前回は電通の女子新入社員自殺事件について書いたが、10月14日、この事件を契機として東京労働局が電通に対し、抜き打ちの強制調査に乗り出した。本社だけでなく大阪や名古屋の支社に対しても一斉に実施しており、これは異例のことだ。朝日新聞は14日夕刊、15日朝刊共に1面で報道。15日の朝刊では2面も全部割いて詳報し、労働局は刑事責任を視野に入れていると踏み込んだ記事を書いている。

また、今回の調査にはブラック企業を専門に調査する東京労働局の「かとく」(過重労働撲滅特別対策班)が入っていることから、東京労働局や厚生労働省の本気度がうかがえる。


◎[参考動画]電通に東京労働局が立ち入り調査 新入社員の過労自殺受け(共同通信社2016年10月13日)

NHK2016年10月14日

毎日新聞2016年10月14日

◆電通のイメージが地に堕ちた

今回の抜き打ち調査には、正直少々驚いた。電通をはじめとする広告代理店業界の残業依存体質は昔からよく知られており、実際に自殺者も出ている状態が長い間放置されてきたからだ。

前回紹介した女子新入社員の労災認定と、その一連の報道や世論の動向を非常に的確に捉えた動きであろうし、業界トップ企業を狙い打ちにした「一罰百戒」としての意味もあると思う。そして今回の件で、揺らいでいた電通のイメージはすっかり地に堕ちた。圧倒的な業界首位であり、いわゆる「勝ち組」でもある有名企業で、短期間でここまでイメージが悪化した企業も珍しいのではないか。同社の手がけたCMやプロモーションを毎日紹介しているツイッターアカウント「電通報」は10日以降更新されておらず、「コミュニケーションのプロ」を自認する同社でさえ、もはや何をどう発信していいのやら苦悩している様子がうかがえる。

ファイナンシャル・タイムズ2016年10月14日

◆これでテレビも報道せざるをえなくなる

ここまでくると、「電通タブー」を貫いて来たメディア各社もさすがに報道せざるを得なくなるのだろうか。9月末の不正請求事件、7日の新入社員自殺、そして今回の強制調査と電通の名は一ヶ月の間に3度も世を騒がせており、これでも報道しないとなると、逆に不自然が際立ってくる。ここでいう「報道」とは、第一報の後の追跡報道、独自取材に基づく詳細報道のことだ。9月の不正請求事件もそうだったが、電通に関する報道は、ほぼ最初の「第一報」だけで終わってしまう場合が非常に多い。記者会見などは報道するが、その後の詳細な掘り下げ、追跡調査が行われないのだ。

特に世論に影響力の強いテレビ各局でその傾向が強く、不正請求事件や新入社員自殺事件は第一報を除いて殆ど報道されていない。現在ワイドショーは必ずと言ってよいほど、どの局も東京都の豊洲や五輪施設問題を遡上に挙げ、コメンテーターや専門家が都の対応を批判しているが、普通なら話題になりそうな女子新入社員の自殺事件でさえ、きちんと時間をかけて報道したテレビ番組はない。この一週間でのネット上での過熱ぶりに比べれば、テレビ局の「完黙」ぶりは明らかに異常である。

だが今回は一部上場で広告業界におけるトップ企業への「強制調査」は異例中の異例だから、さすがにこれは報道せざるを得ないのではないか。とはいえ、ワイドショーのコメンテーターの大半は何らかの形で電通のお世話になっているから、厳しいコメントが出しにくい。これまで電通を批判的に報道したことなど無く、さらにはそういう視点で話が出来る関係者や有識者を登場させたことがないのだから、そうした点でも各局は番組制作に頭を悩ませているだろう。

 

週刊朝日2016年10月28日号

◆注目記事は「週刊朝日」

雑誌関連も動きが鈍い。先週発売の週刊誌で女子社員自殺をきちんと報じたのは週刊文春とフライデーのみだった。過労死認定の記者会見が先週7日だったので月曜・火曜発売の雑誌は締め切りが厳しかったかもしれないが、それにしても少ない。自殺した女性は学生時代に週刊朝日のレポーターを務めていたこともあり、10月18日発売の週刊朝日(10月28日号)には「電通新入社員自殺が労災認定 本誌で活躍した24歳の無念」という記事が掲載される予定で、大いに注目している。(※本稿は10月16日執筆)

さてこうなると、私に出演依頼をして直前にキャンセルしてきた東京MXテレビの「電通に関する報道は全てNG」という社内コードがどうなるのかも見物だ。ここまできてもなお電通関連の報道をやらないのなら、もはや放送免許を返上すべきだろう。

◆複雑なまなざしの博報堂

それにしても、一連の騒ぎをもっとも複雑なまなざしで見ているのが、電通のライバルとされる博報堂だろう。一般的には、ライバル社の失態は歓迎すべきだと思われるが、こと労働時間にかけては博報堂もいつ調査を受けてもおかしくない状況であり、決して対岸の火事ではないからだ。仮にスポンサー各社が電通との取引を削減したいと思っても、すぐに全て取って代われるほどのマンパワーが足りない。電通から逃げる仕事は不正請求が発覚した高度で煩雑なデジタル領域の業務だから、それらをこなすにはそれなりの体制が必要だ。そこを無視してやみくもに受注すれば、それこそ職場が今以上の残業地獄となって、次は博報堂が労働局の標的となる可能性が高まる。電通が未曾有の不祥事で窮地になっても、その屋台骨を揺るがすほど売り上げを奪えないのが現実なのだ。

▼本間龍(ほんま りゅう)
1962年生まれ。著述家。博報堂で約18年間営業を担当し2006年に退職。著書に『原発プロパガンダ』(岩波新書2016年)『原発広告』(亜紀書房2013年)『電通と原発報道』(亜紀書房2012年)など。2015年2月より鹿砦社の脱原発雑誌『NO NUKES voice』にて「原発プロパガンダとは何か?」を連載中。