東大の大学院で、自衛官が締め出されているという記事を、産経ニュースで見た。東大の大学院は、公務員や企業、海外からも広く院生を受け入れている。しかし、自衛官に関しては、医学部大学院を除いて入学を拒否し続けているというのだ。つくづく東大というのはおかしな学校だ、と思う。東北大、筑波大、千葉大、京大、阪大、神戸大、九大などは、自衛官を受け入れている。

自衛官拒否は、特定のイデオロギーが背景にあるという。憲法9条に反して存在する自衛隊は拒否する、というわけだろう。

反戦自衛官として知られる、小西誠氏は、中学卒業後、航空自衛隊生徒隊(自衛隊生徒)に入隊、同校卒業後、3等空曹に任官して佐渡分屯基地に配属された。その時に、法政大学法学部通信課程で学んでいる。1960年代後半のことであるから、自衛隊拒否のムードは今よりもずっと強く、社会を覆っていた。成人式への出席を、自衛官が拒否されるということさえあった。スクーリングで大学に行っても、小西氏が自衛官であると知ると、疎んじる学生が多かったという。わずかな交流の中から、小西氏は真摯に社会のことを考え始める。

70年安保に向けて、角材と火炎瓶で武装したデモが、街頭で頻発していた。暴力革命を是とする革命セクトが背景にいるのは確かだったが、ことはそう簡単ではない。当時日本は、ベトナム戦争における米軍の出撃拠点となっていた。目の前にある安寧な生活を享受していたら、今日また、無垢なベトナム人が殺されていく。そのことに居たたまれなくなり、体を投げ出しても闘おうと立ち上がったのが、一人一人の学生や労働者であった。

機動隊がデモ隊に圧倒されるということも度々あり、自衛隊では治安出動訓練が行われることになった。そして1969年10月、小西氏は全隊員の前で治安出動訓練の反対を表明するとともに同訓練を拒否し、逮捕される。11月に、「政府の活動能率を低下させるサボータージュを煽動した」として、自衛隊法第64条違反(煽動罪)で起訴された。1975年に、これには無罪判決が出る。

小西氏の行動によって、自衛隊が国民に銃口を向けることもある存在であることが公となり、その裁判は自衛隊の違憲性を問うものとなった。

小西氏がそのような行動をとり得たのは、大学でわずかながら学生との交流を持ったからだ。自衛隊が違憲だというのは、憲法9条を読めばその通りに違いない。だからといって自衛官を拒否する東大の態度は、きわめて幼稚だ。

東電マネーに目がくらんだ、多くの御用学者や政治家、法曹関係者、官僚、財界人を多く原子力ムラに送り出している東大は、自衛官拒否で、なにかしら思想を貫いていると悦に入っているのだろうか。そうだとしたら、愚かしい限りだ。

(FY)