自民党の最大派閥清和会は、細田博之が衆院議長に就任することにともない、安倍晋三元総理が会長に就任することになった。安倍派の誕生である。

清和会(清和政策研究会)は岸信介の派閥を源流に、福田赳夫の派閥として田中角栄派(七日会→木曜会)支配の時代には、保守傍流に甘んじてきた。

のちに竹下派(経世会)の分裂によって、森喜朗・三塚博らが合流することで、党内最大派閥となったものだ。衆参議員89人をかかえる最大派閥であるとともに、政策的には党内最右派でもある。

派閥の原理とは「寄らば大樹の陰」であり、党の公認や大臣への近道、選挙資金の提供など、いわばカネとコネである。そのうえで、政治信条が近い者たちが集まる、群れの原理ともいえよう。

そのいっぽうで、わが国にしかない「院政」という政治システムを体現したものでもあるのだ。その「院政」は国会でもメディアからも直接的な批判を受けない、巧妙な政治システムである。


◎[参考動画]安倍元総理が派閥復帰 “安倍派”誕生へ(TBS 2021年11月08日)

◆わが国にしかない政治システム

その巧妙な政治システムは、平安時代の摂関政治に由来するものだ。政治のイロハもわからないうちに帝に即位させられ、壮年期になって摂関家から「操りにくくなった」と判断されるや、若い皇子に譲位させられる。平安初期の帝は、藤原家の操り人形だったのである。

摂関家が帝を操り人形にしておきたかったのは、荘園という権益をまもるためだった。荘園は「公領」である建前のいっぽうで、貴族たちは国司・郡司の不入(ふにゅう)を決め込み、配下の者たちを荘官に任じることで蓄財をしていたのだ。地方の有力者が、開拓した荘園を貴族に寄進し、その荘官となるなることで正当性を得る。寄進領も平安期に増大した。

この不正蓄財は、友人や配下の者たちに特権をあたえ、政治資金として還流させてきた旧安倍政権の構造によく似ている。

◆政治の矢面に立たない政治

荘園に公正な税を課し、あるいは公地公民制を掘り崩す荘園の拡大を阻止したのが、後三条天皇であった。

34歳と、当時では「高齢」で即位した後三条は、荘園整理令で貴族たちに徴税を課した。藤原氏をはじめとする貴族が「記録が残っていないのでわからない」と抗弁すると、天皇は記録荘園券契所を設けて調査をはじめた。

さらには新たに延久宣旨枡を用いて、私升による徴税のごまかしを禁止する。こうして天皇執政の熱意に満ちていた後三条天皇だが、譲位後に四十歳の若さで亡くなってしまう。

後三条天皇を後継した嫡子貞仁親王が、本格的な院政を始めた白河天皇である。帝が退位して院(上皇)となり、院宣という勅命をもって若い帝をあやつる。この院政のメリットは、仙洞御所という役人が立ち入れない場所に逼塞したまま、その意味では政争を起こさないかたちで政治を行ない、身の安全を確保したことであろう。

◆安倍晋三の院政を占う

冒頭に言ったとおり、院政は巧妙な政治システムである。前総理が国会(答弁)に出ることなく、また記者会見を行なうことなく政局をにぎり議会政治を左右する。日本の院政の原型こそ、平安期の上皇という制度だといえよう。

政治権力の源泉は第一に資金力であり、第二に党組織の掌握(総理と幹事長を頂点とした執行部)、そして第三に官僚組織の人脈である。

かつて田中角栄は党外にありながら、多数派閥をカネで掌握することによってキングメーカーとなった。闇将軍、影の総理と呼ばれたものだ。

中選挙区制の金権選挙から、小選挙区制の党の統制力(公認)が強化されたいま、多数派閥の掌握こそが「院政」の力の源泉である。このことを、みずからの長期政権で知り尽くした安倍晋三は、安倍派を形成することで「院政」を敷こうとしているのだ。

◆田中派と同じ道をたどれば

かつて最大派閥の田中派を率いた田中角栄は、総裁選では自分の派閥から総裁候補を出さず、大平正芳、鈴木善幸、中曽根康弘らを順番に首相に据えることで、院政を敷いた。これによって派内の不満がたまり、最後は子分だった竹下登にクーデターを起こされた。じつは安倍さんも同じ道を辿ろうとしているのではないか、という指摘がある(自民党関係者)

安倍晋三は前回の総裁選で、無派閥の菅義偉・首相を支持している。今回もわざわざ、無派閥の高市氏を担ぎ出した。細田派では安倍側近の下村博文が出馬を希望していたにもかかわらず、安倍は後押ししようとはしなかったのだ。細田派から総裁候補が出馬すれば、派内の世代交代が進んで実権を失うからだ。派閥の後継者をつくらないのは、自民党院政の常套手段でもあるのだ。

そうした手法は細田派内に大きな不満を生み、総裁選前に若手議員の蹶起をまねいた。福田康夫元総理の長男で「細田派のプリンス」と呼ばれる福田達夫が「長老支配打破」を掲げ、派閥横断的な若手グループ「党風一新の会」(約90人)を旗揚げした。細田派からも1~3回生議員16人が参加している。

福田達夫氏は衆院当選3回だが、54歳の中堅政治家である。安倍にとってはキングメーカーの地位を脅かす存在といえよう。細田派は達夫の祖父の福田赳夫元総理がつくった福田派がルーツで、いわば派閥のオーナー家とも言えるのだ。3代目の達夫も、祖父と父に続く「将来の総理・総裁候補」の呼び声が高い。党内では、小泉進次郎環境相の「兄貴分」としても知られる。

◆3代にわたる安倍家と福田家の確執

そして安倍家と福田家には3代にわたる確執がある。派閥の創立者である福田赳夫は、安倍の晋太郎が初めて総裁選に出馬したとき、子飼いの中川一郎氏を出馬させて、わざと晋太郎さんの票を削ったのだ。晋太郎に後継者として力をつけさせないためだった。2代目の康夫も安倍晋三も肌が合わず、小泉政権時代に官房長官と副長官として、北朝鮮政策をめぐって激しく対立した。

因果はめぐる。いまは攻守所を変えて、安倍が派の実権を握っているが、派閥を奪い返されないために福田家の3代目に絶対に力をつけさせたくないはずだ。

福田達夫は安倍が派閥に君臨している限り、自分の出番を邪魔されることが分かっている。この機会に若手を結集して、安倍に世代間闘争を仕掛けたのである。

福田達夫の旗揚げを聞いて、安倍の目の色が変わったという。それまで総裁選は高みの見物だったが、自分の力を見せつけようと、高市早苗を支援して総裁選に深く介入していったのだ。

内容のなさを露呈しているものの、「将来の首相」ともてはやされている小泉進次郎環境相と組み、「小泉進次郎内閣が誕生すれば福田官房長官」と言われている。安倍晋三の「院政」開始が、その基盤である安倍派そのものの分解につながる可能性が高いと、まずは占っておこう。

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)
編集者・著述業・歴史研究家。歴史関連の著書・共著に『合戦場の女たち』(情況新書)『軍師・官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)『闇の後醍醐銭』(叢文社)『真田丸のナゾ』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『天皇125代全史』(スタンダーズ)『世にも奇妙な日本史』(宙出版)など。

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