、しかも市火災条例違反の疑いを指摘される山積みの雨合羽で市役所を埋め尽くし、その整理で職員を疲弊させたうえに、給付金でさらに職員を追い込むようなことはするな!

一方で、「納税しない人間に給付金支給するな」などと的外れな批判をする人もいる。今回の給付金はオギャーと産まれた赤ちゃんにも払われることを知らないのだろうか。納税していない赤ちゃんも産まれてすぐに「コロナ禍」に放り込まれるのだから、支給されて当然だが、ならば長年、建設現場など社会の末端でこき使われ、働けなくなったらポイと捨てられ、あげく野宿に追い込まれた人が、住民票がないだけの理由で支給対象から外されるなんて理不尽すぎるだろう。

第2、第3のコロナ禍が吹き荒れたあと、膨大な数の人々が野宿状態に追いやられるのは想像に難くないが、今回の給付金支給を、住民票をもたない、もてない人たちにどこまで行き渡せることが出来るかの闘いは、コロナ後の社会をどう作っていくかの問題にもつながるだろう。全国の皆さんにご注目頂きたい!

▼尾崎美代子(おざき みよこ)

新潟県出身。大学時代に日雇い労働者の町・山谷に支援で関わる。80年代末より大阪に移り住み、釜ケ崎に関わる。フリースペースを兼ねた居酒屋「集い処はな」を経営。3・11後仲間と福島県飯舘村の支援や被ばく労働問題を考える講演会などを主催。自身は福島に通い、福島の実態を訴え続けている。
◎著者ツイッター(はなままさん)https://twitter.com/hanamama58

月刊『紙の爆弾』2020年7月号【特集第3弾】「新型コロナ危機」と安倍失政

〈原発なき社会〉をもとめて 『NO NUKES voice』Vol.24 総力特集 原発・コロナ禍 日本の転機

◆コロナ禍、「命の危機」はすべての人に平等か?

今回のコロナウイルス禍について「全世界的に平等に降りかかり、階層もなく命の危機にさらされた」という学者がいた。確かに亡くなった人の中には、志村けんさん、岡江久美子さんなど経済的余裕のある人がいたのも事実だ。しかし、本当に「命の危機」は階層とは全く関係ないだろうか。

3・11の福島第一原発事故で放出された放射能は、地域の差はあれ、そこに住む全ての人々に平等に降りかかりはした。しかし、その後の個々の対応、とりわけ人体に多大な健康被害を及ぼす放射能を回避する方策については、階層及びそれに伴う経済的差異や地位によって、明らかな差が生じた。

もちろん避難や移住が経済的理由だけで決まった訳でないことは、家族を被ばくから守るため、着の身着のままで避難する人たちが多かったことからも明らかだ。しかし一方で、避難指示が解除された後、経済的理由などで泣く泣く線量の高い故郷に帰らざるを得なかった人たちがいたことも事実だ。

放射能もコロナウイルスも、全ての人に平等に降りかかりはするが、それをどう回避するかの条件は、全ての人に平等に与えられている訳ではないということだ。

毎日店の前を台車で通るAさんは、コロナウイルスが流行っていることすら知らなかった

◆「すべての人に給付金10万円を」

コロナ対策で、政府が全ての人を対象に唯一決まった10万円の特別定額給付金は、複雑難解な当初の30万円給付金案から、より「簡素な仕組みで迅速に」「一日もはやく手元にとどけ」との目的で変更された。それは一刻も早く届けないと、命の存続にかかわる事態に追い詰められている人たちが多数いるからだ。

私の住む釜ヶ崎では、建設現場の相次ぐ閉鎖で仕事が減ったうえ、GW前から、地区内のいくつかの炊き出しが中止となった。

空き缶、銅線、鉄を集めて、1日約千円にしかならない。開放会館に置かれていたCさんの住民票は、2007年強制削除された

カンパで頂いた米、食材を使い、1日7個~10個を順番に配っている

そんななか、「どうしたら、野宿者らにも10万円を渡すことができるか?」と考えながら私は、マスクと弁当を野宿者らに配ろうと考えた。GW突入と自粛要請が重なり、店も暇になり、時間も出来たし、ちょうど同じころ、マスクや米などのカンパが届いたからでもある。

とはいえ、仕事合間に1人でやることなので、数は1日10個前後としれている。店の近くを台車で通る人数人、閉鎖されたセンターのシャッターの下に野宿する人たちに、毎日順番に配ることにした。

