タイトルに「毒親」と入った本が続々と発売されるなど、今年も続いた毒親ブーム。そんな中、7月に公開され、話題になった映画が長澤まさみ主演の『MOTEHR マザー』だった。

同作は、2014年3月に埼玉県川口市で起きた、当時17歳の少年による祖父母殺害事件が題材。少年の母親の毒親ぶりに世間の注目が集まったのは、同年12月、少年の裁判員裁判がさいたま地裁で開かれた時だった。

当時の報道によると、母親は少年を学校にも通わせずに働かせ、赤ん坊だった娘(少年にとっての妹)の世話も少年に任せ、自分自身はホストクラブに通う日々。その挙げ句、少年に「殺してでも、金を借りてこい」と示唆し、自分の両親(少年にとっての祖父母)の家に向かわせ、少年が本当に祖父母を殺害する事態を招いたように伝えられた。

母親も自分の裁判で懲役4年6月の判決を受けたが、少年の裁判の結果はそれよりはるかに重い懲役15年。そのことが同情的に報道されたりもした。

実を言うと、私はこの母親が札幌刑務支所で服役中、彼女と手紙のやりとりをしていた。その実像に触れると、「史上最悪の毒母」という世間的なイメージとは少し異なるところもあった。ここで少し紹介してみたい。

この事件を題材にした長澤まさみ主演の映画『MOTHER マザー』の公式HP

◆凄まじかった本の差し入れの要求

「長澤まさみさんが私の役をやって、事件のことが映画になるみたいで……今テレビで初めて知ったんです! どうにかならないでしょうか……」

今年6月中旬のある日、久々に電話してきた彼女は焦った口調でそう言った。上記の映画『MOTHER マザー』が7月から公開されるのを知って驚き、その勢いのままに私に電話をかけてきたのだ。

「もう映画の公開をとめられないですよね……」

彼女は電話口で嘆いていたが、要するに映画により世間の人たちが自分のことを思い出すのがいやなのだ。公開が間近に迫った映画の公開をとめられないかと発想すること自体、やはり思考回路が少し変わっている人ではあるのだろう。

実際、服役中に手紙のやりとりをしていただけでも、彼女は毒親らしさを感じさせることがよくあった。とくに印象に残っているのは、本の差し入れの要求がすさまじかったことだ。手紙に毎回、石田衣良、新堂冬樹、誉田哲也など、好きな作家の名前とその作品名を連綿と綴ったうえ、〈来月(12月)のクリスマス前までぐらいに古本でいいので、送ってもらえないでしょうか?〉〈出来たら、年末年始の休みになる前に単行本(小説本)を送ってほしいのです〉などと自分の都合最優先で一方的にせがんでくるのだ(〈〉内は彼女の手紙から引用。以下同じ)。

小説以外にも、女性がよく読む『LDK』という雑誌やクロスワードパズルの本、フリーペーパー、求人誌など、彼女は何ら遠慮なく次々に欲しい物の差し入れを求めてきた。このほかにも、生活支援の受け方を調べて欲しいとか、出所後に東京に帰る交通手段を教えて欲しいとか、よくそこまで頼めるな……と思うほど、本当に頼みごとが多かった。

報道では、彼女は事件前、生活費をあちこちに無心していたようにも伝えられていた。実際に彼女と付き合ってみて、ああいう報道はやはり本当だったのだろうと思ったものだった。

事件の現場になった祖父母宅

◆手紙に綴ってきた「母親としての愛情」

一方、彼女は人懐っこいところがあった。たとえば、手紙で唐突に、〈顔は若い頃、おにゃん子の内海って言われたな~(笑)最近は友近って、言われた時もありました。性格は明るい、天然で、ちょっと短気の時も〉などと自己PRみたいなことを書いてきたことがある。

そうかと思えば、出所後に私と会いたいと切り出し、〈お酒、飲みに行きたいですワ~、カラオケも。私カラオケ大好きだったから〉などと、てらいもなく綴ってきたこともあった。事件前の彼女は男が絶えなかったように報じられていたが、それはこういう小悪魔的な性格があってこそだろう。

彼女は裁判の際、少年に「殺してでも、金を借りてこい」と示唆したことを否定したと報じられたが、私に対しても改めてそう主張した。

彼女の主張をそのまま記せば、〈弁護士が私を悪く言っているとか、本人(息子)も怖くなって私のせいにしているんだって検事さんがそう言っていました〉〈ありもしないことを言われ、本当に我慢しました。本当にショックで仕方なかったです〉ということになる。

このあたりの真相がどういうことだったかは、私にはわからない。ただ、彼女は少年に対し、母親としての愛情をまったく有していないわけではないように思われた。

〈息子のこと大好き。離れたことも一度もなかった〉

彼女は手紙にそう書いてきたことがある。実際、彼女は仕事をせず、金がないために野宿した時期も少年を自分の両親に預けたりはせず、一緒に過ごしていた。それが少年本人にとって幸せなことだったか否かはともかく、彼女としては息子と一緒にいたかったのは確かだろう。

もっとも、服役中は「出所したら、息子に会いに行きたい」という趣旨のことを手紙に綴ってくることもあったが、出所後に実際に息子に会ったという話は聞かない。息子との縁はもう切れているか、あるいは服役先の刑事施設に面会に行っても、拒絶されているのかもしれない。


◎[参考動画]映画「MOTHER マザー」予告編(出演:長澤まさみ)

▼片岡健(かたおか けん)
ノンフィクションライター。原作を手がけた『マンガ「獄中面会物語」』(画・塚原洋一、笠倉出版社)がネット書店で配信中。分冊版の第13話では、林振華を取り上げている。

月刊『紙の爆弾』2021年1月号 菅首相を動かす「影の総理大臣」他

「絶望の牢獄から無実を叫ぶ ―冤罪死刑囚八人の書画集―」(片岡健編/鹿砦社)