厚生労働省が昨年10月16日、「健康な食事」に関する珍妙な報告書を発表している。

報告書の主旨はこんな感じだ。
「この度、『日本人の長寿を支える「健康な食事」のあり方に関する検討会』(座長:中村丁次神奈川県立保健福祉大学学長)の報告書を取りまとめましたので、公表します。 本検討会は、日本人の長寿を支える「健康な食事」とは何かを明らかにし、その目安を提示し、普及することで、国民や社会の「健康な食事」についての理解を深め、「健康な食事」に取り組みやすい環境の整備が図られるよう、平成25年6月より検討を行ってきました。 」とのことだが、この報告書、記述のあちこちに怪しい箇所が満載されている。

◆まったく整理されていないのに無理やり「整理」の非現実

その内容は、
【主なポイント】
1)日本人の長寿を支える「健康な食事」のとらえ方を整理
「健康な食事」とは何かについて、健康、栄養、食品、加工・調理、食文化、生産・流通、経済など多様な側面から、構成する要因を踏まえ、整理。

2)生活習慣病の予防に資する「健康な食事」を事業者が提供するための基準を策定
食事摂取基準(2015年版)における主要な栄養素の摂取基準値を満たし、かつ、現在の日本人の食習慣を踏まえた食品の量と組合せを求め、1食当たりの料理を組み合せることで「健康な食事」の食事パターンを実現するための基準を策定した。この基準は、食事を提供する事業者が使用するものである。事業者は、この基準を満たした料理を市販する場合にマークを表示することができる。

3)「健康な食事」を普及するためのマークを決定
市販された料理(調理済みの食品)の中で、消費者が「健康な食事」の基準に合致していることを一目で分かり、手軽に入手し、適切に料理を組み合わせて食べることができるよう、公募によりマークを決定。

とされている。医療・健康に関する厚生労働省の施策に長年疑念を感じているひねくれ者の私は、ご指導を頂いたからといって「はい そうですか」と有難く盲従する気はさらさらない。

でも、国が定めればその指針を信用・信頼して食生活を考えたり、何を食材として購買するかの参考とされる方も少なくないであろう。

【主なポイント】にはその記述からして、怪しい箇所がいくつか見受けられる。

1)は「健康な食事」とらえ方を整理とある。つまり「健康な食事」を定義しているのだが、その中に「健康、栄養、食品、加工・調理、食文化」とあるのは肯けるが、「生産・流通、経済など」と「経済」が入っている。ここでいう「経済」は生活者の「経済状況」ではなく、国や地域の「経済」を指すことは報告書の全文を読めばわかる。健康食と「経済」の結びつきに「経済が第一」を叫ぶ安倍政権下でなされた「報告書」の暗部を感じる。厚生労働省が示している「日本人の長寿を支える『健康な食事』を構成している要因例」では「健康な食事」を示しているはずなのに、それを構成する要素をまとめる項目は3つで、「自然」「社会・経済」「文化」とされていて、中でも中心に「社会・経済」が描かれている。表題、あるいは図表全体が示す内容と「社会・経済」には相当な乖離がある。

◆乱暴であいまいな「健康食」指定がなされる危険性

また、2)から導かれる、3)の「健康な食事」を普及するためのマークを決定 に至ってはかなり乱暴な「健康食」指定がなされることを示しており、警戒が必要だ。

「健康な食事」の普及のためのマーク(厚生労働省)

ここに示したような「健康な食事を普及するマーク」が4月から店頭に登場することになる。ところが、このマーク使用にあたっての厚生労働省の基準は以下の通りだ。

(1)マークの対象とする料理
対象とする料理は、市販される1食当たりの料理(調理済みの食品)であり、外食や給食など提供される場所、パック詰めやパウチ詰めなど提供される形態を特定するものではない。仮に基準を満たしても、1食分となってないものは対象とはならない。また、特定の保健の用途に資することを目的とした食品や素材は使用しないこととする。

(2)マークの表示に当たっての留意事項
事業者は、マークの適切な普及のために、主食、主菜、副菜を組み合わせて食べることなど、マークの意味することについて、消費者に適切に情報提供できる体制を確保すること。
○ 事業者は、マークとともに、おいしさや楽しみを付与するために工夫している旬の食材や地域産物の利用などの情報について積極的に提供すること。
○ 事業者は、マークの表示に際して、おいしさや楽しみのために工夫した食材の特徴があれば、あわせて、分かりやすく表示すること。
事業者は、基準に合致したレシピの作成など、「健康な食事」に関する企画や運用に当たって、管理栄養士などの関与により、適切に実施できる体制を確保すること。
国は、マークの普及状況をモニタリングする観点から、事業者のマークの使用状況について、国に報告する仕組みを構築すること。この他、基準を満たすためのそれぞれの食品の重量は、生の重量を基本とし(ただし主食においては、調理後重量を基本)、栄養素の量は、成分分析値でも食品標準成分表からの計算値でも構わないこととするなど、基準の運用に必要な事項の詳細は、今後、別途作成するガイドラインに示すこととする。

赤や青文字部分が多くて恐縮だが、要するに「売る人間の判断で、国や公的機関の検査もなく勝手に」利用できるのが「健康な食事を普及するマーク」であるということだ。「何の検査も審査もなく誰でも勝手にお使いください。国は制度は作りますが責任は取りません」という恐るべき制度である。

仮に私が弁当屋を開業して、自家商品を売る際に「勝手」に張り付けたり、印刷しても構わない、それが「健康な食事を普及するマーク」である。マクドナルドだって利用するかもしれない。

◆「国民の生命・健康」という最低限の責任すら取らない官民ビジネス

よくまあこんな無責任をお役所が許すものだと呆れるばかりだ。「国は、マークの普及状況をモニタリングする観点から、事業者のマークの使用状況について、国に報告する仕組みを構築すること」などと呑気に言い訳のように付け足しているけれども、この「健康な食事を普及するマーク」は使用開始前から「何の保証も安全も担保されない、無責任な制度」であることを認識しておく必要がある。

コンビニエンスストアやスパーマーケットの店頭にはやがてこのマークが並ぶことだろう。本当に食材の内容や新鮮さ栄養バランスに自信のある生産者は、こんないい加減な制度は、むしろ無視するのではないだろうか。私が自信を持った商品の提供者ならこんないい加減なマークを付けるのは「恥」だから絶対に利用しない。いい加減な商品としっかり作った商品を混同されてはかなわない。

「官から民へ」の実態をここで垣間見ることが出来る。行政は「国民の生命・健康」という最低限の責任すら取ろうとしなくなっている。

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ

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