ウクライナ戦争をどう理解するべきなのか〈1〉左派が混乱している理論的背景 横山茂彦

ウクライナ戦争の勃発いらい、SNSでは一部の人々がプーチンを擁護しているという。かれらはロシアだけが悪いのではないという。ロシアを追い詰めたアメリカをはじめとするNATOも悪いのだ、ゼレンスキー政権は許すべからざるネオナチである、と断じる。

あるいは、ドンバス戦争(ウクライナ東部内戦)の犠牲者1万3000人をすべて、ウクライナのネオナチの仕業だと言いなす人たちもいる。だから、プーチンの「特別軍事作戦=ウクライナ解放」を、支持するべきであると云うのだ。

だが、これらは「事実誤認」に基づいている。事実は市民の犠牲3350人・ウクライナ軍4100人、親ロシア勢力が各5650人というのが、国連人権高等弁務官事務所のレポートである。

それでもプーチンを支持するという。その多くは陰謀論(ディープステート)、影の国家が世界を支配している。というものだ。

[参考記事]実話BUNKAタブー(林克明さんの記事)

「陰謀論者」には自由に空想世界を愉しんでいただくとして、ここでは真面目に米帝(NATO)元凶論や帝国主義間戦争論を論じている「新左翼系」「反戦市民運動」の人たちの誤謬を明らかにしていこう。すでに諸傾向については、先行レポートがあるので参照されたい。

◎[関連記事]「ウクライナ戦争への態度 ── 左派陣営の百家争鳴」2022年4月26日 

ウクライナのNATO接近が戦争の原因であるとする説には、歴史的な経緯について、あきらかな誤解がある。

かれらの主張によると、直接的にはミンスク合意が、ウクライナ側において破られたことが挙げられる。ゼレンスキーの失政であるともいう。

だが、事実はそうではない。

このミンスク合意(議定書)とは、2014年9月5日に、ウクライナ、ロシア連邦、ドネツク人民共和国、ルガンスク人民共和国が調印したものだ。ドンバス地域における戦闘(ドンバス戦争)の停止の議定書である。しかるに、ドンバス地方で戦火がやむことはなかった。実効性のない、単なる停戦協定にすぎなかったのだ。

◆ウクライナ騒乱の全貌

そもそも、このウクライナ騒乱(ドンバス戦争)は、2004年のオレンジ革命(親ロシアのヤヌコーヴィチ政権への反対運動)、2014年2月のマイダン革命(ヤヌコーヴィチの追放)による内乱の延長にある。ちなみに、マイダンとは「尊厳」を意味する。

この内乱のデモ隊に、アメリカが資金援助したというのが、親ロシア派・プーチン擁護派の主張なのである。

なるほど、映像で見るマイダン革命は苛烈な市街戦に近く、ヘルメットと棍棒、銃器で武装したデモ隊が、ウクライナ治安部隊に襲いかかる。日本の三派全学連・全共闘・三里塚闘争で行なわれたような、ヘルメットと棍棒で武装したデモ隊をほうふつとさせる。

それへの弾圧として、治安部隊が猛威をふるう。苛烈な弾圧シーンが映像として残されている。これまた、日本の機動隊を思わせる激しさだ。双方が一方的に攻撃しているシーンが多いので、激しさが強調されている。

そしてマイダン革命を主導したのが、ウクライナ民族主義者だと、プーチン擁護派は云う。当然であろう。ソ連邦崩壊いらい、ウクライナ国民はロシアの呪縛から逃れようとしてきた。たとえば日米の呪縛を打破したい沖縄県民が、琉球という民族性を前面に押し立てるように。抑圧された民族の民族主義的な顕われは必然なのである。

そのデモ隊にアメリカの資金が流れたというのは、おそらく事実なのであろう。しかし、ロシアの支配を是としないウクライナ国民の独立志向が、はげしい内乱になった原動力であるのは明らかだ。数千・数万の反政府運動デモが「日当」で成り立つと思うのは、大衆運動を知らない者の想像にすぎない。

