「仕方ないですよね。私の事件は有名じゃないから……」
殺人事件に巻き込まれ、無実の罪で服役中の冤罪被害者I氏に先日、刑務所で面会した時のこと。彼はそう言って、苦笑した。自ら獄中でまとめた再審請求書を裁判所に提出し、その旨を地元の新聞社に手紙で伝えたが、いっこうにレスポンスがないのだという。このマスコミの冷たさは、自分の事件が有名ではないからだと彼は思っているのである。

マスコミの性質がよくわかっているな、と思った。
「悪名は無名に勝る」という言葉がある。冤罪事件を色々取材していて、この言葉は冤罪被害者にも言える場合があると思うようになった。そのことに気づくきっかけを与えてくれたのは、あの和歌山カレー事件の林眞須美さん(50)である。

1998年の事件発生当初、マスコミに「平成の毒婦」とまで呼ばれた林眞須美さん。家の周りに集まった記者たちにホースで水をかける映像が連日、テレビで繰り返し流され、極悪人のイメージが日本中に強く印象づけられた。あれから14年経った今でこそ、実は冤罪なのではないかという声もよく聞くが、当時は凄絶な犯人視報道によって世間の誰もが「カレーにヒ素を入れたのは、このオバハンに間違いない」と思い込んだものである。

かくいう筆者もそうだった。筆者は林さんが最高裁に上告中のころから、事件に疑問を感じて取材を重ね、彼女は冤罪だと確信するに至った。だが、事件発生当初は報道の印象だけで彼女をカレー事件の犯人と思い込んでいた。取材してきた中、彼女や家族、弁護団、支援者らが世間に無実を訴えて活動を重ねる様子を見ていて、報道で広まった「平成の毒婦」のイメージを覆すのは非常に大変な作業であるように何度も感じさせられた。

一方で、最近になって林さんに「実は冤罪ではないか」という声が増えてきた要因の1つとしても、彼女の有名さは無視できない。
事件発生から10年以上経っても、弁護団や支援者が林さんの無実を訴える集会を開催すれば、いつも全国各地から多くの人が集まる。2009年に死刑判決確定後、和歌山地裁に再審請求した時も主要な新聞、テレビは総出で取材に集まった。その後も弁護団が再審請求書の補充書を提出したり、再鑑定の請求をしたりと何か話題があるたび、新聞各紙で一斉に記事になる。こうした状況を見ていると、つくづく思うのだ。悪名とはいえ、有名だからこそ、林さんは無実の訴えにもとりあえず世間の関心が集まる。だからこそ、冤罪ではないかという声も世間に広まってきたのだろう、と。

ひるがえって、気の毒なのが冒頭のI氏である。全国的に見れば、たしかにI氏の事件は有名ではないが、地元では5年前の発生当初、けっこう注目を集めた事件ではあった。それでも、再審請求をしたことさえ、マスコミに見向きもされないのである。これでは、無実であることを世間に広めるのは難しい。
だから、ここで少しでも広めてあげておこう。I氏の本名は、飯田眞史さん(56)。飯田さんは2007年に東広島市の短期賃貸アパートで発生した女性殺害事件の犯人とされて、懲役10年の判決が確定。現在は山口刑務所(写真)に服役中だが、捜査段階から一貫して無実を訴え続けている。その再審請求の行方に、少しでも多くの人に注目してもらいたい。

(片岡健)