◆アメリカの一方的なウィンを「ウィンウィン」と強弁する安倍晋三

「秋になったら、すごい報告ができる」と、トランプ米大統領がマスコミに語っていたのは、日本の参院選挙の前だった。ぎゃくに言えば、参院選挙前には発表がはばかられる内容なのはわかっていた。というのも、日本にとって一方的に不利な貿易交渉であり、安倍総理の見え見えの国益売り渡しだったからだ。にもかかわらず、自民党を大敗させなかった国民は、やはり政治を見放しているのだろうか。だとしたら、その危険なツケをも支払わなければならない。

事態は深刻である。70億ドル相当のアメリカ農産物を市場開放するいっぽう、日本がバーターとして考えていた自動車の関税撤廃は見送られたのだ。安倍総理は記者会見で「日本の自動車と自動車部品に対して追加関税を課さないという趣旨であることは、私からトランプ大統領に明確に確認をし、大統領もそれを認めた」と言い訳に終始したが、これは本末転倒だ。オバマ政権とのTPP交渉では、自動車の関税撤廃が約束されていたのに、トランプのTPP撤退によって関税はそのままになってしまったのである。

◆激安化する牛肉市場

この安倍総理が「ウィンウィン」だと強弁する不公平な貿易交渉で、日本の農業とくに牛肉畜産業はほぼ完全に崩壊に追い込まれるとみられている。日米が合意した農産物の関税引き下げによって、牛肉は現在の38.5%から段階的(26.6%から)に引き下げられ、最終的には9%となる(2033年)。豚肉はキロ当たり現在482円から、最終的には50円まで引き下げられるのだ。

買い物に行かれる方はおわかりだろう。スーパーの店頭では、牛肉はOGビーフ(オーストラリア産)とアンガス牛(国産と表記がないものはアメリカからの輸入)が安く出まわっている。250円(100グラム)前後のOGビーフやアンガス牛はステーキ肉としては最底辺クラスで、等級認定クラスの和牛は750円から2000円という価格帯である。OGビーフもアンガス牛も赤身が主流だが、アメリカには和牛の飼育法を参考にした霜降り肉がある。今回の関税引き下げで、500円以下のアメリカ産「高級肉」が入ってくると予測されている。

関税が下げられた場合、価格はどうなるのだろうか。

アメリカ産で現在250円(100グラム)のものが、26.6%ならば229円、9%になった場合は197円まで下がることになる。これがグラム500円前後の高級部位の場合は、グラム400円を切ることになる。もはや少ロット生産の和牛が対抗できる価格帯ではない。その結果、生産をあきらめる畜産業者が続出するとみられている。だが問題は、わが国の畜産業の崩壊だけではないのだ。

◆危険な薬品漬けのアメリカ牛肉

ラクトパミンという薬品をご存じだろうか。EU、ロシア、中国では使用が禁止され、使用された肉の輸入すら認めていない人口ホルモン剤である。肉牛や乳牛の成長を早めるために、このラクトパミンを投与されるのだ。早く成長すれば、それだけ飼育期間が短くなり早く出荷できるため、農家にとっては経済的メリットが大きい。ほかならぬわが国が、牛肉輸入の門戸を大きく開いているアメリカとカナダの牛肉生産者において、このラクトパミンが使用されているのだ。

ラクトパミンは、女性の乳がんや子宮がん、男性の前立腺がんといったホルモン依存性がんを誘発する発がん性物質の疑いが持たれている。EU、ロシア、中国が輸入禁止に踏み切ったのは、こうした理由からだ。

日本でもホルモン依存性のガンが顕著に増えていることから、牛肉の輸入量が伸びていることとの間に、何らかの相関性があるのではないかといわれてきた。疑問を持ったがんの専門医らが10年ほど前に、専門的な調査を実施している。その結果、米国産牛肉には女性ホルモンの一種であるエストロゲンが、和牛に比べて非常に多く含まれていることを確認し、日本癌治療学会で発表している。

ところが、前述したとおり米国やカナダでは、このラクトパミンが飼料添加物として、牛や豚に与えられているのだ。そしてこの薬品自体は、日本国内でも使用は禁止されている。だが輸入肉の使用、残留は認められ、市場に出回ってしまっているのだ。

安価に牛肉が食べられると思いがちだが、こんなところに危険な落とし穴があったというべきであろう。じつはアメリカ国内でも、消費者は普通の安価な牛肉を避け、健康によいイメージの有機やグラス・フェッド(牧草飼育)の牛肉を選ぶ消費者が増えている。日本は先のトウモロコシに続き、またしても安全面で不安の残る米国産農産物を大量に引き受けることになるのだ。

あれ(自動車関税の固定化)も、これ(危険な牛肉の安価流通と国内畜産業の崩壊の危機)も安倍総理のトランプ追従政策の結果である。強いものに巻かれ、独自の外交政策を持たないがゆえのアメリカ追従。安倍にとって「国益」とは、自分の政治的な立場をまもり、アメリカに庇護される代わりに国民に危険なツケをまわすことでしかないのだ。

▼横山茂彦(よこやま しげひこ)
著述業、雑誌編集者。近著に『ガンになりにくい食生活』(鹿砦社ライブラリー)『男組の時代――番長たちが元気だった季節』(明月堂書店)など。

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