マスク、弁当を渡しながら、10万円給付金を受け取る条件となっている「住民票」の有無などの話を、本人から聞き出すことも目的の一つだった。

同上

店の近くを日に何回も行き来するAさんに初めてマスクを渡すと、Aさんはきょとんとしていた。考えたらAさん常に1人、他の人と話すこともなく、携帯やテレビで情報を得る環境もない。「コロナウイルスという危険なウイルスが流行っているから、マスクして」と伝え、毎日弁当を届けた。

そのうち、Aさんは少しずつ話すようになった。きっかけは10万円給付金の話。「10万円、貰えるんか? 本当か?」。そしてAさんは私に年齢、名前、住民票は府内某所に置いたままだと話した。

もう一人、同じく毎日店の前を通るBさんは、50代で病気を患い、生活保護を受けたが、運悪く「囲い屋」に囲われてしまったようだ。Bさんは「囲い屋」とは言っていないが、住民票の話になると、必ず「前に生活保護受けた部屋に置いたまま」と暗い表情で悔しそうに話すため、私がそう考えたのだ。

センター近くでアルミ缶、鉄、銅線などを集め、1日約千円を凌ぐCさんにも住民票がない。聞けば、2007年釜ヶ崎開放会館に置かれていた2088人の住民票が、大阪市に強制削除された際の犠牲者の一人だった。またセンターに野宿する50前後の若い男性は、6年前働いていた会社の寮に、他にも以前住んでいたドヤやアパートに置いたままの人が多い。さらに多くの人は住民票をもっておらず、本籍地に戻された住民票を移すにしても、自分を証明するものが全くない人も多数いた。なお「10万円はいらんわ」という人も数名いた。

自転車に山ほど積まれた空き缶、アルミの値段が下がり、以前はこれで2200円あったが、今では1800円に

◆10万円給付金、「現に居住している場所」で受け取れるように!

決まった場所に定住する野宿者だけでなく、荷物を積んだ台車を押しながら、あちこち点々とする野宿者も多い

大阪出身で元松竹芸能所属のお笑い芸人だった清水忠史(ただし)衆院議員が、Twitterで5月18日、「19日の衆院財務金融委員会で質問にたちます。新型コロナウイル禍で、いかにして個人事業者や生活困窮者に支援するのか、財務省、経産省、厚労省の見解をといます」と呟いていた。一方、私たちは、4月28日西成区役所に要請を行っていたが、区役所から「給付については大阪市役所市民局が行う」と返答されたため、5月8日仲間と大阪市役所に向かい、「10万円定額給付金が、住民票を持ってない人にも必ずわたるように」との要望書を提出していた。しかし1週間後の15日夜遅くに届いた返答は「あと1週間回答を待ってほしい」とのことだった。

「野宿者らに本当に10万円届くのか」。不安になった私は、藁にもすがる思い、そしてダメ元で、清水議員にDMを送った。「大阪市は10万円給付金、とにかく住民票のある人と言っていますが、私たちはずっと野宿者など住民票取れない人にも本人確認して渡して、と訴え続けています。明日の質問にちょっとそのことも質問してもらえないでしょうか。ご検討をお願い致します」。

律儀にすぐに返答があった。翌日「確認したいことがあります」と連絡があり、携帯番号を伝えたところ、すぐに連絡が入った。電話で私は、釜ヶ崎の野宿者の置かれた厳しい現状、とりわけ住民票を移すにも、自分を証明するものが全くない人が多数いること、大阪市はそれまで、住民票の取れない労働者に対して、解放会館などで住民登録することを勧めてきたくせに、2007年2088人の住民票を強制削除した件などを説明した。

清水議員は、20日「地方創生に関する特別委員会」で、新型コロナ禍での生活保護制度の運用や、1人10万円の特別定額給付金の問題をとりあげ、質問したようだ。委員会終了後、「総務省とのやりとりで、2007年の『事件』も含めて伝え、大阪市では簡単に住民登録ができないこと。こうした人たちをどのように救済するかが問われていることを指摘したところ、総務省政務官は『現に居住していることを市区町村に認めてもらえるように取り組む』と答弁した」とメールが届いた。

これを先に進めたら、野宿者の人たちにも10万円が手渡せるはずだ。もちろん私たちの要請行動も引き続き行っていくが、それに加えて議員やマスコミへの働きかけなど様々な形で、「住民登録」のみに固執し続ける国、行政の考えを改めさせなくてはならない。

