憂さ晴らしや功名心、あるいは取材謝礼ほしさに、告白を携えてマスコミを騙そうとする輩は、今も昔も絶えない。それが事実であるかどうか、確かめる目を持つのがマスコミであるはずだが、またもやまんまと騙される事態が起きたようだ。
「週刊文春」の島田真編集長は昨年12月22日発売号(12月29日号)の〔編集長から〕と題する編集後記の欄で、以下のようなお詫びの文章を掲載した。
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〔編集長から〕
小誌10月27日号に掲載した「担当していた元看護師が語る 池田大作『創価学会』名誉会長『厳戒病室』本当の病状」の記事につき、創価学会より「該当する看護師は存在せず、証言は事実無根である」との抗議がありました。これを受けて小誌は再取材を行いましたが、証言者が看護師であるとの確証を得るに至りませんでした。病状についての記述を取り消し、ご迷惑をおかけした関係者にお詫びいたします。
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記事は、池田名誉会長の病状を、こと細かく創価学会お抱えの看護師が伝えている。旧知の本部職員によれば「そもそも学会専属の看護師はいないし、入院していたと書いてある南元センターという場所は単なる保険組合の診療所」だという。

ここで問題にしたいのは、創価学会でもなく、週刊文春の取材姿勢でもない。記者としての目線で「告発者が語っている立場が本当なのか、なおかつ本当のことを言っているのか」という確認をどれだけとれるのか、という問題だ。
たとえば、目の前にいる男が「私はかつてオウムの平田信と修行していました。平田という男は……」と語り始めたとする。男は具体的に、かつ詳細に話す。サティアンの構造、麻原の口癖、内部の権力抗争などなど。
閉ざされた宗教の内部のことであり、裏を取るのは難しい。どうやって事実かどうかを確かめるのか。

実際、オウム報道の激しかった頃、浜田という元オウム信者がいた。
中堅幹部という触れ込みで、気軽に取材に応じてくれるので、テレビや雑誌も彼のコメントを重宝した。話の内容は詳細で真実味があったので、当初は皆信じた。
だがしだいに彼の話が、細かいところで辻褄が合わないところが多くなってくる。
後から分かったが、浜田はオウムに入る前はホームレスだった。信者の数をどうしても増やしたい時期に、オウムはホームレスまで勧誘していたのだ。
浜田はある意味で、頭がよかった。実際に修行はしているし、サティアンにも入ったことがある。まったくの末端信者だったが、周りで見聞きしたこととすでに報道されていることを組み合わせて、中堅幹部を装っていた。
それが分かってからも取材謝礼ほしさに連絡してくるので、「こじきの浜ちゃん」と言われるようになったが、ずいぶん長いこと、テレビ局や出版社を騙しおおせていた。

「事実かどうか追ってみよう」という阿吽の呼吸で、週刊誌取材はスタートする。見出しの変更はめったに許されない。そうした「見切り発車」中で事故が起きてしまう。
たとえば「週刊新潮」では2009年2月5日号(1月29日発売)から4回にわたって、「実名告白手記 私は朝日新聞阪神支局を襲撃した!」とするタイトルで、赤報隊事件の実行犯を名乗る男性の手記を掲載した。
しかし朝日新聞による検証記事が続く中、本人が「自分は実行犯ではない」と、朝日新聞の取材で認め、真実でないことが明らかになる。
週刊新潮は編集長の執筆で「『週刊新潮』はこうして『ニセ実行犯』に騙された」(4月23日号)と題する10頁のトップ記事を掲載して誤報を認めることになった。

先日、一緒に飲んだ十二歳年上のフリー記者は言った。
「事実誤認があったら? いさぎよく引退して盆栽でもいじるさ」
そんな覚悟が必要なほど、マスコミを騙そうとする猛者は絶えない。

(渋谷三七十)