菅義偉官房長官は2月18日の記者会見で、新型コロナウイルス(COVID-19)による肺炎の治療薬剤開発に関し、国立国際医療研究センター(東京都新宿区)を中心に抗エイズウイルス(HIV)薬剤の臨床試験の早期開始に向けて準備を進めていると説明した。


◎[参考動画]2020年2月18日(火)午前-内閣官房長官 記者会見

いまのところ対処療法しかない新型コロナウイルス(COVID-19)に対して、一部の抗ウイルスHIV薬剤の有効性が伝えられていた。HIV対策にはウイルスに感染した人に対する薬剤と、ウイルスの侵入を防ぐ薬剤など様々な薬剤が開発されている。今回新型コロナウイルスに有効であろうと見込まれているのは、現在VIIVという英国の製薬剤会社だけが、特許を保有する「ウイルスの侵入」を防止する薬剤である。


◎[参考動画]Living with HIV? Today, it’s just living.(ViiV Healthcare)

2月14日、本通信で報告した通り、新型コロナウイルスは「4つのインサートすべてのアミノ酸残基の配列は、HIV1 gp120またはHIV-1 Gagのアミノ酸残基のそれと同一または類似しています」との研究結果が示唆する挙動を見せていることが、ここ数日でも複数の研究者から明らかになった。

そこで、日本政府も同様の薬剤の臨床試験を行う姿勢を見せたということである。しかし、現在同様の薬剤剤は世界でVIIV社しか製造していないことから、特許や販売許可への障壁も考えられる(VIIV社には塩野義製薬も出資している)

「The Lancet」が非常に権威のある科学雑誌であることは、前回本通信でご紹介したが、通常有料でしか購読できない同誌が、新型コロナウイルス(COVID-19)に対しては、その緊急性と重要性を認識したためか、無料購読の許可を続けている。一般には「一年以上かかるだろう」といわれている対策薬剤の製造が、VIIVが保有しているHIV対策ウイルスの援用により、早まることが期待される。


◎[参考動画]ワクチン準備に18カ月(2020/02/12)

巷では、紙のマスクが店頭から姿を消している。けれども、罹患者が他者への伝染を防ぐ効果は紙マスクには期待できるが、ウイルスは極小さな粒子であるので、紙マスクをしているからといって「予防」にはあまり役に立たないことは、冷静に知られるべきだろう。紙マスクを利用すればわかるが、鼻と肌のあいだに、まったくマスクが覆わない部分が、よほど注意しないと生じるし、そもそもウイルスの粒子の大きさは、一般的(特殊に繊維の細かいものを除く)な紙マスクであれば、通り抜けてしまう。

売り切れた紙マスクが手に入らず、途方に暮れる方々は、綿の布を水に浸してその上からタオルを巻く(見かけは悪いが)などの手段をとる方が、簡単で有効だ。

(本稿は医学に造詣の深い複数のかたのアドバイスをいただき構成した)

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

月刊『紙の爆弾』2020年3月号 不祥事連発の安倍政権を倒す野党再建への道筋

『NO NUKES voice』22号 新年総力特集 2020年〈原発なき社会〉を求めて

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2月になっても黄色い実をつけている信夫山のユズ。福島市のユズは出荷制限が継続している

毎年恒例の「信夫三山暁まいり」を翌日に控えた今月9日、福島市北部の信夫山(しのぶやま)中腹にはユズ(柚子)の黄色い実が冬枯れの木々の中で一層、鮮やかな色を見せていた。かつて「ユズ栽培の北限」と言われた信夫山。しかし本来であれば、この時期にユズの黄色い色が映える事は無いはずだ。熟しすぎて落下したユズの実には、鳥がついばんだ跡があった。季節外れの景色は一見、美しい。しかしこれもまた、2011年3月の原発事故がもたらした影響だった。信夫山ガイドセンターのガイドスタッフが残念そうに語った。

「原発事故が起きる前は、だいたい12月中にはある程度収穫されていました。でも、原発事故で国の出荷制限がかかっているから収穫出来ない。だから、2月になっても実がついてる。きれいかもしれないけど、これは本来の景色では無いんです」

今さら言うまでも無く、福島第一原発の爆発事故に伴う放射性物質の飛散は60km離れた福島市にも及んだ。2011年6月20日の福島市の測定では、信夫山ふもとの「所窪団地公園」で空間線量は2.61μSv/hに達した。福島県のホームページでさかのぼれる最も古いデータでも、2012年9月6日正午時点で「信夫山公園」の空間線量は1.46μSv/hだった。同日同時刻の「信夫山子供の森公園」では1.27μSv/h。事故が起きる前は0.04μSv/h前後だったから、原発事故から1年半が経過しても実に31倍から36倍もの汚染状況だったのだ。

信夫山のユズ畑の中には、いまだに空間線量が0・3μSv/hを上回る場所もある

「福島県福島市及び南相馬市において産出されたゆずについて、当分の間、 出荷を差し控えるよう、関係自治体の長及び関係事業者等に要請すること」

2011年8月29日、当時の菅直人首相(原子力災害対策本部長)が佐藤雄平知事(当時)に対し、出荷制限を指示した。その5日前に行われたサンプリング検査で680Bq/kg、760Bq/kgという高い数値が検出されていた。国の指示は「当分の間」だったが、出荷制限は今も解除されていない。

福島県農林水産部園芸課の担当者は「出荷制限解除の考え方は、1本でも基準値を超えるユズの木が出てしまったとかそういう事では無くて、危険な物が含まれていないという事を示せなければいけません。そのためには、栽培の状況を確認した上でモニタリング検査をして、基準値を超過していない事を確認する必要があります。それがある程度確認出来た段階で県から国に解除を申請します」と説明する。

「でも、まだモニタリング検査をするまでに至っていないんです」と担当者は話す。

出荷制限を受け、福島県が作成した注意喚起のチラシ。出荷制限解除の見通しは全く立っていない

「そもそも、基準値を超えるようなユズの木がどのくらいあるのか分かっていないんです。しっかり管理されて栽培されているものばかりであれば把握しやすいのですが、庭先で小規模に育てているものもあります。ユズ栽培の実態がどうなっているのか、今は福島市やJAと調べている段階です。なので、今の段階で公表出来る数値はありません。まずは実態把握をしているという事です」

9年という歳月を経ても、出荷停止解除の見通しさえ立っていない。いや、見通し以前の段階だと言わざるを得ない。これが信夫山のユズを取り巻く現状だった。これが原発事故が奪ったものの大きさだった。

福島市農業振興課の担当者も「まだ出荷制限解除を口に出来る段階ではありません」と話す。だが、福島県の検査でも、2018年11月20日の段階で検出された放射性セシウムは5.70Bq/kgにとどまっている。何がネックとなっているのか。そこにはユズの特性があるという。

「リンゴやモモですと、1本の木になる実に含まれる放射線量はだいたい同じです。逆にユズはバラバラなんです。しかも規則性・法則性がありません。しかも、前年に『不検出』だった木でも、今年測ったら高い数値が出る場合もあるんです。他の果物だと、いったん数値が下がったら上がる事はほとんど無いのですが、ユズは残念ながらそうでは無いのです。仮に費用も人手もかけて全部の実を測ったとしても、もう放射性物質が検出されないと言い切れません。そこがユズの難しいところなのです」

現実的には、福島市内の全てのユズの実を検査する事など不可能だ。しかも、他の果物と違い、農園のようにきちんと管理された状態で栽培されている木ばかりでなく、庭で小規模に育てて直売しているケースもある。「JAを通してある程度、大規模に出荷しているようなものは追跡出来ますが、そうでない物はそもそも把握が難しい」(福島市農業振興課)。現在、栽培農家に調査票を配って把握に努めている段階だという。

信夫山に仮置きされている除染廃棄物。順次、中間貯蔵施設に運ばれる

過去には、当時の佐藤雄平知事が米の〝安全宣言〟を発した直後に基準値を上回る数値が検出されてしまった事もあり、福島市農業振興課の担当者は「全体として数値は下がる傾向にあり、その意味では安全だと言えます。でも、もし出荷制限解除後に100Bq/kgを超えるユズが出てしまったら、風評などより悪い結果を招いてしまいます。今の段階で焦って解除を求めてはいません。福島市にとってユズは大切なものですから、どうしても慎重にならざるを得ない部分はありますね」と話した。

信夫山を散歩する親子。被曝リスクを心配する人は表面的には少なくなった。一方で「心配してもしかたない」との想いもある

前述のガイドは、市街地を見下ろしながらこうも言った。

「原発事故直後は、面白半分と言うのかなあ、興味本位と言うべきか、われわれにとっては不愉快でしたけど『原発の状況どうですか?』なんて尋ねられる事も多かったですよ。そんな事を尋ねるためにわざわざ福島に来たのか、と面白くは無かったですよね。別にそれほどの影響というか、この辺りは浜通りに比べればそれほど放射線量が高かったわけでは無いのにね。食べ物にしたって、全部検査しているのは全国で福島県だけだから。店で販売されているものは全て検査をクリアして安全なもの。むしろ他県より安全なんだよ」

顔は笑っていたが、明らかに不快感がにじんでいた。

原発事故から2年後の2013年からは、「信夫三山暁まいり」の初日に「福男・福女競走」が行われるようになり、初代福女は中学生。今年も福島市内の中学生が福女になった。

