1995年の国松孝次警察庁長官(当時)狙撃事件をめぐり、アレフに名誉毀損で訴えられて敗訴した東京都が控訴したらしい。この件に関しては、時効成立後に特定の団体を犯人視した警視庁に非があるのは明らかで、今回の控訴は「恥の上塗り」「税金の無駄使い」とみるのが常識的な考え方だろう。
が、実を言うと、筆者個人は正直、この控訴をちょっと歓迎していたりする。それは、ある人物が裁判に証人として登場するチャンスが再びめぐってきたことによる。
その人物とは、中村泰(ひろし)氏。中村氏は72歳だった2002年、名古屋市で現金輸送車を襲撃して現行犯逮捕され、その後、2001年に大阪市であった現金輸送車襲撃事件の容疑でも逮捕・起訴されて無期懲役判決を受けた。そして現在は、岐阜刑務所で服役中の「老スナイパー」である。

この中村氏については、かつてマスコミで国松氏を狙撃した「真犯人」として取り沙汰されていたことをご記憶の方も多いだろう。2003年に週刊新潮で「国松長官・狙撃犯」としてクローズアップされたのを皮切りに、「新潮45」や産経新聞、「紙の爆弾」などにも国松氏を狙撃した犯人だと名乗り出たに等しい中村氏の手記や告白が掲載されて注目を浴びた。で、そんな中村氏、実は今回の名誉毀損訴訟の第一審でも代理人弁護士を通じ、自分が真犯人であることを法廷で証言するとアレフ側の弁護士に申し出て、証人請求されていたのである。

が、東京地裁の第一審では結局、その証人出廷は実現しなかった。先日、中村氏の代理人弁護士が筆者に語ったところでは、証人として採用されないことが決まった時、中村氏はガッカリしていたそうで、「(自分が国松氏狙撃犯であることを隠して、オウム真理教の犯行だと発表した)警視庁の青木五郎公安部長(当時)を犯人隠避の容疑で刑事告発する」とまで言っていたという。

「もう80代ですから、残された人生は少ない。生きているうちになんとか自分がこの事件の犯人だと認めてもらいたいと思っているようです」
そんな話を聞くと、単なる「変わり者」のように思えてしまう人もいるだろうが、実は筆者も以前はそうだった。が、今回改めて、中村氏を「国松長官・狙撃犯」「真犯人」などとして取り上げた新聞・雑誌の記事を見直すと、これがどうして中村氏の「告白」にはリアリティがあり、今更ながら感心させられたのである。
実際、他ならぬ警視庁内部でもこの事件については、公安部がオウム真理教の犯行と決めつけていた一方で、刑事部は中村氏を推して意見が分かれていたという。それならば、結果はどうあれ、中村氏に法廷で「真相」を語ってもらったほうが誰もがスッキリするはずだ。東京高裁の控訴審では、中村氏の再チャレンジと裁判所の英断を期待したい。

(片岡健)

★写真は、東京地裁と高裁の庁舎。今度こそ、中村氏の証人出廷は実現するか。