平均寿命が延び、高齢の親御さんやご親戚家族の健康について、悩みを抱える方が多いのではないでしょうか。私自身、予期もせず元気で健康、快活だった母の言動に異変を感じたのは数年前のことでした。そして以降だんだんと認知症の症状が見受けられるようになりました。今も独り暮らしを続ける89歳の母、民江さん。母にまつわる様々な出来事と娘の思いを一人語りでお伝えしてゆきます。同じような困難を抱えている方々に伝わりますように。

◆グルグル歩いているうちに熱中症に

今回は、認知症の母が道に迷ってしまった時のお話です。

私自身、大型ショッピングセンターで買い物を済ませ駐車場へ戻った時、車を止めた場所がわからなくなることがあります。広い駐車場、たくさんの知らない車、この中から自分の車を見つけることができるのかと恐怖に近いものを感じました。昔はそんなことはなかったので、おそらくこれも老化現象の一つでしょうけれど、こんなことを経験したお陰で、『高齢者が、突然自分の立っている場所がわからなくなる』とは、どんな感覚なのか、少しだけわかるような気がしました。

昨年の夏のこと、「もしもし」民江さんの携帯電話から男性の声で電話が掛かってきました。認知症の症状が目立ってきた頃でしたので、私はとっさに「いよいよ警察か」と構えたところ、救急隊の方でした。街で熱中症になり倒れてしまったそうで、病院に搬送するから迎えに来るようにという連絡でした。そして最後に付け加えられたのは、「ご本人嫌がっていますけど、無理やりお連れしますから。ご了承ください」でした。

たまたま病院が姉の家の近くでしたので、この日は姉に迎えに行ってもらうことにしました。が、病院からは「点滴を抜いたりして大変なので早く来てください。何時ごろになりますか?」「まだですか。では、お姉さんの電話番号を教えて下さい」と二度も電話がかかってきました。幸い熱中症の症状は落ち着いたようで、病院スタッフは暴れていることに手を焼いているご様子です。しばらくして姉が到着し、途端に静かになったそうです。安心したのでしょう。

いつもの店に行くつもりの道がわからなくなり、グルグル歩いているうちに熱中症になったようですが、こんなことは初めてでした。本人は自分が倒れたことに加えて救急車で病院に連れて行かれたことで、余計に混乱し興奮したのでしょう。私が駐車場で体験した恐怖より、何倍も怖かったはずです。それにしても、フラフラになった民江さんに声を掛けたり、救急車を呼んだり、なだめたり、飲み物を買ってくださったりと、通りすがりの方々が足を止めて介抱してくださったことと思います。おかげで大事に至らず済みました。

 

◆危なかったけれど、有難かった出来事

二度目は今年の1月のこと、仕事の移動中になぜかふと思い立って民江さんに電話を入れました。すると、「なっちゃん……わたし○○で道がわからなくなっちゃって、今送っていただいいてるの」「な、なんで? 誰に? どこまで?」 どうやら電車に乗って街へ行き、いつものお店でお昼ご飯を食べて駅に向かったが、○○で道がわからなくなり、通りすがりの方に家まで車で送っていただいている、ちょうどその最中のようなのです。

驚いて言葉に詰まっていると、「もしもしお電話かわりました。娘さんですか? 怪しい者ではありませんから。お母さんに名刺をお渡ししました。お母さんが△△で道に迷っていらっしゃるご様子だったのでね、今おうちまでお送りしていますのでご心配なく。おうちは××で間違いないですね。いえいえ、たまたまついでがありましたから、大丈夫ですよ」と年配の男性の声。

お言葉に甘えてそのままお願いし、丁寧にお礼を言って電話を切りました。なんと親切な方でしょう。家は車で30分以上かかる住宅街です。「ついで」って、そんなことありますか。そしてこんな親切な方にめぐり逢うことができた民江さんはなんと幸運なのでしょう。後日、お礼状を書こうと名刺を探しましたが見つかりませんでした。恩人の名刺をどこかに失くしてしまったとは、つくづくがっかりですが……仕方ないですね。危なかったけれど、大変に有難い出来事でした。

道に迷うということは、場所を認識する能力が低下し、見慣れたはずの場所が突然全く知らない場所になってしまうのでしょうか。恐怖と不安で混乱し、暴れたり怒ったり、感情が制御できなくなるのかもしれません。民江さんは足腰が丈夫なので、積極的に出かけてほしいと思っています。けれど親切な方々のご厚意によって大事を免れていることと、これからまたこのようなことが起きるかもしれないということを、私は強く心に留めておかなくてはなりません。医者が言うようにGPSを持たせなくてはならない日が来るのでしょうか。

 

▼赤木 夏(あかぎ・なつ)[文とイラスト]
89歳の母を持つ地方在住の50代主婦。数年前から母親の異変に気付く

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