地元で暮らす人々にとっては、街のシンボルである信夫山がいまだに汚染されていると思われるような状態は確かに不愉快だろう。だが一方で、信夫山中腹のユズ畑で、筆者が持参した線量計は場所によっては0.3μSv/hを上回った。さらに山を登ると、公園の奥には除染で取り除かれた汚染土壌などが仮置きされて搬出の順番を待っている。残念ながら、原発事故の影響は今も続いている。出荷制限などほど遠いユズの状況がそれを端的に物語っている。

▼鈴木博喜(すずき ひろき)
神奈川県横須賀市生まれ、48歳。地方紙記者を経て、2011年より「民の声新聞」発行人。高速バスで福島県中通りに通いながら、原発事故に伴う被曝問題を中心に避難者訴訟や避難者支援問題、〝復興五輪〟、台風19号水害などの取材を続けている。記事は http://taminokoeshimbun.blog.fc2.com/ で無料で読めます。氏名などの登録は不要。取材費の応援(カンパ)は大歓迎です。

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特定危険指定暴力団工藤會本部事務所・工藤会館(北九州市小倉北区)の跡地の利用計画が決まったという(西日本新聞2月6日)。工藤会館は暴対法による使用禁止処分により、事実上の封鎖状態になっていたところ、北九州市のあっせんで民間業者が買い取っていたものだ。

工藤会館

四階建て鉄筋づくりの白亜のビルは、二階が事務所と応接機能、三階に広間、四階に会長室(ラウンジ仕様)があった。落成したのは80年代なかばのことになるが、当時すでに暴力団には会場を貸さないという行政指導が行なわれ、ヤクザは早晩、盃事の場所にも困ると考えられていた。当時の溝下秀男若頭が他に先んじて自前の施設をつくったのが、工藤会館なのである。

四代目工藤會継承式(溝下秀男から野村悟へ)の動画があるので、興味のある方は参照されたい。司会の玉井金芳氏は作家火野葦平の未子、先般アフガンで亡くなられた中村哲医師の叔父にあたる。


◎[参考動画]四代目工藤會 継承式1

西の隣が小倉競輪場(メディアドーム)で、わたしが取材していた当時は東側がラブホテルという立地なので、落ち着いた場所とは言えなかったかもしれない。事務所番に入る若い者たちは、なぜかウキウキしていたと、上高謙一秘書室長が語っていたものだ。

その理由とは、組織内ではほぼ御法度(溝下が賭け事を嫌った)の競輪ではなく、ラブホの窓が開いていれば部屋の天井がミラーになっているので、恋人たちのあられもない肢体が見えるというものだった。

◆不思議な機縁

さて、その跡地を業者から買い取ったのが、奥田知志氏が理事長をつとめる「抱樸(ほうぼく)」というホームレス支援のNPO法人なのである。同法人が生活困窮者の就労支援や子ども食堂といった弱者支援の施設を建設して「総合的な福祉拠点」を目指すという。資金は寄付金による。奥田理事長は「(工藤会本部事務所跡地に)新しいものを造る必要がある。北九州市の未来のため、重い歴史を、明るい歴史にしたい」と話した(西日本新聞)。

周知のとおり、奥田氏はシールズの奥田愛基さんの父親である。わたしは直接の知己はないが、奥田父は関西学院大学神学部の出身で、学生時代は釜ヶ崎支援の活動を行なっていた。

じつはわたしも、関西学院の成全寮に宿泊したことがある。関西学院から釜ヶ崎を支援するのは、ブント系某派の拠点活動でもあったのだ。

とはいえ、神学部の活動家は入学の頃から牧師になるのを志望しているので、釜の活動家になるという雰囲気ではなかったのではないか。新たに入信する牧師志望は、同志社の神学部(プロテスタント)か関学(カトリック)かという選択肢だったときく。牧師志望の関学の学生たちと、解放の神学(第三世界でのキリスト教の民衆運動)の研究会をやった記憶がある。

それにしても、工藤會の跡地がホームレス支援の拠点になるというのは、運命的なものを感じさせる。工藤會中興の祖というべきか、工藤組と草野一家を再統合した立役者というべきか。いずれにしても工藤會を九州一の組織に発展させたのが溝下秀男である。

工藤會を九州一の組織に発展させた溝下秀男名誉顧問

◆孤児院への支援

その溝下は、筑豊の孤児だったのである。溝下の幼少期は、ちょうど酒田に記念館がある土門拳が「筑豊の子供たち」という写真で筑豊を紹介し、観光客たちが写真を撮りに訪れるという、筑豊炭鉱の全盛時代であった。

幼い溝下にとっては、見世物にされることへの反発から観光客を追い返したこともあった。幼い妹たちを養うために、狸掘りという盗掘方法(本坑の横から狭い穴を50メートルほど掘って、夜間に石炭を盗掘する)で糊口をしのいだという。中学の時には会社をつくり、子分を従えていたという。

やがて門司の大長組をへて極政会を結成し、独立独鈷で一家をなす。ボクサーを志して上京ののち、田中六助(自民党幹事長・通産大臣など)に政治の世界に誘われるも、31歳での稼業入り(草野高明と親子盃)だった。

その溝下が心掛けたのが、孤児院への寄付や支援だった。北九州一円はもとより、遠くはドイツの孤児施設まで支援はおよんだ。前述した上高氏は「暑い中ですねぇ、鉄棒やらジャングルジムを組み立ててですね。たいへんな思いをしましたけど、子供たちが喜んでくれてですね」と語っていたものだ。

溝下氏と宮崎学氏の「任侠事始め」、上高氏と宮崎学氏の「小倉の極道冤罪事件」「極楽記」(いずれも太田出版)をわたしが編集したのは、もう20年近く前のことになる。2008年に溝下秀男が他界し、工藤會は急速に求心力をうしなう。

現在は中央機関(本家)がなくなり、情報交換のために幹部会がひらかれる程度だという。獄中の野村悟総裁の手記を見つけたので、興味のある向きはご覧ください。

◎工藤會 野村悟総裁「独占獄中手記」【前編】(2019年10月29日付週刊実話)

みずからの来歴と工藤會の歩みはそれなりに描かれているが、溝下没後に起きた粛清劇については何も書かれていない。全国のヤクザはおろか、警察のなかにも畏敬する信者がいた先代溝下にくらべて、野村氏の治世はあまりにも情けないと評しておこう。わたしもまもなく溝下の齢をこえる。

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)

編集者・著述業。「アウトロージャパン」(太田出版)「情況」(情況出版)編集長、最近の編集の仕事に『政治の現象学 あるいはアジテーターの遍歴史』(長崎浩著、世界書院)など。近著に『山口組と戦国大名』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『男組の時代』(明月堂書店)など。

月刊『紙の爆弾』2020年3月号 不祥事連発の安倍政権を倒す野党再建への道筋

鹿砦社創業50周年記念出版『一九六九年 混沌と狂騒の時代』

田所さんから1月27日付「反論」への「反批判」をいただいた。ありがたいことである。論争というものは、テーマと論点を鮮明にするのみならず、自分の論述にも厳密さを求めるようになる。文章修行には良いものだと思う。

とはいえ、田所氏の所論である「山本太郎の独裁体質」については、感覚的にそう感じる以上のものではない、政治論ではないことがほぼ了解できた。山本太郎の政策の変遷については、選挙戦術論と回答した以外の答えは当方にはない。それが選挙政治の現実だからだ。その他、細かい部分は後段にまわして、核心部から検証してみよう。天皇制と元号についてである。

前回の「反論」においてわたしは、
「個人の思いをこえて、元号に反動性があるというのならば、ぜひともそれを詳述して欲しい」と要請してみた。田所氏がいったいどのような理解において、元号を批判するのかを知りたかったからだ。

なにしろ「わたしはその党名(れいわ新撰組)を書けない」つまり、元号を書くことが出来ないというのだから、それ相応のディープな批判内容があるものと期待したのである。しかるに「いちいち学者や研究者著作からの引用を持ち出さなくとも、元号が天皇制と直結していることに争いはない」と至極あたりまえの回答しか得られなかった。せっかく挑発しているのに、いや、ぜひともと誘っているのだから、元号にかんする独自の論証があるものと期待したが、残念ながらそうはならなかった。

たとえば昭和天皇の重大な罪業らしきものを匂わせ、書けない理由を、
「それをここで書きたい。が、書けない。なぜか。いくら『タブーなき』鹿砦社のメディアであっても、『そのこと』を書けば、『そのこと』が事実であっても、鹿砦社業務に支障が出たり、わたし自身の身に危険が及ぶ可能性があるからだ」としている。ぜひともメールで、わたしにお知らせ願いたいものだ。何も心配する必要はない。前科(政治犯歴)のあるわたしには失うものはないし、日本には闘うべき言論の自由があるのだから、わたしの責任において本欄に公表しよう。

ちなみに、わたしは昭和天皇の戦争責任は戦犯として訴追され「処刑に値する」と考えるが、死刑廃止論者なので禁固刑がいいところだろう。田所さんは東アジア反日武装戦線の「虹作戦(爆殺未遂)」を評価しておられるが、これにもわたしは反対だと述べた。国民・人民がみずから天皇制を廃絶するのでなければ、イデオロギー装置としての天皇制は廃絶しないからだ。

◎[関連記事]NHKがキャンペーンする「昭和天皇の反省」 田島道治ノート「天皇拝謁録」(2019年8月19日付横山茂彦論考)

それにしても、、田所さんが書いている昭和天皇の戦争責任の法的な脈絡は、あまりにも粗雑に過ぎると指摘しておこう。大元帥としての道義的な責任(最高責任者)ということならば理解できるが、太平洋戦争中の昭和天皇の具体的な行動を論証する必要がある。

