検察官の定年を引き上げたり、内閣や法相の判断で定年を延長できたりする検察庁法改正案に対する批判が凄まじい。そんな中、再燃しているのが、黒川弘務東京高検検事長の定年延長問題だ。

黒川氏は、本来なら今年2月、検事総長以外の検察官の定年である63歳の誕生日を迎え、検察を去るはずだった。しかし、1月に「検察庁の業務遂行上の必要性」を理由に半年間の定年延長が閣議決定され、これが「政権に近い黒川氏を次の検事総長にするための布石ではないか」と批判されていた。この問題が今、改めて取り沙汰されているわけだ。

しかし、黒川氏の定年延長問題と関連づけた法案に対する批判には、的外れなものも見受けられる。安倍内閣や黒川氏を擁護する気は毛頭ないが、その点を指摘しておきたい。

◆黒川氏の定年延長に法改正は必要ない

異例の定年延長が改めて批判されている黒川弘務東京高検検事長(東京高検のHPより)

法案に対する批判のうち、明らかに的外れなのは、「検察庁法が改正されたら、黒川氏の定年が延長される。そして安倍政権に都合のいい黒川氏が検事総長になってしまう」というたぐいのものだ。検察庁法が改正されようがされまいが、閣議決定された黒川氏の半年間の定年延長がゆらぐことはないからだ。黒川氏が次の検事総長につくために検察庁法を改正する必要もまったくない。

この法案を批判している人たちのうち、野党や大手マスコミ、弁護士などの有識者は、当然、そのことをわかっている。だから、「安倍政権は、政権に近い黒川氏を検事総長にするために検察庁法を改正しようとしている」とは言わず、「安倍政権は、問題のあった黒川氏の定年延長を“事後的に”正当化するために検察庁法を改正しようとしている」などというロジックで批判している。

しかし、このロジックもずいぶん無理がある。今年1月になされた閣議決定に問題があったなら、たとえ法律を変えようと、事後的に正当化されるわけがないからだ。「事後的に正当化される」などというのは、批判のための批判に他ならない。

◆「黒川氏は出世争いに負けていた」は本当か?

この問題をめぐる批判を見ていると、もう1点、的外れだと思える批判がある。それは、黒川氏が定年延長を閣議決定されるまで、次期検事総長の座を争っていた同期の林真琴名古屋高検検事長に「出世争い」で負けていた、というものだ。なぜなら、黒川氏と林氏の経歴を比較すると、黒川氏が出世争いでリードしていたのは明らかだからだ。

検事総長に昇り詰めるまでの出世コースとしては、法務省の刑事局長と事務次官を歴任したのち、法務・検察のナンバー2である東京高検検事長につき、最後に検事総長に就任するのが王道だ。そして2人のうち、先に刑事局長についたのは林氏だったが、その後、黒川氏が先に法務事務次官について逆転し、そのまま東京高検検事長について、検事総長に王手をかけている状態だったのだ。

「黒川氏の定年延長がなければ、林氏が次の検事総長になるはずだった」という見方をしている人たちは、黒川氏が2月に定年を迎えて検察を去っていれば、林氏がその後任として東京高検検事長につき、夏に勇退する稲田検事総長の後釜に座っていたはずだ――という筋書きを描いているようだ。

しかし近年、林氏のように法務事務次官を経ずに検事総長になった者はいない。検察では、組織の不祥事などのために期せずして検事総長に就任した笠間治雄氏ら一部の例外をのぞけば、検事総長に昇り詰めるまでにつく主要ポストはほとんど不動であり、林氏が特例的な扱いをされてまで検事総長につけたかはおおいに疑問だ。

もっとも、黒川氏が林氏に先んじて法務事務次官につき、さらに東京高検検事長へと出世の階段を昇ったことについては、官邸の強い意向がはたらいたと言われている。それ自体は事実の可能性が高そうに筆者も思う。ただ、そうだとしても、黒川氏と林氏の「検事総長レース」は、遅くとも黒川氏が東京高検検事長についた時点で勝負は決していたとみたほうが素直だ。

黒川氏の定年延長の閣議決定や、現在行われようとしている検察庁法の改正については、あちらこちらで指摘されている通り、「政権の都合により検察人事が左右される恐れがある」という問題はたしかに存在するだろう。しかし、的外れな批判をしていると、本質的な問題も見えづらくなるので、注意が必要だ。

▼片岡健(かたおか けん)
全国各地で新旧様々な事件を取材している。原作を手がけた『マンガ「獄中面会物語」』【分冊版】第9話・西口宗宏編(画・塚原洋一/笠倉出版社)が配信中。

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