安倍政権下の官邸独裁と暗闘の硝煙が、いまだ燻(くすぶ)っている。河井案里への巨額選挙資金である。

すでに河井案里は有罪判決をうけ、議員資格をはく奪された。夫で元法相の河井克行被告も「民主主義の根幹をゆるがす悪質な犯罪」と論告求刑され、実刑有罪が必至との見方をされている。

そこで、残された問題は「悪質な公選法違反」「カネで票を買った」その原資の出どころの解明である。買収をさせた陣営の張本人(犯人)を解明しないのでは、この世紀の選挙犯罪の全容を明らかにしたとはいえない。

そしていま、その犯人捜しをめぐって醜い責任のなすりつけ合いが、自民党内で佳境に入っているのだ。

◆自民党本部と選挙対策委員長の「身の潔白」

5月17日、自民党は幹事長の二階俊博、幹事長代理の林幹雄らが会見して「釈明」した。その内容は「支出された当時、私は関係していない」(二階)というものである。ようするに、党の実務の最高責任者としての責任を否定したのだ。河井案里の有罪判決にさいして「われわれも、他山の石としなければならない」などと語り、党としての責任を他人事のように語っただけのことはある。政治倫理の「り」の字も理解できないのだ。この人物については、明らかな認知症の症状があることを指摘しておこう。

そして林幹事長代理は驚いたことに「いろいろと(二階俊博)幹事長も発言しているんだから、根掘り葉掘り、あまり党の内部のことまで踏み込まないでもらいたい」などと記者団をけん制したのだ。

自民党は「公党」ではなく、私的集団、任意団体であるとでも言いたいのだろうか。1億5,000万円の大半は政党助成金という公費(国民の税金)であり、取りざたされている内閣機密費(安倍政権7年間で78億円)からの拠出であっても、原資は国民の税金なのである。それを私的な党内問題であると言いなす。

このような政治家としての素養を欠いている人物に、なぜ自民党は幹事長代理のポストを与えたのか。これら一連の対応で、自民党はその支持層のなかから、きたる総選挙において、大量の忌避(反対投票行動)を出すことは疑いない。


◎[参考動画]1.5億円 相次ぐ“関与否定” 自民党内から「選挙戦えない」(TBS 2021年5月19日)

◆「自分ではない」という証言こそが、真犯人を明らかにする

林幹事長代理の問題発言はもうひとつ、二階幹事長の責任回避をするあまり、現場に責任をなすりつけたことだ。語るに落ちた、言わずもがなの内部暴露である。
「(二階が)幹事長をしていたのは事実だが、当時の選対委員長(甘利明)が広島を担当しており、細かいことは分からないということだ」と説明したのである。
これに甘利明が反論した。

「わたしは1億5,000万円には、1ミリも関わっていません。もっといえば、1ミクロンも関わっていない」「まったく承知していない」と明言したのである。

したがって、両者の言い分をまっとうに聞くならば、かれらのほかに1億5,000万円を河井陣営に調達した人物がいる、ということになるのだ。

林は「根掘り葉掘り聞くな」と言うが、知りたいのはメディアと国民だけではない。ほかならぬ自民党員たちが、最も知りたがっていることなのだ。

誰よりも「根掘り葉掘り聞きたい」のは、岸田前政調会長であろう。二階幹事長や甘利が関与を否定していることに対して、岸田はテレビ番組で不快感を示したのである。

すなわち、5月18日夜のBS-TBSの番組で、河井案里の当選無効にともなう4月の再選挙で自民候補が敗れた要因に「1億5,000万円が買収の原資に使われたのではないかという党への疑念があった」と敗戦の弁を語った。
さかのぼれば、岸田派と安倍政権の確執が、1億5,000万円の拠出と前代未聞の買収事件の発端だったのだ。

2019年の参院選挙では周知のとおり、岸田文雄政調会長に応援された溝手顕正(岸田派)への党本部からの入金は、わずか1500万円だった。これに対して、河井陣営には十倍の1億5000万円が入金されたうえ、安倍晋三総理や菅義偉官房長官が応援に入ったのである。とりわけ安倍事務所からの秘書団こそ、買収事件の先兵だったと言われている。

◆やっぱり犯人は官邸だった

もはや、1億5,000万円を拠出した犯人は、誰の目にも明白であろう。二階の「私は関係していない」も、甘利の「1ミリも関与していない」という証言も、官邸が勝手に動いたのだ。安倍政権(安倍晋三・菅義偉)こそ真犯人であると証言しているのにほかならない。

安倍が河井案里を擁立したのは、つぎの溝手顕正の発言が原因だったという。

「(安倍)首相本人の(参院選挙敗北の)責任はある。(続投を)本人が言うのは勝手だが、決まっていない」(2007年)

「もう過去の人だ。主導権を取ろうと発言したのだろうが、執行部の中にそういう話はない」(2012年2月)

自分に歯向かう者はゆるさない。反対勢力は排除するという、きわめて狭量な政治センスは安倍晋三らしいと評しておこう。


◎[参考動画]安倍総理「問題ない」河井案里議員に1億5,000万円(ANN 2020年1月27日)

◆菅批判を回避した二階

ところが、5月24日になって事態は急展開した。二階幹事長は24日の記者会見において、河井案里元参院議員の陣営に党本部が提供した1億5,000万円について「関与していない」とした先週の発言を修正したのだ。責任は「総裁(安倍晋三前首相)と幹事長(二階氏)にある」と述べたのである。

この発言は、かれの認知能力の低下によるものと指摘しておこう。菅政権への批判がそのまま、みずからの党内影響力に直結すると判断したからにほかならないが、現在の菅政権の危機的な状態(支持率30%に低減)をみれば、政治的立場の沈下は一蓮托生となるのは必至だ。

国民の80%が「中止」「延期」をのぞむオリンピックの強行開催によって、菅政権の命脈は尽きようとしている。それはまた、党内に圧倒的な影響力を誇示してきた二階俊博の政治生命をも、呑み込むかたちで終焉に向っているのだ。

生き馬の肝をぬく政治の世界で、堕ちた偶像は容赦なく叩かれる。アメリカの意向と官僚の不服従によって、一敗地にまみれた旧民主党政権の末期のごときありさまが、いまや自民党を覆っている。政権交代の流れをつくり出し、勝ち馬に乗る国民の投票行動をつくり出せ。


◎[参考動画]河井案里議員の豪華すぎる応援演説陣を学ぼう!【広島県】(2020年6月15日)

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)
編集者・著述業・歴史研究家。歴史関連の著書・共著に『合戦場の女たち』(情況新書)『軍師・官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)『闇の後醍醐銭』(叢文社)『真田丸のナゾ』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『天皇125代全史』(スタンダーズ)『世にも奇妙な日本史』(宙出版)など。

最新刊!タブーなき月刊『紙の爆弾』6月号