戦後70年の節目である。さまざまな角度から「反戦」を叫んでいこうと思うのだが、「731部隊の功罪」を暴いていくのにあたり、非常に歴史的な発見をした奈須重雄さん(NPO法人731部隊・細菌戦資料センター理事)に会ってきた。

警備員をしながら、国立国会図書館に通い続けて、「731部隊」の関係者で名前をひたすらに検索、膨大な資料を仕事の合間に探し続けて、2011年夏についに発見したのが、「金子順一論文」だ。

◆元731部隊員の金子順一が東大医学博士論文に記した事実

「金子順一論文」を発見した奈須重雄さん

奈須さんは語る。
「名前と単語で検索するのです。100人以上の名前で検索をかけましたね。博士論文は、国立国会図書館の関西図書館にあるのですが、東京(の国立国会図書館)からは5つ単位で取り寄せることができるのです。勤務はローテーションでしたから、あいまあいまに調べていました。金子論文は、8本まとめて閉じてありました。露骨に人体実験をしていた人などは、論文を隠したと思うのです」

金子順一氏(以下、金子という)は、元731部隊員(1937年~1940年7月)で、敗戦時は防疫研究室員。 戦後、金子は米軍から731部隊の活動について事情聴取を受けている。

『金子順一論文集(昭和19年)』は、東京大学に博士論文として申請され、1949年1月10日に医学博士号が授与された。

金子順一の博士論文は、以下の①(①)ないし⑧の「防疫研究報告」に掲載された8本の論文を合冊して表紙をつけたもので、その表紙には[(秘)]とある。

①(①)「雨下撒布ノ基礎的考察」
②(②)「低空雨下試験」
③(③)「PXノ効果略算法」
④「しろねずみヨリ分離セル「ゲルトネル菌ノ菌型」
⑤「X.Cheopisノ落下状態ノ撮影」
⑥「滴粒ニヨル紙上斑痕ニ就テ」
⑦「X.高空撒布ニ於ケル算定地上濃度」
⑧「火薬力ニ依ル液ノ飛散状況」

上記8本の論文は、「軍事機密」と記された防疫研究報告第1部が7論文と、[(秘)]と記された防疫研究報告第2部が1論文だ。

金子論文が発見されるまで、防疫研究報告第1部で発見されていたものは、平澤正欣の論文他数冊の論文のみであった。

また上記の防疫研究報告第2部第791号は、不二出版から復刻された防疫研究報告第2部の中に入っていない未発見の論文であった。

要するに、旧日本軍は、細菌兵器としてペストを中国にばらまいていたのだ。この一点をもってしても「細菌の研究や人体実験の資料はない」などという政府のその場しのぎのいいわけはとっくに瓦解しているのだ。少なくとも金子論文の中の、「PXノ効果略算法」論文(陸軍軍医学校防疫研究報告第1部第60号)で、731部隊により少なくとも6カ所、細菌戦が行われていたことが明らかになったのだ。

◆2012年には「金子論文」を基に服部良一議員(社民党)が国会で追求

これをもとに服部良一議員(社民党)が国会で追求。2012年8月21日提出の質問だ。以下は質問書の抜粋だ。

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金子論文の八本の論文のうち、最初に綴じられている「雨下撒布ノ基礎的考察」の「緒言」には、「(前略)部隊ニ於テハ斯カル見地ヨリ既ニ創立以來研究ヲ續ケ、昭和十三年、雨下用法草案トシテ其ノ一端ガ示サレタ所デアル。予ハ昭和十三年秋命ゼラレテ此ノ方面ニ於ケル理論的研究ヲ擔當シ今日ニ到ツタ。此ノ間石井部隊長ノ指導ニ依リ鋭意之ガ基礎實驗ヲ重ネ來ツタガ、顧ミルニ淺學非才何等加フル所ノ無カツタ事ヲ甚ダ遺憾トスル。今般從來ノ成績ヲ總括シテ將來ノ参考トスベキ命ヲ受ケ、此処ニ主トシテ昭和十四年以降ノ實験考察ヲ羅列シ更ニ若干將來ニ對スル希望ヲ開陳シタ(後略)」との記述がある。右の記述は、七三一部隊が細菌戦の実施手段である雨下ないし撒布実験を繰り返して研究開発していたことを推認させる重要な証拠である。

