◆ムエタイに異変

1941年にタイ国に於いていちばん最初に創設されたボクシング競技場となるラジャダムナンスタジアム。当初は露天の試合場であったこの歴史ある殿堂スタジアムの創設以来、長年に渡り伝統仕来りを貫いてきた過去から大きな変革が発表されました。

昨年9月18日のルンピニースタジアムに続いて、ラジャダムナンスタジアムも女子選手出場を解禁。当初の予定では7月22日興行での女子選手の試合が予定されました。8月5日に延期情報はありましたが解禁は実施。

ルンピニースタジアムとラジャダムナンスタジアムの二大殿堂だけは伝統をしっかり守って欲しかったという意見は多いですが、時代の流れとはブレーキが利かず、過去の歴史を覆してまで行なう改革なのかは疑問ながらも仕方無いことなのでしょう。

ラジャダムナンスタジアム。ここに来るだけで歴史と伝統、権威を感じる外観

◆新企画、ラジャダムナンワールドシリーズ開催

そんな伝統を崩す女子解禁に対し、7月初旬に画期的なラジャダムナンワールドシリーズ(RWS)を開催することを発表したラジャダムナンスタジアムは、女子フライ級に於いてタイ人選手4名、外国人選手4名の計8名でのトーナメント方式での王座決定戦を発表。ここからが女子試合解禁となるスタートでした。

7月9日に祈祷師を招いて、女子解禁へ改革するお祈りをしたといわれる

男子に於いても4階級で開催予定。当初はスーパーウェルター級(ムエタイはプロボクシングと同様のリミット)で開催発表の後、フェザー級、ライト級、ウェルター級で開催発表がありました。いずれも女子トーナメントと同じ8名参加トーナメントになります。準決勝まで3回戦で、ややシステムの変更有る特別ルール。7月22日から10月にかけて行われます。

現在のタイでは日本と同じくテレビ局が急激に増えた多チャンネル化で、コンテンツとしてスポーツ番組が必要とされる中、ムエタイ中継は特に視聴率が良く、暫くはこんな時代が続くと思われます。

このイベントの背景にはテレビ番組制作会社の後押しがあってのこと。伝統のスタジアムとして、世界から挑んでくるような最高峰の威厳をもたらしていければ権威向上と言えるでしょうが、これがワールドチャンピオンシップとして歴史を刻んでいくのか、どんな予選選抜を勝ち抜いてトーナメントに加わって来るのか、メンバー数合わせの都合のいい面子になるのか、一部のスポンサーやテレビ局、プロモーターの策略で一時の盛り上がりでブームが去って廃れるかは暫く様子を見ないと分かりませんが、価値ある争奪戦となるよう期待したいところです。

女子フライ級トーナメント対戦カードの発表

ラジャダムナンワールドシリーズチャンピオンベルトも公開

◆群衆から作り上げられた権威

「もうルンピニースタジアムなど、観衆減少を食い止める対策の一つとしてラウンドガールをリングに上げて、女人禁制もお構いなし。ラジャダムナンスタジアムもディスコさながら、サーチライトぐるぐる回したり、女子のディスクジョッキー起用したり、ずいぶん変わってしまった殿堂スタジアムです」という日本人観戦者の感想。

かつて世界最高峰と言われた二大殿堂は、すでに神聖なるリングでは無くなった様子。スーパースター級の名選手の出現が聞かれないのも久しい現実です。

1970年代から90年代まではムエタイマニアが聞けば納得の名チャンピオン、ランカーが揃っていたものでした。タイトルマッチも頻繁に行われ、二大殿堂を目指して来る、地方で力を付けて来た選手を起用する大物プロモーターの存在、集まって来るギャンブラー等観衆が押し寄せ、これらの群衆が権威を高めて来たと言えるでしょう。現在の低迷はコロナ禍で興行が中止されてきた期間が長かった影響が一番大きいものの、それ以前からタイの経済発展がハングリー精神を無くしてきた時代の流れがあったのも事実でしょう。

TAKUYA(今村卓也)がチャンピオンとして上がったラジャダムナンスタジアムのリング

◆世界最高峰の威厳、RWSに懸けたい将来性

スタジアムが演出で派手になることは致し方ないとして、スーパースター級出現の期待、世界からこの世界最高峰を目指してくる慣習を守ることは、今なら権威を保てるギリギリのライン。ただ、タイ国に於いて歴史ある伝統建設物を保とうという意識は薄く、価値ある建造物を解体して高層タワーマンションを建てることに反対運動も少なく、新しいものに絶賛する人種であることが懸念されるという現地在住の切実なる日本人ビジネスマンの意見。

壊してしまってからいずれ気付くであろう、失ったものは戻ってこない、もう戻せない現実。これまで最高峰と位置付け、称賛されてきた二大殿堂がコツコツと積み上げて来た権威と実績も一瞬で壊すこと可能な脆いものであることも事実。ムエタイだけはそうならないことを祈りたいものです。

コツコツと実績を積み重ねていけるか、ラジャダムナンワールドシリーズはテレビ局、スポンサー主導のイベント中心であることは否めないところ、企画だけ考えれば画期的チャンピオンシップであることは推奨したいものです。

ラジャダムナンスタジアム。激闘の歴史が漂う館内

▼堀田春樹(ほった・はるき)[撮影・文]
フリーランスとしてキックボクシングの取材歴32年。「ナイタイ」「夕刊フジ」「実話ナックルズ」などにキックのレポートを展開。ムエタイにのめり込むあまりタイ仏門に出家。座右の銘は「頑張るけど無理しない」

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