たとえば「生きて虜囚の辱めを受けず」(陸軍戦陣訓、東条英機)を、昭和天皇が兵に直接命じた事実があるのだろうか? あるいは「天皇制とみずからの命乞いのために、マッカーサーに泣きついた」とは、どの史料にあるのか、ぜひとも教えて欲しい。文献史学は史料に基づいてこそ、初めて立論となるのだ。

◆天皇制と元号について

田所氏はわたしに、こう問われている。
「元号と天皇制は結び付いていませんか?」(田所氏)と。元号が天皇制そのものであることは、誰もが自明のこととして了解しているであろう。この原初的で平易な問いかけはしかし、じつに好感を持てる。

そこで、あえて田所さんの平易な「疑問」に応えよう。元号と天皇制は必ずしも不可分ではない。天皇制と元号が機能しない歴史もあったのだと。

すなわち多くの時代において、元号(天皇)は、その時代の政治権力と結びつかなかったのだ。広義の天皇制においては、元号が単なる飾りにすぎなかったことを、わが国のながい歴史はおしえている。だからこそ、天皇制の廃絶は不可能と絶望する田所さんには意外なことかもしれないが、天皇制を崩壊させる展望もあると言いたいのである。

はて、天皇制には広義のものと狭義のものがあるのだという、わたしの概念設定に読者は驚かれるかもしれない。その区分に意味はあるのか? いや、そもそも天皇制の定義は、それでは何なのだろうか、と。そこで、まずは「天皇制」という言葉の定義から始めるべきであろう。

天皇とはそもそも、律令制(法律)の頂点に君臨する位階職制の認定者(人事権掌握)であり、その意味で政治権力である。天皇が政治権力と結びいて機能することを「天皇制」というのだ。これは天皇が自然な在り様であって、畏敬の念やその象徴的な具現である神事・祭祀が、単に伝統行事にすぎないとみる天皇崇拝者にとっては、左翼が云う「政治規定」ということになる。

つまり「天皇制」とは、天皇と政治が結合した政体であり、もともと左翼用語なのだ。天皇主義の右翼は、けっして天皇制という言葉をつかわない。安易に「天皇制」なる言葉を使う右翼は、左翼文化を刷りこまれた似非右翼と指弾されるはずだ。だがこのさい、左翼か右翼かはどうでもいい。政治権力と結びつくかぎりで、天皇(禁裏)と政治の結合こそが、天皇制権力(狭義の意味での天皇制)なのである。

しかしながら、天皇制権力は古代飛鳥王朝(乙巳の変以降)から奈良王朝(称徳帝)に健在であったものが、平安末期の院政、南北朝(建武の中興)を除いて近代にいたるまで、ほぼ完全に骨抜きにされてきた歴史がある。元号が連綿と続いてきたにもかかわらず、広義の天皇制は権力を失っていたのである。

平安前期は摂関権力に牛耳られ、鎌倉時代には承久の変によって天皇権力は京都から放逐された。初めての公武政権である室町幕府において、天皇家は日本国王の名称すら簒奪され(足利義満の外交文書)、江戸時代の幕藩体制によって禁裏は家職への逼塞を余儀なくされた。これら日本史の大半の時代において、天皇制は権力を喪失していたのである。

これで回答になっているだろうか。天皇制と元号は結びついている、どころか本来は一体のものである。にもかかわらず、かならずしも天皇制権力を体現してきたわけではないのだ。したがって、元号が天皇制そのものとはいえない。いまや元号は事件や事変の歴史的呼称として、日本史研究の道標になるという評価が妥当なところだろう。

田所氏は「その元号を書けない」というのだから、代わって令和という元号への批判をわたしの過去の投稿から紹介しておこう。『新元号「令和」には「法令の下に国民を従わせる」という意味もある』これを参考にして欲しい。

◆議論のためには、論証をしなければならない

ところで、最初の反批判で横山の「テーゼ」に同意したという田所氏は、しかし以下の質問には答えてくれていない。1月27日のわたしの疑問を再録しよう。

「『わたしが危険性を感じるのは、むしろこのテーゼが無効化された現在の状況を前提とした議論である。』(田所氏)というのだが、その中身がまったく展開されていないのだ。なぜ『(横山の)テーゼが無効化され』て「現在の状況』があり、それを『前提とし』なければならないのか、これではよくわからない。」

田所氏においては、文脈をとらえずに、論旨を理解できないまま書かれることが多い。具体例を天皇制批判の核心的な部分から引いてみよう。

「《むしろ天皇制が持つ融和性(汎アジア主義・国民的親和性)》と仰天するような評価を披歴なさっている。仰天するとい(う)のは、横山さんが『情況』という雑誌の編集長だからだ。個人の意見としてそのように考える人がいるであろうことは知っているが、『情況』という雑誌の性質を、わたしは完全に誤解していたのかもしれない。天皇制のどこに「国民的親和性」があると横山さんは主張なさるのであろうか。」

ここでは、天皇制の融和性と民族排外主義が相反するという論旨を捉えそこなっているうえに、語意の「国民的親和性」も理解できていない。

天皇制が「汎アジア主義」であるがゆえに、侵略戦争の思想的な背景になったことは、田所氏が云うとおり「アジアへの侵略」である。しかし天皇制を背景にした五族協和――大東亜共栄と民族排外主義、あるいはヘイトクライムのレイシズムは、そもそも相反する思想なのだ。

ネトウヨが平成天皇の汎アジア主義的(親韓的)な発言に対して「明仁は最悪な朝鮮人天皇です 泥棒 朝鮮人ばかり活躍させているゴキブリ天皇日本の敵 天皇死ね!」と罵倒するのは、いったいなぜなのだろうか。両者が相反するからなのである。この論旨を無視して、田所氏は「汎アジア主義」という言葉だけを取り出してしまうのだ。その汎アジア主義にも主戦論(侵略主義)と非戦主義(大アジア主義)があり、中国革命に尽力・寄与した宮崎滔天らの日本人義士、あるいはそれを受け皿に孫文ら中国の革命家たちが来日(留学や亡命)していたことを、田所氏は知らないのであろうか。

「国民的親和性」については、これを理解できないのではちょっと困る。国民に親しく和するからこそ、天皇制は「この島国の住民の内面にかなり深くべったりとしみついている『理由なき精神性』」(田所氏)なのである。これは戦後象徴天皇制の本質であろう。

しかし、排外主義の民族主義右翼は天皇が国民的な常識で自由に行動することを、けっして許さない(天皇夫妻の外交志向、三笠宮家の皇室離脱、秋篠宮家の婚姻問題)。ここに戦後天皇制崩壊のカギがあるのだ。

◆『情況』について

『情況』の編集長という話が出てきたので、これにも回答しておこう。田所さんは「『情況』という雑誌の性質を、わたしは完全に誤解していたのかもしれない」という。ここでも、どういうふうに「雑誌の性質」を理解し「誤解していた」のかを例証していない。それは誤解なのだから、いいとしよう。

前回の反論で「左翼であれば」というフレーズで山本太郎を批判していたことから察するに、雑誌『情況』を左翼雑誌と理解しておられたのであろう。それはあながち間違いではない。しかし『情況』は運動体の雑誌、例えば反天連と旧べ平連系の『ピープルズ・プラン』や新左翼系の『変革のアソシエ』、廃刊した『インパクション』のような運動情報誌ではない。小なりといえども、『文藝春秋』や『世界』と伍する論壇誌(雑誌のキャッチは、オピニオンのステージをひらく変革のための総合誌)である。岩波書店の『思想』や青土社の『現代思想』とともに、学術誌として大学図書館に合本保存される性格もあわせ持っている。

したがって、誌面構成は天皇制反対の論考ばかりではなく、たとえば一水会代表の木村三浩氏や『月刊日本』編集長の坪内隆彦氏にも寄稿いただいたことがある。彼らはれっきとした天皇主義者だが、議論に資するから論考を掲載してきたものだ。論壇誌の議論というのは、左右の思想傾向ではなく、内容ありきなのだ。左翼雑誌なら天皇を批判するのが当然で、天皇制批判には何も論証がなくてもいいだろうと考える浅薄さこそ、ネトウヨに何でも反対する内容のない「パヨク」「ブサヨ」などと侮られるのではないか。ちょっと言いすぎか(苦笑)。

上記につづく文脈で、田所氏は「『ゲルニカ事件』や『日の丸君が代処分』事件などを引き合いに出すまでもなく!…」と天皇制批判を論証しかかって、そこでやめている。「いや、もうやめたほうがいいのかもしれない。わたしは頭が悪いので、迂遠な表現が使えない。」と。頭が悪かろうが良かろうが、書く以上は論証しなければならない。

ゲルニカ事件も日の丸君が代処分も思想・表現の自由にかかわることであって、そもそも表現の自由は天皇制だけに固有のものではない。中国で毛沢東主席の画像に唾を吐けば罰せられる。朝鮮民主主義人民共和国で共和国旗を汚せば罰せられるだろうし、金日成主席の写真を踏みにじれば、悪くすれば機関銃で処刑されるかもしれない。ぎゃくに日本やアメリカでは、国旗を焼いても罰せられない(国旗および国家に関する法律よりも、表現の自由が上位にある。国旗冒とく法よりも、憲法第1条=自由権が上位にある)。天皇の写真を焼いても、火事にならなければ罰せられることはない。この違いは、たんに法律の違いなのである。

ゲルニカの絵を通じて平和を訴えたい学童たちの希望が奪われたこと、君が代を歌いたくない教師や生徒の思想表現の自由が奪われたことをもって、天皇制こそが諸悪の根源などという粗雑な論理では、天皇制の本質から逸れるばかりではないだろうか。日の丸君が代を義務化する教育現場の指導要領、それを企図した政治家・官僚にこそ原因があるのだ。