ある税理士さんがこう呟いていた。「確かに給付対象は住民登録者とされている、でもこの規定は支給の便宜を考えてのもの。目的が国民の生活費支援である以上、最もこれを必要としてる彼ら(住民票のない路上生活者)の除外は許されっこないね。役所は住民票でやり方が楽なんだろうけど、少しは汗かきなよ」。

今回の10万円給付金の目的(理念)は、コロナ禍で生活に困窮した人たちを助けるためだ。その支給の「便宜」のため、戦術として住民登録が選ばれただけだ。ならば、国は再度立ち止まって、その目的(戦略)のために何ができるかを必死に考えるべきだ。「オギャー」と産まれたばかりの赤ちゃんも、すぐにコロナ禍に放り込まれるのだから、10万円給付は当然だが、これまで何十年も、日本経済の末端で、それこそ汗水流して働いてきた労働者が、いまは野宿で住民票ないからと10万円受け取れないなんて、余りに理不尽だ!国と行政は、すべての野宿者、住民票を持たない人にも10万円が渡るよう、必死に動き汗水を流せ!

センターが閉まったため、水飲み場はどこも洗濯、シャンプー、ひげそりなどする野宿者で混んでいる

※コロナ禍をめぐる釜ヶ崎のこうした現況について、MBS(毎日放送)の情報番組「ミント!」が本日5月26日(火)18時15分頃から報じる予定です。関西の皆様、ぜひご覧ください。

▼尾崎美代子(おざき みよこ)

新潟県出身。大学時代に日雇い労働者の町・山谷に支援で関わる。80年代末より大阪に移り住み、釜ケ崎に関わる。フリースペースを兼ねた居酒屋「集い処はな」を経営。3・11後仲間と福島県飯舘村の支援や被ばく労働問題を考える講演会などを主催。自身は福島に通い、福島の実態を訴え続けている。
◎著者ツイッター(はなままさん)https://twitter.com/hanamama58

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『NO NUKES voice』Vol.23 総力特集〈3・11〉から9年 菅直人元首相が語る「東電福島第一原発事故から九年の今、伝えたいこと」他

◆コロナウイルスに真っ先に感染したのは、あいりん職安の職員!

窓も締め切り、3密状態だったセンター(仮庁舎)。危険性を指摘され、表で待つように変わった

猛威を振るう新型コロナウイルス禍が、日雇い労働者の町・釜ヶ崎にも様々な悪影響を及ぼしている。地区内のいくつかの炊き出しが中止になり、食事回数が減った人たち、仕事が無くなりドヤを出された人……。今後、職や住まいを失った人、ネットカフェから出された人たちが、釜ヶ崎に多数集まってくるだろうが、そうした野宿者・困窮者の最後のセーフティネットであった「あいりん総合センター」(以下センター)も、昨年4月24日に以降、強制的に閉鎖されたままだ。

大阪維新が牛耳る大阪府政・市政は、吉村知事、松井市長ともどもメディアに出まくり、「やってる感」を演出するが、とりわけ釜ケ崎に関してのコロナ対策は全てにおいて後手後手にまわっている。

厚労省管轄の西成労働福祉センター(南海電鉄高架下に仮移転中)のトイレに石鹸がなかったことについて、「働き人のいいぶん」(行動する働き人発行)で何度も注意され、ようやく置かれるようになったし、同じく労働福祉センターの「特別清掃事業」の輪番紹介時が非常に混雑し「3密」状態だったが、こちらも釜ヶ崎地域合同労組が、チラシや情宣で危険性を訴え続け、ようやく解消されることとなった。

それだけコロナ対策に無頓着、無関心だからか、釜ヶ崎内で最初に感染が確認されたのは、3月末まであいりん職安に勤務していた4人の職員だった。直接ではないにしろ、感染した職員の任務が労働者に対応する業務であったため、感染を労働者に広めた危険性は拭えない。

◆「3密」状態のシェルターの閉鎖し、センターを開けろ!

シェルター内部

大阪府と大阪市は、昨年4月24日、センターから強制的に労働者を排除し閉鎖したが、その代替場所として「広場」(「新萩の森公園」予定地)、NPO釜ヶ崎支援機構の運営する「禁酒の館」「無料休憩所」「シェルター」(夜間一時避難所)、そして「あいりん職安」の待合室などを挙げていいた。

吹きさらしの空き地にテントを建てただけの「広場」は別として、他の施設はコロナウイルス感染拡大の条件となる「3密」状態になるのではと懸念し、釜ヶ崎地域合同労組、釜ヶ崎医療連絡会議、釜ヶ崎センター解放行動らが、これらの施設を閉鎖し、広くて風通しの良い「センターを解放しろ」と要求し続けている。

◆10万円をすべての釜ヶ崎の労働者に渡せ!

