メディアが報じるところから紹介しておこう。

「マイナンバーカードの普及促進に向けて、総務省はカードを取得していないおよそ8000万人を対象に、スマートフォンで申請ができるQRコードがついた申請書の発送を28日から始めることになった」

「マイナンバーカードの普及率は、11月25日時点で22.8%にとどまっているが、政府は令和4年度末までにほぼすべての国民に行き渡るようにする目標を掲げている」という。

QRカードで釣ると言っても、そもそもスマートフォンの普及率が66%程度ではないのか?

「武田総務大臣は、閣議のあとの記者会見で、まだカードを取得していないおよそ8000万人を対象に、28日から申請書の発送を順次始めることを発表した」

8割近くが「面倒くさい」「政府の情報管理能力に疑問」を感じている事案を、なんだか強権的にクリアできると思っているかのようだ。

中小企業・個人事業主への「維持化給付金」の未支給、GoToキャンペーンの不正使用など、デジタル化がらみのトンネル会社(大手広告代理店への外注丸投げ)、国民の半数以上が恩恵に預かれないシステムへの不信。いや、パソコンやスマホを使えない人々には無縁なサービスをもって、何とかなると思い込んでいるところに、ネット社会の現実を知らない菅義偉総理のおめでたさがあると指摘する必要があるだろう。


◎[参考動画]武田総務大臣 記者会見(総務省 2020/11/27)

◆なぜ管理したがるのか?

古い世代には、懐かしい言葉かもしれない。国民総背番号制という言葉である。現在の行政言葉では国民識別番号、具体的に進行しているのは「マイナンバー(個人番号)」という。

古くは1970年に第3次佐藤栄作内閣が「各省庁統一コード連絡研究連絡会議」を設置して省庁統一個人コードの研究を行い、1975年の導入を目指したが、議論が頓挫した経緯がある。以後、各省庁ごとに行政上の国民のナンバリングは以下のジャンルで行なわれてきた。

○基礎年金番号=20歳以上。数字10桁。(厚労省)※年金手帳の統一
○健康保険被保険者番号=国民全員(扶養家族ふくむ)数字6桁か8桁。(々)
○日本国旅券(パスポート)番=任意。9文字。アルファベット2文字と数字7桁。(外務省)
○納税者の整理番号(旧:法源番号)=納税者。数字8桁。(財務省国税局)
○運転免許証番号=16歳以上の資格者。数字12桁。(自治体公安委員会)
○住民票コード=数字11桁。(自治体)
○雇用保険被保険者番号=数字11桁。(厚労省)

以上の数字はそれぞれバラバラで、相互に関連付けがされていない。とくに納税(所得税・住民税)において、管理できていないのではないかと、国家は常に国民の隠し資産に疑惑を抱いているのだ。国民を番号で管理したい。それは国家の本質といえよう。

そしてNHK視聴料(1割以上が未契約)の強制契約のために、これはもっぱらNHK独自の利害から、自治体(およびメーカー、販売店)へのテレビ購入者の住民識別を徹底するというものだ(政府関係に反対多数)。

戦後日本は多元的な民主国家であり、たとえば自治組織の末端である町会(自治会)や共同住宅の管理組合にも、その参加は基本的に任意(罰則がない)である。とりわけ都市住民という、資本主義のもとでアトム化された匿名的な存在は、表札すら出さないことが多い。共同住宅では、部屋番号という匿名性が担保されているからだ。

したがって、戦後の日本において高度管理システムを可能にするコンピュータが完備されているにもかかわらず、総背番号制は実現しなかった。デジタル化が進まない各省庁の無能はさておこう。

住基ネット、グリーンカード、マイナンバーと名を変えても、それは実現できなかった。ここに筆者は権力の支配をきらう日本人の特性を、たとえば江戸幕府の華美禁止令にたいして刺青(衣服の下の美装)を彫った町奴いらいの反骨精神を感じてきた。それゆえに国民はネットで支配されず、台湾や韓国のように戦時体制的なコロナ防疫ができなかった。防疫よりも個人主義が優先されたのである。それはそれで、健全なことなのだ。

◆菅義偉の個別政策論

だがいま、陰湿な権力欲にとらわれたある政治家の発議で、ふたたび総背番号制の野望がうごめいている。その政治家とは、わが菅義偉総理のことである。

なかば手弁当で研究者たちが参集する日本学術会議を既得権団体と見誤り、実効性のうたがわしい携帯電話料金の低減をメーカーに強い、GoToキャンペーンなる「コロナ感染拡散政策」に執着する菅義偉総理。この個別政策論は、みずからが官房長官をつとめた安倍政権末期に、配られないアベノマスク、不良品のマスクの失敗と同じ道をたどるであろう。大局観なき政治構想は、貧弱な個別政策の破綻をたどるしかないのだ。その予感が焦燥として顕われている。

そこで、背水の陣を敷いて取り組もうとしているのが、マイナンバーの健康保険証との関連付けなのである。国民がもっとも必要不可欠とし、皆保険という制度上の特質に目を付け、2年後までの実現を期すとしている。

50年間できなかったことを、自分の代で実現するという。それは安倍政権が「憲法改憲をわたしの代で」という大言壮語に比べれば、いかにもスケール感がない。とはいえ、健康保険証は所得税に対して算出される、いわば間接の申告制である。所得がない場合は、扶養家族としての登録になる。

ここにマイナンバーカードをもって申告しろというのなら、健康保険証が発行されない場合をも想定しているのだろうか。保険証が欲しいのなら、カードの発行手続きを取れと? この国民への挑戦は、大いに見ものである。これから先の日本が右へ倣えの統制国家になるのか、それとも国家の必要すら感じなくなる国民の「自助」が新たな何かを見出すのか。結果を注視したい。


◎[参考動画]臨時国会が会期末 菅首相がようやく2回目の会見(TOKYO MX 2020/12/04)

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)

編集者・著述業・歴史研究家。歴史関連の著書・共著に『合戦場の女たち』(情況新書)『軍師・官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)『闇の後醍醐銭』(叢文社)『真田丸のナゾ』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『天皇125代全史』(スタンダーズ)『世にも奇妙な日本史』(宙出版)など。医科学系の著書・共著に『「買ってはいけない」は買ってはいけない』(夏目書房)『ホントに効くのかアガリスク』(鹿砦社)『走って直すガン』(徳間書店)『新ガン治療のウソと10年寿命を長くする本当の癌治療』(双葉社)『ガンになりにくい食生活』(鹿砦社ライブラリー)など。

月刊『紙の爆弾』2021年1月号 菅首相を動かす「影の総理大臣」他