というのも、田所氏においては論証を抜きに、やや短絡的に書き飛ばしてしまう傾向があるからだ。本欄でそれを指摘するのは憚られると考えてきたが、わざわざ文中に『情況』誌の編集長というわたしの肩書を持ち出されたので、もはや触れないわけにもいかないだろう。

わたしが依頼した大学特集号(『情況』2019年冬号)の記事「『エンターテイメント』の観点からみた関関同立と近畿大学」(田所氏執筆)に対して、小波秀雄氏から「福島の現実は差別や偏見との闘いである――田所敏夫氏の浅薄な開沼博論」という記事が寄せられたことがある(同年春号掲載)。

誌上論争というものはテーマが鮮明となり、読者に論点を提示するという意味で大歓迎であるから、わたしは田所氏に当該の批判記事原稿をメール送信したうえで、掲載の了解と反論原稿のお願いをして諒解を得た。※小波氏の批判は雑誌を参照されたい。

しかしながら、現在にいたるも田所氏からの反批判は本誌編集部にとどいていない。小波氏が云う「雑駁なエピソードの羅列」「脈絡もなく結んで」「本誌の特集テーマである『壊れゆく大学』の分析や批判になっているのだろうか」。あるいは「『こういう教員がいるからこの大学はおかしい』というのは、大学というものを知らない人のすることである」などという批判はどうでもいい。問題なのは、ほかならぬ山本太郎の「トリックにまんまと引っかかっている」(小波氏)という批判である。

山本太郎が云う甲状腺がん1000人(福島県)は、小波氏によれば毎年200人の症例から異常な数字(5年間の累計)ではないという。これは過剰医療か原発被害かという論点で、国会でも取り上げられてきた。読者は知りたがっているに違いない。

「事実の検証もせずに他人に拡散させてしまうというのは、SNSでも常に見られるやっかいな行動」とまでこき下ろされているのだから、反証せずばなるまいと思う。ここで山本太郎の言辞がソースという小波氏の指摘を引用して、本欄の論点を混乱させる意図はない。けれども、これこそ記述には論証が必要という一例である。

そのいっぽうで、田所氏はせっかくみずから引いた引用(論証)について、自分のものではないと強調する。

「まず《田所さんは「左翼」をこう定義するという》と横山さんは勘違いしておられるが、わたしは自分の定義ではなく、一般的な理解に近いものとして「Wikipedia」からその定義を引用していると明示している。左翼の定義はわたしの定義ではない点はまずご確認いただきたい。」

ウィキからの引用であれ何であれ、定義のために引用論証されたのだから何の問題もないし、強いて言えばウィキに書いたのが誰かわからないのでカッコ悪いというほどのものだ(文責のない引用は、学術論文では認められない)。しかしこのような引用で論証することこそ、論文作法の基本なのであると評価しておこう。

◆天皇制を廃絶するロードマップを

田所さんは最後にこう述べておられる。

「『絶望』は横山さんが意味するような『あきらめ』ではない。『絶望』が深ければ深いほど、光明への渇望もまた強くなるのであり、わたしは強くなるのであり、わたしは『なにもかもあきらめようあきらめよう』などと主張しているのではまったくない。逆だ。」かなり観念的で抽象的だが、その意気やよし。

しかし、田所さんが「『皇室の民主化』が横山さんによる『賭け』の持ち札と想像されるが、わたしには見当違いとしか思えない。」というのであれば、具体的に天皇制を廃絶するロードマップを示す必要がある。日本の「左翼」がそれを持っていないことはすでに述べた。

田所さんは前の反批判で「田原総一朗の『対案を示せ』と同じだ」と反論されたが、対案をもとめるのは何も田原さんの専売特許ではない。論争には立論(論理構成)のための道筋、すなわち解決のための論拠をしめす必要があるのだ。田所敏夫さんのさらなる研鑽に期待したい。

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▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)
編集者・著述業。「アウトロージャパン」(太田出版)「情況」(情況出版)編集長、最近の編集の仕事に『政治の現象学 あるいはアジテーターの遍歴史』(長崎浩著、世界書院)など。近著に『山口組と戦国大名』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『男組の時代』(明月堂書店)など。

月刊『紙の爆弾』2020年3月号 不祥事連発の安倍政権を倒す野党再建への道筋

鹿砦社創業50周年記念出版『一九六九年 混沌と狂騒の時代』

「ご質問頂きました聖火リレーについてですが、ルート選定などの会議は全国統一でメディア非公開で行われております。決定までの経過などに関しましては、秘匿情報もございますし、違う形で情報が公開されてしまいますと、混乱のもととなります為に、決定事項のみメディアの皆さまへは発表させていただいております」

民の声新聞2月10日号(徹底した〝秘密主義〟のベールに包まれる聖火リレー。「ふくしま実行委」の議事録ほぼ全面黒塗り。背景に組織委の意向)の執筆にあたり、公益財団法人東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会の戦略広報課に質問をメールで送っていたが、その回答がようやく届いた。冒頭の文章が組織委からの回答だ。

 

だが、筆者が質問していたのは次の2点だった。

「福島県に聖火リレーのルート選定などに関して取材したところ、『大会が終了するまでは会議の内容や出された意見など一切公表しないよう組織委員会からお願いされている』 との事でした。これは事実でしょうか。また、実際にそのような依頼をされているとしたら、その理由は何でしょうか?」

その意味で、組織委員会は全く質問に答えていない。そもそも「秘匿情報」とは何を指しているのか、「混乱のもととなる」と言うが、どのような「混乱」を想定しているのか。全く分からない。

きっかけは、1月23日付での公文書開示請求だった。

福島県は2018年8月から今年1月までに計8回、「東京2020オリンピック聖火リレーふくしま実行委員会」(以下、実行委)を開いているが、その議事録はホームページなどで広く県民には公開されていない。そもそも議事録が存在するのか否かさえ分からない。そこで情報公開制度を利用して議事録の開示を求めたところ、ほぼ全面的に黒塗りされた状態で開示されたのだった。

別紙で示された「開示しない理由」には、

①「東京2020オリンピック聖火リレーの県内実施詳細等の審議、検討又は協議に関する情報であって、検討段階の情報を開示することにより、率直な意見交換若しくは意思決定の中立性が損なわれるおそれ、又は、不当に県民等に誤解や混乱を与えるおそれがあるため」、

②「県の機関、国及び他の地方公共団体等が行う事務又は事業に関する情報であって、当該事務又は事業の性質上、開示することにより、当該事務又は事業の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがあるため」と記されていた。

わずかに開示された部分からは、各委員にはメモや資料持ち帰りまでも禁じている事が分かる。聖火リレーの準備は徹底した〝秘密主義〟で進められていたのだった。

実は開示請求をした直後、福島県オリンピック・パラリンピック推進室(以下、推進室)の担当職員から筆者あてに電話があった。

「組織委員会の意向に従い、委員の発言はほぼ黒塗りで開示する事になりますが、それでも良いですか? 他からの開示請求でも同じ対応をしています。どうしますか? 請求を取り下げますか?」

もちろん、各委員の発言を伏せられるのは承服出来ないが、かといって取り下げる理由にもならないので改めて開示を請求した。県の担当者は、電話越しに「では、開示する事になると思いますが、大部分が黒塗りになりますので、何卒ご理解ください」と念押しした。そして、開示された83枚にわたる議事録は、〝予告〟通りに真っ黒だったというわけだ。

そもそもなぜ、聖火リレーのルートやランナーについて話し合う会議での発言が隠されなければならないのか。取材に応じた推進室の佐藤隆広室長はこう答えた。

「文書は特にいただいておりませんが、組織委が全国の都道府県に対して議論の過程は公表しないよう『お願い』していると聞いています。その『お願い』にどこまでの強制力があるかについては各都道府県の受け止め方にもよると思いますが、全国統一で組織委がそのような『お願い』をしている以上、それに沿った対応をしようという事です」

福島県は、〝復興五輪〟や聖火リレーを起爆剤として、国内外に「原発事故から立ち直った福島の姿」を発信したい考えだ。内堀雅雄知事は、事あるごとに「福島県の『光』と『影』の両方を正確に発信したい」と口にしているが、実際にはスポーツの祭典は「光」ばかりの発信に使われる。

 

福島県の市町村

公表された聖火リレーのルートからは、フレコンバッグの山や家屋解体でさら地が増えている様子などは伝わらない。浪江町に至っては、町民の帰還や生活と何ら結びつかない「水素工場」や「ロボットテストフィールド」がルートに選ばれた。また、著名人を対象とした「PRランナー」にはTOKIOやしずちゃん、大林素子など6人1組が選ばれたが、誰が、どの立場で彼らを提案し、それに対してどのような意見が出されたのか、他に候補者はいたのかなど、全く県民には知らされないまま結果だけが伝えられる。原発事故はもはや過去の話にされるのだ。

推進室の佐藤室長は、議事録は行政文書にあたると認めている。それであれば公開の是非は県の判断で決められるべきだ。だが、実際には公益法人であるところの組織委の意向が大きく影響している。これは、公文書開示の点からも問題があるのではないか。

組織委は全国統一での「非公開」だけは認めた。しかし、なぜ議論の過程を明らかにしないのかについては曖昧なままだ。五輪に乗じた〝復興推進〟の陰で、救済されずに泣いている人が存在する事など隠され、消されていく。原発事故の被害者たちは「オリンピックで何もかも終わった事にされてしまう」と言い続けて来たが、まさにそれを象徴するような議事録の黒塗り。徹底した〝秘密主義〟の下で都合の悪い事は黒く塗られていく。原発事故被害者の存在も。

▼鈴木博喜(すずき ひろき)
神奈川県横須賀市生まれ、48歳。地方紙記者を経て、2011年より「民の声新聞」発行人。高速バスで福島県中通りに通いながら、原発事故に伴う被曝問題を中心に避難者訴訟や避難者支援問題、〝復興五輪〟、台風19号水害などの取材を続けている。記事は http://taminokoeshimbun.blog.fc2.com/ で無料で読めます。氏名などの登録は不要。取材費の応援(カンパ)は大歓迎です。

月刊『紙の爆弾』2020年3月号 不祥事連発の安倍政権を倒す野党再建への道筋

『NO NUKES voice』22号 2020年〈原発なき社会〉を求めて

◆老舗逆襲の年!