また「PXノ効果略算法」には「第一表 既往作戰効果概見表」があり、同表には、①昭和十五年六月四日に吉林省農安においてペスト感染蚤五グラムを撒布したこと、②昭和十五年六月四日ないし七日、吉林省農安・大賚においてペスト感染蚤一〇グラムを撒布したこと、③昭和十五年十月四日、浙江省衢県においてペスト感染蚤八キログラムを撒布したこと、④ 昭和十五年十月二十七日、浙江省寧波においてペスト感染蚤二キログラムを撒布したこと、⑤昭和十六年十一月四日、湖南省常徳においてペスト感染蚤一・六キログラムを撒布したこと、⑥昭和十七年八月十九日ないし二十一日、江西省広信、広豊、玉山においてペスト感染蚤一三一グラムを撒布したことを示している記述がある。右の記述は、七三一部隊が昭和十五年から昭和十七年にかけてペスト感染蚤を用いた細菌戦を中国国内で実施したことを強く推認させる重要な証拠である。

右のように七三一部隊が細菌戦部隊であり、中国に対して細菌戦を実施したことを強く推認させる金子論文の存在が明らかになった現在、政府は同論文及びアジア歴史資料センターが公開している公文書等を研究対象として、七三一部隊の活動内容を検証する作業を、内外の歴史学等の研究者と協力して開始するべきであると認識するが、政府の見解を示されたい。(http://www.mod.go.jp/j/presiding/touben/180kai/syu/situ377.html
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◆「金子論文」発見の衝撃──政府が存在を否定していた『細菌実験の資料』が見つかった!

奈須さんは語る。
「農安・大賚でペスト菌がばらまかれたことが初めて金子論文で出てきたのです。政府は731部隊があったと認めているのですが細菌被害や人体実験があったとは認めていないのですから、大きな発見だったと思います」

この金子論文の発掘は、731部隊の研究者たちにも衝撃を与えた。世界中で報道されたのだ。もしも中国人の遺族が起こした731部隊の賠償請求裁判(2007年最高裁は結審。請求棄却)に、金子論文の発見が間に合っていたら、裁判の流れが変わり、結果が変わったのかもしれないのだ。

「服部さんの質問にも政府の回答は『細菌戦の資料はない』とのことでした。今後も、図書館に通って731部隊があったことを文書でもさらに証明していきたい」と奈須さんは語る。

「私たちは活動の一環として、731部隊の関連施設が世界遺産に認定されることを応援しています。アウシュビッツとはいかないまでも、それで世界中の関心をかなり集めるはずです」

世界の戦争の常識では、細菌を空から落とすのは、禁じられているが、日本軍は平気でやっていたことがようやくわかった。戦後70年を迎える今年、大きく731部隊について動きだそうとしている。奈須さんは今もなお、「少しずつ隊員の名前がわかってきていますから、今も博士論文を探しています」と奈須さんは言う。
これからも「731部隊」関連の報道に注目していきたい。

※ 「731部隊映像コンテスト ホームページ」(http://731-vc.wix.com/compe
※ 「当時の新聞記事」(http://www.anti731saikinsen.net/img/nicchu/bunken/kaneko/asahi/20111016asahi.pdf

※[参考資料]『金子順一論文集(昭和19年)』紹介(NPO法人731部隊・細菌戦資料センター)
http://www.anti731saikinsen.net/nicchu/bunken/index.html
※[参考資料]]『金子順一論文集(昭和19年)』(PDF 14MB)(NPO法人731部隊・細菌戦資料センター)
http://www.anti731saikinsen.net/img/nicchu/bunken/kaneko/kaneko.pdf

(小林俊之)

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