検察官やヤメ検の弁護士が自分の専門分野である刑事事件の捜査や裁判について、意外と知識が乏しかったり、大きな誤解をしていることがたまにある。この人もそうだったのだろうか……と、ある裁判に関する報道を見て、ふと思った。元東京地検特捜部長の石川達紘被告(81)のことである。

石川被告は2018年2月、都内で誤って車を暴走させ、通行人の男性(当時37)をはねて死亡させたとして、東京地裁で自動車運転死傷処罰法違反の罪に問われた。検察側が「被告人は誤ってアクセルを踏み続けた」と主張したのに対し、石川被告は「アクセルを踏んでおらず、車の不具合の可能性がある」と無罪を主張していたという。

しかし2月15日、石川被告は三上潤裁判長にこの主張を退けられ、禁錮3年・執行猶予5年の判決を受けた。そして即日、東京高裁に控訴したという。

石川被告の裁判の舞台は東京地裁から東京高裁へ移った

◆優秀なヤメ検弁護士ですら知らなかった刑事裁判の現実

ここで、私が10年ほど前に取材した、ある冤罪事件の話をしたい。その事件では、弁護人のヤメ検弁護士が熱心な弁護活動をしており、裁判員裁判だった一審では無罪が出そうな雰囲気もあったが、結果的に被告人は不可解な内容の判決で有罪とされた。その時は私もこのヤメ検弁護士を気の毒に思ったが、控訴審が始まる前にこの人と話した時にいささか驚いた。

こんな楽観的なことを言っていたからだ。

「控訴審の裁判官は、私が検察官になったばかりの頃に色々教えてくれた人で、私の考えもよくわかってくれている。今度は大丈夫だと思う」

日本の刑事裁判官は検察官寄りの判断をする人が大半で、被告人は裁判が始まる前から有罪と決めつけられていることも多い。日本の刑事裁判の有罪率が異様に高いのはそのためだ。そしてそれは今や素人でも知っている常識だ。それにもかかわらず、このヤメ検弁護士は、検察官だった頃の自分の考えを理解してくれた裁判官が、検察官をやめて弁護士になった自分の考えも理解してくれるものだと妄信していたのだ。

果たして控訴審は初公判で即日結審、被告人の控訴が棄却される結果になった。この被告人は明らかな冤罪だったが、その後に最高裁でも上告を棄却され、現在も東日本の某刑務所で服役している。

ちなみにこのヤメ検弁護士は、無罪判決の獲得実績もかなりある優秀な人だ。そういう人ですら、「刑事裁判官は、検察官寄りの判断をする人が大半」という現実を知らなかったわけだから、この現実を知らない検察官やヤメ検弁護士は日本全国にかなりいるはずだ。

◆公判中の態度を問題視された元特捜部長

そして再び、石川被告の話である。

週刊文春の報道によると、石川被告は公判中、自ら検察官側証人の警官に尋問を行い、元特捜部長らしくギリギリ追及し、裁判長から「冷静に」とたしなめられたりしたという。また、「私も被害者だ」「私は生かされた」などという言葉を発し、遺族を傷つけたりしたそうだ。

さらにNHKなどの報道によると、三上裁判長は判決宣告後、石川被告に「被害者遺族に対する向き合い方について、今一度考えてほしい」と述べていたとのことである。裁判長にとって、石川被告の法廷での態度は相当酷いと感じられたのだろう。

ただ、そのことから推察するに、石川被告は刑罰を免れようとして無罪を主張したわけではなく、本気で自分のことを冤罪被害者だと考えている可能性もある。そうであるなら、東京地検特捜部長を務め、最終的に名古屋高検の検事長まで出世した石川被告は、81歳にして初めて「日本の刑事裁判官は、検察官寄りの判断をする人が大半」という現実に直面したのかもしれない。

果たして、石川被告は気づくことができただろうか。検察官だった頃の自分も刑事裁判官からそのようにひいきされていたからこそ、否認事件でも当たり前のように有罪判決が取れていたのだということに。

▼片岡健(かたおか けん)
全国各地で新旧様々な事件を取材している。近著に『もう一つの重罪 桶川ストーカー殺人事件「実行犯」告白手記』(著者・久保田祥史、発行元・リミアンドテッド)など

タブーなき月刊『紙の爆弾』2021年4月号

「絶望の牢獄から無実を叫ぶ ―冤罪死刑囚八人の書画集―」(片岡健編/鹿砦社)