本人に直接取材したり、裁判を傍聴してみると、マスコミで大きく報道された事件の容疑者の実像が報道のイメージとずいぶん違うように感じることは多い。最近だと、福岡県筑後市のリサイクル店殺人事件の中尾知佐被告(47)がそうだった。

中尾知佐被告の裁判員裁判が行われている福岡地裁

◆数々の凶悪エピソードが報じられたが・・・

知佐被告が夫の伸也被告(49)と共に殺人などの疑いで逮捕されたのは2014年6月のこと。当時、筑後市でリサイクル店を経営していた2人の周囲では、様々な人物が行方不明になっているという情報が飛び交ったが、2人は最終的にリサイクル店の元従業員・日高崇さん(事件当時22)に対する殺人や、知佐の義弟・冷水一也さん(同33~34)とその息子・大斗君(同4)に対する傷害致死などの罪で立件された。

まぎれもない凶悪事件だったため、捜査段階からマスコミの扱いは大きかったが、その中でクローズアップされたのは、知佐被告のキャラクターだった。若い頃は中州でホステスをしていた知佐被告は評判の美人で、スタイルも抜群。ただし、気性は荒かった。リサイクル店では普段から些細なことで従業員を延々と怒鳴り続け、夫の伸也被告に命じて従業員たちに暴行させたりもしていた――。マスコミは当時、そんな数々の凶悪なエビソードと共に知佐被告が一連の事件の首謀者だったかのように伝えていたのだった。

◆案外地味な実物の本人

こうした情報に触れ、筆者は個々の情報の真偽はともかく、知佐被告に対し、「危険な香りを漂わせた美人妻」というイメージを抱いていた。実際、捜査段階に報道で見かけた知佐被告の写真では、ぱっちりした瞳が印象的で、非の打ちどころがない美人ぶりだった。しかし現在、福岡地裁で行われている知佐被告の裁判員裁判を傍聴したところ、実物の知佐被告は少々イメージが異なった。

案外、地味な感じなのだ。

白い丸首のカットソーに紺の薄手のカーディガンを羽織り、下はスリムのブルージーンズ。そんなラフないで立ちの知佐被告は化粧をしていないせいだろうが、瞳は報道のようにぱっちりしておらず、むしろ目は細かった。報道の写真では、40代後半の実年齢より若々しいように感じられたが、法廷では、2つに結った地味な髪型のせいもあってか、年齢相応の生活感を漂わせているように見えた。

不思議なもので、こういう案外地味な本人に接してみると、実はそれほど悪い人間ではないのでは・・・などと思えてくるのである。

◆「暴行には、金属バットを使った」と女性店長

もっとも、法廷に立ったリサイクル店の元店長の女性A子さんが知佐被告の人物像について語った内容は、すさまじいものだった。

A子さんの証言によると、リサイクル店では、従業員に報告ミスがあったり、掃除が遅かったりすると、知佐被告の指示により、店長のA子さんが従業員にビンタやゲンコツをしていた。A子さん自身が何かミスをした時には、知佐被告の指示により、他の従業員に頼み、自分にゲンコツをしてもらっていたという。

「こうした暴力は手加減せず、思いっきりやっていました。叩いた相手が知佐に『手加減されました』と言えば、自分が怒られるからです」(A子さん)

A子さんによると、やがて知佐被告は「ミスをして、ゲンコツやビンタだけではわからないから」と言うように。そして体罰に「金属バット」を使うことになったという。

「金属バットでは、従業員にケツバットをしていました。私以外では、伸也も金属バットで従業員にケツバットをしたり、体のあたりを叩いたりしていました」

被害者の1人、冷水一也さんは知佐被告にとって妹B子さんの夫で、B子さんと一緒にリサイクル店で働いていた。A子さんによると、知佐被告から「身内だから甘くする必要はない。厳しくするように」と言われており、この一也さんにも他の従業員にするのと同じように暴力をふるっていたという。

弁護人の隣にいた知佐被告は、A子さんの証言を顔色一つ変えずに聞きながらメモをとっていたが、途中でペンを持つ手の動きが止まり、何か思案しているようだった。無表情ではあるが、なんともいえない迫力を感じさせる女性でもあった。

公判が分離された夫の伸也被告も「暴行の9割は妻に指示された」と訴えている。

◆娘の映像に涙?

ただ、知佐被告はこの公判で殺人と殺人未遂の罪については、「暴力は夫がしたこと。私は指示していないし、夫と話し合ったこともない」と無実を主張している。夫の伸也被告は共犯者だし、店長のA子さんもある意味、共犯者だから、2人が知佐被告に罪を押しつける可能性もないわけではない。2人の証言がどこまで信用できるかは慎重に検討しなければならないだろう。

傍聴席には映像も音声も伏せられたが、公判では、知佐被告の娘に関係するとみられる映像が被告人や検察官、裁判員たちの前にあるモニターで再生された。この時ばかりは知佐被告は手で目をぬぐい、母親らしい感情を溢れさせているように思えた。

審理は9日まであり、24日に判決が宣告される予定だが、要注目裁判の1つだと思う。

▼片岡健(かたおか けん)
1971年、広島市生まれ。早稲田大学商学部卒業後、フリーのライターに。新旧様々な事件の知られざる事実や冤罪、捜査機関の不正を独自取材で発掘している。広島市在住。

片岡健編『絶望の牢獄から無実を叫ぶ――冤罪死刑囚八人の書画集』