「老舗のキック初め」というタイトルが付いた2月に入っての新春興行。次の時代を担うタイトルマッチが二つと、今後のメインイベンター争いとなるチャンピオンクラスが主要カードを占めた。

大晦日、那須川天心に敗れた江幡塁、その業界への衝撃大きく、老舗の逆襲が始まる。

◎MAGNUM.52 / 2020年2月2日(日)後楽園ホール17:00~20:16
主催:伊原プロモーション / 認定:新日本キックボクシング協会、WKBA

◆第11試合 63.6kg 契約 ノンタイトル5回戦

唯一の勝次の攻勢、飛びヒザ蹴りヒット、チャンスだった

WKBA世界スーパーライト級チャンピオン.勝次(=高橋勝治/藤本/62.35kg)
    VS
ロンペット・Y’ZD GYM(タイ/62.2kg)
勝者:ロンペット / 判定0-3 / 主審:少白竜
副審:椎名45-50. 仲45-50. 宮沢45-50
1R10-10.
2R 9-10.
3R 9-10.
4R 9-10.
5R 8-10
三者とも同様採点45-50.

初回からロンペットの左ハイキックが強烈に勝次を襲う。勝次は第2ラウンドの飛びヒザ蹴りが一発だけロンペットの顔面にかすったか、一瞬後退したロンペットだが、倍返しの左ハイキックが威力を増していき、勝次がガードする腕の上からでも構わず蹴り込み、脳にも響くヒットを続けた。

ロンペットの左ミドル、ハイキックは強烈に何度も勝次を襲った

勝次の度重なる飛びヒザ蹴りは読まれてしまい、クリーンヒットには至らず。勝次は劣勢続く中、第4ラウンド終了間際にはコーナーに詰まったところでロンペットの右ヒジ打ちを貰って左瞼を切られてしまう。

ブロックの上からでも蹴り込むロンペット

勝次は最終ラウンドも逆転を狙って打ち合いに出ていくと左フックをカウンターされ、踏ん張り利かずフラフラとマットにヒザを付きノックダウンとなってしまった。逆転の可能性はほぼ無くなっても、一発でも当てたい闘志むき出しで出ていく勝次だったが力及ばず。

ロンペットの左ハイキックが勝次にビンタする

ロンペットの左ボディーブロー、勝次は押されっぱなし

左の蹴りは威力ある重森陽太

◆第10試合 62.5kg契約 ノンタイトル3回戦

WKBA世界ライト級チャンピオン.重森陽太(伊原稲城/62.45kg)
    VS
デッパノム・チューワッタナ(元・ラジャダムナン・スーパーバンタム級C/タイ/62.25kg)
勝者:重森陽太 / TKO 3R 2:19 / 主審:桜井一秀

重森が小学2年生の頃からタイで指導を受けていたという恩師が今回の対戦相手。「テクニシャンでとてもやり難かったが、恩師だからと言って遠慮が出るといった意識は無かった」と言う重森陽太。

手口を読まれ、なかなか攻め難い展開で手数も少なかったが、しなりあるハイキックの威力を見せつけ、左ボディーブロー2連発は、この2発目がタイミング強く効いたであろう見事なノックダウンとなり、カウント中にレフェリーがストップを掛けた。重森は恩師に大きく成長した姿を見せた結果となった。

恩師デッパノムに力強く立ち向かう重森陽太

◆第9試合 WKBA JAPAN(日本)スーパーフライ級王座決定戦 5回戦

WKBA JAPANの幕開けは日畑達也が最初のチャンピオンへ

泰史(前・日本フライ級C/伊原/52.1kg)
    VS
J-NETWORKバンタム級1位.日畑達也(FKD/51.8kg)
勝者:日畑達也 / KO 1R 2:53 / 主審:椎名利一

泰史があっけなかった。九州を拠点とするKOS(King of Strikers)スーパーフライ級チャンピオンの日畑達也。地方でも実力は高い証明を残した。

開始の様子見けん制の蹴りとパンチの交錯から、日畑がコンビネーションブローの左ストレートで泰史がノックダウンを喫する。

更にコーナーに追い込んで顔面へ左ストレートを打ち込むと泰史はコーナーにもたれ掛かったまま立ち上がれず、2ノックダウン目でテンカウントを聞いてしまった。日畑は新設王座の初代チャンピオンとなる。

日畑達也がハイキックで徐々に泰史を追い詰める

日畑達也がサウスポーからの左ストレートが勝負を決めた

日畑達也が左ストレートで2度目のノックダウンを奪う

◆第8試合 日本フェザー級王座決定戦(新日本制定) 5回戦

1位.瀬戸口勝也(横須賀太賀/56.85kg)
    VS
2位.平塚一郎(トーエル/57.05kg)
勝者:瀬戸口勝也 / TKO 3R 0:57 / 主審:宮沢誠
瀬戸口勝也が第11代日本フェザー級チャンピオン

やっぱり出てきた瀬戸口の強打。平塚が距離をとって蹴りで主導権を握れるか見所だったが、次第に瀬戸口が距離を詰めながら強打のタイミングを図っていく。

第2ラウンドに平塚を掴まえた瀬戸口は、連打から右ストレートでノックダウンを奪うが、平塚は強打を振るう瀬戸口をなんとか凌いで第3ラウンドに繋ぐ。勢い止まらぬ瀬戸口は猛攻を続け、平塚を2度ノックダウンを奪いレフェリーがノーカウントのストップを掛けた。

「鹿児島の地方公務員でもチャンピオンになれる姿を見せたい」と語っていた瀬戸口は先ずその第一歩目のベルトを巻くことに成功した。

瀬戸口勝也の強打炸裂

瀬戸口の強打を浴び続けてしまった平塚一郎

瀬戸口の強打でついに力尽きた平塚一郎、レフェリーが止めた

◆第7試合 55.5kg契約3回戦

日本バンタム級チャンピオン.HIROYUKI(=茂木宏幸/藤本/55.1kg)
    VS
NJKFスーパーバンタム級チャンピオン.久保田雄太(新興ムエタイ/55.5kg)
勝者:HIROYUKI / 判定3-0 / 主審:仲利光
副審:少白竜30-28. 桜井30-28. 宮沢30-28

技にゆとりがあったHIROYUKI。先手を打つ蹴りや、久保田の蹴り足を取って大きく押し飛ばすような崩し、軸足を蹴って転ばす崩し、一つ一つの技が鮮やか。

久保田も懸命に蹴り返し、HIROYUKIの脇腹を赤く腫れさせる意地を見せるが一発で終わり連打が少ない。試合の流れはHIROYUKIが安定したペースで勝利を掴んだ。

横須賀太賀ジムからのチャンピオン誕生は初か?

◆第6試合 61.5kg契約3回戦

日本ライト級チャンピオン.髙橋亨汰(伊原/61.4kg)vsウ・スンボム(韓国/61.1kg)
勝者:髙橋亨汰 / KO 2R 1:30 / 主審:椎名利一

突進力あるスンボムに冷静に立ち向かった髙橋。第2ラウンドに髙橋がヒザ蹴りでノックダウンを奪い、更にパンチ連打でこのラウンド3度のノックダウンを奪って快勝。

◆第5試合 67.0kg契約3回戦

日本ウェルター級チャンピオン.リカルド・ブラボ(伊原/66.75kg)
    VS
チェ・ジェウク(韓国/66.35kg)
勝者:リカルド・ブラボ / TKO 2R 1:16 / 主審:宮沢誠

ジェウクの突進力は厄介で我武者羅に打って出て来て接近戦になりがちな中、リカルドはヒジ打ちやヒザ蹴りを上手く使いジェウクの左頬をカットする。

最後はスリップ気味に倒れ込んだジェウクの顔面に蹴り込んだリカルド。やや効いた様子があったが反則裁定とはらず、それまでに左頬の傷の悪化がありドクターチェックの末、レフェリーストップとなった。

◆第4試合 57.5kg契約3回戦

日本フェザー級3位.瀬川琉(伊原稲城/57.35kg)vs田中銀次(Next零/57.2kg)
勝者:瀬川琉 / 判定3-0 / 主審:少白竜
副審:椎名30-27. 宮沢30-28. 仲30-28

◆第3試合 57.0kg契約3回戦

日本フェザー級7位.仁硫丸(富山ウルブズスクワッド/56.95kg)vsヨ・ソンミン(韓国/56.65kg)
勝者:仁硫丸 / KO 2R 1:17 / 3ノックダウン / 主審:桜井一秀

◆第2試合 59.0kg契約3回戦

甲斐康介(伊原/59.15→59.05→59.0kg)vs角☆チョンボン(CRAZY WOLF/58.75kg)
勝者:角☆チョンボン / 判定0-3 (28-30. 28-30. 29-30)

