◆憲法記念日の菅首相のブラックジョーク

憲法記念日の5月3日、笑えないジョークを言い放った菅義偉首相は、政府と自民党の危険性をあらためて国民に知らせてくれた。

改憲派のオンライン集会に宛てたビデオメッセージで、「新型コロナウイルス感染拡大などを踏まえ、『緊急時に国民の命と安全を守るため、国家や国民の役割を憲法に位置付けることは極めて重く、大切な課題だ』と述べ、緊急事態条項の必要性を強調した」(時事ドットコム5月3日17時46分)のだ。


◎[参考動画]令和3年5月3日、菅義偉自民党総裁メッセージ(公開憲法フォーラム)

「国民の命と安全」を危機にさらしているのはどこのどなたなのか? コロナ対策では、基本となるPCR検査を拡充させることもなく、病床の急増も実現できず、補償をともなった休業要請措置も講じられず、ワクチン接種も異様な遅さである。方向性を示せず、そのつど何らかの政策らしきものを実行して成果を出せず、また何かをして成果が表れず失敗。その繰り返しだ。

2021年4月末時点で感染者率の人口比は、アメリカの9.8%、フランスの8.3%、イギリスの6.7%に比べ、日本の感染者率は0.45%と格段に低い。(2021年4月末)

その日本の医療がひっ迫している。単純に考えて、欧米なみに感染したら医療崩壊どころか社会崩壊状態になるだろう。そのような危機をもたらしたのは、純粋に医学的科学的問題より政治である。その責任は政府や与党にあるのに、「緊急事態条項」を憲法に導入して国民の自由や権利をはく奪しようという考えは、まったく倒錯している。

◆政府の暴走に歯止めない自民党憲法草案
 
冒頭の首相発言の根底には、2012年の自民党憲法草案がある。おそらく最大の問題点は、草案に組み込まれている「緊急事態条項」の新設である。

第98条(緊急事態の宣言)
1 内閣総理大臣は、我が国に対する外部からの武力攻撃、内乱等による社会秩序の混乱、地震等による大規模な自然災害その他の法律で定める緊急事態において、特に必要があると認めるときは、法律の定めるところにより、閣議にかけて、緊急事態の宣言を発することができる。

第99条(緊急事態の宣言の効果)
1 緊急事態の宣言が発せられたときは、法律の定めるところにより、内閣は法律と同一の効力を有する政令を制定することができるほか、内閣総理大臣は財政上必要な支出その他の処分を行い、地方自治体の長に対して必要な指示をすることができる。

総理大臣が緊急事態だと判断すれば、内閣が実質法律を制定でき、地方自治もなくなり、三権分立もなくなる。
 
第99条4項では「基本的人権に関する規定は、最大限に尊重されなければならない」と示されているので、うっかりすると安心してしまう。しかし、これが落とし穴だ。「基本的人権に関する規定を犯してはならない」と言う禁止事項ではなく、努力目標。独裁権力を握った勢力が、尊重などするはずがなく、政府の思うままである。

宣言発出の要件があいまいで歯止めがほとんどないに等しいのは、異常な憲法草案である。この自民党2012年憲法草案は、「ナチス憲法」と言われ、大批判を浴びた。かつてのドイツでヒトラーが完全に独裁権力を握るまでの事実経過をたどれば、批判は正当だ。


◎[参考動画]「誤解招いた」麻生副総理”ナチス憲法”発言を撤回(ANN 2013年8月1日)


◎[参考動画]ヒトラーの金融政策「正しい」発言 日銀委員が謝罪(ANN 2017年7月4日)

◆自民党憲法草案はナチスドイツをモデルに?