激しい反政府運動は、しばしば「外国勢力の陰謀」とされるものだ。香港民主化運動しかり、かつてのわが国の反体制運動もソ連や中国から資金が流れていると、公安当局から喧伝されたものだ。たしかにソ連崩壊後、KGB文書から「ベ平連がアメリカ脱走兵の援助を依頼、金銭的援助まで要請した」という事実が明らかになった。ソ連大使館に接触した吉川勇一は「接触した大使館員がKGBかどうかはわからない」と、産経新聞に反論している。接触は事実だったのだ。ここまで掘り下げた「アメリカの資金援助」が明らかにされないかぎり、説得力はない。内乱時には、様々なことが起こりうるものだ。

ともあれ、こうした親ヨーロッパ派(ウクライナ人の多数)と親ロシア派(東部・ウクライナ)の争いに、ロシアが介入したクリミア併合へとつながる。これ以降、東ウクライナは現在まで内戦状態にある。

2015年2月11日にはドイツとフランスの仲介で、ミンスク2が調印されているが、それでもドンバス戦争は止まなかった。

昨年10月末のウクライナ軍のドローンによるドンバス地域への攻撃を機に、プーチンはドンバス地域の独立を承認(2022年2月21日)する。翌22日の会見で、ミンスク合意は長期間履行されず、もはや合意そのものが存在していない、としてロシア側から破棄されたものだ。ミンスク合意を破ったのは、ロシアの軍事侵攻(2月24日)なのである。

◆ウクライナの核放棄がロシアの侵攻を招いた?

慧眼な本通信読者なら周知のことかもしれないが、ウクライナの安全保障をめぐっては、1994年のブタペスト覚書にさかのぼる。ソ連崩壊後、ウクライナには旧ソ連邦の膨大な核兵器が残されていた。ソ連崩壊によって、ウクライナは世界第三位の核保有国になったのだ。

米ロ両国は核不拡散の名のもとに、ウクライナに核兵器を放棄させる。その担保として、アメリカとロシアがウクライナの安全を保障する。それがブタペスト合意である。

しかるに、その後も米ロ双方がウクライナの自陣営への獲得をめぐってせめぎ合い、ウクライナ国内でも親ヨーロッパ派と親ロシア派の内紛が絶えなかった。その激しい顕われが、結果としてのドンバス内戦にほかならない。

クリミア併合へといたるドンバス戦争へのロシアの介入は、ウクライナが核兵器を放棄したからだと、ゼレンスキー政権は言う。今回のロシアのウクライナ侵略は、たしかにNATOの直接の軍事不介入という意味では、核兵器の威嚇効果を立証した。北朝鮮もリビア(カダフィ)とイラク(フセイン)の失敗例にかさねて、今回の核威力を再認識するはずだ。やはり核兵器は厄介な存在だった。

◆戦争は違法であり、戦争を仕掛けたほうに一方的な責任がある

論軸に立ち返ろう。親プーチン派の日本の左派は、ウクライナの親ヨーロッパ派の背後に、アメリカとNATOの暗躍、隠然たる軍事プレゼンス(軍事顧問の派遣)があるという。

しかしながら、これはロシア側においても同様なのである(所属章と階級章のない国籍不明の部隊のウクライナ侵入)。問題はロシアが公然と自国の軍隊を動かし、軍事プレゼンス(侵略戦争)を発動したことなのだ。

あくまでも「帝国主義間戦争」と言い張るのなら、アメリカ(NATO)が軍隊をウクライナに入れたとか、ロシア領内を侵犯したとかの事実を提示しなければならない。それを抜きにした「帝間戦争」規定は、悪質なデマと呼ぶほかない。

プーチン擁護派の人々は、ウクライナへの軍事支援を「違法」「参戦行為」だと云う。そうではない。国際法は戦争を禁止しているが、侵略された国の自衛権は「自然法」として存在する。したがって、国際法における「中立」の権利は、この自衛権の保護を排除しないのだ。戦争を仕掛けた方に、一方的な「非」があるのは自明のことだ。

