◆はじめに

岸田政権は今年2月に「GX(グリーントランスフォーメーション)実現に向けた基本方針」を閣議決定したが、その中で二酸化炭素(CO2)を出さないエネルギー源として原発の活用が提唱されている。この背景にはCO2の人為排出が気候に危機をもたらしている、とするいわゆる気候危機論がある。そこで「気候危機」論とは何か、それはどのような意味を持つのか、発生以来の経過をたどりつつ検証してみたい。

◆「気候危機」論の概要

本稿において「気候危機」論という用語は、20世紀半ば以降の温暖化が人為起源のCO2などが主な原因で起き、それにより地球環境が危機に瀕しているとする考え方を指す。国際連合の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第6次報告書は、20世紀半ば以降の「人間の影響が大気、海洋及び陸域を温暖化させてきたことには疑う余地がない」と述べている。そして、世界の平均気温が上昇していくにつれて、北極海の海氷面積の縮小、海面水位の上昇、洪水の多発、食料生産力の低下、サンゴ礁の消失などが起こるとされる。

「気候危機」論の高まりを受けて、「脱炭素」に向けた取り組みが世界的に推進されている。脱炭素とは、代表的な温室効果ガスであるCO2の排出量をゼロにしようという取り組みである。日本では2020年10月に、当時の菅義偉首相が「2050年までに、温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする」と所信表明演説の中で述べた。これを受けて、環境省では「2050年までに年間で12億トンを超える温室効果ガスの排出を実質ゼロにすること」を目標として、産業構造や経済社会の変革に取り組むこととした。

◆「気候危機」論の歴史

1896年、スウェーデンの物理学・化学者スヴァンテ・アレニウスが石炭などの大量消費によって今後大気中のCO2濃度が増加すること、CO2濃度が2倍になれば気温が5~6℃上昇する可能性があることを述べた。この説は、社会の一部には浸透していた。しかし1970年代頃までは、「地球寒冷化」の方が学会の主流を占めていた。

1979年、スリーマイル島原子力発電所事故の発生後、アメリカ合衆国大統領行政府科学技術政策局から「気候に対する人為起源CO2の影響」について諮問を受けた全米科学アカデミーがこれらの学術報告をまとめ、「21世紀半ばにCO2濃度は2倍になり、気温は3±1.5℃(1.5~4.5℃)上昇する」とするチャーニー報告を発表した。

1988年6月23日、アメリカ上院エネルギー委員会の公聴会において、NASA所属のジェームズ・ハンセンが「最近の異常気象、とりわけ暑い気象が地球温暖化と関係していることは99%の確率で正しい」と発言した。この後雑誌やTV放送等のメディアを通して、地球温暖化説が一般に広まり始めた。そして同年8月には、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が設立された。

1992年6月にはリオ・デ・ジャネイロで環境と開発に関する国際連合会議(地球サミット)が開かれ、気候変動枠組条約(UNFCCC)を採択した。UNFCCCでは定期的な会合(気候変動枠組条約締約国会議、COP)の開催を規定した。

1997年のCOP3では、初めて具体的にCO2排出量の削減を義務づける内容を盛り込んだ京都議定書が議決された。

2006年5月、元米国副大統領アル・ゴア氏が出演するドキュメンタリー映画『不都合な真実』が公開された。翌2007年10月、人為的な気候変動問題の啓発に対してアル・ゴア氏がノーベル平和賞を受賞することが発表され、同年12月にIPCCと共に受賞した。

2015年12月12日、COP21においてパリ協定が採択された。この中で2020年以降の地球温暖化対策を定めている。産業革命前からの世界の平均気温上昇を「2度未満」に抑え、加えて平均気温上昇「1.5度未満」を目指すことが合意された。

2018年8月、15歳のスウェーデン人グレタ・トゥーンベリ氏が「気候のための学校ストライキ」という看板を掲げて、より強い気候変動対策をスウェーデン議会の前で呼びかけを始めた。他の学生も自分のコミュニティで同様の抗議活動に参加し、「未来のための金曜日(FridaysforFuture)」の名前で気候変動学校ストライキ運動が組織され、世界の若者の間に気候危機運動が大きな広がりを見せた。

