「遺族の方々はやはり私ら被害者とは違うな、と思います。私ら被害者はオウムの裁判なんて、報道すら見る気になりませんから」

1月某日、かつて地下鉄サリン事件の被害に遭った男性Aさんと食事をした際、Aさんはしみじみとそう言った。それは、マスコミで連日報じられている元オウム真理教幹部、平田信被告の裁判員裁判のことが話題になった時だった。

1995年3月20日の朝、オウム真理教の信者たちが東京都内を走る地下鉄車内に猛毒のサリンをまき、死者を含む多数の犠牲者が出た地下鉄サリン事件。Aさんもこの日、出勤の際にサリンがまかれた地下鉄に乗り合わせ、被害に遭った。異常に気づいて早めに下車し、命こそ助かったが、症状はかるくなく、しばらく後遺症に苦しんだ。

そんな「被害者」のAさんによると、事件後、オウム真理教による事件の「被害者遺族」たちと交流する中で、気持ちの隔たりを感じることがあったという。
「遺族の方々は『事件のことを忘れないようにしよう』などと言うんですが、大切な家族の命を理不尽に奪われた遺族の方々がそういう気持ちになるのは理解できます。しかし、自分自身がサリンを吸って苦しんだ私たち被害者は、遺族の方々と同じ気持ちにはなれないんです。私たちは事件のことを思い出すと、いまだに当時の苦しみが蘇って頭が痛くなったりするんで、むしろ事件のことは忘れたいんです」
そう語るAさんは、かつて交流していた被害者遺族たちと今は距離を置いているという。

平田被告ら逃亡していたオウム真理教幹部が次々に検挙され、再び始まったオウム裁判。マスコミでは、過去のオウム裁判の頃はなかった被害者参加制度を利用し、事件の真相に迫れるようになったことを歓迎する被害者遺族のコメントを目にする機会が多かった。筆者はそういう報道に触れるうち、それはオウム真理教による犯行の犠牲になった被害者、被害者遺族のすべてに共通する思いだと思い込んでいた。そんな中、Aさんのような被害者もいることを知り、報道されることだけが真実ではないという当然のことに改めて気づかされたのだった。

(片岡健)

★写真は、平田被告の裁判員裁判が行われている東京地裁。