◆リミット超えの試合

ボクサーやキックボクサーが最高のコンディションでリングに上がるには、計量後のリカバリーが非常に重要な役割を占める。

選手は戦うに適した階級での減量が伴なう。そして迎える試合当日朝10時、検診と計量が行われてきた。こんな時代を経てプロボクシングでは、過酷な減量によりリング禍に繋がる危険性を鑑み、1994年4月から前日計量が実施されてきた。

公開計量で秤に乗る勝次(2020年2月1日)

キックボクシングは古い時代にも前日計量が行われていた興行は存在したが、通常興行のほとんどは当日計量が長く続いてきた。前日計量ではその運営や地方の選手の宿泊費など経費増の問題があったが、最近は公開計量と記者会見を行ない、興行と選手のアピールの場として前日計量が増えてきている。

しかし、ボクシングなど観ない世間一般の人にあまり浸透していないのが、計量を経たリング上ではすでにリミットを大幅にオーバーしたウェイトで戦っていること。そこには減量からのリカバリーが影響していることを知らないことである。

そもそも試合直前に計量を行なえば最も適正な階級リミットということになるが、そこからコンディションを考慮した当日夜の試合に向けての朝計量から前日計量へ移って来たものと考えられる。

女子も堂々と秤に乗る(2020年10月24日)

計量後、早速飲料水を注ぎ込む足立秀夫(1983年1月7日)

◆計量後は何してる?

昔はファイティング原田氏やガッツ石松氏の12kg以上の過酷な減量逸話が有名だった。朝10時にトレーナーの肩を借りるようなフラフラな状態で計量器に乗り、絶食で委縮した胃のまま食べては吐き、夜7時30分以降のリング入場までによくリカバリーできたものだ。

1982年(昭和57年)頃、私(堀田)はキックボクサーのライト級ランカー、足立秀夫(西川)さんの試合当日を3回ほど同行する機会があった。毎度、減量の影響が顔に表れていた足立さん。目がくぼみ、頬がこけた状態が他の選手より明らかだった。
後楽園ホールでの計量後、足立さんは水道橋駅前の立ち食いソバ屋で天ぷらソバを食べた。一杯のソバやうどんは委縮した胃に丁度いい具合だと言う。電車で小岩のアパートに向かう間に胃が活性化し、少し落ち着きが出て来ると口数が増え、笑顔が見られるようになっていた。

当日の出場選手で同行したジムメイトのタイガー大久保さんは、栄養バランスや消化のいいものを考え、果物や栄養ドリンクやヨーグルトを持ち込んで、計量直後から帰りの電車の中まで大胆にも周りの目を気にせず食べていた。2人は更に小岩駅前のイトーヨーカ堂のレストラン街で本格的栄養補給。足立さんは出されたコップの水をまず一杯ガブ飲み。

「お姉さん、お代わり頂戴、何回も悪いからポットごと置いてって!」と大胆に頼み、不思議なぐらい何杯もゆっくり飲み続けた。

アパートに帰ると3時間ほど睡眠。これで夕方、軽く小さなオニギリ程度の食事を摂って後楽園ホールへ向かう。出発前、足立さんはヘルスメーターに乗るとライト級リミットから4kgほど増えていた。試合は20時台だった。朝の計量から試合まで密着すると長い時間だったが、選手のリカバリーの時間としては短く厳しいものと感じた。

電車の中でヨーグルトを食すタイガー大久保(1983年1月7日)

ここに来るまでにかなり水分は摂っているが更に水をガブガブ飲む(1983年1月7日)

秤に手を掛けてゆっくり乗るのが計量風景(1983年2月5日)

◆リカバリーの失敗

数名に経験談を聴かせて頂いたところ、1980年代に活躍したプロボクサーで日本スーパーフェザー級4位、ブルース京田さんは、「新人時代に当日計量をパスして、まず控室通路にある自販機の紙コップのコーラを3杯飲み、後輩と水道橋駅前の立ち食いソバ屋で天玉うどん食べて、近くのマクドナルドでコーラと一緒にレギュラーハンバーガーを4つ食べ、かなり満腹になりながら、六本木のアントニオ猪木の店でアントンリブ3本食べた。公園で休んだ後、後楽園ホール入りしたが、胃はパンパンで試合開始直前でもあまり変わらず。“ボディー打たれたらヤバい!”と思いながら試合は第1ラウンド、右ストレートでノックダウンを奪い、次に右クロスカウンターで倒しノックアウト勝利。食べ過ぎ注意の教訓を得たが、闘魂注入に猪木のリブを食べたことは精神的高揚になった」と語る。

