解散に打って出たい菅総理 このままではジリ貧か? 横山茂彦

北海道、長野、広島での衆参トリプル補選(4月25日)で全敗した翌々日、例によって怪文書が永田町を席巻した。そのタイトルは「菅義偉自民党暫定総裁について」だという。

「菅総裁は、安倍前総裁が任期中に途中退任したことに伴う残任期間限定総裁として選出」されたものだとしたうえで、怪文書はこう結論づける。

「よって、菅総裁は暫定総裁です。菅暫定総裁は9月の総裁任期満了までに党則80条第1項の規定による総裁選挙を実施して、正々堂々と再選を果たして党則80条第1項及び第4項に規定される正式な総裁となった上で、国民の信を問うことを期待します」(「週刊ポスト」5月21日号)

こうした怪文書は、じつは永田町では日常茶飯事である。

発信者が文責のあるものでも「自民党衆院議員有志」や「自民党の危機を憂う党員一同」などという不特定ものであって、発信場所も電話番号不記載、もしくは都内のコンビニやスーパーの複合機(FAXとコピー機、デジタル印刷機を兼用したもの)だったりと、本当の発信者はたどれない。捏造した「事実」がないかぎり、名誉棄損や私文書偽造にも問えない。

したがって、ある意味では匿名の意見書として、ふつうに回覧される性格のものなのだ。その大半は、党内にくすぶる多数派意見(非主流派・非執行部の意見)を代表していると言っても差し支えない。


◎[参考動画]自民党新総裁に菅義偉氏(71)選出(ANN 2020年9月14日)

◆ポスト菅勢力が怖れているのは7月都議選との同時選挙

この怪文書が意図しているのは、発信者が解散総選挙の実施を怖れているという意味である。非主流派、すなわちポスト菅をねらう勢力が怖れるのは、いうまでもなく7月都議選との同時選挙である。

この7月総選挙策は、東京オリンピックの強硬開催と併せ、公明党(創価学会)の選挙活動がピークに達する都議選挙の時期に、総選挙を合わせることで、組織票の最大限の獲得をめざすものにほかならない。菅総理がギリギリで勝負できるとすれば、この都議選同時総裁選しかないのだ。

だが、菅総理にとって最良の選択を採ったとしても、自民党が大幅に議席をうしなう可能性が高い。

現在の世論調査では、以下の結果が明らかになっている。政党支持率である。

自民 40%
公明  3%

立憲  5%
共産  2%
国民  1%
社民  1%
れい  1%
諸派  1%
─────
野党合計 11%

維新   2%
無党  44%

さて、この基本的な政党支持率に、このかんの補選・再選挙における獲得票率(政党支持者のうち、何%を獲得できたか)を加えてみると、自民党は70%獲得の28%に落ち込むのだ。過去二回の政権交代時にも、自民党支持者が野党に投票する行動が指摘されている。

加えて、膨大な数にのぼる無党派層の争奪戦が選挙の争点となる。そこから算出される数字は、自民党にとって悪夢のようなものだというのだ。

その結果、自民党・公明党の過半数割れはもとより、野党統一候補による小選挙区での優位が示されているのだ。すなわち、菅総理が7月に解散総選挙に打って出た場合、自民大敗のシナリオが算出されてしまう。これこそが怪文書が訴える真意なのである。

いっぽう、野党は枝野幸男民主党代表が「コロナ禍のもとで総選挙はできない」と、内閣不信任案の提出を否定した。党内から「暫定政権」と決めつけられ、オリンピック後の総裁選に確信がもてない菅総理が、内閣不信任案の提出を「解散の大義」にすることを怖れての処置である。じつは野党も小選挙区統一候補の調整が終わっていないのだ。


◎[参考動画]“菅おろし”を牽制? 菅首相 総裁選前の解散「あり得る」(TBS 2021年4月7日)

◆小池都知事によるオリンピック中止?

さて、もうひとつの動き。いや、噂が注目されている。

上記のような与野党の動くに動けない緊迫感のなかで、ある噂が独り歩きしているのだ。小池百合子東京都知事が、東京オリンピック・パラリンピックの中止を宣言するのではないか、という観測である。小池ならではの「政治的判断力」が、この噂に信憑性をもたらせている。

国民の80%が中止ないしは再延期を希望しているなかで、世論よりもビジネスとしてのオリンピック開催に踏み切るのか、それとも歴史的な「大英断」をくだしうるのか。にわかに注目を浴びているこの「噂」こそ、東京五輪のジリ貧を示してあまりある。しかもその「東京五輪中止」を、都議会選挙の選挙公約にするというのだ。

しかし、あまりにも東京五輪を政治的に利用するこの「中止策」は、政治主義の誹りをまぬがれないであろう。高度な政治判断よりも、政治的なみっともなさがついてまわる。

たとえば、五輪中止を訴える人々は池江璃花子選手に、SNSを通じて「出場辞退」による「大会中止」を訴えるよう求めているという。

五輪の政治利用を批判しながら、選手に政治的な立場を強要する二律背反の行為は、まさに「政治の醜さ」を端的に顕わしたものだ。

五輪が国家主義の歪んだスポーツ礼賛であり、なおかつビジネス利権であることを誰もが知っているのなら、別の方法があるではないか。池江選手が国費やスポンサーに頼らず、個人として出場できる運動をやってみればよいのだ。彼女は参加タイムをクリアしているのだから。

その運動の成否はともかく、そこにカネと国策に拠らない現代オリンピックの改革論があればこそ、オリンピック反対運動も意義のあるものとなるはずだ。

近代五輪がクーベルタンの意図するところを離れて、ナショナリズムと勝敗主義に陥ったことは、この通信で何度も明らかにしてきた。しかるに現在のオリンピック反対運動は、スポーツ社会学や文化論を決定的に欠いているがゆえに、政治主義的に収れんされ、反対のための反対論に堕してしまうのだ。


◎[参考動画]小池都知事「希望の党」代表に(時事通信映像センター 2017年9月25日)

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)

編集者・著述業・歴史研究家。歴史関連の著書・共著に『合戦場の女たち』(情況新書)『軍師・官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)『闇の後醍醐銭』(叢文社)『真田丸のナゾ』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『天皇125代全史』(スタンダーズ)『世にも奇妙な日本史』(宙出版)など。

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