以前、『紙の爆弾』に掲載された記事の名義に、「自称ジャーナリスト」という肩書きをつけた人がいたが、これは皮肉であった。記事を読むと、追及を受けた者が記者に対して嫌味でそう言ったからだ。

これは主に、組織に所属しないフリーランスのルポライターなどが、後ろ盾が無いことから見下されて言われることだ。そして、記者クラブ制度の弊害を語るさいにも話題になる。記者を自称して変な奴が紛れ込んでも困るが、しかし大手に所属する者だけを特別待遇して報道を手玉に取る政治や行政の手口により、自由な報道が出来ないからだ。

また、外国では、主な収入源が報道に関係していることをジャーナリストの条件としている所があり、これだとフリーも認められるのだが、しかし日本の場合は、フリーだといわゆるワーキングプアが多く、副業の収入の方が多いという人が少なくない。

そうした問題とは別に、ジャーナリストとして働いている者たちから軽蔑を込めて「自称ジャーナリスト」と呼ばれる人たちもいる。そういう人たちは仕事の質が悪い。それで言われてしまうのだ。

そんなうちの一人が、今、問題になっていて、名誉毀損や暴行傷害により、訴訟を何件も抱えている。これが権力と敵対してのことであったならともかく、そうではなく、真面目に働いている出版関係者らに対しての加害行為なのだ。だから、そんなのはジャーナリストではないということで、自称と呼ばれる。当人は、ジャーナリストとは免許や資格や登録が不要なので自称でよいと開き直っているが、とんだ勘違いである。

また、その自称ジャーナリストは、今ちょうど進行中のある訴訟に陳述書を提出して弁解しており、そこに当筆者や鹿砦社など、記者や出版社の実名がいくつか勝手に書かれているので、問題がないか検証するため複写を入手してよく読んでみたのだが、その内容より以前に、文章の最初から最後まで、作文の基礎がなっていないのだ。これは上手下手の問題という水準ではない。中には、まるで意味が通らない文まであるのだ。

例えば、書き出しからして「私は定時制高校在学中、1995年に○○○○職員として就職した後、1995年に高校を中退し新聞配達員」という調子で、もしかすると「定時制高校在学中の1995年に就職し、同年に同高校を中退して、さらに転職した」という意味ではないかとも考えられるし、あるいは「高校卒業見込みで就職したが、中退したので退職し、他の仕事に就いた」という意味なのかと推測もできるが、文意は不明確である。

そもそもこの文は、句読点が適切に打たれておらず、また、関係を示す「の」が欠落していたり、繰り返しには「同」を付けて明確にするべきところなのに付いていなかったり、という具合で、当たり前の書き方をしていないから、奇妙な記述になっているのだ。

また、この人の文は「てにをは」も変なのだ。「原告である○○○氏とは、『自称ジャーナリスト』と被告である私に言っておりますが」と書いていて、これは前後の文脈からすると「原告である○○○氏は、被告である私を『自称ジャーナリスト』と言っておりますが」と言う意味である。

さらに、ある出版社の実名を出して「この間、井上氏を含め著作が万一刊行されない場合は、出版社を変更する事も私は検討しましたが」など意味不明の記述ばかりである。勝手に、出版社と一緒に名前を出されたほうとしては迷惑ではあるが、しかし、これはいったいどういう文意なのか、まったくわけがわからない。「同出版社から井上の著作が刊行される予定だったが、それがもしも実現しなかったら自分は」という意味のような感じもするが、そう明記はされていないし、文脈からそう解釈することも出来なかった。同社から著作が刊行された事実も無ければ、そんな話すらもまったく存在しないのだ。

これらは、あくまでもごく一部の例であり、文章の全体がこのようにお粗末な作文となっているのだ。

もともと、この被告は、何かの関係や縁から仕事を回してやると、作文が滅茶苦茶なので校正ではなく全面的な書き換えになってしまう。だから、もう仕事を頼まないのだが、すると強引に次の仕事を要求し、これを拒まれると逆恨みで中傷や嫌がらせとなり、最悪の場合は関係者に暴力をふるうことがある。そして、関係者から自称ジャーナリストと言われてしまうのだ。

このような人は実に困ったものであるが、その後の訴訟について様子を見て、いずれ機会があればまた、もっと詳しく報告しようと考えている。

(井上 静)