◎映画『この世界の片隅に』予告編

アニメ映画「この世界の片隅に」(片渕須直監督)の大ヒットはもはや社会現象のような趣だ。戦時下の広島県呉市を舞台に、広島市から嫁いできたヒロインの女性・すずとその周囲の人たちがけなげに生きる姿を描いたこうの史代の漫画を、片渕須直監督が6年以上費やして映画化。昨年11月、全国で約60館という公開規模でスタートしたが、あらゆる批評家、そして一般の観客たちがこぞって絶賛して評判が広まり、累計観客動員数は100万人を突破。キネマ旬報が選ぶ2016年のベスト・テンでアニメ作品としては28年ぶりの1位に輝き、現在は上映館数も200館を超えている。

私もこの作品を鑑賞したが、何より感銘を受けたのは、登場人物たちが戦時下の過酷な状況を当然のこととして受け入れ、時勢に対して何の不満も言わず、かといって戦局に一喜一憂するわけでもなく、一日一日をただひたむきに生きていたところだった。戦争は怖いとか、いけないことだというのは、今の日本なら誰でもそう思うことである。しかし戦時下はそうではなく、一般の人々の暮らしぶりとは、この映画のようなものだったのだろう。そんなことをしみじみと感じさせられたのだった。

中国新聞1945年8月2日1面。度重なる空襲で呉市民の多くが生命を奪われても日本の優勢が伝えられ続けた

そして私が改めて気になったのが、当時の戦争報道がどのようなものだったのか、ということだった。戦時下において、この映画の舞台となった広島県呉市の人たちの戦争に関する事実認識や考え方は当然、戦争報道によって形成されていたはずだからだ。そこで、広島地方の地元紙である中国新聞の当時の報道を検証してみた。

◆呉で2000人が犠牲になって以後も日本優勢を伝え続けた地元紙

軍港があった呉市は終戦が間近に迫った1945年3月から7月にかけ、計14回の空襲に見舞われ、約2000人の民間人が犠牲になったと伝えられている。しかし、8月2日の中国新聞は1面に、〈本土の戦備・着々強化〉〈機動部隊 艦上機を迎撃 約八七八機を屠る 我軍事施設の被害僅少〉と、このごに及んでもなお戦局は日本が優勢であるかのように伝えている。まさに「世界の片隅」にいて、地元の状況以外は報道で知るしかない呉市の人たちがこんな報道を見れば、呉市はどんなに悲惨でもそれ以外では日本が優勢なのだろうと誤認しても仕方ないだろう。

その後も同紙の紙面には、〈沖縄の基地艦船猛攻〉〈バリックパパン 斬込みで敵陣撹乱〉(以上、8月4日1面)、〈タンダウン、トング―の線で出血戦 ビルマ皇軍勇戦続く〉(8月5日1面)、〈笑殺せよ 爆撃予告 心理的効果が狙ひだ〉(8月5日2面)・・・と日本の優勢を伝える見出しが躍り続ける。そして1面で、〈敵殺傷四千八百余 タラカン島の総合戦果〉と報じている8月6日の午前8時15分、広島市に原爆が投下され、10万人を超す人が生命を奪われたのである。

中国新聞1945年8月9日1面。原爆投下3日後、地元紙が原爆について最初に報じた記事。今思えば見当外れだ

◆映画が再認識させてくれるもの

原爆投下の翌日と翌々日、さすがに中国新聞は発行されなかったが、3日後の8月9日には早くも発行を再開している。ただ、この日の1面では原爆について、〈新型爆弾攻撃に 強靭な掩体と厚着 音より速い物に注意〉と、今思えばかなり見当外れなことを書いている。社説も〈逞しくあれ〉などと訴えているのだが、「そんなのは無理」というしかないだろう。さらに社説の下には、海軍少将・高田利種の〈この戦争・絶対勝つ 秘策着々進む 挫けるな精神戦〉という訓話が掲載されているのだが、よくもこんな無責任なことを言えたものである。

その後も、同紙の紙面には、〈人類の敵を抹殺せよ〉(8月13日1面)、〈水上機母艦を撃沈 潜水部隊、沖縄へ出撃〉(8月14日1面)、〈空母等二艦を大破 敵機動部隊を捕捉猛攻〉(8月15日1面)・・・と、昭和天皇が玉音放送で日本の降伏を伝える8月15日まで勇ましい見出しが躍り続ける。

中国新聞1945年8月16日1面。日本の優勢を伝え続けながら終戦翌日はこんな紙面に……

そして終戦翌日の同8月16日には、1面で大々的に〈大詔渙發・大東亜戦争終結〉〈神州の不滅を確信し 萬世の為に太平を開く 米英支蘇四国共同宣言を受託〉と終戦が伝えられているのだが、今思えば、こんなデタラメな報道がまかり通っていたというのは本当に恐ろしいことである。

報道の自由や言論の自由が大事なものであるというのは言うまでもないことだが、映画「この世界の片隅に」はそのことを再認識させてくれる作品でもあるように思う。


◎[参考動画]練馬アニメカーニバル2015「『この世界の片隅に』公開まであと1年!記念トークイベント」

▼片岡健(かたおか けん)
1971年生まれ、広島市在住。全国各地で新旧様々な事件を取材している。

「絶望の牢獄から無実を叫ぶ ―冤罪死刑囚八人の書画集―」(片岡健編/鹿砦社)

『NO NUKES voice』第10号[特集]基地・原発・震災・闘いの現場