◆第1試合 女子48.0kg契約3回戦(2分制)

ラム(伊原/47.4kg)vs徳里鈴里奈(沖縄RIOT/47.4kg)
勝者:徳里鈴里奈 / 判定0-3 (28-30. 27-30. 28-30)

《取材戦記》

江幡ツインズが出場しない伊原プロモーション興行は珍しい。新日本キックボクシング協会は、昨年上半期の分裂脱退騒動の後、10月の江幡睦の4度目のラジャダムナン王座挑戦は引分けで奪取成らず、大晦日には那須川天心に完敗した江幡塁。ここでリフレッシュのインターバルに入ったかツインズ。

カラカルの鋭い顔つきがベルトに起用

そんな転換期にある新日本キックは、今年からWKBA JAPANの発足。そして勝次のメインイベント起用。WKBA世界王座に君臨する勝次、重森陽太、緑川創は今年のメインイベンターとなっていく可能性は高い。

新しく出来上がったWKBA JAPANのチャンピオンベルト。描かれたデザインはカラカルという、ネコ科カラカル属のネコの仲間で跳躍力があり、蹴る力が強いという。その強さを肖ってデザインに起用。両脇には現役時代の伊原信一氏がロッキー藤丸戦で見せた顔面を捉えるハイキックと、もう一方には沢村忠氏のハイキックが描かれている。

WKBA JAPANのチャンピオンベルトが披露された

チャンピオンベルトとカラカルの関連を披露

痛々しい右腕と左瞼、リベンジへ動き出す勝次

WKBA JAPANタイトルは、日本キックボクシング界どこの団体でもフリーでも有資格者と認められれば挑戦可能な門戸を開いた広域タイトルで、新日本キックボクシング協会で制定されている日本タイトルは従来どおり、この団体に加盟するジム所属の選手で争われるタイトルです。元々はこちらが老舗を継承し、日本を代表するべきタイトルという位置付けでしたが、多団体化とタイトル乱立する中ではその存在感も薄れがちで、改めてWKBA傘下となる上位王座を作った形でしょう。また新たなタイトルが出来たことで賛否はあるところ、活気あるタイトルとなるよう願いたい。

勝次と対戦したロンペットは沖縄のY’ZD豊見城ジムのトレーナーを務めるタイ選手で、かなりの実力者という関係者の話。勝次のガードを吹っ飛ばすような、腕を折るかのような蹴りが何度も襲ったことにはムエタイの凄さを改めて見せつけられた試合だった。昭和の終わり頃のムエタイボクサーも伝説となる名選手が大勢居たものである。

勝次のこんな完敗でもその現実を見せる試合は、より日本選手の巻き返しが面白くなるでしょう。

新日本キックボクシング協会の次回興行は、3月8日(日)後楽園ホールに於いて、REBELSとの合同興行、TITANS×REBELS 1stが開催。

勝次出場予定の他、HIROYUKI(藤本)vs岩波悠弥(橋本)、小笠原瑛作(クロスポイント吉祥寺)vs壱センチャイジム、宮元啓介(橋本)vs鈴木寛太(ONE’S GOAL)、内田雅之(藤本)vs羅向(ZERO)戦が予定されています。

▼堀田春樹(ほった・はるき)[撮影・文]

フリーランスとしてキックボクシングの取材歴32年。「ナイタイ」「夕刊フジ」「実話ナックルズ」などにキックのレポートを展開。ムエタイにのめり込むあまりタイ仏門に出家。座右の銘は「頑張るけど無理しない」

月刊『紙の爆弾』2020年3月号 不祥事連発の安倍政権を倒す野党再建への道筋

一水会代表 木村三浩 編著『スゴイぞ!プーチン 一日も早く日露平和条約の締結を!』

上條英男『BOSS 一匹狼マネージャー50年の闘い』。「伝説のマネージャー」だけが知る日本の「音楽」と「芸能界」!

天皇の存在は、わたしたち日本人にとって「喉に刺さった骨」、あるいはその反証として「ホッとさせられる文化の根源」なのかもしれない。「刺さった骨」というときには、政治権力と結びついた支配の要であり、「文化の根源」と考えた際には、御所や神社仏閣といった歴史的建造物、そこにある皇室御物、および叙位叙勲などの伝統的権威によるものであろう。

日本の近代化にとって、国民統合の思想的な要として作用してきた天皇制イデオロギーは、戦争の根拠となったとして批判される。身分制の差別の根源として、廃止せよという意見も少なくない。

いっぽうで、皇室そのものも変化にさらされてきた。天子(神)から人間へ、皇室離脱の自由をもとめる皇族、制度や慣習にとらわれない自由恋愛の希求、そして政治的な発言。皇室のありようはそのまま、天皇制(政治権力との結びつき)を左右すると同時に、われわれ国民にも議論を求めている。そこで、天皇および天皇制とは何なのか、歴史的な視座からわたしなりに解説してみた。横山茂彦(歴史関連の著書・共著に『闇の後醍醐銭』『日本史の新常識』『天皇125代全史』『世にも奇妙な日本史伝説』など)

狩猟採集社会

◆狩猟から農耕へ

大王(おおきみ=天皇)という存在は、なぜ生まれたのだろうか。はるかなる古代に成立した王権、それは偶然ではないはずだ。

狩猟によって日々の糧を得ていたころ、人類は集団で流浪する弱い存在だった。猛獣から身をまもるために石の武器をつくり、獲物を得るために獣の骨で弓や釣り針をつくっていた。おそらく集団のリーダーは、体力と判断力のある人物だったはずだが、まだ彼は王とは呼ばれていなかった。集団には分業がなく、必死に助けあう絆が唯一のものだった。

やがて気候の温暖化により、食糧である鹿や牛が北に移動した。多くの人々は獲物を追ったが、狩猟のために移動するよりも、定住して食糧を得ようとする集団がいた。かれらは野に実っていた麦を畑で栽培し、貝や木の実を採取して村落をつくった。村の誕生である。

稲作農耕社会

栽培で食糧を得た人々は、安定した生活をいとなめるようになった。まもなく食糧の備蓄ができるようになり、人々のあいだに役割の分担が生まれてくる。農耕経験の豊かな村長(むらおさ)が指示を出し、人々はそれに従う。牛などを家畜として飼う役割、農耕具をつくる役割などの分業がはじまった。狩猟のための武器は、もう必要なくなったのだろうか?

かつて狩猟をするために発揮されていた戦闘力はしかし、封印されることはなかった。肥沃な土地や水の利用をめぐって、村と村の争いが起きてしまったのだ。戦争のはじまりである。小さな村が争いと征服によって大きくなり、村々にまたがる権力は、国という単位になった。その国を統率する者こそ、古代の王である。知力と腕力に秀(ひい)で、すぐれた統率力を兼ねそなえた、彼こそ王と呼ぶにふさわしい。やがて国は相争ううちに平和共存の道をえらぶ。やはり自然の猛威から自分たちを守るためには、争うよりも平和共存が必要だった。そから連合国家が模索される。

◆王と天子はどう違うのか?

ここまでわれわれは、国と王の誕生をみてきた。国は集団をひきいる装置に違いないが、王は国という装置にとって入れ替えが可能なものではないだろうか。そう、力があれば取って代わられるのが、王という存在だったのである。それゆえに騒乱はくり返され、魏志に云う「倭国争乱」が起きたのだ。そこで、一計を案じた倭の諸王たちは、連合国家である邪馬台国に卑弥呼という女王を立てた。その結果、女王をいただく連合国家は軌道に乗った。

しかし、この段階では王権の継承は、まだ血統によるものではなかった。卑弥呼の没後に男性の王を立てたところ、ふたたび倭国は争乱に陥ったのである。倭の諸王たちは台与を女王に立てて、内乱の危機を乗りきった。この台与は卑弥呼の宗女である。

卑弥呼には子はなかったから、台与は一族の娘ということになる。倭国の初めての統一政権である邪馬台国において、血族から王が選ばれたのだ。実力よりも血筋が正統とされるには、天の命令が不可欠である。王権を実力支配する王ではなく、天命によって天下を治める天子の原型が出現したのである。天子と天皇は同義である。

じっさいの皇統は、皇太子制度が始まってからだとされている。つまり帝位の継承者が天皇の嫡子や皇族の中から選ばれることで、王権は不可侵のものとなったのだ。その王権を正統化する神話がつくられ、血統による秩序が顕(あら)われる。こうして天皇は、律令制という法制度の頂点に君臨したのだ。天皇の本質は、血統の唯一性である。それは帝位の争奪を防止する叡智であっただろうか、それとも王権を維持する秘密を発見した誰かが、ひそかに考案したものか――。

とはいえ、頂点に君臨する天皇も批判にさらされる。天子の所業は自然現象によって裁断されるのだ。悪政がつづけば、天変地異によって裁かれた。これを天子相関説という。したがって悪政を行なう天子は退けられ、あるいは政争で弑逆されることもある(第三十二代・崇峻天皇)。

wikipedia「崇峻(すしゅん)天皇」項より

とくに古代においては、皇族が臣下にくだらなかったことから、帝位継承はかならずしも嫡系ではないことが多い。前の天皇から、はるかにかけ離れた血筋が皇統に就く場合、これを王朝交代という。第十代・崇神天皇、第十六代・仁徳天皇、第二十六代・継体天皇において、王朝交代があったとされている。文献のうえで皇太子と確認されているのは、第四十五代・聖武天皇である。厳密な意味での皇統の確立はしたがって、奈良王朝で確立されたといえよう。聖武帝即位は724年のことである。