その教訓からその後、「計量後はバナナ食べて、ステーキとパスタにして後は食べなかった!」と言い、リカバリー成功を保っていた。

更には「試合当日にステーキを食べることは、すぐにはパワーに繋がらないという意見はあるが、肉食った満足感がパワーアップした気になる!」と心理的効果を訴える。

キックボクサーの元・NKBウェルター級チャンピオン、竹村哲さんはデビュー戦での当日計量後、同日出場のジムメイトに誘われるまま、焼き肉屋に行ってしまった。
「肉ばかり思いっきり食べてしまい、夜、後楽園ホールのリングに上がるも、炭水化物をほとんど摂っておらず、1ラウンドが終わった時点で失速。めっちゃキツい展開になるも何とか判定勝ちしました!」と反省を語る。

2012年6月、NKBウェルター級王座決定戦で、乃村悟志(真門)との対戦では、2度目の王座挑戦なのに計量後のリカバリーの大失敗。

「栄養面や消化時間などの複数観点を持って、食べる物飲む物を決めていたのに計量が終わって後楽園ホールを出て、車でちょっと走ったらウェンディーズが目に入り、広告看板の“今ならビーフパティがなんと5枚!スペシャルバーガー!”があり、ついフラフラと店内に入って注文。絵柄どおり肉が5枚も入っていて、そのバーガーだけでお腹いっぱい。炭水化物は肉を挟んでる上下の薄いバンズのみ。そしたら案の定、自分でもびっくりするぐらい4ラウンドでスタミナがピタッと切れて、全く動けない最終ラウンドでボッコボコにされてしまった。アゴも折られて判定負け。試合が終わった瞬間、相手側の真門ジム山岡会長が飛んできて、『竹村君、どうした?急に動きが悪うなって。調整上手くいかんかったんか?』と心配されるも、計量後にスペシャルバーガー食べたことなど言えないし、ただ黙ってました!」と語り、ウェンディーズの迎え撃ちに遭い、乃村悟志に判定負け、「何でそんなもん食うのか!」と突っ込みたくなる失敗談であった。

計量後、リカバリーに協力するジムも多い。この後、豪華にタイ料理が並んだ西川ジム宿舎(1983年2月5日)

地方興行での計量風景(1983年9月18日)

◆前日計量が今の主流!

元・タイ国ラジャダムナン系スーパーライト級チャンピオン、石井宏樹さんが語ってくれた逸話は、「前日と当日では、当然前日計量の方が楽でした。当日計量の場合、前日にリミットまで落として当日朝に備えました。それは計量まで何も飲み食い出来ず迎えなければいけない為、夜も眠ることが出来ませんでした。前日計量では計量直前まで落とすことに集中して、計量パスした後に好きな食べ物を摂取できました。そのメリットは試合前日によく眠れるところでしょう。当日計量が当たり前で生きてきた者にとっては、前日計量の有難みったらないです。しかし、前日に計量してしまうと試合までに欲を満たしてしまう為、緊張感が薄れてしまうのは否めないです。今となってもどちらが良いのかはわかりませんが、引退した今思うことは前日計量の方が良いパフォーマンスが出来たと思います。」と語る。

確かに食事を摂って夜を過ごすなら深い睡眠がとれるというものだろう。更に翌朝がゆっくり過ごせて食事も増やせるが、これで階級リミットの意味が無くなるという意見もあるのも事実。

その計量後のリカバリーは水分摂取が大半を占めると言われる。過酷な減量をした場合、削ぎ落された体力が試合までに摂取される食事だけでは回復しないとも言われる。身体に水分が戻っても脳や神経細胞にまで行き渡るのはもう数日掛かるとも言われ、その結果、打たれ脆くなる危険もあるようだ。

タイでは朝の計量時に立会い、夜の試合で対峙すると別人かと思うほど相手の身体が大きくなっていたという話もある。

「計量パスすれば後はこっちのもの!」と言わんばかりのタイ選手の大幅リカバリーは珍しくはない。

キックボクシングに於いては未だ結論が出ないテーマであるが、大方は前日計量が選手にとって最もベストコンディションで試合に挑める環境と言えそうである。
選手経験者の数だけありそうな計量後の行方。オモロイ話は幾つもあるだろう。

▼堀田春樹(ほった・はるき)[撮影・文]

フリーランスとしてキックボクシングの取材歴32年。「ナイタイ」「夕刊フジ」「実話ナックルズ」などにキックのレポートを展開。ムエタイにのめり込むあまりタイ仏門に出家。座右の銘は「頑張るけど無理しない」

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