1992年に福岡県飯塚市で女児2人が殺害された「飯塚事件」では、一貫して無実を訴えながら2008年に死刑執行された久間三千年氏(享年70)について、足利事件同様のDNA型鑑定のミスによる冤罪だった疑いが根強く指摘されている。現在は福岡高裁(岡田信裁判長)で再審請求即時抗告審が行われているが、その実質的な審理も終わり、福岡高裁が再審の可否をどのように判断するのかに注目が集まっている。

私は過去、この飯塚事件の関係現場を何度か訪ねて回ったが、中でも印象深かったのは、被害者の女児たちのランドセルや衣服など遺留品が遺棄されていた現場だった。久間氏の裁判では、ある人物がこのあたりで久間氏やその車を目撃したかのような証言をしており、有罪の根拠の1つにされている。しかし、現場を一度でも訪ねてみれば、この目撃証言には微塵の信用性も認められないことがすぐわかるのだ。

このカーブの脇の山中に女児2人の遺留品が遺棄されていた

◆不自然なほど詳細な証言

その目撃証言は一体どんなものなのかを見る前に、まずは事実関係を整理しておこう。

福岡地裁が宣告した確定死刑判決によると、久間氏は1992年2月20日朝、登校中の小1の女児2人を車で連れ去って殺害し、2人の遺体を「八丁峠」と呼ばれる峠道脇の山中に遺棄したとされた。そして遺体遺棄現場から八丁峠を数キロ上方に進んだあたりで、女児2人のランドセルや衣服、下着をやはり道路脇の山中に遺棄したとされている。問題の目撃証人は地元の森林組合で働いていた男性だが、その男性は事件当日の午前11時頃、このあたりを車で通過した際に目撃した人物とその車について、次のような証言をしている(長いので、読み飛ばして頂いても構わない)。

〈軽四輪貨物自動車を運転して国道三二二号線を通って八丁峠を下りながら組合事務所に戻る途中、八丁苑キャンプ場事務所の手前約二〇〇メートル付近の反対車線の道路上に紺色ワンボックスタイプの自動車が対向して停車しており、その助手席横付近の路肩から車の前の方に中年の男が歩いてくるのをその約61.3メートル手前で発見した。その瞬間、男は路肩で足を滑らせたように前のめりに倒れて両手を前についた。右自動車の停車していた場所がカーブであったことや、男の様子を見て、「何をしているのだろう、変だな。」という気持ちで、停車している車の方を見ながらその横を通り過ぎ、更に振り返って見たところ、車の前に出ようとしていたはずの男が車の左後ろ付近の路肩で道路側に背を向けて立っているのが見えた。男は、四〇代の中年位で、カッターシャツに茶色のベストを着ており、髪の毛は長めで前の方が禿げているようだった。また、停車していた自動車は、紺色ワンボックスタイプで、後輪は、前輪よりも小さく、ダブルタイヤだった。後輪の車軸部分は、中の方にへこんでおり、車軸の周囲(円周)は黒かった。リアウインドー(バックドアのガラス)及びサイドリアウインドーには色付きのフィルムが貼ってあった。車体の横の部分にカラーのラインはなかったが、サイドモールはあったように思う。型式は古いと思う。ダブルタイヤだったので、マツダの車だと思っていた〉(確定死刑判決より引用。原文ママ)

おそらく多くの人が読み飛ばしただろうが、この目撃証人の証言内容が驚くほど詳細だったことは十分にわかったろう。しかし実際には、この目撃証人は急カーブが相次ぐ八丁峠の山道を車で下りながら、すれ違う際にせいぜい10秒程度、問題の人物や車を見ただけだった。それでいながら、これだけ詳細な証言ができたというのはあまりにも不自然だ。

遺体遺棄現場には小さな地蔵が祀られている

◆現場を車で走ってみたところ……

私は2015年3月、弁護団が現場で行った一般参加OKの実験に参加し、自分も目撃証人と同じように現場を車で走り、視認状況を確認したことがある。その際、遺留品遺棄現場あたりに停車していた車やそのかたわらにいた人物の存在こそ確認できたが、あまりに一瞬のことで、車や人物の特徴などほとんど覚えられなかった。そして私以外の多くの参加者たちも同様の感想だった。それゆえに私は、現場を一度でも訪ねてみれば、この目撃証言には微塵の信用性も認められないことがすぐわかる――と言ったのだ。

この目撃証人については、裁判中から捜査官の誘導により、久間さんの車を目撃したかのような証言をするようになった疑いが指摘されてきた。再審請求即時抗告審では、弁護側が捜査記録を再検証したことにより、捜査員があらかじめ久間さんの家を訪ねて車の特徴を確認したうえで目撃証人に事情聴取していた疑いも浮上している。ぜひとも再審が始まり、この目撃証言に関する警察、検察の捜査も再検証されて欲しいものである。

なお、私が目撃証人と同じように現場を車で走り、視認状況を確認した際の動画をここに紹介した。


◎[参考動画]飯塚事件 目撃証人の視認状況の実験(片岡健2015年03月07日公開)

3分10秒過ぎに出てくるのが「仮想の久間氏とその車」だが、読者の方々もこの動画を観れば、目撃証人の証言内容の詳細さがいかに不自然かが改めてよくわかるはずだ。

▼片岡健(かたおか けん)
1971年生まれ、広島市在住。全国各地で新旧様々な事件を取材している。

愚直に直球 タブーなし!『紙の爆弾』9月号!さよなら安倍政権【保存版】不祥事まとめ25

「絶望の牢獄から無実を叫ぶ ―冤罪死刑囚八人の書画集―」(片岡健編/鹿砦社)