◆朝廷が衰退しても、なくならなかった理由

平安王朝になると、天皇は摂関政治に翻弄される。娘を入内させた藤原氏が外戚となり、幼い天皇をさしおいて権勢をふるう。これに対して天皇は退位後に院政を布いて対抗するようになるが、ときはすでに武家の世になっていた。栄光の古代王朝はすでにはるか彼方のこと、やがて天皇は経済的にもひっ迫してゆく。

にもかかわらず、天皇の権威は地に堕ちることはなかった。位階と職制、そして氏姓制度において、天皇の権威が必要とされたのだ。たとえば戦国時代には、武将たちの受領名(国司・守護職)の裏付けとして、位階・職が朝廷から下賜された。血筋と身分が重んじられた江戸時代には、ますます位階と職は大名の権威を裏付けるものとなった。そして幕末において、天皇の権威は尊王攘夷思想として爆発的に作用し、その勢いが討幕を果たさせる。爾来、天皇の権威は近代国家の軸心となるのだ。象徴天皇制となったいまも、その権威は叙位叙勲としてわれわれの生活に生きている。権威は必要とする者によって、しかるべく存続するのだ。

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)
編集者・著述業。「アウトロージャパン」(太田出版)「情況」(情況出版)編集長、最近の編集の仕事に『政治の現象学 あるいはアジテーターの遍歴史』(長崎浩著、世界書院)など。近著に『山口組と戦国大名』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『男組の時代』(明月堂書店)など。

最新刊!月刊『紙の爆弾』2020年3月号 不祥事連発の安倍政権を倒す野党再建への道筋

中国・武漢発とされる新型コロナウイルス「COVID-19」が猛威を振るっている。新型肺炎(SARS)を上回る勢いで感染が拡大し、近隣国であるこの島国でも罹患者が増加傾向にある。


◎[参考動画]Coronavirus disease named Covid-19

SARSが急に流行したときに、わたしは「動物からの感染で、変異が起こったというけれども、それならどうしていままでおこらなかったのか?」と不思議に感じて、自然科学研究科(医学者ではない)数人に見解を聞いてみた。回答は「わからないし、はっきりしたことは検証しなければ結論が出せないだろう」だった。

新型コロナウイルスについて、余計な混乱を招きたいとは思わない。しかし、発症が伝えられた当初から、「自然発生」であるのであれば、ずいぶん不自然だと感じざるを得ない、中国当局の対応が気にはなっていた。中国という「大きすぎる」国は、一応「共産党」を名乗る権力が支配しているが、どこにも共産主義や、社会主義の残滓は見られない。なんども私見を開陳しているが中国は内に向けても、外に向けても「帝国主義」国家以外のなにものでもない、とわたしは判断している。


◎[参考動画]Coronavirus: China’s Xi visits hospital in rare appearance

さて新型コロナウイルスである。素人の井戸端会議や、自称専門家のどうでもいいコメントではなく、『ランセット(The Lancet)』という世界的に権威ある科学雑誌にこの一月二九日、“Genomic characterisation and epidemiology of 2019 novel coronavirus: implications for virus origins and receptor binding” (https://www.thelancet.com/journals/lancet/article/PIIS0140-6736(20)30251-8/fulltext) の論文が掲載された。

“Genomic characterisation and epidemiology of 2019 novel coronavirus: implications for virus origins and receptor binding”(The Lancet)

この雑誌に論文が掲載されるのは容易なことではない。世にいうインパクトファクターでは、有名な“Nature”をしのぐ権威のある雑誌である。ここには、塩基配列解析により、新型武漢ウイルス(正式名称: 2019-nCoV=COVID-19)は、その遺伝的近縁度は、コウモリのコロナウイルスと極めて近い、と言うよりは、コウモリのウイルスと判断される。しかし、そのウイルスが宿主に取り付く部位(取り付くと感染する)は、サーズウイルス(SARS-CoV)の部位と似ていると分析されている。少しややこしいが、2019-nCoVはコウモリのウイルスに分類されるけれども、宿主への結合部位はSARS-CoVであることから、ヒトへの感染することになるというのが結論だ。

その後、2020年1月31日にbioRxivというサイトに” Uncanny similarity of unique inserts in the 2019-nCoV spike protein to HIV-1 gp120 and Gag”「 2019-nCoVスパイクタンパク質のユニークなインサートとHIV-1(エイズウイルス) gp120およびGagとの不気味な類似性」(https://www.biorxiv.org/content/10.1101/2020.01.30.927871v2)が発表された。

英語論文であるので読むのが難しいかもしれないが、最初の要約で「現在、2019年の新型コロナウイルス(2019-nCoV=COVID-19)による大流行を目の当たりにしています。 2019-nCoVの進化はとらえどころのないままです。 2019-nCoV(COVID-19)に固有で、他のコロナウイルスには存在しないスパイク糖タンパク質(S)に4つの挿入が見つかりました。 重要なことに、4つのインサートすべてのアミノ酸残基は、HIV1 gp120またはHIV-1 Gagのアミノ酸残基と同一または類似しています。 興味深いことに、挿入物が一次アミノ酸配列で不連続であるにもかかわらず、2019-nCoV(COVID-19)の3Dモデリングは、それらが受容体結合部位を構成するために収束することを示唆しています。 2019-nCoV(COVID-19)に存在するHIV-1(エイズウイルス1型)の重要な構造タンパク質のアミノ酸残基と同一性/類似性を有する4つのユニーク配列の生成は、自然界で偶然では起こりえない。 この研究は、2019-nCoV(COVID-19)に関する未知の洞察を提供し、このウイルスの診断と重要な意味を持つこのウイルスの進化と病原性に光を当てます」との書き出しではじまっている。(翻訳はわたし自身ではなくGoogle翻訳を利用した)


◎[参考動画]How coronavirus (Covid-19) spread day by day

注目すべき点は「コロナウイルスのアミノ酸基が、「HIV1 gp120またはHIV-1 Gagのアミノ酸残基と同一または類似している」ことと、「HIV-1の重要な構造タンパク質のアミノ酸残基と同一性/類似性を有する2019-nCoV(COVID-19)の4つのユニークなインサートの発見は、自然界では偶然ではありません」と、人為的な操作により「コロナウイルス」が作成されたのではないかとの指摘である。

その後に詳細な分析結果が紹介されている。わたしは自然科学の素人だが、詳しい人にきくと「最初はコウモリからヒトへの感染かと思われたが、どうやらそうではなく、人為的に作成されたのが『コロナウイルス』ではないか、との疑いを否定できない」と、驚くこたえがかえってきた。

報道が伝える通り、武漢郊外には生物兵器研究を行う施設があることは、よく知られている。重症化と感染力は仮に「生物兵器」であればかなり強力であることを想定しておかなければならないだろう。軽症で快癒するケースも多いが、重症化して死に至る患者数は、おそらく数週間後には桁がひとつ(あるいはふたつ)違っているかもしれない。

繰り返すが、わたしはいたずらに混乱を引き起こしたいわけではない。体力の弱いかたや、高齢者は、できれば人混みに出かけるのを避けて「自己防衛」するしか、対策はないだろう。人混みに出かけるかたは、水分を20分おきに摂取する(ウイルスは胃に入れば、胃酸に淘汰される)ことも有効だろう。


◎[参考動画]Scale of the coronavirus outbreak

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

月刊『紙の爆弾』2020年3月号 不祥事連発の安倍政権を倒す野党再建への道筋

『NO NUKES voice』22号 新年総力特集 2020年〈原発なき社会〉を求めて

鹿砦社創業50周年記念出版『一九六九年 混沌と狂騒の時代』

2009年に裁判員制度が始まって以来、裁判員裁判の死刑判決が控訴審で破棄され、無期懲役に減刑されるケースが相次いでいるが、今年1月の淡路島5人殺害事件でそれは7件目となった。死刑を破棄された殺人犯たちは一体どんな人物なのか。筆者が実際に会った3人の素顔を3回に分けて紹介する。

第2回目の今回は、伊能和夫(69)。無罪を主張しながら公判で黙秘し、一言も発さなかった男だ。

◆面会室ではよくしゃべったが・・・

伊能の裁判が行われた東京高裁・地裁の庁舎

裁判の認定によると、伊能は2009年11月、東京・南青山のマンションの一室に金目当てで侵入し、住人の飲食店経営者の男性(当時74歳)を持参した包丁で刺殺した。伊能は1988年に妻(同36歳)を刺殺し、部屋に放火して娘(同3歳)も焼死させた罪で懲役20年の刑に服しており、事件の半年前に出所したばかりだった。

そんな伊能は2011年3月、裁判員裁判だった東京地裁の一審で死刑判決を受けたが、東京高裁の控訴審では2013年6月、死刑判決が破棄され、無期懲役に減刑された。「被害者は1人で、当初から殺意があったとは到底言えない」ということなどがその理由だ。そして2015年に最高裁で控訴審判決が是認され、無期懲役が確定したのだった。

筆者がそんな伊能と面会するため、初めて収容先の東京拘置所を訪ねたのは、伊能が最高裁に上告中の頃のこと。死刑を免れた伊能だが、裁判では無罪を主張していたうえ、公判では黙秘して一言も言葉を発しておらず、どういう人物なのかを会って確かめたいと思ったのだ。

伊能はその日、刑務官の押す車椅子に乗り、面会室に現れた。報道で見かけた写真では、健康そうな感じだったが、実物の伊能は痩せており、身体が弱っているように見えた。目の焦点が合っておらず、正直、不気味な雰囲気を感じる男だった。