◆「気候危機」論への疑問

「気候危機」論について筆者はいくつかの理由から疑問を持っている。以下にその要点をのべる。

① 『不都合な真実』における誇張

アル・ゴア氏は2006年の映画『不都合な真実』への出演を通じた「気候危機」問題の啓発によってノーベル平和賞を受賞した。しかしこの映画は2007年、イギリスで学校での上映に反対するグループによって上映差し止めを求める提訴を英国高等法院に起こされている。その結果裁判所は、上映差し止めの請求を退けたうえで、誇張がみられる9つの問題点を指摘し「注釈をつけて」上映するようにとの判決を下した。

例えば、映画ではグリーンランドの氷床が融解し海面上昇が「近い将来」20フィートに及ぶとしているが、科学者の合意では数千年かかり「近未来に海水面が上昇するというのは極端な主張で、人騒がせである」としている。

② ツバル水没の原因

京都議定書の採択と同時期、気候変動の影響による海面上昇でツバルという国が沈む、という報道が相次ぎ、ツバルは「温暖化で沈む国」として世界の注目を集めた。しかし、2021年に環境ジャーナリストの石弘之氏は、現地取材を踏まえてツバルは沈んでおらず陸地面積はむしろ拡大している、と伝えている。(『東洋経済ONLINE』2021年7月27日付 石弘之「『温暖化で沈む国』は本当か? ツバルの意外な内情」)

石氏のレポートによれば、1971年から2014年まで、少なくとも8つの環礁と、約4分の3の岩礁で面積が広くなっており、同国の総面積は73.5ヘクタールも拡大(国土面積約26平方キロメートルに対し2.9%の増加)していたという。これは波によって運ばれた砂が堆積して、浜が広がったことによる。ではなぜツバルで水没が起きていたのか。ツバルの首都の人口は、独立前の1973年には871人だったが、独立した5年後の1979年には2,620人に急増している。これが湿地や低地に多数の住居や行政施設の建設、井戸からの地下水汲み上げの増加と下水の垂れ流しを引き起こした。

同じ太平洋上の島でもハワイは水没していないことと考え合わせると、ツバル水没の原因は地球温暖化による海面上昇ではなく、人口増加と地下水利用に伴う地盤沈下と考えるのが妥当であろう。

③ 温室効果ガス以外の気候変動要因の捨象

地質学上「縄文海進」と呼ばれている事象がある。海岸沿いにあるはずの貝塚が、関東平野のかなり内奥部で多数発見されている事実から、縄文時代に属する6000年前には現在の関東平野の相当部分が海面下にあったことがわかった。気温も1~2度高かったことが判明している。

また、「マウンダー極小期」という事象もある。1645年~1715年の70年間は、それ以前にくらべて地球の平均気温が0.2度下がったことが判明しており、当時のロンドンではテムズ川が凍りつき、氷の上を人が歩いて渡っていた。またヨーロッパ全土で食糧生産が減少し、大規模な飢饉が発生した。この寒冷化の原因は太陽黒点の活動減少と考えられている。(『エコノミスト』2021年6月22日号、鎌田浩毅「太陽黒点の変化も気温に影響」)

「縄文海進」も「マウンダー極小期」も、人間活動の結果起きた事象ではない。したがって、気温上下や海面位の上下は過去数百年、数千年の時間軸では人間活動とは全く無関係に起きていたのであり、同様のことは今後も起こりうる。しかしIPCCは温室効果ガスの人為排出以外の気候変動要因を1切捨象して、温室効果ガスのみを問題視しそれへの対策を論じている。

CO2の人為排出が気候に影響を与えている可能性はないとは言い切れない。しかし、上記の諸事実から、CO2の人為排出が気候に甚大な悪影響を与えているという説には大きな疑問がある。したがって、CO2の排出を早急に削減すべきだという主張は合理的根拠を欠くと言わざるを得ない。(つづく)

本稿は『季節』2023年夏号(2023年6月11日発売号)掲載の「『気候危機』論についての一考察」を本通信用に再編集した全2回の連載記事です。

▼原田弘三(はらだ・こうぞう)
翻訳者。学生時代から環境問題に関心を持ち、環境・人権についての市民運動に参加し活動している。

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