「A大学入試、『数学』問題に誤り」。大学入試の出題ミスは大小含め連日報道される。新聞に記事が出ていても読み飛ばす読者が多いだろう。大学の肩を持つわけではないがこと「入試問題」にかけて大学は、その「秘匿性」と「正確さ」にかなりの神経を使っている。努力はしている。それでも「入試問題」の間違いを根絶は出来ない。以前も本コラムで述べたが入試実施の回数が増え、それに合わせた出題を準備しなければならない大学の負担は増すばかりだ。そこで出題者を予備校に依頼している実態もご紹介した。

一般に入試が行われている時間内に現場で大学側から「問題の訂正」や「回答方法の変更」を受験生に伝えることが出来た場合は報道されるような「出題ミス」とは取り上げられない。受験生が試験を終え、会場を後にして関係者が「おい、これ間違いじゃないか」と大学に連絡をよこしてきて、初めて大学が気付いた時に「事件化」する。

◆入学試験は大学の要──だから入試当日、大学関係者は大変!

入試には必ず教室ごとに監督者が数名配置され、受験に関する注意伝達や問題配布を行う。大規模大学の教職員は年度を通して1度(あるいはゼロ回)の監督担当で済ませられるが、小規模大学で受験生の数がそこそこあると、教職員は連日試験監督にあたることになる。「入試課」とか「入試広報課」が教職員の監督配置を決め各人に連絡が来る。私も毎年この時期には連日試験監督に駆り出されていた。

当然の事ながら、監督者も試験会場で初めて試験問題を目にする。受験生が着席し開始5分ほど前までに回答用紙と問題用紙の配布を終え、試験中の注意事項を伝える。試験開始までの数分は特にすることはないので、教壇の上で配布し終えた問題用紙に誤植などがないか目を通してみる。私の勤務していた大学は入試の「英語」は比較的基礎的な力を試す良問が多いのが特徴だった。言い換えればそれほど難しくはないわけだ。開始定刻になると「はい、回答用紙を表に向けてまず、受験番号と氏名を記入してください」とマニュアル通りに伝える。受験生があらかじめ提出している写真と受験票及び本人かどうかの確認に回り、欠席者を記録しておくとしばらくは手が空く。

そこで再び、今度は受験生になりきったつもりで問題を読む。すると「これ、複数形じゃないとおかしいんじゃないか」と長文問題の中に疑問箇所を見つけることがある。静寂な教室内からは連絡できないから廊下に出て、内線電話や携帯から「入試本部」に連絡する。「入試本部」には「問題発生」の際に対応するため必ず出題者が控えている。「3ページの下から5行目の単語です。これ単数ですが、主語が複数だから複数じゃないかなと思うんですが」と要点を伝える。即答はない。「確認して連絡します」ということになり教室に戻る。

私の勘違いで出題に間違いがなければ、「入試本部」から誰から走ってきて「問題ナシ」と書いた紙を手渡される。逆に私の指摘が正しい場合には正誤表と黒板に書く訂正内容、及び受験生に口頭で伝える内容をコピーした紙を息を切らして伝令が持ってくる。訂正箇所を板書し口頭でそれを伝える。

大学内で実施している試験の時はさほど緊張もしないけれども、地方試験で「入試問題」の間違いを見つけると大慌てだ。やはり教室の外に出て携帯電話から「入試本部」に電話をかけ疑問箇所を伝える。この時は電話は切らない。なんせ地方試験は全国で同時に行っているから、もし「出題ミス」なら「正誤」を確認するだけでなく、場合によってはこちらも他の地方入試会場に訂正を伝える「伝令」を担わなければいけない時もあるからだ。不幸にも私の指摘通り「出題ミス」が確認されると、手書きで「正誤表」を作成し教室に控える別の担当者に速やかに手渡し「入試本部」」と調整してこちらから連絡をする会場を決め担当者の携帯電話に大急ぎで電話連絡をする。

と、現場では「ミスがあっても最小限に」という努力が結構真剣に行われていた(当たり前だが)。

◆刑務所、造幣局と大学を繋げる「入試」

ところで「刑務所」と「入試問題」。この二つには深い関係がある。一見無関係な両者だが読者には想像がつくだろうか。

かつて、相当数大学の入試問題は「刑務所」の中で印刷されていた。理由は「刑務所」は問題漏えいの心配が限りなく低い場所だからだ。印刷費用も妥当な額だったと記憶する。「刑務所」内の作業日程を書いたカレンダーにはイニシャルで「A大学納期」「B大学校正」などびっしり日程が埋まっていた。大学の人間が服役中の方と接することはなく、「刑務所」の職員の方とやり取りをするのだが、印刷が終了すると今で言う警備会社の車両で大学に運び厳重に保管されていた。

ある時期を境に、刑務所ではなく印刷は別の場所に移動した。噂程度でしか聞いたことはないけれども「刑務所」から何らかの方法で問題が外部に漏れたような話を耳にはした。

次なる場所はさらに「機密性」が高いところでなければならない。そこで選ばれたのが「造幣局」であるお金を印刷する機械と入試問題を印刷する機械が同じなのかどうかは知らないが「造幣局」での入試問題印刷も歴史は長い。「造幣局」も「刑務所」も納期や印刷の確かさに関しては民間の印刷会社の比ではなく任せる方としては安心度が比較にならない。

「入試問題」の内容は「どのような学生が学びに来てほしいか」を受験生に伝えるメッセージでもある。私には入試問題作成を予備校に依頼したり、「センター試験」の点数だけで」合否を決めるなど、私立大学としての存立自体を否定する行為のように思えてならない。今では少数派になってしまったけれども、私と同じように考える大学関係者もかつては数少なくはなかった。

受験生にとっては苦痛以外の何物でもない「入試」だが、「入試問題」にはそういう裏面の歴史もある。

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ

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