前述したように、釜ヶ崎のいくつかの炊き出しが止まったこと、仕事が減ったことで、今日明日食うことにも困る労働者が増えている中、4月28日釜合労や釜ヶ崎公民権運動の仲間が、10万円の「特別定額給付金」について、西成区役所に対策を聞きに行ったところ、「まだ窓口も決まっていない」との返答であった。

今回の10万円給付については、住民票の住所と違う場所に住むDV被害者が、別住所で受け取ることができるようにする、住民基本台帳にも記載がない無戸籍者に対しても自己申告により給付可能となる措置が取られるなど、評価できる措置もとられている。しかし釜ヶ崎においては、更に深刻な問題がある。

そもそも釜ヶ崎などで日雇い労働に従事していた人たちは、長年飯場を渡り歩く者、飯場とドヤを行き来する者、ドヤから日々現金仕事に就く人など様々な就労形態を持っており、決まったアパートなどで住民票を取っている人は少なかった。

また様々な事情で故郷の家族の元を去らざるを得なかった人、連絡を取りづらい人、債務などを抱えて行方をくらました人など住民票が取れない状態に置かれた人も少なくない。

一方で現実の生活では、日雇い労働者の失業保険である「白手帳」、運転免許証や仕事に欠かせない各種免状を取得するために住民票がどうしても必要になってくる。当時はどれだけ長く居住していても、ドヤでは住民票が取れなかったため、困った労働者らが役所などに相談したところ、西成区役所は、便宜的に釜合労が入る解放会館などに住民票を置くことを勧めてきた。そのため解放会館の住所には最高時で5000人を超す人が住民票を置いていたという。

しかしこれらの住民票が2007年、突然強制的に削除された。「居住実態がない」というのか行政側の理由だったが、そもそもそれを承知の上で西成区役所、西成警察署、あいりん職安は「住所がなければ、釜ヶ崎解放会館に行ったら住民票がおけるから、解放会館にいけばいい」と、何十年間も労働者に言い続けてきたのではないのか?

住民票がなければ、給付金の申込書を受け取ることができない。今回も便宜的に解放会館などに住民票を移そうとしようにも、自分を証明するものを全く持っていない人も非常に多い。

ちなみに筆者がセンター周辺に野宿する人たちにマスクを配布しながら、住民票や、自分を証明するものの有無などについて聞き取りを行ったところ、昨年の4月24日、機動隊と国、大阪府の職員により、センターから強制排除された際、センター内に置いたままの荷物を、翌25日に返して貰えなかった男性がいたことがわかった。荷物には危険物取り扱いやクレーンなど、本人を証明する大切な免状が入っていたという。

大阪府は「センターの中に残っているものを返せ」と大きな声を上げた釜合労には、立て看などを返しに来たが、声を上げれない労働者には泣き寝入りを強いるのか。

◆国と行政は、責任持って野宿者に10万円給付金をとれるようにしろ!

総務省は、4月28日付けで「ホームレスなどへの特別定額給付金の周知に関する協力依頼について」との通知を出し、支援団体に対して、住所の認定されにくい野宿者らへの周知、支援を要請した。

しかし、役所は野宿者を強制排除する際には、早朝、夜を問わず、執拗に野宿するテントや小屋を訪ね、氏名や住所などを聞き出しているではないか。2016年花園公園から野宿者を排除した時もそうだったし、今回センター周辺で野宿する人たちのテント、段ボールの前に打ち付けられた「公示書」にも、役所がしつこく聞き出したために、明らかになった野宿者の名前が記されている。

ならば今回も10万円が全ての野宿者、住民票のない人に渡るように最善を尽くせ!勝手に人の住民票を台帳から削除した大阪市役所よ、1人も取り残すなよ!

