発生当初に大々的に報道された事件について、のちにわかった重大な事実が十分に報じられず、世間に知られずじまいになっている例は多い。12年近く前に起きた坂出3人殺害事件もそういうことがあった事件の1つだ。

◆報道が過熱し、被害者の父親を犯人視したメディアも・・・

2007年11月15日の夜、香川県坂出市で両親と暮らす5歳と3歳の姉妹が、隣で暮らす58歳の祖母A子さん方に泊まりに行き、翌朝までに3人揃って失踪した。A子さん方では、寝室のカーペットがL字に切り取られ、その下の畳には血が染み込んでいた。

警察は3人が犯罪に巻き込まれたとみて、捜査を展開した。マスコミも現地で熾烈な取材合戦を繰り広げた。そんな中、姉妹の父親がマスコミから確たる根拠もなく犯人視される報道被害も発生。若手女優がブログで男性を犯人扱いするようなことを書き、芸能活動の休止に追い込まれたりもした。

そんな事件で、容疑者として検挙されたのは、川崎政則という61歳の男だった。川崎は、A子さんの妹B子さんの夫だったが、B子さんが川崎に内緒でA子さんに繰り返し多額の金を貸したため、川崎家も借金生活に陥り、家庭が崩壊。さらに事件の少し前、B子さんは肺がんで亡くなっていた。そんな事情から、A子さんを恨んでいた川崎は、事件の日の深夜、A子さん宅に侵入し、持参した包丁で就寝中のA子さんを刺殺。さらに泊りに来ていた小さな姉妹も刺し殺したのだ。

川崎は3人を殺害後、車で遺体を運び出し、坂出港近くの空き地の土中に埋めていた。

被害者3人の遺体が埋められていた空き地

◆娘と曽孫2人を殺害された男性が裁判で情状証人に

川崎はその後、2009年に高松高裁で死刑判決を受け、控訴、上告も棄却されて2012年に死刑判決が確定した。そして2014年に収容先の大阪拘置所で死刑を執行された。この間、発生当初は大きな注目を集めた事件も、いつしか人々の記憶から消え去っていった。

私がこの事件を調べ直し、ある特異な出来事が起きていたのに気づいたのは、2017年のことだった。川崎に対する高松高裁の判決によると、被害者のA子さんの父親が控訴審の公判に弁護側の情状証人として出廷し、「寛大な処罰」を求めていたというのだ。これはつまり、川崎の死刑が回避されることを求めたに他ならない。

A子さんの父親は、A子さんと共に川崎に殺害された小さな姉妹の曽祖父でもある。親族を3人も殺された犯罪被害者遺族が、犯人の裁判で死刑回避を求めるというのは、極めて異例の出来事であるのは間違いないだろう。

そこで私は、A子さんの父親本人に話を聞いてみたいと思い、川崎の弁護人を探し当て、取材の仲介を依頼した。だが、複数いた弁護人の中でA子さんの父親と連絡を取り合っていた者はすでに亡くなっており、弁護人もA子さんの父親と連絡を取れない状態になっているとのことだった。A子さんの父親は、2017年の時点で生きていれば相当高齢のはずだから、そもそも存命かどうかも微妙だったが、こうして結局、私はA子さんの父親と会えなかったわけだ。

◆異例の出来事に関する報道は一切見当たらず

判決に示された事実関係を見ていくと、A子さんの父親は事件前、A子さんのことを批判する川崎を逆にしかったこともあったという。また、A子さんの父親から見ると、川崎は娘や曽孫たちを殺した犯人である一方で、殺された娘とは別の娘(B子さん)の夫でもあり、孫たちの父親でもあった。そのような複数の事情が重なり合い、川崎の死刑回避を求めるに至ったのではないかと私は推測したが・・・今となっては、真相を追及するのは難しい。

私は、新聞社各社の過去記事のデータベースを調べたが、A子さんの父親が控訴審の公判で川崎の死刑回避を求めたことを報じた記事は一切見当たらなかった。新聞各社がこの事実を知りながら、あえて報道しなかったのか、裁判を取材しておらず、この事実に気づかなかったのかはわからない。いずれにせよ、マスコミの事件報道は必ずしも事件の全体象や核心を伝えたものではないことを示す顕著な例ではあるだろう。

殺人事件の現場となったA子さん方。奥は、殺された姉妹の家

▼片岡健(かたおか けん)
全国各地で新旧様々な事件を取材している。最新作は編著「さよならはいいません ―寝屋川中1男女殺害事件犯人 死刑確定に寄せて」(Kindle)。

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