たとえば隣席の同僚が使っている香水が神経に障って、使用を控えるように要望する。同僚は、取り合ってくれない。けんもほろろに撥ねつけた。総務部へも相談したが、「あの程度の臭いであれば許容範囲」と冷笑する。

次に化学物質過敏症の外来のあるクリニックを訪れ、すがるような気持ちで診断書を交付してもらい、それを持って再び総務部へ足を運ぶ。やはり拒絶される。そこでやむなく隣席の同僚に対して高額な損害賠償裁判を起こす。

化学物質過敏症を訴える家族が団らんする場面

夜が深まると壁を隔てた向こう側から、リズムに乗った地響きのような音が響いてくるので、隣人に苦情を言うと「わが家ではない」と言われた。そこでマンションの管理組合に相談すると、マンションに隣接する駐車場の車が音の発生源であることが分かった。「犯人」の特定を間違ったことを隣人に詫びる。

新世代公害の正体は見えにくい。それが人間関係に亀裂を生じさせることもある。コミュニティーが冷戦状態のようになり、住民相互に不和を生じさせるリスクが生じる。

◆実在の事件をドラマに、ロケは事件現場

 

左から主題歌「窓」の作曲者:Ma*To、主題歌を歌う小川美潮、音楽を担当した板倉文の各氏。Ma*To氏は横浜副流煙裁判の被告として法廷に立たされた。

デジタル鹿砦社通信でも取り上げてきた横浜副流煙裁判をドラマ化した『[窓]MADO』(監督・麻王)の上映が、池袋HUMAXシネマズ(東京・池袋)で12月16日から29日の予定で始まる。

煙草による被害を執拗に訴える老人を西村まさ彦が演じる。また、煙草の煙で化学物質過敏症になったとして隣人から訴えられ、4500万円を請求されるミュージシャンを慈五郎さんが演じる。慈五郎さんは、上映に際して次のようなメッセージを寄せている。

「煙草がメインテーマになってくる話なのですが、今、煙草自体を吸うシーンが、あまり見られなくなっています。コンプライアンスの問題だと思いますが。その意味で、こんなに真っ向から煙草をテーマにした映画っていうのは、勇気もいるだろうし、共感できる部分も色々あります」

この映画は実際に起きた事件をベースにしたドラマである。ロケも事件現場となった横浜市青葉区のすすき野団地で行われた。その意味では、事件をドラマで再現したと言っても過言ではない。

しかし、法廷に立たされた被害者であるミュージシャンを擁護した映画ではない。ミュージシャンを訴えた家族の立場からも事件を考察して、新世代公害の複雑な側面を描いている。その意味では客観性が強い作品である。

◆新世代公害という未知の領域

かつて公害といえば、赤茶けた工場排水が海へ放出されている光景とか、工場の煙突から黒々としたスモッグが立ち昇る場面など、具体的なイメージがあった。従ってカメラは問題の所在を特定することができた。それゆえに映像化も容易だった。

ところが新世代公害は正体が見えにくい。それゆえにマスコミの視点もなかなかそこへは向かない。が、水面下では公害の世代交代が急速に進んでいて、新しい形の被害を広げている。コミュニティーの破壊をも起こしている。

米国のCAS(ケミカル・アブストラクト・サービス)が登録する新生の化学物質の件数は、1日で1万件を超えると言われている。複合汚染を引き起こす。

新世代公害の実態は大学の研究室の中ではある程度まで解明されていても、どのように人間関係やコミュニティーを分断していくのかという点に関しては考察されてこなかった。映像ジャーナリズムも、この点を凝視することを怠ってきたのである。背景に利権があるからだ。

『[窓]MADO』は、この未知の領域に正面から挑戦した作品である。


◎《予告編》映画 [窓]MADO 12/16(金)公開 @池袋HUMAXシネマズ

■『[窓]MADO』の公式サイト https://mado-movie.jp/

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)他。
◎メディア黒書:http://www.kokusyo.jp/
◎twitter https://twitter.com/kuroyabu

黒薮哲哉『禁煙ファシズム-横浜副流煙事件の記録』

タブーなきラディカルスキャンダルマガジン 月刊『紙の爆弾』2023年1月号