テント前に打ち付けられた「公示書」には、役人が労働者を騙して聞き出した名前が記されている

▼尾崎美代子(おざき みよこ)

新潟県出身。大学時代に日雇い労働者の町・山谷に支援で関わる。80年代末より大阪に移り住み、釜ケ崎に関わる。フリースペースを兼ねた居酒屋「集い処はな」を経営。3・11後仲間と福島県飯舘村の支援や被ばく労働問題を考える講演会などを主催。自身は福島に通い、福島の実態を訴え続けている。
◎著者ツイッター(はなままさん)https://twitter.com/hanamama58

最新月刊『紙の爆弾』6月号 【特集】続「新型コロナ危機」安倍失政から日本を守る

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◆あとを絶たない野宿者襲撃事件

3月25日深夜、岐阜市内の伊自良川の河川敷で野宿する81歳の男性が、何者かに石をぶつけられたり、暴行されたりして亡くなった。「知人が数人の男に蹴られた」と110番通報した女性は、男性と20年前から野宿生活を共にしていた。このような痛ましい襲撃事件があとを絶たないのは、なぜだろうか。

1983年、横浜市の公園などで次々と起こった襲撃事件で逮捕された少年らは、取り調べで「町を綺麗にするため、ゴミ掃除しただけ」などと供述した。

大阪では、2012年年10月1日、JR大阪駅近くの高架下で、野宿していた男性(当時67歳)が襲撃され、死亡する事件が起きたが、2014年大阪地裁で始まった裁判で、少年の1人は、「家を出てバイトに明け暮れていたため、たまに会う遊び仲間と憂さ晴らししようと襲撃を計画した」などと証言した。

◆釜ヶ崎の「安全・安心なまちづくり」は、誰を守るのか?

釜ヶ崎では、元大阪市長の橋下徹氏がぶち上げた「西成特区構想」のもと、「安心・安全なまちづくり」が進められている。2014年から始まった「まちづくり検討会議」の座長を務めた学習院大学教授・鈴木亘氏は、当時の釜ヶ崎についてインタビューで「どん底でしたね。ホームレスが溢れ、不法投棄ゴミが散乱し、昼から酒飲んで立ち小便している。町全体が臭気のドームでした。すべての社会問題を放り込んで、フタしてグツグツ煮えたまま放置されてる、まさに闇鍋状態。衰退しきったスラムでした」と憎悪と非難を露わにしていた

その後、「覚せい剤撲滅」「不法投棄の防止と啓発」「迷惑駐輪の防止と啓発」などを目的とした「5ケ年計画」で、警察官の増員や監視カメラの増設が実施され、西成警察主導の「あいりんクリーンロードキャンペーン」が始まった。驚くのは、パレードで訴える「町をきれいにしよう」「ゴミをなくそう」のスローガンが、野宿者を襲撃した少年らが口にした言葉と同じことだ。

パレードのあと参加者に飲み物や下着が配られる。後ろに手を組む作業服姿の警察官が、労働者を怒鳴る場面も

3月28日「センター開けろ!」と訴える集会とデモには約80名が参加した

◆2度目の不当逮捕

「安心・安全なまちづくり」を進める「まちづくり会議」では、一方で「あいりん総合センター」(以下センター)を解体した広大な跡地をどう使うかの話が進められている。昨年12月末、センターに入っていた「西成労働福祉センター」と「あいりん職安」(現在は、隣接する南海電鉄高架下に仮移転中)などの労働施設を、跡地の南側に作ることが決まった。便利で使い勝手の良い北側には、屋台村構想や、タクシー、観光バスの駐車場を作るなどの意見が上がっているという。

問題なのは、南側に建てられる労働施設の青写真に、もとのセンター内にあったシャワー室、娯楽室、足洗い場、洗濯場、昼間ごろりと横になって休息できる場所など、生活困窮者や野宿者のセーフティーネットとなる機能が一切備えられてないことだ。つまり野宿者、生活困窮者はいっそう過酷な状況に追い込まれることになる。

そうしたセンターの解体に反対し、「センター閉めるな!」「シャッター開けろ!」と訴えている仲間4名が、3月4日逮捕された。昨年11月、5月30日に監視カメラに手袋を被せ、撮影不能にしたという「威力業務妨害罪」での逮捕と同様だ。今回は昨年11月、逮捕された4名のうちの2名と、6月4日の件で逮捕された2名を加えての4名逮捕である。昨年は、逮捕後すぐに釈放されたが、その後検察の任意聴取や出頭要請に応じなかったことが、今回の逮捕の理由だ。4人はそのため大阪地検に直接逮捕され、地検で取り調べられたのち、大阪拘置所に移送され、翌日起訴されたのち、前回同様、検察の勾留請求、準抗告がいずれも棄却され、釈放された。

大阪地検は、なぜ2度も同じ失態を繰り返すのか?そもそも監視カメラにレジ袋や手袋を被せたことが「威力業務妨害罪」にあたるのか?昨年の逮捕後、勾留請求、準抗告を繰り返す検察に「こんな微罪で起訴なんて」と呆れた裁判官もいたと聞いたが、同じ容疑で、なぜ今回起訴できたのか?