ヒトラーやナチ党について書かれた本は膨大にあるが、比較的わかりやすく面白いのは『ヒトラー 独裁への道~ワイマール共和国崩壊まで』(ハインツ・ヘーネ著、五十嵐智友訳、朝日選書1992年)。同書をもとに、独裁確立までの劇的なプロセスを確認したい。

ナチ党(国家社会主義ドイツ労働者党)は、選挙で勝利を積み重ね、今度こそ絶対多数を獲得しようと勝負をかけた1932年11月6日(ヒトラー首相誕生の2か月半前)の国会選挙で、敗北してしまった。

ナチ党は得票率を4.18%減らし33.09%へ、得票数も約200万票減らし、230議席から196議席(全議席584)に後退。第一党の座は保ったものの、直前までの飛ぶ鳥を落とす勢いからすれば敗北といえるだろう。

第二党は、社会民主党121議席、第三党は共産党100議席だった。共産党は、毎回選挙で着実に議席を伸ばし、この選挙では首都ベルリンで得票率30%超を得て単独トップに躍り出た。

この選挙後に、右翼系・保守系の政治家や政党の複雑な駆け引きや党利党略もあり、翌1933年1月30日、ヒンデンブルグ大統領はヒトラーを首相に任命した。権力を握ったいま選挙を実施すれば今度こそ絶対多数を獲得できる、と目論んだヒトラーは即座に国会解散を決め、投票は3月5日に設定された。

2月4日、憲法に定められた緊急時の大統領権限を利用し、「ドイツ国民の保護に関する大統領緊急令」を大統領に出させた。これにより、公共の安寧が脅威にさらされると当局が判断すれば、ストライキ、政治集会、デモ、印刷物の配布禁止と押収などが可能になった。

社会民主党や共産党は選挙キャンペーンどころか日常活動もままならなくなった。同時に全土でナチ突撃隊が反対勢力に対するテロをエスカレートさせていった。混乱の最中の2月27日、国会議事堂放火という事件が起きた。証拠もないのに共産党の陰謀だとデマ宣伝し、翌2月28日に、いわゆる「国会炎上緊急令」を布告。この緊急令を根拠に、共産党の国会議員、地方議員、共産党幹部の逮捕、全支部の閉鎖、共産党系出版物の発行禁止などがなされた。

こうして3月5日に国会議員選挙の投票日を迎え、ナチ党は得票率が43.9%に上昇し、647議席中288議席を獲得する大勝利を収めた。


◎[参考動画]憲法改正 議論進まぬ中 今週動きが……(FNN 2021年5月3日)

駄目押しは、国会に諮らず政府が法律を制定できる「全権委任法」の成立である。国会機能が無くなるのだから独裁が完成する。しかしこの全権委任法を成立させるには3分の2以上の国会議員の賛成が必要だった。本来なら可決できないはずだが、100名を超える共産党国会議員や社会民主党議員を逮捕(一部は国外に亡命)して討議にも投票にも参加させず、1933年3月23日に「非合法的に」成立した。

緊急事態だとして「大統領令」が二度出され、反対威力をテロで大弾圧した。これは自民党憲法の総理大臣による「緊急事態宣言」(草案98条)に通じる。

そしてドイツの「全権委任法」は、自民党憲法の「内閣は法律と同一の効力を有する政令を制定することができる」(草案99条)にならないのか。

緊急事態宣言を発令する要件があいまいで、ほとんど歯止めがない。あきれるのは、期間の延長をする場合の証人方法は書かれていても、期間の定めがないところも致命的だ。したがって、自民党憲法が実現化すれば、「ナチス日本」を誕生させかねない。このような憲法草案を未だに捨てていない自民党は、一部の人による支持で暴走している。

直近の5回の国政選挙(すべて第二次安倍内閣時代)において、比例代表で自民党と書いた人は、全有権者の16.7%から18.9%。選挙区で自民系候補に投票した人は、18.9%から25.0%。

少数者に支えられた自民党が、多数派を支配する悪夢が続いている。

▼林 克明(はやし まさあき)
 
ジャーナリスト。チェチェン戦争のルポ『カフカスの小さな国』で第3回小学館ノンフィクション賞優秀賞、『ジャーナリストの誕生』で第9回週刊金曜日ルポルタージュ大賞受賞。最近は労働問題、国賠訴訟、新党結成の動きなどを取材している。『秘密保護法 社会はどう変わるのか』(共著、集英社新書)、『ブラック大学早稲田』(同時代社)、『トヨタの闇』(共著、ちくま文庫)、写真集『チェチェン 屈せざる人々』(岩波書店)、『不当逮捕─築地警察交通取締りの罠」(同時代社)ほか。林克明twitter

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