朝の読経

まだ暗い道を進む藤川さん

早くから喜捨の為待つ信者さん

小さい頃からこの習慣が身に付いていく、教育ともなる喜捨

来世に向けて徳を積むおばあさん

 

◆朝の読経とビンタバーツ(托鉢)の準備

翌朝、目覚めたのは4時頃でした。眠れそうにないと思った枕の違う寝床でも一回も起きずに朝を迎えました。静まり返ったクティ内に対し、外には元気に鶏が何羽も鳴いています。田舎らしさというか、お寺らしさというか、自然が作り出す朝の賑わいが心地いい目覚まし時計となりました。

これから読経があるということで藤川さんはホームドーン(儀式用纏い)に黄衣を纏い、クティ内の読経の場に向かいました。揃った比丘は7僧。この寺は和尚さんを含めて8僧というなかなか少ない在住比丘でしたが、これがパンサー(安居期)には若い出家者が30僧ほど増えるという賑やかさだそうで、それぐらいがこの広い敷地の寺らしいと思いました。読経は30分ほど続き、これが終わってゆっくりビンタバーツ(托鉢)の準備に向かいます。

◆比丘と俗人の神聖な触れ合い

藤川さんは黄衣をホームクルム(外出用)に纏い直し、バーツ(鉢)と頭陀袋を持って裸足になって5時30分頃寺を出ました。外はまだ真っ暗。藤川さんの裸足の擦る足音が「サラサラサラ」と静かに響く中、月が明るく照らしていました。その暗闇の中、すぐに現れた信者さん。おひつに入れた湯気が立つ炊き立て御飯をしゃもじで掬ってバーツに入れ、ビニールに入ったオカズを頭陀袋に入れ、ワイ(合掌)をする10秒ほどの儀式が済んで何も言わず静かに立ち去る藤川さん。日本人的感覚では、乞食に食べ物を恵んでやるような行為も、その意味合いが全く違う、正に神聖な瞬間でした。

寺の路地を出て大通りを歩く間にも、次々と信者さんが待つ道の端に止まり、サイバーツ(鉢に寄進するものを入れる行為)を受け先に進みます。また別の路地に入り家の前でテーブルを出して比丘を待つ信者さんもいます。カメラを向けフラッシュを焚くと一瞬驚いた様子も見せつつ、ニコッと笑ってくれる人ばかり。私も緊張の撮影でしたが、皆がおおらかな人達でした。中には「日本人ですか?」と尋ねてくれる人もいて、軽く挨拶しては先に無言で歩く藤川さんを追いかけました。陽が昇り空が明るくなった頃、寺に戻ります。ほぼ1時間ほど歩いた道程でした。結構な運動量であることにも驚くほどでした。

水を溜めた足洗い場で足を洗い部屋に戻りました。正気に返ったように笑顔で「こんなもんです!」と普通の会話に戻り、托鉢の様子を見せ終えた藤川さん。バーツにはかなりの御飯と頭陀袋にも数々のオカズが入っていました。蓮の花を渡した信者さんもいました。それらを一旦比丘の食事の場となる“ホーチャンペーン”と言われる高めの台座に集められ、デックワット(寺小僧)によって食器に移されていきます。

昨夜会った男の子も率先して働いています。比丘の食事となる前に俗人であるデックワットから比丘に再度手渡しがされます。この儀式が無いと比丘は食事をしてはいけません。比丘の朝食の間はデックワットは何もせず待ち、食事後、デックワットが残り物や食器を集めて去り、その場で読経が5分ほど行なわれ終了。

デックワットは集めた残り物やタライにいっぱいある白米と、オカズもまだ手を付けてない袋に入ったもの、それらを持って別室で自分たちの朝食となります。寄進はかなり多かったことを表すほど山盛りありました。私も和尚さんに「一緒に食べなさい」と呼んでくださり、デックワットと一緒に朝食となりました。決して粗末なものではなく、バンコクの屋台やムエタイのジムで食べていたものと同じ。仲間が居れば輪を囲んで食べる楽しさもありました。これって今の日本人にはなかなか無い習慣だと感じるところでした。いや、昔の日本にもあったのです。一家団欒の輪を囲み、同じオカズに箸を付けることに家族の触れ合いや温かみがあるのでした。

「寺には何かある、一般人には無い何かある。これを体験させる為に、タイには軍隊の他に、社会人として常識を覚える通過儀礼として出家制度があるのでは」とおぼろげながら感じるのでした。

慌てて門から出て来てサンダルを脱ぎ捨て喜捨した信者さん

裸足で無言で重くなったバーツと頭陀袋を持って寺に帰る藤川さん

◆外泊理由に使われた私!

わずか24時間に満たない寺滞在でしたが、「俺にも出来るぞ」という安心感を得て、和尚さんに、しっかりワイをして下手なタイ語で御挨拶して寺を後にしました・・・。

となるなずだったのですが、「ワシも行くぞ!」と黄衣を纏って準備していた藤川さん。バンコクにはソーソートー(泰日経済技術振興協会)といったタイ文化と交流を持つ日本人会や、度々お泊りの世話になる旅の中継点の、スクンビット通りの寺があるので、藤川さんは何かと用を作ってはバンコクに向かうこと多いようでした。でも何やら遠出外泊にはあまりいい顔しない和尚さんらしく、私を見送るという丁度いい理由付けにして着いて行こうと思っていたようで、笑ってしまうような何ともセコい藤川さんの考え。これでバスに乗ってバンコクまで一緒。お喋り相手に利用したり、外出理由に利用したり、だんだん藤川さんの思惑が見えてきたような言動。これが今後も続くとはまだ深くは考えていない寺様子見の旅となりました。

ぎこちない挨拶をする私に、藤川さん流に見ると、和尚さんは寛大な心を見せようとしているのか、「いいからもっと気楽に居なさい。出家の時も何も心配しないで気楽に来なさい」という何とも優しい対応でした。

寺を出る前に、この寺の世話人となる、藤川さんの出家の際に親代わりとなってくれた弁護士さんが居ると言うので、この方にも御挨拶に行きました。もうこんな親代わりは慣れっこのようで、弁護士というより小学校の先生のような何も不安の無い普通の優しいオジサンでした。副住職さんにもお会いし、藤川さんが率先して私のこと喋ってしまうので、改めて自己紹介は軽めに、「得度式の際にはお世話になります」とお願いして寺を後にしました。

◆最後の前哨戦に向けて!

私はまたこの寺に来る日までに、やらなければならない問題が山積みでした。経文は覚えなくてもいいと言われてもある程度、得度式の流れを汲んでおかねばなりません。長旅の予算も必要です。住んでいるアパートをどうするかも問題でした。貧乏生活をしている私はそれがいちばん問題で、それらを解決してから寺に向かうことになります。

これで頓挫しないことを誓って一旦帰国となるところ、「6月頃、日本に帰るから東京で宜しく頼むわ」と藤川さんにお願いされてしまう別れ際。何か厄介なお荷物になりそうな嫌な予感を受けながら了解し、アナン会長の居るムエタイジムに戻って数日お世話になってから帰国しました。これから日本で、頼らなければならない幾人かの友人、知人に出家することを伝えなければいけません。その人物とこれから会うことになります。

朝食後は短い読経で締め括ります

▼堀田春樹(ほった・はるき)[撮影・文]
フリーランスとしてキックボクシングの取材歴32年。「ナイタイ」「夕刊フジ」「実話ナックルズ」などにキックのレポートを展開。ムエタイにのめり込むあまりタイ仏門に出家。座右の銘は「頑張るけど無理しない」

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