『七つの大罪』などのヒット作を手がけた講談社の元編集次長・朴鐘顕(パク・チョンヒョン)氏(45)が妻・佳菜子さん(事件当時38)を殺害した容疑で検挙された事件について、私は4年前(2017年1月13日)、当欄で次のような記事を配信した。

◎妻殺害容疑で逮捕された講談社編集者に「冤罪」の疑いはないか?
 
記事のタイトルからわかる通り、私は朴氏が逮捕された当初、報道の情報から冤罪の疑いを読み取り、そのことを指摘したのである。

その後は正直、この事件の動向を熱心にフォローしていなかった。しかし先日、無実を訴える朴氏が裁判で懲役11年を宣告された一審に続き、二審でも有罪にされたというネットメディアの記事を一読し、心にひっかかるものがあった。そこで、公立図書館の判例データベースで一審判決を入手し、目を通してみたのだが――。

結論から言おう。本件はやはり、冤罪を疑わざるをえない事案である。それをここでお伝えしたい。

◆創作できるレベルを超えていた被告人の公判供述

一審判決によると、朴氏は2016年8月9日午前1時過ぎ、東京都文京区の自宅において、殺意をもって妻・佳菜子さんの首を圧迫し、窒息死させたとされる。朴氏は佳菜子さんが亡くなった原因について、「妻は自殺した」と主張したのだが、一、二審共に退けられたのだ。

だが一方で判決によると、佳菜子さんが生前、朴氏にあてていたメールの内容などに照らすと、佳菜子さんは育児などに追われて相当のストレスを抱え込んでいたことが認められるという。さらに事件の際、佳菜子さんは包丁を持ち出したうえで朴氏に対し、「お前が死ぬか、私が死ぬか選んで」と迫るなど尋常ではない状態にあったことが否定できないという。

このような事実関係からすると、「妻は自殺した」という朴氏の主張は特段おかしくない。

さらに上記のような「尋常ではない状態」にあった佳菜子さんが亡くなった原因などに関し、朴氏は公判で以下のようにずいぶん詳細な説明をしていたようである。

「妻の手には包丁が握られていたため、私は2階の子供部屋に避難して妻が入ってこないようにドアを背中で押さえていたのです。すると、数回『ドドドドドン』という音が聞こえた後、静かになったため、子供部屋から出て階段の下を見ると、妻が階段の下から2番目の手すりの留め具にくくりつけた私のジャケットに首を通して自殺していたのです。上から見ると、妻が階段上にうつ伏せで寝そべっているか座っているかのように見えました」(一審判決にまとめられた朴氏の公判供述の要旨を読みやすくなるように再構成)

この供述は全般的にリアリティがあるが、とくに(1)佳菜子さんが首を吊って自殺するのに使った道具が「私のジャケット」だったという部分や、(2)亡くなっていた佳菜子さんについて「階段上にうつ伏せで寝そべっているか座っているかのように見えました」と説明している部分については、創作できるレベルを超えている。

これはつまり、朴氏が本当に自分の経験したことを供述していると考えるのが妥当だということだ。

◆被害者遺族が「加害者」の無罪主張に沿う言動をとる理由とは?

私が今回、心に引っかかるものがあったというネットメディアの記事についても言及しておきたい。それは、以下の記事だ。

◎「講談社元編集次長・妻殺害事件」 “無罪”を信じて帰りを待つ「会社」の異例の対応(デイリー新潮)
 
この記事が私の心に引っかかったのは、佳菜子さんの妹が朴氏のことを擁護していたり、佳菜子さんの父が「佳菜子は病気で亡くなったと思っている」と言っていたりするように書かれていたからだ。

被害者遺族が「加害者」の無罪主張に沿う言動をとること自体が珍しいが、そんな事態になったのは、佳菜子さんが事件前、遺族に「自殺してもおかしくない」と思われるような言動をとっていた可能性があるからに他ならない。

ところが、一審判決を見る限り、佳菜子さんが亡くなった経緯に関する事実関係は、もっぱら佳菜子さんの遺体や、現場の痕跡(血痕や尿班など)に基づいて争われており、佳菜子さんの生前の言動に関する遺族の証言が審理の俎上に載せられた形跡が見受けられない…。

これはつまり、無罪を主張する朴にとって有利な証拠が見過ごされた可能性があるということだ。

朴氏にとって、裁判での無罪主張のチャンスは最高裁の上告審を残すのみとなったが、果たしてどうなるか。この事件については、改めて事実関係を調べてみたいと思うので、何か有意な情報が得られたらまた報告したい。

無実を訴え続ける朴氏は最高裁に上告中

▼片岡健(かたおか けん)
全国各地で新旧様々な事件を取材している。近著に『もう一つの重罪 桶川ストーカー殺人事件「実行犯」告白手記』(著者・久保田祥史、発行元・リミアンドテッド)など

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