ようやく気が付き始めた人びとの間で、「小選挙区制」の弊害が語られはじめた。議論の段階からうさん臭さは、充満していた。いわく「政権交代できる2大政党制を実現すべき」だの「中選挙区制では金がかかる」という主張が中心だったと思う。7月16日の京都新聞は元自民党の職員伊藤惇夫氏(69)に取材し、「小選挙区制」導入に至る、流れを振り返らせている。伊藤氏は1989年に後藤田正晴党政治改革委員会委員長(当時)から「諸悪の根源中選挙区制を抜本的に改めなければならない」と事務担当スタッフに命じられたそうだ。

 

上脇博之『ここまできた 小選挙区制の弊害』(あけび書房2018年2月)

「政治とカネ」の問題は選挙制度とは無関係なのに、どうしてこうも短絡的な思考で「小選挙区制」導入に猛進するのか。「小選挙区制」が導入され、「主張に大差ない2大政党」が実現したらどうなるか。日本では「大政翼賛会」という団体が成立していた歴史がそれほど昔ではないことを、当時わたしは強く意識した。そしてその懸念は現実のものになっている。投票行動と選挙結果の祖語については、大政翼賛会時代よりも酷いかもしれない。

『ここまできた 小選挙区制の弊害』(上脇博之著 あけび書房)では、様々な観点から小選挙区制の問題が指摘されているが、最大にして最悪の原因は「死票」が多数生まれること、言い換えると得票率に応じた議席が獲得されない、非常に深刻な欠陥を持った制度であると繰り返し批判されている。

近いところでは2017年衆議院選挙の例が挙げられており、得票数が47.8%の自民党が74.4%の議席を獲得し、得票率が20.6%であった「希望の党」(そういえば、一瞬そんな政党もあった!!)が6.2%の議席しか得られていないなど多くの「不平等」事例が列挙されている。さらに極めつけは「小選挙区制」のイギリスでは、1951年と1974年に得票率と議席数が逆転する現象まで起こっている事例を引き合いにだしている。

◆「小選挙区制」導入に加担した個人・マスコミの責任

議論段階から「嘘くささ」と「危険性」をいやがうえにも感じさせられていたが、わたしがまったく知らなかった事実があった。「政治改革なんて『無精卵』みたいなもの。いくら温めても何も生まれない。そんなものには賛成できない」と発言していた人物がいたという。社会党かどこか野党の議員かと思いきや小泉純一郎元首相であったというから、驚いた。なんと安倍現首相も反対であったという。しかし、このお二人とも、「小選挙区制」のおかげで長期政権に腰掛けることができている。皮肉なものだ。

では、推進側にはどのような顔ぶれが居たのだろうか。前述の後藤田(故人)、小沢一郎自由党共同代表、羽田孜元首相(故人)、細川元首相、河野洋平元自民党総裁、海部俊樹元首相ら自民党実力者の名前には「なるほど」と頷けるが、一方で、実質的に「小選挙区制」を推進した、首相の諮問機関である選挙制度審議会(その第8次委員)にはすべての全国紙(朝日・毎日・読売・日経・産経)幹部の名前がある。つまりマスコミもこぞって小選挙区制導入に肩入れをしていたわけだ。テレビでは田原総一郎氏が事あるごとに「小選挙区制」導入反対者に「対案を示せ」と詰め寄っていたし、「改革」と言葉がつけば、なにかしら「新しく優れたもの」が生まれ出てくるような誤解が、広く国民に蔓延していた(推進論者が蔓延させていた)。

伊藤惇夫氏を特集した記事の見出しは「単色に変わった議員」で、伊藤氏も現在は「小選挙制導入」を悔いているようだ。しかし、悔いてもらうだけでは困る。自民党であろうが、旧民主党であろうが、得票率をはるかに上回る、途方もない議席数が得られる選挙制度は、多様な選択肢を排除する致命的欠陥を持つことはいまや明らかである。何よりも「投票行動が正当に評価されない」ことは、選挙の正当性自体を担保できない重大問題だ。2017年の例で挙げた今は無き「希望の党」にもう少し追い風が吹いていれば、政策すら明らかではない政党が7割、8割の議席を獲得しかねなかったのが「小選挙区制」なのだ。

既に故人となった方は仕方ないにしても、当時「小選挙区制」導入に加担した個人や全国紙は、この不公正な選挙制度をよりましなものに作り変える責任がある。

◆最も合理的な選挙制度改革は従前の「中選挙区制」に完全にもどすことだ

ではどうすればよいのか?

旧来の「中選挙区制度」に戻せばいい。新しい何かを作る必要はまったくない。そんな無駄な面倒くさい作業など一切不要であるから、従前の「中選挙区制」に完全にもどすことが、制度面でもコスト面でも、政治の多様性を確保するうえでも最も手っ取り早く、有効な手段だ。「中選挙区制は金がかかる」の本質を田原総一朗氏に尋ねたら「自民党が公認を出すのに調整で金がかかった」と答えてくれた。「中選挙区制は『自民党にとって』金がかかる」が正しい理由だったのだ。いわゆる「党利党略」という奴だ。古いものはなんでも価値がなく、新しいものは必ず優れている、と誤解しがちな人がいる。それは間違っている。

定数を6人増やすだの、枝葉末節な「ごまかし」ではなく、重大問題である「小選挙区制」を廃止し「中選挙区制」に戻すことこそを、議会制民主主義を支持している人々は、強く主張すべきである。

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

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