「トシオ、チェノールブ(チェルノブイリの英語訛り)で原発が爆発したよ。どうなるんだい。日本人は広島で原爆落とされたから核のことには詳しいんだろう?」

初めて長期滞在した豪州でチェルノブイリ原発事故を知ったのは事故から何日後だっただろうか。シェアーハウスに住む大学生たちは皆かなり真剣にこの事故を議論していた。ただ、私は語りたいことは山ほどあったけれども当時の語学力がそれには到底及ばなかったので歯がゆい思いをした記憶がある。

豪州の学生たちは「ヒロシマ、ナガサキ」を実によく知っていた。さらに言えば日本ではあまり知られない「ムルロア環礁」での核実験への批判的関心も高かった。原発を持たない豪州においては「原子力」と「核」といった日本語のような恣意的な使い分けはなく「Nuclear」はすなわち「核」を意味していた。

◆広島は地獄だった──被爆した叔父は核と天皇を一生赦さず50代で死んだ

私は法律ではそう分類されないけれども、厳密に言うと「被爆2世」だ。広島市内在住で5歳だった母親は市外に疎開をしていたけれども、きのこ雲を見た記憶が残っていて何度もその話を聞いた。爆心地近くにいた伯父たちは奇跡的に誰も命を落とさなかったが、皆50歳前後で癌を発症して亡くなった。勿論その伯父達は「被爆手帳」を持っていたから亡くなったあとには広島の原爆犠牲者慰霊碑の中にその名前が記されたのだろう。

原体験が親の原爆にあることが作用してか、私にとって「核兵器」や「原発」は理屈以前に忌避、嫌悪の対象だった。

50歳を過ぎて癌を発症し、わずか2か月で亡くなった伯父は財閥系の商社で副社長まで上り詰めていたけれど、「としおちゃんな。天皇(昭和)は絶対許せんよ。何が象徴天皇制だ! おじさんの同級生の中で生き残ったのはクラスで3人だけ。みんな15歳や16歳で死んでもうた。そりゃひどいもんだったよ。原爆の時は何が起きたかわからなかった。下宿が崩れたからね。『地獄』はあんなところのことを言うんやね。そんな戦争を仕掛けておいて、今もノコノコ生きてる天皇は絶対に許せんのよ」と酒を飲めば語ってくれた。癌を発症しなければ次期社長は確実視されていたので「異端の社長」となっていただろうに、直前で亡くなってしまった。

そんな話を豪州の学生連中にしたかったのだけど、言葉の拙さゆえかなわなかった。

◆事故後5年でソ連が崩壊し、30年弱経っても「石棺」化作業は続く

その事故から約30年。チェルノブイリでは事故を終息させるために爆発した炉心を覆った「石棺」と呼ばれるコンクリートがもう既に劣化を起こし出し、「第二石棺」を作る作業が行われているそうだ。こうやって何度も何度も同じようにコンクリート(将来的にもっと防御に優れた材料が開発されればそれ)をひたすら塗り替え難を凌ぐ他に、核から逃げおおせる方法がないということをチェルノブイリは教えてくれている。

チェルノブイリ原発事故の犠牲者数には下は4000人から上は数百万人までと議論があるらしいが、そんな議論にはあまり意味はない。

勿論、死者の数は正確に数えられ、報告されるべきだ。だが、「核」を放棄しない世界秩序の中で「公正中立な調査」などは期待できるはずがない。国連の安全保障理事会の常任理事国(米、仏、英、露、中)は核兵器保有国だし、NPT(核拡散防止条約)などは「不拡散」という表現が示す通り現状の「核」保有を問題にはしていない。「問題にする」どころか、肯定している。

IAEA(国際原子力機関)は核推進派の組織に他ならないし、ICRP(国際放射線防御委員会)はひたすら「安全神話」を構築するための数字のねつ造に忙しいだけだ。NPTは、パキスタンや、イランが核開発を行うと「けしからん!」といきり立つけども、自身が保有する「罪」について省みることなど金輪際ない。

そういう不平等な世界の中で、皮肉にもまだ当時、冷戦構造の片側巨頭であったソ連でこの事故は起こった。後にゴルバチョフ政権で「ペレストロイカ」や「グラスノスチ」が進んだからソ連は崩壊した(1991年12月)という見方も間違ってはいないだろうけれども、ソ連崩壊の原因の1つがチェルノブイリ原発事故であったこともまた事実だ。

◆フクシマ事故を経験した日本がとるべき道はおのずから明らかだ

そう考えれば、「2011・3・11フクシマ」を経験した日本がとるべき道はおのずから明らかだ。この国に住み続けたいのであれば、この国を破滅させたくないのであれば、原発は即時全機廃炉しか選択肢はない。

それに異を唱えるすべての言説は邪論だ。

「経済」だの「保守」だのを口にする連中がどうしてこんな初歩的なことを理解しないのか不思議だ。「経済」も「保守思想」もこの国に住むことが出来るという前提で交わされたり論じたりされる営為ではないのか。

死にそうになったじゃないか。日本が。

そして今も、ギリギリの崖っぷちに立ってるだけじゃないか。

本コラムで紹介した通り東電の廃炉責任者は「正直」に「廃炉が出来るかどうかは分からない」と語っている。

これ以上どんな材料を提示すれば「絶対的危険」に気が付いてくれるというのだ。

原発全機即廃炉が最も国益(私は興味ないけども)に資する選択だ。

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ

◎廃炉は出来ない──東電廃炉責任者がNHKで語る現実を無視する「自粛」の狂気
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◎3.11以後の世界──日本で具現化された「ニュースピーク」の時代に抗す
◎福島原発事故忘れまじ──この国で続いている原子力「無法状態」下の日常
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