まず、単刀直入に事件について、白か黒かを質したところ、伊能は「全部やってないですから・・・自分は無罪ですから・・・」と言い切った。そして裁判への不満などを次々に口にした。

「裁判がメチャクチャなんで、最高裁では徹底的にやろうと思ってるんです・・・」
「自分は裁判で住所不明、無職にされましたが、住所も職業もちゃんとしています・・・」

「今は午前中に裁判に出すものを色々書いて、昼からは息子への手紙を書いています・・・」

筆者は正直、こうした伊能の無罪主張や裁判批判がまったくピンとこなかった。裁判では、現場室内から伊能の掌紋が見つかったとか、伊能の靴の底から被害者の血液が検出されたとか、有力な有罪証拠がいくつも示されていたからだ。

また、息子に手紙を書いているという話も違和感を覚えた。伊能に息子がいるのは知っていたが、妻と娘を殺害した伊能が息子と良好な関係だとは思えなかったためだ。

◆面会するたびに金や飲食物の差し入れを催促

その後、筆者は伊能と面会を繰り返したが、伊能の無罪主張は何度聞いても信ぴょう性が感じられなかった。

まず、現場室内で見つかった自分の掌紋や、靴の底から検出された被害者の血液などの有力な証拠については、伊能は「全部偽物の証拠や」と言ってのけるのだが、何か根拠を示すわけではない。裁判で黙秘した理由についても、「裁判では、『無実だから何も出ない。無罪になるだろう』と思ってましたから」と言うのみで、やはり説得力は皆無だった。

もっとも、このように無理な無罪主張を言い連ねる伊能から、やましそうな雰囲気は一切感じ取れなかった。そのため、筆者は伊能と面会を重ねるうち、この男は人を殺しても罪の意識を感じない、サイコパス的な人物なのではないかと思うようになった。

そんな伊能について、もう1つ印象深いのは、面会に訪ねるたびに金や飲食物の差し入れをせがまれたことだ。

「お金と甘い物入れて。お金は多めに、甘い物は何品か。大福餅があったら、大福餅がええな」

このように差し入れをせがんでくる時、伊能は悪びれる様子が無いばかりか、ニンマリと笑みさえ浮かべ、「取材に応じたのだから、差し入れてしてもらって当然」といった雰囲気を漂わせていた。きっと人の物を奪うことにも罪悪感を覚えない人間なのだろう。

最高裁で無期懲役が確定した際、伊能から初めて手紙が届いたが、案の定、金を無心する内容だった。死刑を免れ、今は東日本の某刑務所で無期懲役刑に服している伊能だが、自分の罪を悔い改めることは永遠にないだろう。

▼片岡健(かたおか けん)
全国各地で新旧様々な事件を取材している。近著に『平成監獄面会記 重大殺人犯7人と1人のリアル』(笠倉出版社)。同書のコミカライズ版『マンガ「獄中面会物語」』(笠倉出版社)も発売中。

最新刊!月刊『紙の爆弾』2020年3月号 不祥事連発の安倍政権を倒す野党再建への道筋

「絶望の牢獄から無実を叫ぶ ―冤罪死刑囚八人の書画集―」(片岡健編/鹿砦社)

《わたしは対決の反天皇制運動から、皇室の民主化による天皇制の崩壊に賭けてみたい。そのためには積極的な議論が必要なのである》

いきなりの引用で恐縮であるが、横山茂彦さんのわたしに対する天皇制観のご意見である。横山さんは「賭けてみたい」と表現されている。わたしの根本的な疑問は、これまで達成された試しもないことに、どう考えても窮屈さを増す言論状況の中で、「なにをどう賭ける」と横山さんが主張なさっているのか。まったく訳が分からない。「賭ける」ときには持ち札なり、持ち手が必要だ。文脈からすると「皇室の民主化」が横山さんによる「賭け」の持ち札と想像されるが、わたしには見当違いとしか思えない。

それから1月27日の横山さん稿は、随分広範囲に議論が展開されている。そのなかではわたしがまったく主張していないことが、あたかも私の主張のように展開されている(一度に多くの論点を詰め込むと議論がわかりにくくなるのではないだろうか)。まず《田所さんは「左翼」をこう定義するという》と横山さんは勘違いしておられるが、わたしは自分の定義ではなく、一般的な理解に近いものとして「Wikipedia」からその定義を引用していると明示している。左翼の定義はわたしの定義ではない点はまずご確認いただきたい。

そのうえで、横山さんの元号への親和感と天皇制についての諸議論に移るのであるが、どうしてわざわざこのような問題で、わたしが取り上げてもいない、議論にまったく関係のないネット上の、どうしようもない書き込みなどを引用なさるのであろうか。

《「1名無しのエリー2018/03/30(金) 23:52:04.27ID:3Hw36Myx0明仁は最悪な朝鮮人天皇です 泥棒 朝鮮人ばかり活躍させているゴキブリ天皇 日本の敵 天皇死ね!」(5ちゃんねる)「天皇陛下が、GHQ押し付けのいわゆる平和憲法護持派でいらっしゃり、また必然的にアンチ安倍政権でいらっしゃる。」(ネトウヨ系のブログ)便所の落書き(匿名ネット)を重視するつもりはないが》「便所の落書き(匿名ネット)を重視するつもりはないが」ではなく、本通信での議論とまったく無関係な「便所の落書き」(横山さんの表現)を持ち出す必要がどこにあるのだろうか。かとおもえば、急に、《天皇条項そのものに矛盾があり、国民統合としての位階制および叙勲、あるいは神社の氏子制・崇敬会などのシステムに根拠あることを、もっと暴露するべきであろう》

と、至極真っ当な指摘が出てくるので、わたしは混乱する(読者も混乱するのではないだろうか)。わたしは天皇制専門の研究者でもないし、限られた命の時間をこれ以上無駄に使おうとは思わない。わたしなりに天皇制や元号については一定の結論が出せている。

《昭和天皇の時代にもっぱら「戦争責任」で天皇制が批判されることはあっても、平成になってからは右派からの天皇(皇室)批判のほうが多いのではないだろうか。ために上皇后はメディアによるバッシングに体調を崩し、雅子妃も本来の外交を禁じられて「産まない皇太子妃」として長らく適応障害に追い込まれた》

総論違います。昭和天皇の戦争責任議論については、このような曖昧な濁しかたでは到底浅すぎる。横山さんは昭和天皇の戦争責任についてはどのようにお考えなのかをまず明確にして頂きたい。わたしは「生きて虜囚の辱めを受けず」と大元帥の立場から下級兵士に強制し、侵略戦争敗戦の挙句、天皇制とみずからの命乞いのために、マッカーサーに泣きついた、極限的に無責任で許されざる人物としか理解できない。横山さんは皇室に親和感を持っていらっしゃるので、それに続く人物の評価が上記のようになるのかもしれないが、極めて重大な事実誤認(あるいは横山さんが事実を御存知ないのかもしれない)がある。

それをここで書きたい。が、書けない。なぜか。いくら「タブーなき」鹿砦社のメディアであっても、「そのこと」を書けば、「そのこと」が事実であっても、鹿砦社業務に支障が出たり、わたし自身の身に危険が及ぶ可能性があるからだ(横山さんのメールアドレスは存じていますので、「そのこと」が「なに」を指すかを私信でお伝えするのはやぶさかではありません)。

そして「左翼は軍備を否定しない」との主張でずいぶんいろいろなことを論じていらっしゃる。違う。左翼であろうが右翼であろうが、日本国憲法を小学生程度の日本語力で読めば日本国は軍備を持てないのだ(一般に左翼が軍備や軍隊を否定しないどころか、革命にはほぼ「実力部隊」が必要であることを知ったうえで申し上げる)。だから財政問題を論じるのであればどうして軍事費(防衛費)削減に言及しないのか、との疑問がわくだけのことだ。蛇足ながら憲法9条をもう一度確認しよう。

《第九条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。 2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。 国の交戦権は、これを認めない。》

天皇制が1条から8条までで規定されている次の9条が、いわずもがな上記の文言だ。横山さんの、
《わたしも陸上自衛隊は「災害警備隊」に再編成し、海上自衛隊は最低限の戦力として沿岸警備隊に再編成するべきだと思う。航空自衛隊は早期哨戒と地対空ミサイル部隊限定がいいだろう》

には賛成できない。なぜならば、現状はもっとひどい「違憲状態」であるけれども、横山さん案だって「早期哨戒と地対空ミサイル部隊」を認めている点で「違憲」であるからだ。簡単なことだ。けれども日本人(日本人だけではないかもしれない)は、成文の最高法規があって(小学生程度の読解力があれば理解できる簡易なことばであらわされて)も、平気でそれを無視し、正当化する不思議な思考の持ち主だということである。この点わたしは深く「絶望」し続けているし、横山さんの主張にまたがっかりさせられた。

横山さん。わたしは、なまじ根拠のない「希望」を語るより、事実を見据えてしっかり絶望しているほうが、小なりといえども意見を発する者の態度として真摯であると考える。しかし「絶望」は横山さんが意味するような「あきらめ」ではない。「絶望」が深ければ深いほど、光明への渇望もまた強くなるのであり、わたしは「なにもかもあきらめよう」などと主張しているのではまったくない。逆だ。

だから「左翼は軍備を否定しない」の論旨はわたしにたいするものであるとしたら、ひどく筋違いである。わたしはいま、この国の法的規定を前提に議論しているが、わたしの考えと法体系はかすりもしないほど相いれない。いずれにしても論点を絞りましょう。

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▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

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