◆声をあげ行動し徐々に実現

新型コロナウイルス感染拡大を防ぐため、東京都はネットカフェにも休業を要請した。安定した住居を持たずネットカフェなどで生活する「ネットカフェ難民」は、2018年から2019年にかけての東京都の調べによると約4000人。

文字通り路上生活を余儀なくされている人に加え、24時間営業のファストフード店やネットカフェが休業してしまえば、そこで寝泊まりする人々が路上にたたき出されてしまう恐れがあった。

そこで、ホームレス支援30団体以上が協力して「新型コロナ災害緊急アクション」を結成。東京都に緊急支援を要請してきた。

その結果、施設休業で済む場所を失った人をビジネスホテルに一時滞在できるようになっていった。

従来の収容施設で相部屋や室内に二段ベッドが並ぶ集団生活をせざるを得ない状況だった。

それでは、新型コロナウイルスに感染の恐れがあり、実際に行政を通して宿を得たものの相部屋が恐ろしいと、そこから出てしまった人もいる。

そこで、支援団体が交渉の末、東京都は原則個室のホテルを用意するように方針を定めることになった。

また、当初は都内に居住して6カ月以上という条件をつけていたが、支援者らの粘り強い交渉で、その条件を撤廃した。

5月25日に緊急事態宣言解除が決定されたあとも、東京都は必要ならホテル滞在期間を延長する措置を講じ、各区市に通達している。

ところが、23区と26市の中で唯一、コロナ災害による住居喪失者を一律にホテルから出してしまったところがある。

それが新宿区だ。

◆新宿区が虚偽通知で退去させた

5月29日、新宿区は「緊急事態宣言に伴う東京都の緊急一時宿泊事業としてホテルを利用されている皆様へ」と題する文書で「ホテル利用は5月31日(チェックアウト6月1日朝)まで」と利用者に通知したのだ。

実は、東京都は6月7日チェックアウトまで延長すると5月22日付で通達し、23区26市など東京都下のすべての自治体に伝わっているはずである。

しかも、6月1日付通知で、6月14日チェックアウトまで再延長されていた。それなのに新宿区は87名のホテル利用者を追い出してしまったのだ。

コロナ災害の状況では、就職先が確保されたなどというのは少数で、多くの人は野宿を強いられている可能性がたかい。

手違いや間違いではなく、明らかに虚偽の通知だとして、ホームレス支援団体が6月8日、新宿区役所まで抗議に出向いた。

抗議に訪れたホームレス支援関係者たち(6月8日新宿区役所)

抗議文を手渡す稲葉剛氏(つくろい東京ファンド代表理事)と受け取る関原陽子氏(新宿区福祉部長)

応対したのは、関原陽子・福祉部長と片岡丈人・生活福祉課長。支援団体関係者たちは、まず区としての公式見解と当事者に対する謝罪を求めた。

これに対し区側は、
「案内、説明が至らなかったことは深く反省しています」
「困っている人は相談にきてくださいと伝えている」
などと、何度質問しても、説明の仕方に不備があることを謝罪しても、虚偽事実を利用者に伝えたこととそれに対する謝罪はない。

当日、抗議に訪れていた生活保護問題対策全国会議の田川英信事務局長が説明する。

「これから先を心配するホテルを出された当事者と一緒に新宿区の窓口を訪ねました。すると担当者は、新宿区の決定として延長はできないと明言しました」(趣旨)

当事者と同行したのは、5月29日と6月5日。このときの対応から、窓口での手違いや説明不足などではなく、6月1日から住居喪失者にホテルから退去させると新宿区が方針を決めたことは明らかだろう。

実際、田川氏らが具体的事実を突きつけると、区側の説明はしどろもどろだった。

一方、市民団体が抗議におとずれた当日(6月8日)から、新宿区は、連絡先のわかっている元ホテル滞在者に連絡を取り始めたという。

退去させられて1週間も経っており、その間に電話を止められた人もいることだろう。

◆新宿区長が謝罪、お金を払いホテル滞在延長

話し合いは堂々めぐりでらちがあかず、会合は解散となった。

そして一夜明けた6月9日、吉住健一新宿区長が謝罪文を出した。以下に全文を示す。

———————————————————————-

■ネットカフェの閉鎖によりホテルに宿泊されていた皆様への対応について

新宿区役所

新型コロナウイルス感染症による緊急事態宣言時に、宿泊先を喪失してしまったネットカフェ生活者へのホテル宿泊事業期間が延長されたことを、適切にお伝えしないまま、多くの方に退出していただいてしまっていました。

ご利用者の皆様に対して、寄り添った対応が出来ていなかったことを、率直にお詫び申し上げます。

また、この件につきまして、区民の皆様にも大変ご心配をおかけいたしました。

現在、ご連絡先の把握できている方には福祉事務所より、引き続きホテルを利用できる旨をご案内させていただいていますが、6月1日以降、14日までで宿泊できなかった期間の宿泊料相当(1泊3500円)を、支給させていただくことといたします。

本事業は東京都との連携事業ですが、制度の趣旨を鑑みて、適切に支援事業が執行されるよう、再発防止に取り組んでまいります。

この度は、困窮された方への配慮が至らず、申し訳ありませんでした。

令和2年6月9日
新宿区長 吉住健一

———————————————————————-

以上のように、新宿区は謝罪してそれなりの対応をとった。形としては一見落着となったのだが、あえてここに記録するのは、再発防止を念頭に置いているからである。

新宿区や東京都のみならず厚労省を含めて、コロナ禍の生活困窮者をめぐり、類似する事態を今後も防がなければならない。

なお、6月25日に新宿に問い合わせたところ、ホテル利用者への1日3500円の支給は6月23日に支払われた。対象者は44人である。

新宿区役所正面に掲げられた新宿区民憲章には、「心のふれあう おもいやりのある福祉を考え実行します」と記されている

▼林 克明(はやし・まさあき)
 
ジャーナリスト。チェチェン戦争のルポ『カフカスの小さな国』で第3回小学館ノンフィクション賞優秀賞、『ジャーナリストの誕生』で第9回週刊金曜日ルポルタージュ大賞受賞。最近は労働問題、国賠訴訟、新党結成の動きなどを取材している。『秘密保護法 社会はどう変わるのか』(共著、集英社新書)、『ブラック大学早稲田』(同時代社)、『トヨタの闇』(共著、ちくま文庫)、写真集『チェチェン 屈せざる人々』(岩波書店)、『不当逮捕─築地警察交通取締りの罠」(同時代社)ほか。林克明twitter

月刊『紙の爆弾』2020年7月号【特集第3弾】「新型コロナ危機」と安倍失政

〈原発なき社会〉をもとめて 『NO NUKES voice』Vol.24 総力特集 原発・コロナ禍 日本の転機