◆2014年のロシアによるクリミア併合

マイダン革命によるヤヌコーヴィチ大統領の失踪をうけて、ロシアはクリミアを併合した。これは明確に、ロシアによる領土併呑。侵略行為である。日本でいえば、北海道がロシアに併合されたにもひとしい。

多数の民族が混住し、侵略と内戦がくり返されてきた東ヨーロッパにおいて、ドンバス戦争は深刻だが、とりたてて珍しい内紛ではなかった(ユーゴ内戦を見よ)。そこにNATOとアメリカの政治的な介入を危惧したプーチンの命令で、ロシア軍による公然たる軍事侵攻が行なわれたのだ。これがウクライナ戦争の全貌である。

ロシアの軍事侵攻こそが、ここまでに数万人といわれる犠牲者を出した、直接の原因にほかならない。この侵略の事実を前に、いくら戦争の背景を説き起こしても意味はないのだ。

たとえば、1941年の日本がアメリカをはじめとするABCD包囲網の圧力によって、太平洋戦争に踏み切ったとして、日本の開戦責任が免れないのと同じである。ヒトラーの欧州戦争が、第一次大戦の莫大な賠償金にあったからといって、開戦の責任を免罪されないのと同じなのだ。

ところが、わが日本の新左翼運動や反戦市民運動において、アメリカとNATOも悪いのだという。帝国主義間戦争(いや、NATOは参戦していない)なのだから、自国帝国主義(日本)のウクライナへの軍事支援に反対すべき、という議論も少なくない。今回はその理論的な背景について、最後に解説しておこう。

◆第一次大戦とツインメルワルト左派

左翼がスローガンに掲げる「革命的祖国敗北主義」「自国帝国主義打倒」は、第一次大戦の勃発にさいして、第2インター(国際共産主義組織)の大半が、革命的祖国防衛主義の立場に傾いたのに反対する政治スローガンである。

すなわち、資本主義が帝国主義段階に至り、植民地からの超過利潤の獲得のために、領土再分割に乗り出した時代。これが帝国主義間の戦争であり、この戦争に参加してもプロレタリアートには何の利益ももたらさない。金融資本と地主階級を肥え太らせる戦争の災禍は、社会主義革命によってしか避けられない、というものだ。
戦争に対する態度をめぐって、第2インターは分裂する。第2インターの戦争協力に反対して、スイスのツインメルワルトに結集したのは、レーニン、ジノヴィエフ、トロツキー、マルトフらロシア社民党の面々、イタリア、フランス、ノルウェー、オランダ、ポーランド、ブルガリア、ルーマニアからも参加者があった。

ここにおいて、マルクスの「万国の労働者、団結せよ」という『共産党宣言』のスローガンが再確認される。すなわち「プロレタリアに祖国はない」である。のちのコミンテルン(第3インター)につながる流れである。

◆国際主義は国家主義に置き換えられた

将来における国家の死滅(マルクス)を展望しつつ、おなじプロレタリアートとして国境をこえた連帯と団結をむすぶ。

この人類史の明るい未来像は、人々を魅了した。フランスにおける大革命いらいのコミューン(地区共同体)、ドイツにおけるレーテ(評議会)、そしてロシアにおけるソビエト(会議)。資本制のくびきから解放された人々は、新たに自由の地を得たかにみえた。

しかるに、レーニンが提唱した民族の分離ののちの連邦は、スターリンの上からの連邦国家(ソ連邦)によって潰えたのだった。そのスターリンの後継者、ウライジーミル・プーチンがいま、諸民族の国家的統制を、軍隊によって成し遂げようとしているのだ。プーチン擁護派を論破し尽くすべし、である。

次回は中国の抗日救国戦争(国共合作)とインドシナ革命(民族解放・社会主義革命戦争)の評価について、かつての新左翼がいかに先取的な精神を持っていたかを媒介に、マルクス・レーニン主義の原則論者たちを批判しよう。

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)
編集者・著述業・歴史研究家。歴史関連の著書・共著に『合戦場の女たち』(情況新書)『軍師・官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)『闇の後醍醐銭』(叢文社)『真田丸のナゾ』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『天皇125代全史』(スタンダーズ)『世にも奇妙な日本史』(宙出版)など。

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