監視カメラの増設に使われた費用は約1億2700万円

◆監視カメラと不当逮捕の狙いは?

逮捕された1人、釜ヶ崎地域合同労組の稲垣浩氏は、2015年、組合が入る解放会館前に設置された監視カメラを違法と訴えた裁判で勝利し、撤去させている。裁判を担当した大川一夫弁護士は「監視カメラの監視はプライバシー権を侵害するので一定の要件を満たしたときしか許されない。しかしある監視カメラはこの要件を満たしていないから違法であるとして撤去を命じたのである」と解説する。

また2016年7月の参院選前後に大分県別府警察署が、野党の支援団体が入る私有地に無断に監視カメラを設置した捜査方法を違法だとして抗議する、日弁連の会長声明の中でも、こう説明されている。「殊に、宗教施設や政治団体の施設等、個人の思想・信条の自由を推知し得る施設に向けた無差別撮影・録画は、原則的に違法である。このことは、労働運動等の拠点となっている建物に向けた撮影・録画を前提とせずに単なるモニタリング(目視による監視)の目的で設置されただけの大阪府警の監視カメラの撤去を命じた大阪地裁平成6年4月27日判決(その後、最高裁で確定)からも明らかである」。

朝、「特掃」の輪番を待つ人達でごった返す西成労働福祉センターの仮庁舎内。高齢者が多い

今回逮捕のきっかけとなった監視カメラは、もとは南海電鉄高架下のセンター仮庁舎の東側の道路と駐車場に向けて設置されていた。現場は、早朝から多くの労働者が仕事を求めて集まるが、「特掃」(高齢者特別清掃事業)の輪番紹介が始める8時過ぎには高齢者も含めてごったがえす場所だ。しかも、約200メートルの道路には信号機もなく、警備員が「車来るぞ!」と声をかけあうだけ。そうした危険な場所を監視し、事故など起きた場合に備えて設置された監視カメラが、ある日「センター開けろ」と訴える人たちの団結小屋に向きを変えられた。

それについて釜合労や釜ケ崎公民権運動が抗議し、説明を求めたが、大阪府は「センターを管理するため」というだけだった。しかし、センターのシャッター前で野宿する人たちが何者かに襲撃されたり、テントに火をつけられても、犯人は一向に逮捕されてはいない。あれだけ鮮明な画像を証拠に仲間を逮捕したくせに、ほかの犯人は分からないというのか。こうしたことからも、監視カメラが狙うのは「センター閉めるな」「シャッター開けろ」と訴える人たちを監視し、威圧するためのものであることは明らかだ。

しかも新型コロナウイルスの感染拡大が懸念される今、気密性が高く換気が悪い上、狭い場所に大勢の人たちを詰め込むシェルターなどではなく、広々として通気性の良いセンターなどを、早急に開放することが必要だ。

新型コロナウイルス感染拡大を防ぐための自粛要請の影響で、今後仕事をなくし路頭に迷う人たちが、リーマンショック後より遥かに多いと予測されるが、そうした生活困窮者が最後の拠り所として集まってくるのが、釜ヶ崎だ。そのような釜ヶ崎で、「町をきれいにしよう」「ゴミをなくそう」と訴える「安心・安全のまちづくり」キャンペーンにより、野宿する人たちが、ふたたび少年らに襲撃されてしまうようなことが起こってはならない。

JR大阪駅の高架下で野宿者を襲撃した少年の1人は、 野宿者を「俺たちと全く違う世界の人間と思っていた」と証言したが、それは違う!「野宿者も私たちと同じ人間。差別や排除してはいけない」。そう教えていくのが、私たち大人の責任だ。

▼尾崎美代子(おざき みよこ)

新潟県出身。大学時代に日雇い労働者の町・山谷に支援で関わる。80年代末より大阪に移り住み、釜ケ崎に関わる。フリースペースを兼ねた居酒屋「集い処はな」を経営。3・11後仲間と福島県飯舘村の支援や被ばく労働問題を考える講演会などを主催。自身は福島に通い、福島の実態を訴え続けている。
◎著者ツイッター(はなままさん)https://twitter.com/hanamama58

タブーなき言論を! 月刊『紙の爆弾』2020年4月号

『NO NUKES voice』Vol.23 総力特集〈3・11〉から9年 菅直人元首相が語る「東電福島第一原発事故から九年の今、伝えたいこと」他

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